マコトちゃん、辞めちゃうの?
ステージに戻ると、スタンドに立てていたギターに手をかけた。
アンプに繋いだままのギターが、微かなノイズを立てる。
松崎さんがベースを鳴らし、ヒトシさんがマイク前に立つ。
前を見た瞬間、むせ返るほどの熱気が押し寄せてきた。
息が詰まりそうなほど鼓動が早くなる。
期待。期待。期待――。
たくさんの視線が、今日の最後にふさわしい演奏を求めている。
その重さが、逆に心を奮い立たせた。
アンコールの声が止むと、『MACS』のメンバーがステージに揃った。
マコトちゃんがギターを構え、どこか遠くを見るような目をしている。
「アンコール、ありがとな。やっぱ『Roots』はいいな?」
ヒトシさんの言葉に、会場が一気に沸いた。
「最後の曲は、珍しくマコトが作詞に口出ししてきた曲だ」
あっ、バラした――。
そんな顔でヒトシさんを見るマコトちゃんが可愛くて、思わず笑ってしまう。
「俺とマコト、最初で最後の作詞作曲。聴いてくれ」
……え? 最後?
言葉の意味を考える間もなく、曲名がコールされる。
「『Risk』」
マコトちゃんのリフが鳴った瞬間、胸が跳ねた。
早く、早く聴かせてほしい。
「目の前が真っ暗になった時こそ 夢を追いかけてもう一度立ち上がれ」
マコトちゃんからのメッセージ。
どうか、響いてほしい。
「心の中に火を灯して 運命を感じた瞬間を信じろ」
ヒトシさんが胸に拳を当てる。
“自分の心に聞け”と言われているようだった。
「恐れを捨てて、前を向いてけ 未来を掴むために進むんだ」
マコトちゃんのギターが背中を押してくる。
ちゃんと聞くんだ、アタシ。
「誰にも止めることの出来ない This passion is catching fire」
松崎さんとマコトちゃんのコーラスが重なり、会場が爆発する。
ヒトシさん、いいな……一緒に歌えて。
そんなことを考えて、少し笑ってしまった。
「Riskなんて知ったことか 全力でど真ん中ストレート」
ヒトシさんらしい言葉に、男性客が一斉に叫ぶ。
「コースを見切られても関係ないぜ そのバットをへし折ってやるよ」
松崎さんがヒトシさんを見て笑っていた。
あんな顔、初めて見た。
「it’s my way, or no way at all」
ヒトシさんが腕を振り上げ、もっと盛り上がれと煽る。
最前列なんて、飛びつきそうな勢いなのに、まだ足りないと言わんばかり。
「彼女の背中を追いかけるのさ 他の女には、目もくれないだろう」
ヒトシさんの視線が一瞬だけアタシに向き、ウインクを寄こす。
え……盛り上がれって、アタシに?
「アイツは人の意見も聞かず 熱い鼓動が止まらないと言う」
曲に合わせて地団駄みたいなステップを踏みながら、ヒトシさんがマコトちゃんを指す。
「寄り道もせず、よそ見もしない 理想をだれよりも高く掲げろ」
心臓が激しく鳴る。
「誰にも真似をすることのできない Shaking from the power of love」
――マコトちゃん、決めたんだね。
「Riskなんて考えてない 最初から全開大逃げだ」
クロさんが大口を開けて笑っている。
本当に楽しそう。
「マドンナ一択、他は知らない 大差でゴールを駆け抜けてやる」
ちゃんと聞かせてね。
何を決めたのか、どう決めたのか――知りたい。
「it’s my way, or no way at all」
――マコトちゃん。
「一度きりの人生、立ち止まらずに行け この瞬間に全てを賭けるだけだろ?」
前に出るマコトちゃんを見つめていると、アタシの足も前に出そうになる。
「信じた道を進めばいいんだ Riskなんて恐れる事はない」
ギターソロが始まる。
マコトちゃんらしい、真っ直ぐで素直な音。
アタシの大好きな音。
マコトちゃんの目が、アタシを捉える。
――ここからだ。聞け、と言っている。
「Riskから逃げてないか? ただ真っすぐ振り下ろせばいい」
アタシへのメッセージ……なの?
周りは歌って、揺れて、騒がしいはずなのに。
マコトちゃんの音だけが、真っすぐ届く。
「防げるもんなら防いで見せろ その刀ごと叩き斬ってやる」
急にノイズが消えたように感じて、音が澄んで胸に入ってくる。
「it’s my way, or no way at all」
マコトちゃんの言葉だ。
どうしてかわかる。
「Riskと天秤にかけたとして 諦められるようなことなら」
その言葉が、そっと背中を支えてくれる。
鼓動が早くなって、呼吸が浅くなる。
「最初からどうでもいいってこと 頭カラッポにして突き進んでいけ!」
押してくれる。
前へ、前へ。
「it’s my way, or no way at all」
スネアの音で、現実に引き戻される。
「Don’t fear the risk. Just charge ahead. Bet on yourself—it’s the only way if want the real deal」
……ハハハ。
ヒトシさんの英語、流暢すぎて何言ってるのかわかんない。
でも、背中を押してくれているのは伝わる。
確信できるものが、ここにある。
マコトちゃんのリフで演奏が締めくくられ、会場が爆発したように歓声を上げた。
ステージの上で、マコトちゃんが輝いて見えた。
暗い夜に、一等星を見つけたみたいだった。
「ありがとな! ツアー終わったらまた戻ってくるからよ!」
指先の震えが止まらない。
『MACS』がステージを去っていくとき、アタシはマコトちゃんの背中を目で追い続けた。
アタシは……きっと……。
控室に戻ると、ヒトシさんがみんなを集めた。
「マコトは、このツアーが終わったら『MACS』を辞める」
「ええ! どうしてですか!?」
鈴木さんが驚いた顔で俺を見る。
「マコトにもやりたいことがあるんだよ。次のSは鈴木かもしれないんだから……」
「しっかりしろ」
ヒトシさんが言い終える前に、松崎さんが鈴木さんの肩を軽く叩いた。
「だから、このツアーを最高のものにしてマコトを送り出すぞ!」
みんなが頷く。
温かい空気が控室に広がった。
「マコトくん、決めれたんだね」
クロさんがそう言って笑う。
そのとき、控室のドアが勢いよく開いた。
真っ青な顔の美月さんが飛び込んでくる。
「マコトちゃん! 辞めちゃうの? なんで?」
「え、いや……」
焦る俺を見て、『MACS』のメンバーが一斉に笑い出した。
キョトンとした美月さんが、まっすぐ俺を見つめる。
「それはですね……」
「マコト、ちゃんと言っておけって」
ヒトシさんが背中を押すように言う。
気づけば『Critical Clinical』のメンバーも全員、控室に入ってきていた。
「俺を、『Critical Clinical』に入れてください」
「え……」
音が止まった。
空気が固まる。
時が止まったみたいだった。
ヒトシさんたちは、なぜかニヤニヤしている。
「え、ええ!」
美月さんの声が急に大きくなって、俺がビクッとする番だった。
「マコトちゃん、クリクリに入るの?」
「あ、入れていただければ……の話ですが」
美月さんは嬉しそうにキョロキョロと周りを見る。
ニコニコしたケイタさんが頷き、
環奈も乗り気な顔で頷き、
リナさんは両手を出して“お任せします”のポーズ。
最後に美月さんがリョウさんを見ると――
「はぁー……」
リョウさんが深いため息をついた。
「ヒトシさんはいいのかよ?」
「良いとは言わないな。仕方ない」
リョウさんは頭を掻きながら「まあな」と呟いた。
「前から、マコトはクリクリに行きたいんじゃないかって思ってたけどな」
「そーかよ」
そう言いながら、リョウさんが俺の肩を掴む。
「うちとしては万々歳だ。正直な」
「本当ですか? ありがとうございます」
「ヒトシさんたちに感謝しろよ?」
振り返ると、『MACS』のメンバーが親指を立てて微笑んでくれていた。
俺の旅立ちを心から応援してくれている。
その気持ちが胸に刺さって、涙が出そうになる。
必ず成功させる。
このツアーを、最後まで全力で盛り上げる。
そう、強く誓った。
『Roots』を出て、『MACS』と『Critical Clinical』のみんなで晩ご飯を食べに行った。
芝崎たちも誘ったが、今日は用事があるらしく、中谷さんと一緒に帰っていった。
「気を利かせなよー?」
美月さんが笑いながら言う。
……まさか、ね。
「次はどちらですか?」
「横浜だよ」
「四日ですか?」
「そうそう」
環奈が少し考えて、残念そうに眉を下げた。
「四日は用事があるので観に行けませんね……」
寂しそうな声に、胸が少し温かくなる。
「観に来てくれるつもりだったんだ。ありがとう」
「アタシもバイトでいけないー」
美月さんが来てくれたら嬉しいけど、仕方ない。
それでも、そう言ってくれるだけで十分だった。
「ま、しっかりやってこいよ」
唐揚げを頬張りながら、リョウさんが軽く言う。
その何気ない一言が、不思議と背中を押してくれた。
翌朝。
ホテルの前で車に乗り込むと、エンジンの音が静かに響く。
窓の外に流れていく街並みを見ながら、深く息を吸った。
明日は横浜。
必ず成功させる。
そう強く思いながら、俺は前を向いた。
【須藤家】
須藤 誠/17歳・都立星雲高校2年生
マックスでのメンバー登録表名はマコト。
アマチュアバンド「マックス」のヘルプギタリストとして、ライブハウス「Roots」に出演中。
人前では髪を下ろして顔を隠すほどのコンプレックス持ちだが、ギターを握ると別人のように冴える。
静かな日常と熱いステージ、そのギャップが彼の魅力。
須藤 陽葵/15歳・中学3年生
誠の妹で、しっかり者の家庭担当。共働きの両親に代わって家事をこなすスーパー中学生。
兄の通う星雲高校を目指して受験勉強中。兄にはちょっぴり甘えたいけど、素直になれない年頃。
【Critical Clitical 通称:クリクリ】
有栖川 美月/18歳・ヴォーカル担当
Critical Cliticalのメンバー表登録名はミツキ。
ピンクのツインテールにオフショルダーの服がトレードマーク。派手に見えるが、整った顔立ちと圧倒的な存在感で観客を魅了する。
マコトを気に入っていて、何かと“お姉さんぶり”たがるが、時々天然。ステージでは圧倒的カリスマ、オフでは賑やか担当。
有栖川という名家の娘であることが分かった。
宮田 亮/22歳・ギター担当
Critical Cliticalのメンバー表登録名はリョウ。
レスポールを愛用するギタリスト。音とテクニックで観客の心を掴む、クリクリの音楽的屋台骨。
口が悪くて天邪鬼なところがあるが、音楽に対する情熱は誰よりも熱い。ステージでは言葉よりギターが語る。
ケイタ/20歳・ドラム担当
黒髪の長髪にアルカイックスマイルが印象的な、落ち着きのある青年。
正確無比なリズムでバンドを支える縁の下の力持ち。物静かだが、時折鋭い一言で場を動かすタイプ。
水橋 環奈/17歳・ベース担当/都立星雲高校2年生
Critical Cliticalのメンバー表登録名はカンナ。
年齢に似合わぬベーステクニックで“天才少女”と呼ばれる実力派。
高校では物静かで目立たないが、黒髪ロングの美人で、周囲からは羨望の眼差しを受けている。
マコトとは同級生で、淡々とした言動の中に時折見せる優しさが印象的。
小松 里菜/キーボード担当/ミズハシ楽器・アルバイト
Critical Cliticalのメンバー表登録名はリナ。
前任のヨネさんの紹介でクリクリにヘルプとして加入。
普段はミズハシ楽器でアルバイトしている。
落ち着いた雰囲気を持ちながらも、音楽に対しては柔軟で積極的。サポートメンバーとして呼ばれることも多かった。
【MACS】
ヒトシ/ヴォーカル担当
マコトをバンドに誘った張本人で、明るくポジティブな兄貴分。
ライブでは観客を巻き込むパワー型フロントマン。マコトにとっては頼れる先輩であり、良き理解者。
クロ/ドラム担当
ヒトシの相棒で、落ち着いた雰囲気の大人っぽいドラマー。
言葉少なめだが、演奏ではしっかりとバンドを支える。マコトのことも静かに見守っている。
松崎/ベース担当
寡黙で無口なベーシスト。だが、マコトのことをよく気にかけてくれる優しい一面も。
演奏中の安定感は抜群で、マックスの土台を支える存在。
【サンデーパニック】
関/ヴォーカル担当
マイクパフォーマンスが楽しいサンパニのヴォーカル。
環奈推しでよくお茶に誘うが、毎回断られている。
以前リョウに怒られて以来、少しリョウが怖い。
【都立星雲高校】
芝崎/誠と同じクラス
顔良し、友達多し、ノリも軽い。高校生活を全力で楽しむタイプ。
なぜか誠に絡んでくることが多く、軽薄な口調ながらも憎めない存在。
中谷 由美子/誠と同じクラス・隣の席
素朴で可愛らしい雰囲気が魅力の女の子。男子から密かに人気があるが、本人はあまり気づいていない。
誠とは隣の席で、時折交わす会話がじんわりと心に残る。
【美月の同級生】
泉谷/泉谷グループの御曹司
音楽業界に強い影響力を持つ名家の跡取りで、若くして多くのアーティストやプロデューサーと繋がりを持つ。
冷静で礼儀正しいが、その裏には家の期待と責任を背負う重圧もある。
有栖川家との関係から、美月との縁談が水面下で進められており、本人もその事実を理解しているが――彼自身の本心はまだ誰にも見せていない。
藤崎/美月の同級生
美月の同級生で、名家・藤崎家に育った正真正銘のお嬢様。
育ちの良さがそのまま性格に表れており、言葉遣いは丁寧だが、価値観はどこか“良家の常識”に縛られている。
【市田楽器店】
市田/市田楽器店の店長
穏やかな笑顔と落ち着いた声がトレードマークの、街の楽器店の店長さん。
誰にでも優しく、従業員や常連からの信頼も厚い。
リョウのバンド活動を陰ながら応援してくれており、時にはアドバイスをくれることも。
戸田/市田楽器店・アルバイト
高校時代から市田楽器店で働いている、元気で世話焼きな女性スタッフ。
リョウとは同い年ながら、バイト歴ではちょっぴり先輩。
Critical Clinicalの大ファンで、ライブにはほぼ毎回顔を出している。
【ミズハシ楽器】
米山/35歳・マネージャー
クリクリの元キーボード担当をヘルプでやっていた。登録名はヨネ。
ミズハシ楽器の社員で、店内では“そこそこ偉い人”として知られる存在。
スーツ姿じゃなくても漂う落ち着きと余裕――その佇まいは、まさに“大人の男”。
クリクリの音に心を動かされ、自ら「手伝わせてほしい」と申し出た。
年齢も立場も違うのに、スタジオでは誰よりも柔らかく、誰よりも鋭く音を見つめる。
時に冗談を交えながらも、音楽に対する姿勢は本物。
「拗ねるとちょっと面倒」と噂されるが、それも含めて愛されている存在。
【陽葵の同級生】
加地 あかり/陽葵の同級生
陽葵の同級生で親友。大人っぽい外見をしている。




