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it'sLife rock'n'roll  作者: 魔法使いの弟子スオウ
第三章 怒涛の文化祭

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どこにも行かないよね?

 夜遅くまで続いた打ち上げの余韻を引きずったまま、翌朝、眠い目を擦りながら車に乗り込んだ。


「ん? ヒトシさんは?」


「置いてくよ?」

 振り返ったクロさんが、悪戯っぽくニヤッと笑う。


「羨ましいー!」

 青山さんが悲鳴みたいな声を上げたので、思わずビクッとした。


「青山さん……SERINAファンだったんですか?」


「うん、大好き!」

 昨夜からずっとこんな調子で、いつもの落ち着いた青山さんはどこかへ行ってしまったらしい。


 その無邪気さが可愛くて、つい頬が緩む。


 帰り道は長かったけれど、緊張が抜けたせいか、車内は終始のんびりした空気だった。


 休憩を挟みながら、東京までの距離が少しずつ縮まっていく。


「ヒトシさんの“約束”って何なんですか?」

 青山さんが尋ねると、クロさんは少しだけ困ったように眉を寄せた。


「ヒトシに言うなって言われてるからね」


「そうですか……」

 残念そうではあるけれど、深追いしないところが大人だ。


 約束、か。

 俺にもできるだろうか――あんなふうに、人を喜ばせる約束。


 考えても答えは出ないけれど、胸の奥に小さな目標が灯った気がした。


 空がオレンジ色に染まりはじめた頃、サービスエリアで休憩になった。

 何度か休憩してきたとはいえ、さすがに体が痛い。


「夕食休憩は一時間ね。この時間どうせ混んでるから」

 クロさんの声に従って、みんなで食事をとる。

 行きよりも距離が近くなった気がして、自然と笑いが増えた。


「松崎くんはこのあと寝るんだよ? 夜中はまかせるからね」

 クロさんに言われ、松崎さんは静かに頷く。


「夜中ですか……今、兵庫県ですよね?」


「そうだね。東京着くのは深夜になるかな」


「何時くらいですか?」


「無理はできないからね、二時か三時くらい」

 その言葉を聞いて、陽葵にメールを送った。


『遅いね、聞いてない』


『悪い、スケジュール確認し忘れてた』


『起きてないよ? 鍵持ってる?』


『鍵はある、悪いな』

 返ってきたのは、無表情でおやすみと言うスタンプ。 いや、まだ寝るには早いだろ……。


 そこからは鈴木さんの運転で東京へ向かった。


 夜も更け、静岡を過ぎたあたりで、いつの間にか眠ってしまったらしい。


「マコトくん、着いたよー」

 クロさんの声で目を覚ますと、そこは家の最寄り駅だった。


「ありがとうございました」

 みんなに礼を言って降りようとしたとき、背中に声が飛んできた。


「マコト、頑張れよ」

 振り向くと、松崎さんがいつもより大きな声でそう言い、親指を立てていた。

 車内のメンバーも、みんな笑顔で俺を送り出してくれる。


 もう一度深く頭を下げ、走り去る車を見送った。

 滲んだ涙がこぼれたけれど、バレないように笑いながら、遠ざかるテールランプを見つめていた。


 そっと鍵を回し、できるだけ音を立てないように玄関を開けた。

 閉めるとき、カチャリと小さな音が鳴ってしまい、思わず肩が跳ねる。


 振り向くと、リビングのドアが少し開き、陽葵が顔を覗かせていた。


「まだ起きてたのか」


「遅い」

 短い一言なのに、しっかり不機嫌が滲んでいる。


 まあ、連絡が遅れたのは事実だ。

 リビングに入って荷物を下ろすと、陽葵がじとっとした目でこちらを見上げてきた。


「言うことは?」

 その目に、怒りよりも寂しさが混じっている気がした。


「ごめん。連絡遅くなって」


「うん」

 まだ機嫌は直っていない。心配させたんだろう。


「お兄ちゃん」


「なんだよ」


「毎年行ってる花火大会、昨日だった」

 あっ――完全に忘れてた。

 全国ツアーのことで頭がいっぱいで、すっぽり抜け落ちていた。


「陽葵、来年から高校生だよ?」


「はい、そうですね」


「高校生になったら、彼氏ができるかもしれません」


「ま、まあ……そういうこともあるだろうな」

 言われてみれば当たり前なのに、胸の奥が少しざわつく。

 まだいない相手に嫉妬してるみたいで、自分でも笑えてくる。


「だから今年は、一緒に行ける最後のチャンスだったかもしれないよ?」


「……それは、寂しいな」


「でも忘れてたじゃん」

 真正面から刺されて、言い返す言葉が見つからない。


「ちゃんと埋め合わせするよ」


「どうやって」


「陽葵の行きたいところ、どこでも連れてく」


「どこでも?」


「どこでも」

 陽葵はすっと立ち上がり、


「ん、コーヒー淹れたげる」

 そう言ってキッチンへ向かった。


 ドリップの音と、ふわりと広がる香り。

 その匂いを吸い込んだ瞬間、ようやく家に帰ってきた実感が湧いた。


 ああ――『MACS』のマコトは、今日で終わったんだ。

 明後日からは、『Critical Clinical』のマコトとして、初めての音合わせが始まる。


 ミズハシ楽器の自動ドアが開く。

 何度も来ている場所なのに、今日は胸の奥がそわそわして落ち着かない。


『Critical Clinical』のメンバーとして初めて参加する日。

 そのことを考えるだけで、呼吸が浅くなるのが自分でも分かった。


 スタジオへ向かう俺を見つけて、ヨネさんが声をかけてくる。


「マコトくん、クリクリに入ったんだってね?」


「はい。今日が初めての練習です」


「はは、真面目だね。まだ早すぎないか?」

 確かに、一時間も早く着いてしまった。

 家にいても落ち着かなくて、意味もなく歩き回って、結局そのまま出てきた。


 そのとき――

 背後で自動ドアが開く音が、いつもより鮮明に耳に刺さった。

 空気が変わったような気がして、肩がわずかに跳ねる。


「あれ? マコトちゃんじゃね?」

 聞き慣れた声なのに、胸の奥がぎゅっと縮む。

 振り向いた瞬間、視界が一瞬だけスローモーションになった。


 真っすぐ伸びた鼻筋。先端まで無駄がなくて、横顔がそのまま絵になる。


 目の形がきれいすぎて、思わず瞬きを忘れた。


 まつげの並びは近づくほど整っていて、光を受けて一本一本が分かる。


 肌は表面が均一で、光が滑るように流れていく。


 唇は輪郭がくっきりしていて、上下のバランスが完璧に近い。


 その唇が、悪戯っぽく上がる。


 胸の奥がじわっと熱くなり、指先が少しだけ震えた。

 理由なんて分からない。ただ、心臓が勝手に速くなる。

 自分の身体が自分のものじゃないみたいで、戸惑いだけが残る。


「久しぶりじゃん、元気だった?」

 にこっと笑った瞬間、八重歯がのぞく。

 その小さな変化だけで、喉がひゅっと狭くなるような感覚が走った。

 視線を外そうとしても、うまくいかない。


「どしたの? ボーっとして」


「いや、その……お久しぶりです」

 声が少し遅れて出た。

 舌がうまく回らず、呼吸のリズムも乱れているのが自分でも分かる。


 俺がそう言うと、美月さんはまた同じ笑顔を向けてくる。

 その笑顔が胸の奥に残って、鼓動が落ち着く気配がない。


 どうしてこんなに反応しているのかなんて、考えたこともなかった。

 考える必要もないはずなのに――

 今は、胸のざわつきの理由がうまく掴めなかった。


「飲み物買いに行かない?」

 美月さんに誘われて、俺たちは並んでコンビニへ向かった。

 歩き出した瞬間、歩幅が合わなくて、妙にぎこちなくなる。

 横にいるだけなのに、呼吸のリズムが少し乱れる。


「あ、早いですね」

 自動ドアを出たところで、リナさんに声をかけられた。


「リナも早いじゃん、練習すんの?」


「ええ、少し弾きたいところがあって」

 それを聞くと、美月さんは「そっか」と言うように軽く手を振った。

 その仕草がやけに柔らかく見えて、胸の奥がふっと温かくなる。

 理由は分からない。ただ、そう感じた。


「マ、マコトちゃんさ。今日からクリクリのメンバーなんだよね?」


「はい、そうですね。よろしくお願いします」


「うん、もうどこにも行かないよね?」

 美月さんが上目遣いで、少し不安そうな瞳を向けてくる。


「え?」

 言葉の意味がすぐには掴めなかった。

 でも、俺が『MACS』を抜けてここに来たから、またどこかへ行くと思われたのかもしれない。


「行かないですよ、美月さんの夢を叶えるまでは」


「え……」

 美月さんの頬が、みるみる赤く染まっていく。

 その変化が目に入った瞬間、胸の奥が一拍遅れて跳ねた。

 喉が少しだけ乾いて、息を吸うタイミングがずれる。


「あれ? 俺なんか変なこと言いました?」

 声が自分でも分かるくらい少し上ずった。

 手のひらにじんわり汗がにじむ。


「変じゃない、変じゃないけど……」

 美月さんは視線を泳がせて、唇をきゅっと結んだ。

 その仕草に、胸の奥がざわつく。


「ズルい!」

 美月さんはビシッと俺を指さした。


「ズルい……?」


「そう! それ言われたら何も言えなくなるじゃん」

 責めているような言い方なのに、目元は緩んでいて、どこか嬉しそうだ。

 その表情を見た瞬間、胸の奥がじわっと温かくなる。


 ただ、美月さんが笑っている。それだけで、気持ちが軽くなる。

 俺は、この笑顔をずっと見ていたかった。


「おはようございます」

 透き通った声が、俺たちの会話をさらりと断ち切った。


 振り向くと、環奈がまっすぐこちらを見ていた。


「あ、カンナ。おはよう」


「おはよう、環奈。コンビニ行くけど一緒に行く?」

 美月さんが声をかける。

 けれど環奈の瞳は、俺と美月さんの間を静かに往復するだけだった。


「いえ、飲み物は買ってますので」

 温度のない低い声。

 真っ直ぐ前を向いたまま、すっと俺たちの横を通り過ぎる。

 環奈はそのままスタジオへ歩いていった。

 いつもとは、違うリズム。


 あれ、機嫌悪かったのかな……。


「何だろう、アタシを見て笑わなかったのはじめてだ」

 美月さんも、環奈の背中を呆然と目で追っている。

 その横顔が少しだけしょんぼりして見えた。


「何でしょうね。嫌なこととかなかったらいいんですけど」

 胸の奥がざわついて、思わずそう口にしていた。


「だよねー、カンナ真面目だからさ……」

 美月さんも同じ気持ちだったのか、肩を落とす。


「まあでも、練習になったら気分も晴れるんじゃないですか?」


「あ、確かに。楽しいからね」

 美月さんがふっと笑う。

 その笑顔に、さっきまでの重さが少しだけ溶けていく。


 俺たちは並んでコンビニへ向かった。

 スタジオの方へ歩いていった環奈の背中が、まだ頭の片隅に残ったまま。

【須藤家】


須藤すどう まこと/17歳・都立星雲高校2年生

マックスでのメンバー登録表名はマコト。

アマチュアバンド「マックス」のヘルプギタリストとして、ライブハウス「Roots」に出演中。

人前では髪を下ろして顔を隠すほどのコンプレックス持ちだが、ギターを握ると別人のように冴える。

静かな日常と熱いステージ、そのギャップが彼の魅力。


須藤すどう 陽葵ひなた/15歳・中学3年生

誠の妹で、しっかり者の家庭担当。共働きの両親に代わって家事をこなすスーパー中学生。

兄の通う星雲高校を目指して受験勉強中。兄にはちょっぴり甘えたいけど、素直になれない年頃。



Criticalクリティカル Cliticalクリニカル 通称:クリクリ】


有栖川ありすがわ 美月みつき/18歳・ヴォーカル担当

Critical Cliticalのメンバー表登録名はミツキ。

ピンクのツインテールにオフショルダーの服がトレードマーク。派手に見えるが、整った顔立ちと圧倒的な存在感で観客を魅了する。

マコトを気に入っていて、何かと“お姉さんぶり”たがるが、時々天然。ステージでは圧倒的カリスマ、オフでは賑やか担当。

有栖川という名家の娘であることが分かった。


宮田みやた りょう/22歳・ギター担当

Critical Cliticalのメンバー表登録名はリョウ。

レスポールを愛用するギタリスト。音とテクニックで観客の心を掴む、クリクリの音楽的屋台骨。

口が悪くて天邪鬼なところがあるが、音楽に対する情熱は誰よりも熱い。ステージでは言葉よりギターが語る。


ケイタ/20歳・ドラム担当

黒髪の長髪にアルカイックスマイルが印象的な、落ち着きのある青年。

正確無比なリズムでバンドを支える縁の下の力持ち。物静かだが、時折鋭い一言で場を動かすタイプ。


水橋みずはし 環奈かんな/17歳・ベース担当/都立星雲高校2年生

Critical Cliticalのメンバー表登録名はカンナ。

年齢に似合わぬベーステクニックで“天才少女”と呼ばれる実力派。

高校では物静かで目立たないが、黒髪ロングの美人で、周囲からは羨望の眼差しを受けている。

マコトとは同級生で、淡々とした言動の中に時折見せる優しさが印象的。


小松こまつ 里菜りな/キーボード担当/ミズハシ楽器・アルバイト

Critical Cliticalのメンバー表登録名はリナ。

前任のヨネさんの紹介でクリクリにヘルプとして加入。

普段はミズハシ楽器でアルバイトしている。

落ち着いた雰囲気を持ちながらも、音楽に対しては柔軟で積極的。サポートメンバーとして呼ばれることも多かった。



【MACS】


ヒトシ/ヴォーカル担当

マコトをバンドに誘った張本人で、明るくポジティブな兄貴分。

ライブでは観客を巻き込むパワー型フロントマン。マコトにとっては頼れる先輩であり、良き理解者。


クロ/ドラム担当

ヒトシの相棒で、落ち着いた雰囲気の大人っぽいドラマー。

言葉少なめだが、演奏ではしっかりとバンドを支える。マコトのことも静かに見守っている。


松崎(まつざき)/ベース担当

寡黙で無口なベーシスト。だが、マコトのことをよく気にかけてくれる優しい一面も。

演奏中の安定感は抜群で、マックスの土台を支える存在。


【サンデーパニック】


せき/ヴォーカル担当

マイクパフォーマンスが楽しいサンパニのヴォーカル。

環奈推しでよくお茶に誘うが、毎回断られている。

以前リョウに怒られて以来、少しリョウが怖い。



【都立星雲高校】


芝崎しばざき/誠と同じクラス

顔良し、友達多し、ノリも軽い。高校生活を全力で楽しむタイプ。

なぜか誠に絡んでくることが多く、軽薄な口調ながらも憎めない存在。


中谷なかたに 由美子ゆみこ/誠と同じクラス・隣の席

素朴で可愛らしい雰囲気が魅力の女の子。男子から密かに人気があるが、本人はあまり気づいていない。

誠とは隣の席で、時折交わす会話がじんわりと心に残る。


【美月の同級生】


泉谷いずみや/泉谷グループの御曹司

音楽業界に強い影響力を持つ名家の跡取りで、若くして多くのアーティストやプロデューサーと繋がりを持つ。

冷静で礼儀正しいが、その裏には家の期待と責任を背負う重圧もある。

有栖川家との関係から、美月との縁談が水面下で進められており、本人もその事実を理解しているが――彼自身の本心はまだ誰にも見せていない。


藤崎ふじさき/美月の同級生

美月の同級生で、名家・藤崎家に育った正真正銘のお嬢様。

育ちの良さがそのまま性格に表れており、言葉遣いは丁寧だが、価値観はどこか“良家の常識”に縛られている。



【市田楽器店】


市田いちだ/市田楽器店の店長

穏やかな笑顔と落ち着いた声がトレードマークの、街の楽器店の店長さん。

誰にでも優しく、従業員や常連からの信頼も厚い。

リョウのバンド活動を陰ながら応援してくれており、時にはアドバイスをくれることも。


戸田とだ/市田楽器店・アルバイト

高校時代から市田楽器店で働いている、元気で世話焼きな女性スタッフ。

リョウとは同い年ながら、バイト歴ではちょっぴり先輩。

Critical Clinicalの大ファンで、ライブにはほぼ毎回顔を出している。


【ミズハシ楽器】


米山よねやま/35歳・マネージャー

クリクリの元キーボード担当をヘルプでやっていた。登録名はヨネ。

ミズハシ楽器の社員で、店内では“そこそこ偉い人”として知られる存在。

スーツ姿じゃなくても漂う落ち着きと余裕――その佇まいは、まさに“大人の男”。

クリクリの音に心を動かされ、自ら「手伝わせてほしい」と申し出た。

年齢も立場も違うのに、スタジオでは誰よりも柔らかく、誰よりも鋭く音を見つめる。

時に冗談を交えながらも、音楽に対する姿勢は本物。

「拗ねるとちょっと面倒」と噂されるが、それも含めて愛されている存在。



【陽葵の同級生】

加地かじ あかり/陽葵の同級生

陽葵の同級生で親友。大人っぽい外見をしている。



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