[第三話]ストラグル
階段を上りきると、そこは円形の広場になっていた。
左右には通路が続いていて、どうやらそっちの方が部屋になっているようだ。
学生寮、ホテルのどちらにもない場所だった。
「ここは何の場所なんだ?」
一度グルリと見回してアラトが尋ねる。
「ここは闘技場になってます」
闘技場。その名の通り闘い、技を磨く場所。
そんな所が普通宿舎のなかに配備されているだろうか?
おちおち寝られもしないのではといらない心配は胸にしまって、アラトは再び尋ねる。
「ここで戦ったりするのか?」
訝しげなアラトの問いにミスティは苦笑いをする。
「戦うといっても、この学園では普通なことなんです。現にほら見てください」
ミスティがそう言って、広場の反対側を指差した。
そっちに目を向けると、二人の男子生徒が距離をとって身構えていた。
これからお遊びを始める場面とはさすがに考えにくい。となるとやはり戦うのか。
「ちょうどいいですね。私たちも行きましょうよ!」
「え?行くってどこへ?」
「あの子達のところですよ!混ぜてもらいましょう!」
「ちょっ!まてって!」
そうして結局アラトは引っ張られて男子生徒の元にやって来てしまった。
これから起こりうることを考えると内心汗まみれ。
「なんだぁお前ら?」
「俺たちに何か用か?」
明らかに敵意をむき出しに言う男子二人。
しかし、ミスティは少しも怯まずに笑顔で口を開いた。
「ストラグル、混ぜてもらえませんか?」
ストラグル?とアラトは頭に疑問を浮かべるが、話はどんどん先へ進んでいく。
「なんだ、混ぜてほしいのか」
と、長身の男。
「俺も別にいいぜぇ。女子とやるのは気が引けるけどな」
にやけながら、今度は丈は小さいががたいがガッチリしている男が言った。
「ありがとうございます!さ、アラト君頑張りましょうね!」
ミスティはそう言って、アラトから離れていってしまう。
他の二人もさも当然のように離れていく。
アラトは慌ててミスティに歩みよった。
「ま、待ってくれよ!まさか今からアイツらと戦うとか言わないよな!?」
ミスティは一瞬キョトンとして、首をかしげた。
すると、何かに気づいたのかばつが悪そうな表情を見せる。「もしかして……ノアからなにも聞かされてないんですか?」
嫌な予感しかしない、といった表情でミスティが尋ねる。完全に思ってもみなかったようだ。
それにアラトは頷く。
「もしかしなくてもそういうことだ」
「……どうしましょう?」
「いや、俺に聞かれても」
戦えないのに宣戦布告してしまった。なんというあり得ない状況なんだろう、とアラトは頭を抱えた。
端から見てもただの馬鹿馬鹿しいコントのようだ。
「おーい!何やってんだ!?早く始めるぞ!」
相手の一人が痺れを切らして叫ぶ。
そして、懐からなにかを取り出した。
「あれは、カードか?」「いけない!アラト君!気を付けてください!来ますよ!」
ミスティがそう言ったのと同時に驚くべきことが起きた。
「武器になった!?」
相手の手にしていたカードが輝き、槍になったのだ。
続いてもう一人もカードを出すと、武器へと変化させた。拳につけるナックルガードだ。
「なぁにゴチャゴチャ言ってんだぁ?さっさと武器出せよ」
「まあ、先制攻撃はもらうがな!」
一人の言葉を合図に二人がアラトとミスティに向かって走り出した。
「仕方ありませんね。
アラト君、なんとか逃げ延びてください」
「逃げ延びろってどこに!?」
無責任すぎる言葉に思わずツッコミたくなるが(むしろしたが)、ここは押さえて状況確認。
逃げるとしたら後ろの通路だが、見てみるとこちらをみている生徒が出ていた。
彼らによって逃げ道は断たれ、もはや逃げ場はない。
そうしてる内に男子生徒の一人、ナックルガードをしてる方がアラトに向かって突っ込んできていた。
「武器を出さねえってことは魔法に自信があると見た。つまりは容赦しねえ!」
冷静にアラトのことを分析しているようだが残念ながら的はずれ。
勝ち目がないようにも思えたが何もしないでただやられるのは割に合わない。
「……あーもう!やってやるよ!自信ないけど!」
ヤケクソになって、アラトは構えた。
相手は武器を持っているにしても、幸いなことにリーチは自分と変わりないため反撃できそうだった。
それはなぜか……。
「くらいな!」
相手が拳を突き出し、パンチを繰り出す。
アラトはその攻撃を一歩下がって避けた。
「意外とやるなぁ。なら、これはどうだ!」
一瞬驚いたみたいだったが、すぐに攻撃を再開。ジャブを繰り出した。 アラトは最小限の動きでこれを避けると、一瞬にして相手の懐に潜り込む。
そして、間髪入れずに腹に痛恨の拳を叩き込んだ。
「ぐぉ……!」
男子生徒は予想外のダメージに膝をつく。
本来なら追撃を加えるべきなのだろうが、アラトはしなかった。
「まだ、やるか?」
「ぺっ。当たり前だろ!」
男子生徒は立ち上がるが苦痛の色が明らかに見える。
「武器も魔法も使わずにやられたっつぅことになったら一生の恥だ。
俺ぁこんなところじゃ終われないんだよぉ!!」
力を振り絞って殴りかかる相手生徒。
しかし、完全に大振りになった攻撃はアラトには当たらない。
アラトの勝算。
それは普通の殴り合いの喧嘩ならほとんど負けないということだ。
内心、怪我をしていたから心配していたが、勘は鈍っていなかったのだ。
つまり、相手の武器が拳なら対応できるのだった。
「く、そぉ……何で当たらねえんだ……」
「はあっ、はあっ……!やっぱり結構来るな……。こんなに動いたの本当に久しぶりだし……!」
時間にして三ヶ月。
その間アラトはずっと入院していたのだから体力がなくなっているのは当然だった。
でもそれを言い訳にして負けを認めるほどアラトは安いプライドを持っていない。 しかし、この相手よりも明らかに場数が違う。負ける気はしなかった。
すると、急に相手生徒が膝をつく。
「どうした?もう降参か?」
「アホ言え。奥の手を使うんだよ」
そう言って彼は手のひらを地面に。
「我!願うは大地!敵を吹き飛ばす岩の槍よ!【ロックブレスト】!」
「それは!?」
アラトは咄嗟に距離をとる。しかし、その行動は遅すぎた。
アラトの足元から突然岩が飛び出し、アラトの体を吹き飛ばす。
「【チャージ】!」
完全に油断していた。
この世界にはまだ彼の知らない力が溢れていることを忘れ、自信の力を過信しすぎてしまった。 アラトが薄れ行く意識で最後に見たのは、赤く輝いた拳。それで体を突かれるのを感じた。
***
ふと痛みを胸に感じて目が覚めた。
見知らぬ天井。ただここが元の世界ではないこと以外はどこだかわからない。
そこでアラトはベッドに寝かされていた。
「おっ、目ぇ覚めたか!」
声のした方に視線を向けると、そこには先程の男子生徒二人がいた。
「ここは……?」
「お前の部屋だってよ。一緒にいた子が言ってたぜ」
と、一人が言う。
その彼――アラトのことを昏倒させた方――筋肉質な体つきで、少し身長が低めの少年が近寄ってきた。
「悪かったなぁ。まさか今日来たばかりの新人だとは思わなかったんだ」
気さくに笑いかけてくる少年はどうやらフレンドリーな性格のようだ。
対するアラトは初対面、それも自分と殴り合いをしてしまった相手と笑い会えるほど開放的ではなかった。
「いや、それについてはこっちも悪いからいい……いや、いいですよ」
「なんだぁ?お前は素でそんな話し方なのかぁ?」
「いや、そんなことはないけど……」
「なら、普通に喋ってくれよ。こっちが気を使っちまうからよ」
「……わかった」
アラトが口調を崩すと、少年は満足げにうんうんと頷いた。
「おい、クリード。普通先に自己紹介をした方がいいんじゃないか?」
そう言ったのはもう一人の少年。
深く青い髪色で、アラトと同じくらいの身長だ。
「おっと、そう言われてみればそうだな。
遅れたけど俺はクリード・アルファンテ。見ての通りここの学生だ」
屈託のない笑顔を向けて少年――クリードは言った。
「で、お前の名前は?」
「俺は藤堂アラト。今日からこの学園に通うことになった」
と、アラトは普通に挨拶をしたつもりだったが、クリードは何故か首をかしげた。
「どうしたんだ?」
「トウドウって変な名前だなって思ってさ」
外国に行ったときにたまに起こることなのだろうが、アラトはそんなことを言われたのは初めてだった。
そもそも自分の名前をバカにされるとも思ってなかった。
「いや、そっちはファミリーネームだよ。俺のことはアラトって呼んでくれればいいから」
「アラト、か。わかったぜ」
「なら次は俺だな」
すると次は、隣の少年が口を開いた。
「俺はバン・トラン。クリードとは腐れ縁で同じくこの学園の生徒だ。よろしく」
「ああ」
話が一段落したのを見計らって、アラトは疑問を口にする。
「なあ。さっき聞いたばかりなんだけど、ストラグルってなんなんだ?
ここではあんな風にいつでも喧嘩するのか?」
「……この学園は魔法学校ということは知っているな?」
アラトの問いにバンが問いで返す。
それにアラトは頷いて答えた。
「いずれわかると思うが、生徒には一人一人ランキングが与えられる」
「ランキング?」
「ああ。そして、この学園にある食堂では専用の通貨しか使えないんだ」
「食堂?ますます意味がわからないんだけど……」
「一定期間で生徒たちにその金が配られる。それが――」
「ランキングによって違ぇわけだ。ま、よーするにランクが高ければ高いほどいい飯にありつけるってぇ話だよ」
「そして、ランキングを奪い合う戦闘がストラグル。どうだ?理解できたか?」
「……まぁ、何となくは」
飯のためにって言うのが何とも気が抜ける話だ。
この学園の生徒、全員が全員それで戦っているのなら正直馬鹿馬鹿しく思えてくる。
中には純粋に力を求める者もいるのだろうか? するとそこで部屋の扉が勢いよく開いた。
「アラト君大丈夫ですか!?」
「はは。大丈夫だって」
やってきたのは今まで部屋にいなかったミスティだった。
見事な慌てっぷりの彼女にアラトは笑いながら話しかける。
「どこ行ってたんだ?」
ここに来るまで走ってきたのかミスティは息を切らしている。
汗も流して明らかに疲れているみたいだ。
「えっと……ノアの所に行って、これをもらってきたんです」
「あ、これって……」
ミスティが出したのは一枚のカード。
クリードが持っていたものと同じ品のようだ。
「お、プレートじゃねぇか」
「プレート?」
クリードの言葉に対してアラトがおうむ返しで尋ねた。
「ああ、プレートっていうのはいわゆる学園証みたいなものなんだ。他にも色々な機能があるがな」
とバン。それにクリードが続ける。
「んで、そのプレートにランキングやクレジェが記録されていくんだ」
「クレジェ?」
「金だよ、かーね。週に一回クレジェがこれに追加されんだよ。便利だよなー」
「へえ……」
アラトはミスティからプレートを受け取りながら呟く。それには感嘆の感情が含まれていた。
この世界で初めて手に入れたもの。思わずまじまじと眺める。
ガラスのように透き通っていて縁取られているカード。
「これがプレートか……」
そこでミスティがおずおず口を開いた。
「あ、あの……」
そして思い切りアラトに頭を下げた。
「本っ当に、ごめんなさいっ!」
この場にいた全員が思わず唖然としてしまう。それも謝られた当の本人が一番驚いていた。
ミスティは続ける。
「私、アラト君がまだ戦えないのに一人勝手に走ってっちゃって……。先にもっと説明した方がよかったですよね……」
「お、おいミスティ……」
「本当に私はバカでアホでドジでマヌケで……。何の取り柄もないただの生徒Aなんですよ」
そうしてどんどんミスティは項垂れていく。
クリードとバンは完全にかける言葉が見つからずに気まずそうにしてアラトに視線を送る。
結局自分が打開する羽目になり、アラトはため息をついた。
「あのな……全部お前が悪いって訳でもないんだぞ?」
その言葉にそっぽを向く男子が約一名。
「……でも」
「確かにミスティは突っ走ったよ。でもそれまでなにも言わなかった俺にも非はある」
「そんな!アラト君は全く悪くないですよ!」
アラトは首を横に振って否定する。
その顔には優しげな笑みを浮かべていた。
「そんなに自分を責めるなってこと。俺は別に怒ってる訳じゃないんだしさ」
「でも……イタッ」
俯きがちだったミスティの額を指で弾く。いわゆるデコピンだ。
そこまで力を入れてはいないが、急な顔への攻撃でミスティの思考を止めることはできる。
「バカなのは初めて会った時から知ってるよ。バカにされたいんだったらいつでも言ってくれ。いくらでもバカにしてやる」
と、アラトははにかみ笑顔で言った。
「むー、やっぱりアラト君意地悪です……。
でも、ありがとう」
「……どういたしまして」
「――――ぃよーっし!」
と、ここでクリードが大声をあげた。
保健室なので迷惑きわまりないことだが。
「一件落着したみてぇだし、飯行こうぜ飯!」
「お、おい待てよ!いててて!こっちは怪我人だぞ!」
「んなもん飯食えば治るだろぉ!いいから行くぞ!」
「仕方ない、俺も行ってやるか」
「なあ!バンとミスティもクリードに何か言ってやってくれよ!」
「ふふっ。いいんじゃないですか?少しくらい」
「問題ないな」
「二人ともぉ!!」
「だああ!ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ!」