[第二話]異世界『パラシア』
それから。
喜び続けるミスティを落ち着かせることに成功し、今は日付が変わろうとしていた。
「それで、俺はどうすればいいんだ?」
吹っ切れた表情を見せるアラトは先程とはもはや正反対。
早く行きたくてうずうずしているようだ。
「これから私がこのタクトでアラト君を精神体にします」
「精神体?」
と、アラトはおうむ返しで尋ねた。
「はい。今アラト君は怪我によって足が動かせないんですよね?」
その問いにアラトは頷く。
「ですから精神は自由に動けるんです」
「ちょっと待て。意味がわからないぞ」
「これからアラト君の魂だけを取り出して連れていくんですよ」
「た、魂!?」
「それじゃ始めますよー!」
ミスティが銀色のタクトを一振り。
すると、白い円陣がアラトの周りに浮かび上がった。
「人の……はな、し、を……」
そして、彼に襲いかかるのは急激な睡魔。
それに太刀打ちする間もなく、アラトの意識は闇に落ちていった。
***
「…………!……ト君!」
やがて暗闇の中でアラトは声を聞いた。
「…ラト君!起きてください!」
「…………う」
耳元でやかましく騒ぐ声にすぐに意識は呼び戻されていく。
そして、アラトはゆっくりと目を開けた。
「アラト君、やっと起きてくれましたね!」
「……ミスティ?」
起きて、まず最初に目には入ったのはミスティの顔だった。
そして、後頭部には柔らかい感触。
自分が今どのような状況になっているのか理解するのにそこまで時間はかからなかった。
「どっせえええい!!」
意味不明な言葉と共にアラトは飛び起きた。
というより、逃げた。ミスティの膝枕から。
「なっ、何してんだミスティ!」
顔を赤くしてアラトは叫ぶ。
膝枕など今までに数えられるほどしかしてもらっていないため耐性がついてないのだ。
「あ、それよりパラシアにつきましたよ」
「え?」
アラトは我に帰ると周りを見回してみた。
「…………」
言葉を失った。
辺り一面に草原が広がっており、遠くには川、山、海、街などが見える。
アラトとミスティのいる場所は丘になっているようで遠くまで見渡すことができた。
「……あ!た、立ってる……。俺立ってるぞ!」
それに加え、今まで両足の骨が折れていたために立つことさえできなかったアラトが今は何の違和感もなく普通に立っていた。
そのためアラトは興奮を抑えきれなかった。
「それにしても、すごいなここ……」
テレビや映画の中でしか見たことがないような大自然。
素直に、いくらでも感動の声は上がる。
「ここが、異世界……」
「はい!パラシアです!」
頭上には太陽が輝き、空には鳥たちが飛び交う。
風が辺りの草花をなびき、自然の香りが胸一杯に広がった。
地球にもこんな場所はあったのだろうか、とアラトは考える。
少なくとも彼の身近には存在していなかった。
だからこそこの広大な景色は本当に異世界のように思える。
「……本当に来ちまったんだな」
ふと、アラトが呟いた。
この世界で、願いが叶う。その事を信じ、やって来た世界。
(ここで俺は……必ず……!)
すると目の前を白い蝶が通りすぎた。
「あっ!可愛い蝶です!」
と、ミスティが真っ先に反応した。
蝶を可愛いものと判断するということは結構可愛いもの好きだと思える。
と、どうでも良いことをアラトは考えていた。
「へえ。この世界には蝶がいるんだな」
「はい!基本的にはさっきまでいた世界に生きている動物はたくさんいますよ!」
ふーん、と返しながらゆっくりと飛ぶ蝶の姿を目で追う。
その次の瞬間蝶の姿が消え去った。
その事を頭で認識するよりも早く、ミスティが叫ぶ。
「あっ!危ない!」
それと同時に彼女はアラトを突き飛ばした。
そして、今アラトの姿があった地面に穴が開き、そこから大きな獣が現れた。
まるでモグラのような手を持つ狼の姿をしている。
明らかに普通の動物とは違う。怪物だ。
「なっ、なんだよコイツ!?」
「魔物です!」
ミスティに魔物と呼ばれたそれは尻餅をつくアラトに襲いかかる。
ミスティはすぐさまタクトを取り出してそれを一閃した。
すると、アラトの周囲にどこからか出てきた花びらが飛び交い完全にアラトの姿を隠してしまう。
魔物は足を止め、様子を伺い始めた。
「願うは“花”!敵を切り裂く刃となりて、突き進め!《スラッシュ》」
タクトで宙に円を描きながらミスティは言葉を叫ぶ。
そして、言い終えた後タクトを魔物に向かって突き出した。
すると、アラトを包み込んでいた花びらはざわめき、その全てが魔物に突進していった。
魔物は逃げようとしたが、あっという間に体を包み込まれてしまう。
そして、花吹雪はやがて散っていくと、そこにいたはずの魔物の姿はなくなっていた。
「大丈夫ですかアラト君?」
「え?あ、ああ」
あまりに現実離れした出来事にアラトは呆気にとられていた。
「そ、それより今の何だ?猛獣か?」
アラトの問いにミスティは首を横に振る。
「今の生き物は魔物です」
「魔物って悪の手先とかそういう……?」
「いえ。このパラシアに生息する種族の一つです。動物と同じように草食や肉食、雑食に分かれているのですが、今のように凶暴な性格のものだと人を襲うんです」
「じゃあお前が使ったあの花びらは?」
「あれは魔法です。あ、これについては私が説明するより後でよくわかるから待っててください」
「………………」
本当に、別世界に来てしまったのか、とアラトは心のなかで呟いた。
「さ、他の魔物が来ないうちにいきましょう?」
「行くってどこに?」
「私たちの街ですよ!」
ミスティはそれだけ言うと駆け出した。
「あっ、おい待てよ!」
アラトも遅れて走り出した。
目指すは、目前にある街。
***
― 魔法都市 シェリグ ―
中世の外国の街を連想させるような作りの街で、辺りは人で賑わい全体的に活気のある雰囲気だ。
街を囲む外壁の門を潜り抜け、ミスティとアラトは街へと足を踏み入れた。
「……でかい街だなー」
見たこともない光景ばかりで新鮮なのかアラトはあちこち見回しながら呟いた。
その隣では時計らしきものを見てミスティが安堵を漏らしている。
「よかったぁ。予定時刻よりも早いですよ。アラト君。何かやってみたいことがありませんか?」
「やりたいこと?うーん、じゃああちこち見て回りたいかな。もとの世界との違いも知りたいし」
「わっかりました!」
ついてきてくださいとミスティが言うと、先導を始める。
***
「はー……おいしぃですぅ……」
「確かに美味いけどさ、流石に食べ過ぎじゃないか?」
現在、アラトとミスティはシェリグの街を回り、色々な店を巡っていた。
そして、ミスティの両手にはアイスが握られていて、本当に幸せそうな表情で食べている。
ここまででアラトがわかったことは買い物の仕方が元の世界と変わらないことや、食べ物も違いはあるが似ているということだ。
中世の街といっても見
***
― 魔法都市 シェリグ ―
中世の外国の街を連想させるような作りの街で、辺りは人で賑わい全体的に活気のある雰囲気だ。
街を囲む外壁の門を潜り抜け、ミスティとアラトは街へと足を踏み入れた。
「……でかい街だなー」
見たこともない光景ばかりで新鮮なのかアラトはあちこち見回しながら呟いた。
その隣では時計らしきものを見てミスティが安堵を漏らしている。
「よかったぁ。予定時刻よりも早いですよ。アラト君。何かやってみたいことがありませんか?」
「やりたいこと?うーん、じゃああちこち見て回りたいかな。もとの世界との違いも知りたいし」
「わっかりました!」
ついてきてくださいとミスティが言うと、先導を始める。
***
「はー……おいしぃですぅ……」
「確かに美味いけどさ、流石に食べ過ぎじゃないか?」
現在、アラトとミスティはシェリグの街を回り、色々な店を巡っていた。
そして、ミスティの両手にはアイスが握られていて、本当に幸せそうな表情で食べている。
ここまででアラトがわかったことは買い物の仕方が元の世界と変わらないことや、食べ物も違いはあるが似ているということだ。
中世の街といっても見た目が見慣れていないということだけでさほど違和感は感じられなかった。
「なあ、普段の生活でさっきみたいな魔法を使ったりしないのか?」
周りの人々をもう一度見回してアラトが尋ねる。
「はい。あれは結構疲れるもので、日常生活ではあまり使われないんですよ」
「そうなのか……」
遠目で見える街を見ても、元の世界とあまり変わらない。
アラトはここに来た目的が果たせるのかどうか。ただそれの“確信”が欲しかった。
だからこの世界の生活の一部に元の世界と違う部分を見つけたいのだ。
「まあ……、それは後になってもわかるか……」
アラトは小さく、自分に言い聞かせるように呟いた。
「そろそろ行きませんか?」
「俺、お前のこと待ってたんだけど……」
焦ったところで何にもならない。
つまりはそういうことだ。
***
「す、凄いところだな……」
ミスティに連れられやって来たのは中世の王城みたいな大きな建物。
城壁に囲まれていて、門を潜るととてもきれいな中庭が広がっている。
「ささっ。こちらへどうぞ」
ミスティが指し示す場所、その足下にはなにやら見たことがありそうな円陣が描かれていた。
「あれ?あそこから入るんじゃないのか?」
城には巨大な扉がある。普通はそこから入るはず。
「まあまあ。今はこれに立ってみてください」
そうしてアラトは渋々円陣に足を踏み入れた。
「で?何をするんだ?」
「こうするんです」
再びどこからともなく取り出したタクトを振るうミスティ。
すると、円陣の白い線が発光し始める。
「我願うは“空間”。彼の者を壁を越えて、送り届けよ。【テレポート】」
ミスティが先程のように言葉を紡ぐと、アラトは円陣の光に包まれる。
そして、その光が消えたときそこにアラトの姿はなくなっていた。
***
視界が暗転し、浮遊感が身体中を包み込む。
すると、気づけば足が地に着いて気持ち悪さもなくなった。
アラトは思わず瞑っていた目を開ける。
一番始めに目に写ったのは扉。
そこは壁に本棚があるだけの何の変鉄もないただの小部屋だった。
近くにミスティの姿はない。
とりあえず、扉を開けることにした。
「おや?もう来てしまったのか」
扉の先は本の山。見渡す限り本、本、本。
その中から男性の声が聞こえたが、どこにいるのかさっぱりわかりはしない。
「あ、あの……」
「ん、少しだけ待ってくれ。今片付けるから」
男性がそう言うと、次の瞬間驚くべきことが起こった。
部屋にびっちりと積まれていた本が一瞬にして消えてしまったのだ。
「嘘だろ……」
「虚空などではない。これも現実だ」
ハッとして目を向けると、そこには豪華な机にそれに向かって座って頬杖をついている一人の男性の姿があった。
髪は銀髪で前髪が右目が隠れるほど長く、左目からはアラトをまっすぐ見つめる光が見える。
年は三十前後だろうか。若くもなく、それでいて老けて見えるわけでもない。
身に纏っているオーラだろうか。そんな感じの気が感じるのだった。
「えっと……あなたは……?」
「紹介が遅れたな。私の名はノア。ノア=リザヌトゥス=ペイン。この学園の長を勤めている」
「が、学園の長ってことはここで一番偉い人ですか?」
「そういうことだ。
藤堂アラト君。ようこそ……ディアストロシムへ」
銀髪の男性――ノアは立ち上がるとアラトの前まで移動する。
「この学園に来ることを決断してくれたことに感謝したい。どうしても君の力が必要だったのだ」
「俺の、力?」
「そう。君の。君だけの力」
そして、彼はアラトに手を差し出した。
「どうかその力を私たちに貸してほしい」
「俺なんかで、いいんですか?」
アラトにはわからなかった。なぜ彼らが自分を求める理由、自分の力を。
今まで普通に生きてきて普通に学校生活を送ってきただけ。
そんな自分にいったい何の力があるのか。想像も出来ない。
しかしノアは、
「何度も言わせないでくれ。私は君自信の力と言っているのだ。躊躇うな。自信を持て」
「…………」
自信。
今のアラトにとって確かに欠けてるもの。
幼馴染みを目の前で失ったことに対して、自分は無力なのだと思ってしまっているのだ。
しかし、ずっと胸に抱えてきた願いを叶えるには、この手を握るしかない。
自分だけができること。
アラトは意を決してその手を握った。
「わかりました。よろしくお願いします」
「ありがとう。こちらこそこれからよろしく頼むよ」
この場で合意したこと。つまりそれは学園への入学も意味する。
「まずは部屋の手配を済ませよう。いるかな?ミスティーレ」
「はい」
ノアの言葉にアラトの背後から返事をする声が聞こえた。
振り返ってみるとそこにはミスティの姿があった。
「あれ?ミスティ?お前いつからここに……」
「アラト君の世話は任せる。いいかな?」
新斗の言葉はノアによって遮られ、そのまま話は進んでいく。
「はい!もちろんです!さ、アラト君行きますよ?」
「えっ?あ、ああ」
ミスティはアラトを急かすと、扉の外へ出ていってしまった。
そこでアラトは一度ノアの方を振り返る。
ノアは変わらない微笑を浮かべながら口を開く。
「困ったことができたら何でもミスティに尋ねるといい。彼女は君のことを思ったよりも気に入っているようだからな」
「は、はぁ……」
「ふっ。……まずはここでの生活を楽しんでほしい。そして、後日やってもらいたいことを伝えることにしよう」
「わかりました」
「それではまた、な?」
「は、はい。失礼します」
部屋を出るとミスティが待っていた。
「なにか話してたんですか?」
「いや、何でもないよ」
目の前の相手に気に入られているなんて言えるわけがない。
それを漏らさないようにアラトは口をしっかりとつぐんだ。
「そうですか。それじゃ今からもう一度転送するので目を瞑ってください」
「え?またさっきのをやるのか?」
「仕方ないですよ。この部屋に出口なんて無いんですから」
「なんて不便な……」
「はーい、始めちゃいますよー?」
「ちょっと待っ……!」
心の準備なんてする間もなく、アラトは再び転送させられていった。
***
「……どこだここ?」
目を開けると、今までいた部屋でも最初にいた庭園でもない場所。
目の前には大きな建物が立ちふさがっていて、入り口と思える所にはミスティと同じような格好をした人たちが闊歩している。
「この建物が宿舎ですよ」
再び後ろからミスティが遅れてやってきて説明する。
「この学園のほとんどの生徒がここに寝泊まりして、大きい食堂もあったりしてすごいところなんですよー」
「食堂を真っ先に言うなんてお前結構食いしん坊なのな」
アラトが笑顔で言うと、ミスティはたちまち頬を膨らませて怒り始めた。
「べ、別に食いしん坊なわけではないんですよ!?ただここの料理がすごく美味しくて……!」
「はいはいわかったよ」
「むぅ……なんか釈然としないです」
「ほらそれよりもさ、部屋に案内してくれるんだろ?頼むよ」
「わかってますよー」
ミスティが先導して、宿舎に入っていった。
「中も綺麗だな」
宿舎の中は外見からもわかるようにホテルみたいなものだった。
入ってすぐはロビーになっていて椅子やテーブルも多くあって結構の数の生徒が談笑している。
「おやミスティ。その子は新しい子かい?」
「あ、キールさん!」
後ろを振り返ってみると、四つの椅子に囲まれたテーブルがあり、その内の一つの椅子に腰かけている女性の姿があった。
白衣に身を包み、緑色の長い髪の毛を後ろで束ねている。
「紹介しますキールさん。この人は“トルシア”からやって来た藤堂アラト君です!」
と、ミスティが笑顔で言う。
「へえ、君が噂の一人か。私はキール・クロイ。この学園の医療を担当している講師だ」
そう言われてアラトは慌ててお辞儀をする。
「どうも。藤堂アラトです」
キールはそんなアラトを見て軽く吹き出した。
「プッ、ハハ!そんなに固くならないでよ!こっちがやりにくいんだから」
「は、はい。すいません」
「キールさんは医者で、先生で、ここの宿舎長なんですよ?」
「ま、大それたものでもないけどそんな感じだね。これからよろしく頼むよ」
「こちらこそよろしくお願いします」
その後はキールと別れ、アラトはミスティに連れられて建物の階段を上っていった。
上った先で災難に会うとも知らずに。




