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it'sLife rock'n'roll  作者: スオウ


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4/12

待合室

土曜日。

「マックス」のライブ当日。


ギターケースを抱えて駅の待合室に腰を下ろした俺は、電車遅延のアナウンスを聞きながら、落ち着かない気持ちをなんとか抑えようとしていた。


ふと顔を上げると、待合室の入口に立つ人影と目が合った。


「あれ?奇遇じゃね?」

その声に、心臓が跳ねた。


「Critical Clinical」のヴォーカル、美月さん。

あの日、ステージで見た彼女の歌声と存在感が一気に蘇る。

そして何より、名前を呼ばれた瞬間の高揚感が。


「マコトちゃん!おひさー……でもないか?」


「アハハ、そうっすね」

気の利いた返しができない自分が、ちょっと悔しい。


「これからライブ?うちは私用的なやつ」

そう言って謎のピースサインをする美月さん。

その仕草すら、どこか魅惑的だ。


「今日は『マックス』のライブなんですよ」


「へえ、でも電車遅れちゃったね……間に合うの?」

少し心配そうに覗き込む彼女に、「大丈夫ですよ」と答えると、ふっと安心したように微笑んだ。


「ねえねえ、少しお姉さんとお話ししない?」

お姉さん……って、確か一つか二つしか違わなかったような。


「お姉さんじゃ不満?」

なるほど。そういうポジションでいたいのか。


「最近、カンナとよく話すんだってね?」

水橋から聞いたのかな?と思いつつ、「そうですね」と答える。


「え、もしかしてカンナ狙いか?」

少し声色が変わった。

お姉さんとして、カンナを心配してるのかもしれない。


「いや、友達として話してるだけっすよ?」

そう言うと、美月さんはほっとしたような顔をした。

水橋を心配してるんだな。


「カンナはさ、アタシと違って真面目だから」

何かを言いかけた美月さんの表情が、ふと曇った。

その一瞬の陰りに、彼女の中の複雑な想いが垣間見えた気がした。


「その…水橋は練習中とか、どんな感じですか?」

美月さんの曇った表情を見て、思わず口にしていた。

彼女の顔を晴らしたかったのか、それとも水橋の力になりたかったのか、自分でもよくわからない。


「ん?ああ…いつも通り…かな?」

歯切れの悪い答え。

美月さんらしくない。


「でも最近、雰囲気が暗いというか…なんというか…」

少し考えてから、「んー、違うな」と首を傾げる。


「何だかね、何かに追われてるような感じ?」

そう言って、俺の顔を覗き込む。

…いや、俺に聞かれても。


「それは、プレッシャー的な?」


「いや、それをアタシに聞かれても!」

じゃあ…誰に聞けばいいんだよ。


「ああ、でもね。少しそんな感じかも」


「天才少女なのに?」


「天才少女なのに」

間髪入れずに返ってきたその言葉に、二人して腕を組んで「むー」と唸る。

まるで謎解きでもしているみたいだ。


「カンナはね、アタシをクリクリに誘ってくれたんだよ」

美月さんは誇らしげに言った。


「誘われた時、カンナの顔を見てさ。この子とずっと一緒にやっていこうって誓った」

「それがアタシの誇り」

その言葉に、彼女の顔が眩しく見えた。


「それ、水橋に言いましたか?」



「え?」

美月さんがこちらを見る。

その瞬間、陽葵の言葉が脳裏に浮かんだ。


『でもさ、隣にいてほしいって言ってもらえたら、嬉しいよね』


「美月さん、隣にいてほしいって言ってもらえたら嬉しいんです」

そう言った瞬間、美月さんの顔色が変わっていくのがわかった。


少し考えるような顔をした後、彼女の表情がどんどん晴れていく。

ああ、この笑顔が見たかったんだ。

そう思った。


「マコトちゃん!すごいよ、それだね!」

そう言って勢いよく立ち上がる美月さん。


「次のライブ、新曲やるから絶対見に来てね!」


「クリクリの新曲ですか?絶対見に行きます!」

美月さんは何かを思いついたような顔をして、「先に帰るね!」と手を振って待合室を後にした。


残された俺は、ギターケースを抱えたまま、少しだけ胸が熱くなっていた。


「何だ?楽しそうだな」

「Roots」の控室に入った瞬間、ヒトシさんの声が飛んできた。

その言葉に、思わず足を止める。


「楽しそう…ですか?」

自分ではそんなつもりはなかったので、首を傾げながら聞き返すと、


「ああ?頬が緩んでるぞ」

そう言われて、急に顔が熱くなる。

……そんなにニヤけてたか、俺。


「ヒトシ、青少年を虐めるなよ」

ドラムのクロさんが、タバコをくゆらせながら笑っている。

その余裕のある笑い方が、なんだか大人っぽくてかっこいい。


「別に虐めてねえよ?嬉しそうだったから、こっちも嬉しいっていうかさ」

ヒトシさんが肩をすくめると、松崎さんがそっとその肩に手を置いた。


「わかってるよ」

そう言って、柔らかく笑う。

その笑顔に、控室の空気が少しだけあたたかくなる。

ライブ前の緊張感の中で交わされる、何気ないやり取り。

それが、俺の心を少しだけ軽くしてくれた。



ステージに立った瞬間、頭の中から余計な思考がすっと消える。

目の前にあるのは、音。リズム。そして仲間たち。


ドラムのカウントに合わせて、音楽が動き出す。

俺の指が弦を弾き、リズムに乗って音が空間を満たしていく。

メンバーの気持ちが重なっていくのがわかる。

それぞれのこだわりが、同じ方向を向いているか確かめながら、音を紡ぐ。


ああ、今だ。

この瞬間、音とリズムがぴたりと重なる。

振り向いた動きが、松崎さんとシンクロする。

まるで打ち合わせでもしていたかのような完璧なタイミング。


客席から歓声が沸き上がる。

その声に応えるように、ヒトシさんの歌が入ってくる。


熱い。

この空間が、音が、仲間が、すべてが熱い。

「マックス」は本当に熱いバンドだ。

ステージの上で、それを全身で感じている。


ライブが終わって、控室に戻る。

熱気が少しずつ引いていく中で、身体は疲れているはずなのに、心はまだステージの上にいた。


ギターケースをそっと壁に立てかけて、ソファに腰を下ろす。

鼓動がまだ、音に合わせて跳ねている気がする。


「正式メンバーにならないか?」

ヒトシさんがニッカリ笑って、そう言った。

その笑顔は、冗談みたいで、でも本気の温度を持っていた。


「……もう少し、考えさせてください」

そう答えると、ヒトシさんは何も言わずに俺の頭をぽんと撫でてくれた。

その手が、優しくて、あたたかかった。


「早く結論出すことはない。ちゃんと考える方が偉いと思うよ」

タバコをくゆらせながら、クロさんが静かに言った。

その声は、煙のように柔らかくて、胸に染みる。


少し遅れて入ってきた松崎さんが、無言で俺の肩をポンと叩いた。

一度だけ。

それだけで、全部伝わった気がした。


「ありがとうございます」

自然と口からこぼれた言葉。

今、この人たちとこうして関われていることが、ただただ嬉しかった。


ステージの熱も、音の余韻も、全部が胸の奥で静かに響いている。

この場所に、少しずつ自分の居場所ができていく気がした。


玄関を開けると、テレビの音に混じって陽葵の声が飛んできた。


「おかえり。ライブどうだったの?夕飯は?」

ソファに座りながら、ニュース番組を流しつつタブレットを操作していた陽葵が、ちらりとこちらを見て言う。口調は淡々としてるけど、ちゃんと気にしてくれてるのがわかる。


「ライブは…良かったと思う。ご飯はまだ食べてないな」

靴を脱ぎながらそう答えると、陽葵は小さくため息をついた。


「高校生男子が空腹で帰宅する確率、約78%。つまり、予測通りであります」

ふざけた敬礼をしてみせるその姿に、思わず笑ってしまう。


「じゃあ、夕飯用意するね。残り物が多いから、10分以内に出せるはず」

そう言って、陽葵はキッチンへ向かう。冷蔵庫を開けながら、ぶつぶつと献立を組み立てている。


「昨日の煮物、まだいける。味噌汁は再加熱で対応。主食は…白米でいいよね?炊いてあるし」

その背中を見ながら、ふと昼間のことを思い出す。


『でもさ、隣にいてほしいって言ってもらえたら、嬉しいよね』

陽葵が言ったその言葉を美月さんに伝えたとき、彼女が見せた眩しい笑顔がふわりと脳裏に浮かんだ。


「ありがとう」

ぽつりと漏れた言葉に、陽葵が振り返る。


「え?何の話?まだ何も出してないけど?」


「いや、ちょっと思い出しただけ」


「ふーん…まあ、感謝されるのは悪くないけどね。理由がわからないのはちょっと気持ち悪い」


「気持ち悪いって言うなよ」

苦笑しながら、俺は陽葵の額を指でコツンと突いた。


「ちょ、物理で黙らせるのやめて。言語で解決しようよ、せめて高校生なんだから」


「じゃあ、“なんとなく”ってことで」


「…それ、論理破綻してるけど、まあいいや。ご飯はもうすぐできるから、手洗って待ってて」

電子レンジの音が「チン」と鳴る頃には、部屋の空気も少しだけ柔らかくなっていた。




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