文化祭実行委員会よりお知らせです
学校が終わると、すぐに美月さんへ連絡を入れた。
「学校側に提出する音源が欲しいんですが」
送って数秒で返事が返ってくる。
「おk! 19時までバイトなんだけど大丈夫?」
「大丈夫です。ミズハシ楽器に来てください」
そう返信して顔を上げると、隣で他のメンバーに連絡していた環奈が言った。
「リョウさんはバイト休みなので、すぐ来られるそうです。ケイタさんは18時まで学校です」
「え? ケイタさんって大学生なの?」
「そうですよ? 知りませんでした?」
年齢的には確かにそうなんだけど、あまりにも落ち着いているから、ずっと社会人だと思っていた。
まだ時間があったので、俺と環奈は一度家に戻って楽器を取ってくることにした。
中谷さんは「環奈についていく」と言い、芝崎はなぜか当然のように着いてきた。
「着いてきてもいいことなんてないぞ?」
「まあまあ、久しぶりに陽葵ちゃんにも会えるじゃん」
家に着くと、陽葵が掃除機をかけていた。
「お兄ちゃん早かったね。……うげ、芝崎さん」
「厳しいなー陽葵ちゃんは」
「嘘、嘘。感謝してますよー」
どっちが本音なのか、相変わらず読めない。
「このあとすぐ出るんだ」
「そ。着替えていく?」
「そうだな」
そう言って部屋にギターを取りに行く。
戻ってくると、ソファの上に着替えが用意されていた。
「デートの人も来るんでしょ?」
陽葵が小声で耳打ちしてくる。
用意された服に着替え、芝崎と一緒にミズハシ楽器へ向かった。
ミズハシ楽器に入ると、ヨネさんがこちらに気づいて手を上げた。
「マコトくん、今日はレコーディングするんだって?」
「環奈から聞きましたか?」
「さっき連絡があったよ。スタジオ空いてるかってね」
「スタジオは?」
「Bスタ押さえてあるよ」
軽く頭を下げると、「18時からだからね」と優しく教えてくれた。
そのあと芝崎と近所のコンビニで飲み物を買い、戻ってくると環奈たちがちょうど到着していた。
「お、お疲れさま」
「あ、お疲れ様です」
「中谷さんのスマホに音入れたいんだけど」
「聞きました。Mac持ってきたので、これで録りましょう」
しばらく店の外で時間をつぶし、18時になったところでスタジオに入る。
環奈が録音機材をMacに繋いでいると、扉が開いてリョウさんが入ってきた。
「よお、やってんな」
「リョウさん、お疲れ様です」
リョウさんはギターケースを開け、慣れた手つきで弦を鳴らし始める。
「ミツキが少し遅れるんだっけ?」
「そうですね。19時過ぎになると思います」
「わかった」
その短いやり取りだけで、スタジオの空気が一気に“準備モード”に切り替わった。
「お疲れ様です」
扉が開き、小松さんが姿を見せた。
「あ、小松さん……」
挨拶をしようとした瞬間、リョウさんが軽く手を上げて制した。
「リナだ」
短く、それだけ。
“もう仲間なんだから、そう呼べ”と言われているような響きだった。
「……リナさん、お疲れ様です」
言い直すと、リナさんはふっと笑って頷いた。
しばらくして、今度はケイタさんが入ってくる。
「最近は急に呼び出されることが多いね」
そう言いながら、いつもの落ち着いた笑顔でスティックを取り出し、ドラムの音を確かめ始めた。
その手つきだけで、スタジオの空気が少し引き締まる
「で? 何を録るんだ?」
「『よるのまち』と『美しい月』でお願いします」
「ん? 新曲、二曲とも入れるのか?」
リョウさんがこちらに視線を寄こし、口の端をゆるく吊り上げた。
「それくらいのインパクトが必要なんです」
俺は逃げずに、その目を真正面から受け止めて言う。
「……わーったよ。宣伝は頼むぜ?」
そこからは、機材の音を軽く鳴らしてバランスを確かめ、試しに演奏して録った音源をチェックする。
「よさそうです」
チェックを終えた環奈がオッケーを出す。
あとは、美月さんが来るのを待つだけだ。
19時を少し過ぎたころ、美月さんがスタジオに姿を見せた。
「お待たせー!」
バイクのヘルメットを片手に、勢いよく扉を押し開ける。
「よし、揃ったな。さっさと録っちまおうぜ」
リョウさんの声を合図に、メンバーそれぞれが楽器の準備に取りかかる。
そこからは、ひたすら音と向き合う時間だった。
演奏して録り、再生して確認し、マイクの位置を微調整してはまた録り直す。
位置が決まると、いよいよ通しでの一発録り。
何度も何度も演奏を重ね、ようやく録り終えたのは23時近くだった。
最後に録音した演奏を聴き終えるとリョウさんが言った。
「お疲れ、あとはお前ら次第だ」
その目には確かな自信が見える。
「お疲れさまー!」
美月さんが明るく声を上げ、メンバーたちはそれぞれ帰り支度を始める。
「中谷ちゃんもお疲れ様!」
「お疲れ様です」
「お、お疲れ様です!」
「えっと、お? 誰くんだっけ?」
「し、芝崎です!」
「芝崎くんもおつかれさまー!」
スタジオを出ると、美月さんは駐輪場に停めていた400㏄のバイクに跨った。
「今日はバイクで来たんですね」
軽く手を振り、そのまま夜の道へ走り去っていく。
「かっこいいなー……」
芝崎が、テールランプの赤を目で追いながら呟く。
「うし、解散」
リョウさんの声で、その日のレコーディングは締めくくられた。
音源は翌日、三輪先生に渡し、職員会議で審議してもらった。
そして木曜の朝。
教室に入るなり、中谷さんが弾む声で駆け寄ってくる。
「昼休みに校内放送で流していいって!」
「よし。サイトの方はどうなった?」
「校内サイトにもアップしていいって、ちゃんと許可出たよ!」
これで準備は万端だ。
あとは昼休みの校内放送で流して――。
「校内放送、水橋さんに頼むといいんじゃないか?」
「え? なんで?」
芝崎の唐突な提案に、思わず聞き返す。
「学校一の美少女が放送したら、男子は全員聞くでしょ?」
……天然だけど、妙に説得力がある。
俺はその場で、校内放送の原稿づくりに取りかかった。
「えっ! 私が読むんですか?」
「頼むよ。環奈が読んでくれれば、みんな絶対聞くって」
昼休み、嫌がる環奈をそのまま放送室へ連れていく。
歩きながら必死に説得し、ようやく原稿を手渡した。
校内にチャイムが鳴り響く。
「放送?」
「なんだろ?」
廊下や教室では、これから何が始まるのかとざわつく声が上がる。
「ぶ、文化祭実行委員会よりお知らせです。二年の水橋です」
環奈の声が流れた瞬間、窓の外を歩いていた男子生徒がピタッと足を止めた。
……効果は想像以上らしい。
「これから流す音楽は、文化祭に参加要請を行おうと考えているバンドの曲です」
「バンド名は『Critical Clinical』。インディーズバンドですが、必ず全校生徒が自慢できる経験をさせてくれると思います」
「曲名は『よるのまち』。聞いてください」
スピーカーから『よるのまち』が流れ出すと、騒がしかった廊下や教室の音が消えた。
美月さんの声が流れると、校内は日常から非日常に姿を変える。リョウさんのトリルの音が響いて、学校は夜に染まっていった。
窓越しに見える生徒たちは、皆その場で立ち止まり、耳を傾けていた。
曲が終わると、環奈が再び原稿を読む。
「校内サイトにももう一曲アップしてあります。ライブで聞きたいと思った方は、リアクションボタンを押してください」
「以上、文化祭実行委員会からのお知らせでした」
読み終えた途端、環奈の肩から緊張が抜け落ちる。
放送を止め、俺はそっと肩を叩いた。
「ありがとう、環奈」
放送室を片付けて外に出ると、すでに人だかりができていた。
「水橋さん! このバンド呼べるの?」
「もっと聞きたいんだけど!」
囲まれた環奈は、困っているような、でもどこか嬉しそうな表情を浮かべている。
「リアクションボタンを押してくれたら呼べるよ。みんなにも押すように言っといて」
そう言うと、生徒たちは曲の感想を言い合いながら散っていった。
「お疲れさん」
振り向くと、三輪先生が立っていた。
「いったん月曜日のリアクション数を見て検討することになったよ」
「わかりました。週末、どれだけの人が聞いてくれるかですね」
「そうだな」
放送室から教室へ戻る途中、スマホで校内サイトを開く。
画面上のリアクションボタンの横にある数字が、もう増え始めていた。
「……これなら、いける」
人数を集める勝算はあった。
顔の広い芝崎には、すでに根回しを頼んである。
あとは反応を待つだけ――信じるしかない。
充実感と、ほんの少しの不安を胸に、週末へ突入した。
【須藤家】
須藤 誠/17歳・都立星雲高校2年生
マックスでのメンバー登録表名はマコト。
アマチュアバンド「マックス」のヘルプギタリストとして、ライブハウス「Roots」に出演中。
人前では髪を下ろして顔を隠すほどのコンプレックス持ちだが、ギターを握ると別人のように冴える。
静かな日常と熱いステージ、そのギャップが彼の魅力。
須藤 陽葵/15歳・中学3年生
誠の妹で、しっかり者の家庭担当。共働きの両親に代わって家事をこなすスーパー中学生。
兄の通う星雲高校を目指して受験勉強中。兄にはちょっぴり甘えたいけど、素直になれない年頃。
【Critical Clitical 通称:クリクリ】
有栖川 美月/18歳・ヴォーカル担当
Critical Cliticalのメンバー表登録名はミツキ。
ピンクのツインテールにオフショルダーの服がトレードマーク。派手に見えるが、整った顔立ちと圧倒的な存在感で観客を魅了する。
マコトを気に入っていて、何かと“お姉さんぶり”たがるが、時々天然。ステージでは圧倒的カリスマ、オフでは賑やか担当。
有栖川という名家の娘であることが分かった。
宮田 亮/22歳・ギター担当
Critical Cliticalのメンバー表登録名はリョウ。
レスポールを愛用するギタリスト。音とテクニックで観客の心を掴む、クリクリの音楽的屋台骨。
口が悪くて天邪鬼なところがあるが、音楽に対する情熱は誰よりも熱い。ステージでは言葉よりギターが語る。
ケイタ/20歳・ドラム担当
黒髪の長髪にアルカイックスマイルが印象的な、落ち着きのある青年。
正確無比なリズムでバンドを支える縁の下の力持ち。物静かだが、時折鋭い一言で場を動かすタイプ。
水橋 環奈/17歳・ベース担当/都立星雲高校2年生
Critical Cliticalのメンバー表登録名はカンナ。
年齢に似合わぬベーステクニックで“天才少女”と呼ばれる実力派。
高校では物静かで目立たないが、黒髪ロングの美人で、周囲からは羨望の眼差しを受けている。
マコトとは同級生で、淡々とした言動の中に時折見せる優しさが印象的。
小松 里菜/キーボード担当/ミズハシ楽器・アルバイト
Critical Cliticalのメンバー表登録名はリナ。
前任のヨネさんの紹介でクリクリにヘルプとして加入。
普段はミズハシ楽器でアルバイトしている。
落ち着いた雰囲気を持ちながらも、音楽に対しては柔軟で積極的。サポートメンバーとして呼ばれることも多かった。
【MACS】
ヒトシ/ヴォーカル担当
マコトをバンドに誘った張本人で、明るくポジティブな兄貴分。
ライブでは観客を巻き込むパワー型フロントマン。マコトにとっては頼れる先輩であり、良き理解者。
クロ/ドラム担当
ヒトシの相棒で、落ち着いた雰囲気の大人っぽいドラマー。
言葉少なめだが、演奏ではしっかりとバンドを支える。マコトのことも静かに見守っている。
松崎/ベース担当
寡黙で無口なベーシスト。だが、マコトのことをよく気にかけてくれる優しい一面も。
演奏中の安定感は抜群で、マックスの土台を支える存在。
【サンデーパニック】
関/ヴォーカル担当
マイクパフォーマンスが楽しいサンパニのヴォーカル。
環奈推しでよくお茶に誘うが、毎回断られている。
以前リョウに怒られて以来、少しリョウが怖い。
【都立星雲高校】
芝崎/誠と同じクラス
顔良し、友達多し、ノリも軽い。高校生活を全力で楽しむタイプ。
なぜか誠に絡んでくることが多く、軽薄な口調ながらも憎めない存在。
中谷 由美子/誠と同じクラス・隣の席
素朴で可愛らしい雰囲気が魅力の女の子。男子から密かに人気があるが、本人はあまり気づいていない。
誠とは隣の席で、時折交わす会話がじんわりと心に残る。
【市田楽器店】
市田/市田楽器店の店長
穏やかな笑顔と落ち着いた声がトレードマークの、街の楽器店の店長さん。
誰にでも優しく、従業員や常連からの信頼も厚い。
リョウのバンド活動を陰ながら応援してくれており、時にはアドバイスをくれることも。
戸田/市田楽器店・アルバイト
高校時代から市田楽器店で働いている、元気で世話焼きな女性スタッフ。
リョウとは同い年ながら、バイト歴ではちょっぴり先輩。
Critical Clinicalの大ファンで、ライブにはほぼ毎回顔を出している。
【ミズハシ楽器】
米山/35歳・マネージャー
クリクリの元キーボード担当をヘルプでやっていた。登録名はヨネ。
ミズハシ楽器の社員で、店内では“そこそこ偉い人”として知られる存在。
スーツ姿じゃなくても漂う落ち着きと余裕――その佇まいは、まさに“大人の男”。
クリクリの音に心を動かされ、自ら「手伝わせてほしい」と申し出た。
年齢も立場も違うのに、スタジオでは誰よりも柔らかく、誰よりも鋭く音を見つめる。
時に冗談を交えながらも、音楽に対する姿勢は本物。
「拗ねるとちょっと面倒」と噂されるが、それも含めて愛されている存在。
【陽葵の同級生】
加地 あかり/陽葵の同級生
陽葵の同級生で親友。大人っぽい外見をしている。




