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it'sLife rock'n'roll  作者: スオウ


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7/12

個性を4倍に

カフェの店内は木の温もりがある内装に、ジャズが静かに流れてる。


「マンネリ化……してると思わない?」

もう一度聞かれ、俺は一瞬返事に詰まった。マンネリ化? どこが? 


「えっと……どういうところが?」

そう尋ねると、美月さんは少し考えるように視線を落としてから、俺の顔を見た。


「聞いてる側からは、そう感じない?」

俺は首を傾げながら答えた。


「そうですね。クリクリの曲、どれも最高だと思いますよ」

それは本音だった。昨日のライブも最高で、新曲も良かった。


「うん、アタシもそう思ってる。でも……それって、アタシが好きな曲ばかりなんだよね」

その言葉に、俺は少しだけ悩んでから問い返した。


「それって……悪いことなんですか?」

美月さんはふっと笑って、グラスの中を見つめた。


「アタシにとっては、悪いことじゃないよ?でも、聞いてる人にとっては……」

言葉が途切れた美月さんに、俺は思わず聞き返す。


「……聞いてる人にとっては?」


「なんて言うのかな……もっと新しいものも、欲しくならない?」

その言葉に、俺はようやく美月さんの言いたいことがわかった気がした。


彼女は、自分の“好き”だけじゃなく、誰かの“聴きたい”にも応えたいと思ってる。それって、すごく誠実な姿勢だと思う。俺は、そんな美月さんの考え方が好きだ。


「……美月さんのそういうところ、すごく素敵だと思います」

俺がそう言うと、美月さんは一瞬固まった。

目をぱちぱちと瞬かせて、ストローを持つ手がぴくりと揺れる。


「え、えっ……な、なにそれ……!」

顔がみるみるうちに赤くなっていく。耳まで真っ赤だ。


「ちょ、ちょっと待って……急にそういうの言うの、ずるいってば……!」

ストローを口元に持っていくけど、飲むふりだけで、実際には口をつけてない。完全に動揺してる。


俺はそんな美月さんの様子を見ながら、首をかしげた。


「俺、なんか変なこと言っちゃいました?」


「変じゃないけど! でも! ……もう、マコトちゃんのそういうとこ、ほんと反則……!」

そう言って、テーブルに突っ伏しそうな勢いでうずくまる美月さん。

俺はちょっと笑いながら、クリームソーダをひと口飲んだ。


「いや、だって本当にそう思ったから言っただけで……。ほら、バンドのこと真剣に考えてるし、そういうのってすごいなって」

美月さんは顔を伏せたまま、かすかに肩を震わせてる。笑ってるのか、照れてるのか……よくわからない。

俺は特に深く考えず、続けた。


「俺にも手伝えることあったら言ってくださいね。美月さんが言うなら、きっと正しいと思うし」

美月さんは急に顔を上げて、目を輝かせながらこちらを見た。


「ちなみに、曲は誰が作ってるんですか?」

俺は自分に出来ることがあれば、手伝いたいと思った。


「アタシが歌いたいメロディを作って、歌詞のせてみんなの前で披露するでしょ。それからみんなで曲にしていく感じかな?」

なるほど。中心にいるのはやっぱり美月さんなんだ。


「歌詞も美月さんが?」


「そうだね」


「編曲する時に、大きく変更とかありますか?」


「演奏方法はいろいろ話し合うけど、だいたいアタシの好きな感じになるよ?」

美月さんはさらりと言ったけど、バンドの方向性を引っ張ってるのは彼女なんだなと改めて思う。


「わかりました」

そう言ってから、俺は少し考えた。


「少し難しくなるかもしれませんけど……歌詞から作ってみるっていうのはどうですか?」

美月さんはグラスを置いて、首をかしげた。


「うーん、歌詞からか……」

俺は続ける。


「いや、美月さん以外のメンバーに作詞してもらうんです」


「え?」


「その詩を見ながら作曲を進めていくなら、個性は4倍になりませんか?」

美月さんは目をぱちくりさせて、そしてぱっと表情が明るくなった。


「え? なにそれ、面白そう!」

その笑顔に、俺はちょっとだけ安心した。俺の提案が的外れじゃなかったみたいだ。


「みんなの言葉から曲が生まれたら、聴く人にももっと届くかもしれませんし」


「うん……それ、やってみたいかも」


美月さんがスマホを取り出した。

何気ない仕草なのに、どこか“始まるぞ”って空気が漂ってる。俺はなんとなく身構える。


「リョウくん。ヒマ?」

第一声から軽い。というか、距離感が近い。


「え?バイト?何時に終わんの?」


「8時ね、おケー。カンナんちに集合ね」

おケーって何。そんな軽快に集合決めるんですね…。

俺、まだ何も聞いてないんだけど…。


電話が終わると、すぐさま次の発信。


「ケイタ?やほー。今日カンナんちに集合なんだけど、大丈夫?」


「リョウくん8時くらいになるんだって」


「わかった。急にごめんね」

ケイタさんにはちょっと柔らかめの声。あれ?リョウさんの方が年上だったような…?

いや、そういうの気にするの俺だけか?


そして三度目の発信。もう誰にかけるかは予想できる。


「カンナ?美月ー。今から行くけどいい?」


「わかった、マコトちゃんも一緒だからね」


「…何でって、まあいいじゃん。今から行くねー」

……また“マコトちゃん”って呼ばれた。

もう慣れたけど、毎回ちょっとだけ心の中で「おぉ…」ってなるのは何なんだろう。

そして俺の予定も、今決まったらしい。まあ、行きますけど。


美月さんの電話をしている様子を見守るだけだった。

バンドメンバーを次々と呼び出していく様子は、ちょっとした司令官みたいで。

俺はただ、横で「へぇ…」ってなってるだけの人だった。


「じゃあ行こう!」

そう言って、勢いよく店を出る美月さん。

俺は慌てて会計を済ませて、その背中を追いかける。

電車に揺られながら、どうしても気になってしまって、思い切って聞いてみた。


「もしかして、俺も参加するんですか?」

美月さんは、ぱちりと目を瞬かせて俺を見上げる。


「え?何か用事あった?」

その表情は、ほんの少し不安そうで。

そんな顔されたら、「いや、別に…」って言うしかないじゃん。


「いや、大丈夫ですよ。でも、バンドのミーティングなんじゃ…?」

俺がそう言うと、美月さんはふっと口元をゆるめて、ちょっと意地悪そうな笑顔を見せた。


「手伝ってくれるって言ったじゃん?」

……ああ、そうだった。言った気がする。

でもそれ、急だな…まさかミーティングに参加するなんて。


いや、もういい。この笑顔には勝てない。

電車の窓に映る俺の顔は、たぶんちょっとだけ照れてる。

美月さんはそんな俺の様子なんて気にせず、楽しそうにスマホをいじっていた。


美月さんに連れられて、水橋の家に到着した。

まず目に入ったのは、オシャレすぎる四角形の建物。高い。でかい。なんか…未来感ある。

横には電動シャッター付きのガレージ。しかも4台は停められそう。


え、ここって本当に“家”なの?


立派すぎる玄関の前で、インターホンを押すと、すぐに水橋環奈が出てきた。


「早かったですね」


「急いで来たからね、何か飲みたい」

美月さんがそう言うと、水橋はすっと家の中へ案内してくれた。


「今日はミーティングなので私の部屋でいいですか?」


「いいよ」

美月さんが軽く返事すると、俺たちはそのまま3階へ。

……3階?部屋に行くのに階段じゃなくて、エレベーター?

俺、家の中にエレベーターがあるの初めて見たんだけど。なんかもう、すごすぎて笑えてくる。


そして通された水橋の部屋は、もはや“部屋”の概念を超えていた。

広い。ソファがある。冷蔵庫もある。応接間か?ここ応接間だよね?


俺の部屋なんて、ベッド置いたらほぼ終わりなのに。

ソファに腰を下ろすと、水橋が冷蔵庫から飲み物を出してくれた。


「リョウくん8時くらいになるって」


「バイトですか?じゃあ晩御飯はうちで食べますか?」


「いいの?お願い」

……え、美月さん、晩御飯までいただく流れなの?

ってことは、俺も?俺も食べるの?いや、ありがたいけど、心の準備が…。

そんなことを考えていたら、水橋がふと俺の方を見て言った。


「で、須藤君はなんでここに来たんですか?」

えっ、今!?

俺の存在、ちょっとだけ“ついで”感あるのは気のせい…じゃない気がする。


「マコトちゃんはアドバイザーなんだよ」

美月さんが、いきなり俺に肩書きを与えた。

え、アドバイザー?俺が?今、初めて聞いたんですけど。


「アドバイザー…ですか?」

水橋が聞き返す。眉を少し寄せて、困惑気味だ。


「そう。これからクリクリの個性を4倍にする方法を考えていくの」

個性を4倍か、そのまま伝えるとやけに大きな話に聞こえるな…。


「個性を4倍…ですか?」

水橋は理解が追いつかないという顔で、言葉を反芻する。


「私の作曲ばかりだと、マンネリ化しちゃうでしょ?」

美月さんがそう言うと、水橋がすぐに声を張った。


「美月さんの曲は最高です!」

その言葉には、少し熱がこもっていた。

俺もそう思う。でも、たぶん美月さんの言いたいことは、そこじゃない。


「いや、そうじゃなくてね…」

美月さんは苦笑いしながら、水橋の視線を受け止める。


「須藤君に何か言われたんですか?」

水橋の声が少しだけ鋭くなる。あ、ちょっと誤解されてる。


「違う違う、アタシが相談したんだよ」


「え、何で…」

水橋の顔が曇る。不安そうな目が美月さんを見つめていた。


「そろそろ、外部の声も欲しいと思ってね」

外部の声。つまり俺のことか。いや、たしかにメンバーじゃないけど、急にそんな大役を…。


「でも、個性を4倍だなんて…」

水橋はまだ納得できない様子で、言葉を探している。


「ああ、それは本当にそうなるかは別なんだよ?」

美月さんが、なだめるように笑う。

その笑顔は、無茶を言ってるのに、どこか説得力がある。


「私は今のままでもいいと思います」

水橋の声は静かだけど、強かった。

でもそのあと、美月さんはふっと目を細めて言った。


「アタシも別に不満はないよ。でも、もっとできる気がするんだ」


「もっと?」


「うん。このメンバーなら、もっと楽しいことできる気がする」

その言葉に、水橋は少しだけ目を伏せた。


俺はただ、二人のやりとりを黙って見ていた。

なんだろう、この空気。真剣だけど、どこかあたたかい。


「だから、一度みんなで話し合ってみようよ?」


「…わかりました」

伏せていた顔を上げて、水橋がそう答えたとき、

俺の中でも何かが動いた気がした。


アドバイザーって、俺には大げさな肩書きだけど。

でも、ここにいていいんだって、少しだけ思えた。


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