伝説の吹奏楽部
『……』
おいおい。設備が整ってるにしても、整い過ぎじゃねえの?
俺達五人は、第二小体育館に入って、呆然としてしまった。……浅島さんだけは目を輝かせていたが。
吹奏楽部専用ホールは、入ると広場に出て、行き先は三つある。
真っ直ぐ歩くとホール一階席があり、途中で左右に曲がると控え室(吹奏楽部部室)と裏方があり、階段を上がると二階席がある。要するに、一般的なホールだという訳だ。
今はホールの一階席の入り口にいるんだが、突っ立ってる。
階段型の席に広いステージ。電気が控えめに点いているも、照明があって電気代はバカにならないだろう。
今は各自練習中らしく、席とステージの所々に人がいる。
「ねえねえ、練習中の人に会いに行っていい?」
浅島さんは大人しい雰囲気が消え、遊園地に来た子供のように目を輝かせる。
「まあ、行ってこればいいんじゃないのか?」
少しその様子に驚きながらも、適当にオッケーを出す。
「ありがと!」
満面の笑みで去っていった。
『……テンション高っ』
浅島さんが遠くへ行った後、四人で小さくツッコんだ。
が、浅島さんは少し行った所でキョロキョロしている。
「どうかしたのか?」
俺達は浅島さんのテンションについていけるか心配だったが、聞いてみた。
「う~ん。私と同じ楽器の人か、中学の先輩を探してるんだけど」
見つからないのか。
「浅島さんの楽器って?」
参考までに聞いておく。
「ピッコロだよ」
ピッコロ? あの緑のナメクジ人間みたいなヤツか? いや、それは大魔王の方。
「あれだろ? あのーー」
「大魔王って言ったらはっ倒すわよ」
「……」
明音が俺を遮って言う。……さっきは考えたが、ちゃんと楽器の方を言おうとしたからな。
「笛みたいなヤツ」
「うん。多分分かってないね」
浅島さんがはっきりと言う。楽器のことになると厳しいな。
「一番高い音が出るヤツだろ?」
「うん。それは知ってるんだ」
良かった。合ってた。
「うん?」
浅島さんがいきなり後ろを振り向いた。
「どうかしたのか?」
他の三人もきょとんとしている。
「二階席の方からピッコロが聞こえたの」
すげぇ耳だな。こんなに色んなとこから音が聞こえてたら、分かってもドラムぐらいじゃねえ? 後はめっちゃでかい音が出せるヤツか。
「ねえ、二階席行こっか」
再び満面の笑みで言う。
『……はい』
その笑みに圧されて、結局かなり遠回りすることになった。……一回広場に戻らないといけないしな。
「ん~! いい眺め!」
それには俺も賛成。二階席からの眺めはかなりいい。
「いた!」
浅島さんは嬉々としてそのピッコロ担当らしい先輩の方に小走りで行く。
「まあ、俺達も行くか」
苦笑して浅島さんの向かった方に歩いた。
「へぇ。勉強になります」
浅島さんと先輩はもう話し始めていた。
「ありがと。吹奏楽部志望なの?」
「はい。中学から吹奏楽部やってたので続けたいなぁ、と思いまして」
同じ吹奏楽部、同じ楽器ということで気が合うようだ。
「そうなの? どこの中学?」
「上条中学です」
「えっ? あの有名校の!? ちゃんとメンバー取れた?」
先輩がめっちゃ驚いていた。そんなに有名なのか。まあ、中学でも吹奏楽部だったのかもしれないしな。
「はい。ピッコロ担当だったんですけど、志望人数が少なかったので」
「凄いわね。ピッコロは五人に選抜するって聞いたけど?」
「はい。十人しかいなかったんですけど」
先輩に凄いって言われて照れてるようだった。ってか、十人もいて五人の中に入るって相当じゃん。
「あー。例年は二十人くらいらしいもんね」
いやいや。二十人いて五人の中に入るって凄すぎっしょ。って、一つの楽器でだろ? 部員足りんのかね?
「去年は三十人いて、選ばれた五人は私達の中学で『五人の一流達』って呼ばれてます」
あだ名まで付いてるとは……。さすが選ばれし五人。
「そうなんだ。私達他校からは『栄光の五将』って呼ばれてるのよ」
どんだけ凄いんだよ。
「凄いです。同じ楽器の演奏者として、尊敬しますよ」
……浅島さん。目が輝いてるな。
「皆バラバラの高校に行ったって聞いたけど、ここにも一人いるのよ?」
『えっ?』
マジで? そんな伝説級の人がここに?
「誰ですか!?」
浅島さんが前のめりに先輩に聞く。
「ステージのど真ん中で新入生の相手をしているでしょ?」
先輩はステージの方を指差して言う。
「恵美先輩!?」
びっくりしていた。ってか、こんな遠くから分かんのかよ。
「そ。榊原恵美。中学ではピッコロ担当で、今もそう。『栄光の五将』では三番手だったらしいわ」
真ん中か。それでもかなり凄いんだろうな。
「一年生からメンバーでした」
おぉ……。浅島さんの目がめっちゃキラキラしてる。尊敬してるんだな、その先輩のこと。
「私に最初にピッコロを教えてくれた人でした……」
浅島さん、いつかこっちに戻ってくるんだろうか? ちょっと心配になってきた。
「じゃあ行ってこれば? 一年経って話したいこともあるでしょ?」
「はい。教えてくれてありがとうございました」
浅島さんは小走りで二階席を出ていった。
「ふぅ。んじゃ、俺達も行くか」
また、浅島さんに振り回される感じで二階席を出ようとする。
「ちょっと」
グイ、と先輩に袖を掴まれて俺だけ二階席に留まる。三人は先に行った。
「何すか?」
「君、噂の男子新入生でしょ? 良かったらメアド交換しない?」
「……いいんすか? 部活中っすよ?」
「いいのいいの。バレても君のメアドで誤魔化せるから」
そうなのか? まあ、珍獣っぽいからな、今の俺は。
「それならいいっすよ」
俺はポケットからケータイを取り出す。
「ホント? ありがと」
先輩と赤外線でメアド交換し、先輩は電話帳に写真を付ける人らしいので、何枚か写真を撮られた。
それから、少し遅れて一階席に向かった。
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