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it'sLife rock'n'roll  作者: 魔法使いの弟子スオウ
第三章 怒涛の文化祭

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37/43

届けたい歌がある

 使い慣れた控室を出て、リハーサルへ向かう。

 電子部品が熱を帯びた匂いと、照明のこもった熱気が肌にまとわりつく。


「じゃあ、はじめましょう」

 スタッフの声を合図に、音を鳴らし始めた。

 リハーサルを終え、飲み物の追加を買いにコンビニへ向かう。


 外の空気は少し冷たくて、さっきまでの熱気が嘘みたいだった。


「須藤君!」


「まことー!」

 振り返ると、芝崎と中谷さんが並んで笑っていた。


「え? もしかして二人で……」

 言い切る前に、二人は今日のチケットを取り出し、そろってピースサインを決める。


「マコトちゃん、何買ってきたの?」


「今日はエナドリです。ヒトシさんがよく飲むんで……」


「わかるー。そういうの、うつるよね」

 プルタブを引いて、軽く押し戻す。


 本番前の、ほんの少しだけ。ゆっくりした時間。


「一口飲みます?」


「え? いいの?」

 そんなやり取りをしていると、スタッフが控室に入ってきた。


「Critical Clinicalのみなさん、お願いします」


「よっし! いってこよーかー!」

 勢いよく立ち上がった美月さんが、扉へ向かう直前にふと振り返る。


「見ててね」

 そう言って、いたずらっぽく笑った。


 美月さんの声に背中を押されるように、客席へ向かった。


 芝崎と中谷さんを見つけ、空いている席に滑り込む。

 照明がふっと落ち、ざわついていた場内が一瞬で静まる。


「ミツキー!」


「ミツキちゃーん!」

 ……おぅ、今日も来てるんですね、社長。


「ミツキさーん!」

 今度は芝崎が突然大声を上げたので、思わず肩が跳ねた。


 袖からリナさんとケイタさんが姿を見せる。

 ケイタさんはドラムセットに腰を下ろすと、いつものように軽くスティックで音を確かめた。

 リナさんが譜面を広げ始めたころ、環奈がステージへ出てくる。


 ステージ中央を横切るとき、環奈はふとこちらを見た。

 ほんの一瞬だけ足を止める。

 まるで、何かを伝えようとしているような瞳だった。


 その視線に気を取られているうちに、リョウさんはすでにアンプにギターを繋ぎ終えていた。


 会場が再び沸き立ち、ついに美月さんが登場する。

 いつも通りの明るい笑顔。

 それだけで、期待が満たされ喉が渇く。


「今日初めての人、今日も来てくれた人! ありがとうね!」


「今日のメインは『MACS』だけど、負けないくらい楽しんでいこう!」

 歓声が一斉に上がる。


 ケイタさんがスティックを掲げ、合図とともに一曲目が始まった。

 

 これまでのツアー二か所で聴いた、どのバンドとも比べものにならない。

 技術の話じゃない。

 ――俺は、このバンドが好きなんだ。

 その事実を、改めて強く実感した。


 歌っている美月さんが眩しくて、ずっと見ていたいと思った。


「じゃあ最後の曲! 今日はアンコールを『MACS』に譲らないとね」

 美月さんがウインクする。

 間違いなく、俺に向けて。

 受け取ったバトンを、どうにかして返したい。


 胸の奥が熱くなる。


「新曲、『夢だけを追うよ』」

 マイクの前で、美月さんが一瞬だけ息を吸う。

 そのブレスがスピーカー越しに微かに響いた。


「何もない言葉を追いかけて アタシたちは走り続ける」


 歌声と同時に、リョウさんがミュートを効かせたフレーズを刻む。


「確信の無い未来に向かって ひたすらに進んでいく」


 ベースとドラムが重なり、胸の奥で期待が膨らむ。


「君の言う未来がどこにあるかなんて 今はわからないし」


 解き放たれたギターの音が、心の奥に直接触れてくる。

 自然と体が揺れた。


「求めているものがどこにあるかなんて 誰も知らない事」


 スネアの鋭い音に合わせて拳を握る。

 感動に備えるように、心が震える。


「夢だけを追うよ 掴みたいものがある」


 美月さんの通る声が、頭の中にまっすぐ流れ込んでくる。


「夢だけを追うよ 何も失いたくないから」


 客席は大盛り上がりなのに、俺だけが胸の奥を締めつけられるような切なさに包まれていた。


「誰も褒めてくれないかもだけど アタシはここで生きていく」


 環奈のベースラインとドラムだけが支える静かなパート。

 リョウさんの視線は、美月さんを労わるように優しかった。


「誰も求めていないかもだけど 諦めたりしないさ」


 リナさんのコーラスが重なり、広がる歌声が必死に訴えかけてくる。


「みんなが言う正しさなんて知らない この道だけでいい」


 ――出来れば。


「みんなが求めるアタシじゃなくて 君が好きなアタシでいたい」


 出来れば駆け寄って、抱きしめたい。


「夢だけを追うよ 掴みたいものがある」


 芝崎も、中谷さんも嬉しそうに盛り上がっている。


「夢だけを追うよ 君の隣にいたいから」


 美月さんの笑顔が、会場全体に元気を分けていく。


「大粒の雨に打たれても 強い風に吹かれても」


 それは、聴いている全員を励ますような歌だった。


「いつかその先にある 太陽の下で笑う」


 けれど俺には、それが美月さんの懇願(こんがん)のように聞こえた。


「ありがとー! またね!」


 美月さんの挨拶が聞こえたので、俺は控室へ向かった。


「よお、今日もカッコよかったな?」


 ヒトシさんに肩を叩かれる。

 その瞬間、抑えていたものが込み上げてきて、視界が滲んだ。


「ヒトシさん、俺……」


「ど、どうした?」


「俺、このツアーが終わったら……」

 そこまで言ったところで、ヒトシさんはいつものように俺の頭をポンッと叩いた。


「全部言わなくていい。ステージが終わってからだ」


「……はい」

 今は、ステージに集中する。

 美月さんに、この想いを届けるために。


「よお、またせたな!」

 ステージに上がると、ヒトシさんの軽口が飛ぶ。


「まってたよ!」


「ヒトシ! 今日も頼むぜ!」

 観客がそれに応じると、「お、嬉しいね」と笑った。

 少し後ろの方で、美月さんがこちらを見ているのがわかる。


 ピックを握る右手に汗が滲む。

 でも――もう一歩、踏み込め。

 少しでも、この気持ちが伝わるように。


 俺は美月さんに向かって、そっとピースサインを掲げた。




 誠くんがピースサインをしたのは、多分……美月さんなんだ。

 そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと痛んで、そんな自分が情けなくなる。


『夢だけを追うよ』


 あの曲を美月さんが持ってきたとき、リョウさんと話した。

 ――美月さん、もしかしたら諦めかけてるのかもしれない。

 そうじゃなくても、不安で仕方ないはずだ。


 でも、あの人は絶対にそんなこと言わない。

 いつも太陽みたいに笑って、私たちを照らしてくれる。


 誠くんは、きっと気づいたんだ。

 あの歌の後ろに隠れた、美月さんの本当の気持ちに。

 だから、普段なら絶対に見せないようなピースサイン。

 単純だけど……私だったら、嬉しくて泣いてしまうかもしれない。


 だから、羨ましい。


 ギターの音が響く。『Limit』だ。

 見事なカッティング。サイドギターが続いて、単音のイントロが映える。

 心を起こすような歌で、背中を押してくれる。

 サビの後のカッティングが好きだ。

 この音がCritical Clinicalにあれば……なんて、贅沢なことを考えてしまう。


 ううん、嘘じゃない。

 嘘じゃないけど――

 もっと誠くんと一緒にいたい。

 それも、本音だから。




 盛り上がり方は、さすが『Roots』だ。

 ホームでのライブが、こんなにも気持ちいいなんて。


 アウェイを経験して、ようやく知ることのできる感覚だ。

 自然と頬が(ゆる)む。


 ストロークが途切れるタイミングで、ピックを投げた。

 ……あれ? 今、芝崎に当たらなかったか?


 なんだ、友達に聴いてもらうのって、こんなに嬉しいことだったんだ。


「次の曲で最後、『Rain』。聴いてくれ」

 この曲は、俺が加入する前からあった曲だ。

 青山さんのキーボードで始まり、俺はチョーキングで寄り添う。


 いつも、つい思ってしまう。

 ――リョウさんなら、もっといい音を出すんだろうな、と。


 ヒトシさんにしては珍しく切ない歌で、観客にも受けがいい。

 でも、ソロパートに入るたびに思う。

 リョウさんのギターが“歌う”ような、あんなソロを俺も合わせたい。

 だから俺は、精一杯。

 降り続ける雨を思い浮かべながら、ギターを泣かせた。


 曲が終わると、一瞬だけ静寂が落ちた。


「ありがとな!」

 ヒトシさんがそう言って袖へ戻っていく。

 俺たちも楽器を置き、その背中を追った。

 会場からアンコールの声が響く。


 少し予定調和な気もするけれど、今日は――それだけじゃ終わらせない。


「マコト、『Risk』やるぞ」


「はいっ!」

 美月さんに、届けたい歌がある。


 アンコールの声が止まないステージへ、俺たちはもう一度飛び出していった。


【須藤家】


須藤すどう まこと/17歳・都立星雲高校2年生

マックスでのメンバー登録表名はマコト。

アマチュアバンド「マックス」のヘルプギタリストとして、ライブハウス「Roots」に出演中。

人前では髪を下ろして顔を隠すほどのコンプレックス持ちだが、ギターを握ると別人のように冴える。

静かな日常と熱いステージ、そのギャップが彼の魅力。


須藤すどう 陽葵ひなた/15歳・中学3年生

誠の妹で、しっかり者の家庭担当。共働きの両親に代わって家事をこなすスーパー中学生。

兄の通う星雲高校を目指して受験勉強中。兄にはちょっぴり甘えたいけど、素直になれない年頃。



Criticalクリティカル Cliticalクリニカル 通称:クリクリ】


有栖川ありすがわ 美月みつき/18歳・ヴォーカル担当

Critical Cliticalのメンバー表登録名はミツキ。

ピンクのツインテールにオフショルダーの服がトレードマーク。派手に見えるが、整った顔立ちと圧倒的な存在感で観客を魅了する。

マコトを気に入っていて、何かと“お姉さんぶり”たがるが、時々天然。ステージでは圧倒的カリスマ、オフでは賑やか担当。

有栖川という名家の娘であることが分かった。


宮田みやた りょう/22歳・ギター担当

Critical Cliticalのメンバー表登録名はリョウ。

レスポールを愛用するギタリスト。音とテクニックで観客の心を掴む、クリクリの音楽的屋台骨。

口が悪くて天邪鬼なところがあるが、音楽に対する情熱は誰よりも熱い。ステージでは言葉よりギターが語る。


ケイタ/20歳・ドラム担当

黒髪の長髪にアルカイックスマイルが印象的な、落ち着きのある青年。

正確無比なリズムでバンドを支える縁の下の力持ち。物静かだが、時折鋭い一言で場を動かすタイプ。


水橋みずはし 環奈かんな/17歳・ベース担当/都立星雲高校2年生

Critical Cliticalのメンバー表登録名はカンナ。

年齢に似合わぬベーステクニックで“天才少女”と呼ばれる実力派。

高校では物静かで目立たないが、黒髪ロングの美人で、周囲からは羨望の眼差しを受けている。

マコトとは同級生で、淡々とした言動の中に時折見せる優しさが印象的。


小松こまつ 里菜りな/キーボード担当/ミズハシ楽器・アルバイト

Critical Cliticalのメンバー表登録名はリナ。

前任のヨネさんの紹介でクリクリにヘルプとして加入。

普段はミズハシ楽器でアルバイトしている。

落ち着いた雰囲気を持ちながらも、音楽に対しては柔軟で積極的。サポートメンバーとして呼ばれることも多かった。



【MACS】


ヒトシ/ヴォーカル担当

マコトをバンドに誘った張本人で、明るくポジティブな兄貴分。

ライブでは観客を巻き込むパワー型フロントマン。マコトにとっては頼れる先輩であり、良き理解者。


クロ/ドラム担当

ヒトシの相棒で、落ち着いた雰囲気の大人っぽいドラマー。

言葉少なめだが、演奏ではしっかりとバンドを支える。マコトのことも静かに見守っている。


松崎(まつざき)/ベース担当

寡黙で無口なベーシスト。だが、マコトのことをよく気にかけてくれる優しい一面も。

演奏中の安定感は抜群で、マックスの土台を支える存在。


【サンデーパニック】


せき/ヴォーカル担当

マイクパフォーマンスが楽しいサンパニのヴォーカル。

環奈推しでよくお茶に誘うが、毎回断られている。

以前リョウに怒られて以来、少しリョウが怖い。



【都立星雲高校】


芝崎しばざき/誠と同じクラス

顔良し、友達多し、ノリも軽い。高校生活を全力で楽しむタイプ。

なぜか誠に絡んでくることが多く、軽薄な口調ながらも憎めない存在。


中谷なかたに 由美子ゆみこ/誠と同じクラス・隣の席

素朴で可愛らしい雰囲気が魅力の女の子。男子から密かに人気があるが、本人はあまり気づいていない。

誠とは隣の席で、時折交わす会話がじんわりと心に残る。


【美月の同級生】


泉谷いずみや/泉谷グループの御曹司

音楽業界に強い影響力を持つ名家の跡取りで、若くして多くのアーティストやプロデューサーと繋がりを持つ。

冷静で礼儀正しいが、その裏には家の期待と責任を背負う重圧もある。

有栖川家との関係から、美月との縁談が水面下で進められており、本人もその事実を理解しているが――彼自身の本心はまだ誰にも見せていない。


藤崎ふじさき/美月の同級生

美月の同級生で、名家・藤崎家に育った正真正銘のお嬢様。

育ちの良さがそのまま性格に表れており、言葉遣いは丁寧だが、価値観はどこか“良家の常識”に縛られている。



【市田楽器店】


市田いちだ/市田楽器店の店長

穏やかな笑顔と落ち着いた声がトレードマークの、街の楽器店の店長さん。

誰にでも優しく、従業員や常連からの信頼も厚い。

リョウのバンド活動を陰ながら応援してくれており、時にはアドバイスをくれることも。


戸田とだ/市田楽器店・アルバイト

高校時代から市田楽器店で働いている、元気で世話焼きな女性スタッフ。

リョウとは同い年ながら、バイト歴ではちょっぴり先輩。

Critical Clinicalの大ファンで、ライブにはほぼ毎回顔を出している。


【ミズハシ楽器】


米山よねやま/35歳・マネージャー

クリクリの元キーボード担当をヘルプでやっていた。登録名はヨネ。

ミズハシ楽器の社員で、店内では“そこそこ偉い人”として知られる存在。

スーツ姿じゃなくても漂う落ち着きと余裕――その佇まいは、まさに“大人の男”。

クリクリの音に心を動かされ、自ら「手伝わせてほしい」と申し出た。

年齢も立場も違うのに、スタジオでは誰よりも柔らかく、誰よりも鋭く音を見つめる。

時に冗談を交えながらも、音楽に対する姿勢は本物。

「拗ねるとちょっと面倒」と噂されるが、それも含めて愛されている存在。



【陽葵の同級生】

加地かじ あかり/陽葵の同級生

陽葵の同級生で親友。大人っぽい外見をしている。



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