文化祭に来てほしい有名人
打ち上げの会場は、スタジオ近くのファミレスになった。
いつもなら居酒屋に流れるらしいけど、今日は高校生がいるということで、ケイタさんが気を利かせてくれたらしい。
「じゃあ、お疲れ!」
飲み物が揃ったところで、美月さんが明るく音頭を取る。
「それで? 文化祭に出てほしいって話だけど、それはあんたが決められることなのか?」
リョウさんがビールをひと口飲み、中谷さんに視線を向けた。
「いえ……話してみなければわかりません」
「じゃあ、何も決まってないわけだ」
「はい……」
責めるでもなく、茶化すでもなく。
ただ、ちゃんと話を聞こうとしている空気がテーブルに流れていた。
「でも……」
「ん?」
「みなさんに参加していただけるなら、私、精一杯やります」
中谷さんの目は、まっすぐリョウさんを捉えていた。
「精一杯か……」
「んで? 中谷ちゃんは何でクリクリを呼びたいのかな?」
美月さんが割って入る。文化祭という単語が嬉しいのか、顔が少しイキイキしている。
「今日、みなさんの演奏を聞いて……感動したからです」
「おお、感動してくれたってよ! リョウくん」
「まあ、そりゃ嬉しいけどよ? それだけで学校側がOK出すとは思えねえぞ?」
「精一杯やります! きっと一生の宝物になるから」
中谷さんが一所懸命に言葉を重ねていると、ちょうど注文した料理がテーブルに運ばれてきた。
湯気と香りがふわっと広がり、張りつめていた空気が少しだけ和らぐ。
「どうして中谷さんは僕らをそんなに買ってくれてるんだい?」
「勘ですよ。バンドとか詳しくないですけど……もっとすごいことになりそうだなって思ったから」
ケイタさんの問いに、中谷さんはそう言って笑った。
その言葉に、唐揚げをつまんでいたリョウさんが吹き出す。
「いいね、気に入った! 文化祭、出られるように頑張ってくれよ」
「ありがとうございます!」
「よかったねー」
美月さんが中谷さんに向けて柔らかく笑う。
ふと環奈の方を見ると、さっきまでの明るさが嘘みたいに、暗い顔で俯いていた。
「環奈、どうしたの?」
「……私は、嫌です」
その一言で、テーブルの空気が一瞬で固まった。
「どうして?」
「それは……」
俯いたまま、しばらく沈黙。
やがて、意を決したように顔を上げる。
「学校の人にバレて、面倒なことになります!」
ああ、あの“でかい挨拶の先輩”みたいなやつか……。
「でも、中谷ちゃん一所懸命だよ?」
美月さんが優しく声をかけると、環奈はううぅっと唸る。
「じゃあ……誠くんも出てください!」
「え、俺?」
「そうです! 私一人バレるなんて嫌です!」
まさかの矛先。完全に予想外だ。どうする……。
「いいじゃん! まことも出ろよ!」
芝崎、頼むから黙っててくれ。
「マコトちゃん、出てくれる?」
美月さんが覗き込んでくる。
その顔は反則だ……。
「わ、わかりました」
美月さんと中谷さんが嬉しそうに手を合わせ、リョウさんの笑い声が響く。
「文化祭って九月かな?」
ケイタさんが冷静に問いかける。
「そうですけど」
中谷さんが、はしゃぎかけた気持ちを抑えて返事する。
「夏にMACSはツアーやるよね?」
「え、そうなの?」
美月さんが不安そうにこちらを見る。
「そうですね。練習に参加できる時間は短いですけど……個人練習はたっぷりしておきます」
俺がそう答えると、ケイタさんが安心したように笑った。
「ツアーから帰ったらスパルタな」
リョウさんがそう言って、また笑いが起きた。
「まあ、いい経験になりそうだからな。こっちは願ってもない話だ」
上機嫌でそう言ったリョウさんが、隣の美月さんに声をかける。
「なあ、ミツキ」
「そうだね」
美月さんはいつもの笑顔で返した。
……けれど、その直後、ほんの一瞬だけ表情が陰った。
その小さな変化を見逃さなかったせいで、胸の奥にじわりと不安が広がった。
その後は、今日のライブの出来や、MACSやサンパニのパフォーマンスの話で盛り上がった。
芝崎が学校での俺の話を勝手に暴露し始めたり、環奈と俺が付き合っていると思い込んでたなんて言い出すから、顔から火が出そうだった。
美月さんは美月さんで、「学校じゃそんなに仲いいんだー?」なんてニヤニヤしてくるし、
「でも美月さんとよく出かけますよね?」と環奈がすかさず応戦してくる。
リョウさん以外、誰もお酒を飲んでいないはずなのに、妙にみんな上機嫌だった。
そのテンションに巻き込まれて、俺まで笑いが止まらなくなっていた。
家に帰ると、陽葵のジト目が飛んできた。
「おそーい」
気まずさを抱えたまま靴を脱ぎ、リビングへ入る。
「ご飯は食べてきたんだよね?」
「ああ、食べたよ」
「そ。じゃあ、お風呂入ってね」
言われるがまま風呂に向かう。
湯から上がると、母さんと陽葵が楽しそうに談笑している声が聞こえた。
母さんに「ただいま」だけ言って、そっと自分の部屋へ戻る。
布団に潜り込むと、今日の疲れが一気に押し寄せてきて、そのまま眠りに落ちた。
翌朝、登校中に環奈と中谷さんが並んで歩いてきた。
「今日、文化祭実行委員会があるんだけど」
「じゃあ、今日言うの?」
「うん。それでね、須藤くんと水橋さんにも来てほしいの」
え? なんで俺たちまで……と思ったけど、力になれるならと頷いた。
放課後、実行委員会の教室へ向かうと、前で担任の三輪先生に出くわした。
「須藤、お前も参加するのか?」
「俺も参加します!」
隣で芝崎が元気よく答える。
「いや、私は須藤に聞いたんだが……」
三輪先生は少し呆れた顔をして、そのまま教室に入っていった。
「三輪先生、怖いけど美人だよなー」
「芝崎、余計なこと言うなよ?」
「わかってるって!」
……本当にわかってるのか?
ていうか、なんで芝崎まで参加する流れになってるんだ。
椅子に座って、実行委員会が始まるのを静かに待っていた。
「では、文化祭実行委員会を始めます。実行委員長の田名部です。よろしくお願いします」
挨拶を聞きながら、実行委員長って毎回名乗るものなのかな、なんてどうでもいいことを考えていた。
「では今回の議題ですが……」
最初の議題は参加バンドとは関係なかったので、ただ流れを追うだけだった。
「まだ届けが出ていない部活動には、こちらから伝えておくべきです」
「そうですね。そろそろ夏休みも近いですし」
思った以上に活発な話し合いで、少し感心する。
「では、部活動の参加については以上で」
委員長がそう締めると、中谷さんがこちらを振り向き、小さく頷いた。
「次は、キャンセルになってしまった外部への参加要請についてですが」
話を聞くうちに、どうやら有名なミュージシャンに出演を依頼していたらしいことがわかった。
しかし相手側の都合でキャンセルになり、代わりの候補を探しているものの、前回の会議では決まらなかったらしい。
「前回出ていた意見を挙げますと、費用面で現実的なのは……」
読み上げられる名前は、正直どれもピンとこない。
“呼んでもイマイチ”という言葉が頭に浮かぶ。
「他に意見がなければ、この中から決を取りたいと思いますが、いかがですか?」
委員長がそう言った瞬間――
中谷さんの右手が、迷いなく真っすぐ上がった。
「はい、では中谷さん。意見をどうぞ」
委員長に促され、中谷さんがすっと立ち上がった。
「二年の中谷です。今回、私からはインディーズバンドの参加を提案します」
その一言で、教室がざわつく。
「私が参加要請を行いたいのは『Critical Clinical』というバンドです」
ヒソヒソと声が広がる。「聞いたことある」という小さな声も混じっていた。
「しかし、本校の外部参加要請は毎回プロのミュージシャンや有名人ですよ?」
「はい。でも、今回要請に応えていただける“有名な方”は……正直、思い出に残りにくい。いえ、はっきり言って友達に自慢できない人ばかりなんです」
「それは中谷さんの主観では?」
「いえ、これはSNSで見つけたデータなんですが」
そう言って、中谷さんは用意していた資料を配り始めた。
そこには“文化祭に来て嬉しい有名人”というアンケート結果が載っている。
「回答者は五千人を超えていますが、今回要請できる方の名前は一つも入っていません。つまり、誰も投票していないということです」
「確かに、これは一つのデータですね。しかし、そのインディーズバンドもここには入っていないのでは?」
「いえ、三名ですが投票者がいます」
「インディーズバンドに三名……価値はあるかもしれませんが、全校生徒を納得させる材料には弱いと思います」
委員長は感情を挟まず、淡々と判断している。
それでも中谷さんは引かない。
「私は実際に見てきたんです。Critical Clinicalのライブを」
「それが良かったから呼びたい、ということですか? 少し私的すぎる意見に思えますが」
「違います。良かったからじゃないんです」
「と言いますと?」
「文化祭に呼べば、全校生徒が“自慢できる”。そんなバンドになると感じたから提案しています」
その熱のこもった言葉に、委員長もわずかに押されていた。
「……まあ落ち着け。それを判断するには、どうすればいいと思う?」
「次の会議までに音源を用意します」
「ふむ」
三輪先生も腕を組んで考え込む。
「しかしな中谷。今まではプロを呼んでいたからキャスティング会社を使えたんだ」
「はい」
「だから機材の用意や搬入も全部そこが見積もってくれていた。学校側にはそのノウハウがない」
「え、でも外注で頼めるんじゃないでしょうか?」
「費用がな。どのくらいかかるか計算できていないと、会議にもかけられない」
「そんな……」
「この時期から見積依頼するところからだろ?」
中谷さんが言葉を失う。
そこで俺は、前に座っている環奈の肩を軽く叩いた。
環奈が小さく頷き、カバンから資料を取り出して渡してくれる。
「二年の……須藤です。中谷さんの提案を補足する資料を持ってきました」
中谷さんが驚いたようにこちらを見る。
大丈夫、と目で伝えると、彼女はほっとしたように息をついた。
「芝崎、これを委員長と先生に」
「まかせろ」
芝崎が資料を配る。
「これはミズハシ楽器が、星雲高校文化祭用に特別に作ってくれた見積もりです」
「なっ……!」
委員長が思わず声を上げる。
「須藤……これはいったい?」
三輪先生も資料をめくりながら困惑していた。
「こんなに安くできるのか?」
「いえ、申し上げた通り“星雲高校文化祭用”ですので」
「いや、それにしても……」
「娘の文化祭を盛り上げたいという、親心ですよ」
そう言って環奈に目で合図すると、彼女は恥ずかしそうに俯いた。
「中谷さん、もう一押し」
促すと、中谷さんは力強く続けた。
「プロに払う費用やキャスティング会社への費用を、生徒のために使えます。
そして今回見つけたCritical Clinicalの音源を聴けば、きっと納得していただけるはずです!」
教室に沈黙が落ちる。
「……わかった。職員会議にかけてみよう」
「委員会としても、音源を聞かせてもらえるなら判断しやすいです」
「ありがとうございます!」
中谷さんと俺は席に戻った。
「では、今日の議題は以上です。次回は――」
会議が締まり、生徒たちが教室を出ていく。
「須藤くん、ありがとう!」
「いや、発案者は環奈だよ」
「水橋さん!」
中谷さんが環奈に飛びつく。
「ま、まだ決まったわけじゃないですから!」
環奈は真っ赤になって照れていた。
「まこと、絶対成功させような!」
芝崎まで熱くなっている。
――後は音源で、みんなを黙らせるだけだ。
それなら自信がある。
【須藤家】
須藤 誠/17歳・都立星雲高校2年生
マックスでのメンバー登録表名はマコト。
アマチュアバンド「マックス」のヘルプギタリストとして、ライブハウス「Roots」に出演中。
人前では髪を下ろして顔を隠すほどのコンプレックス持ちだが、ギターを握ると別人のように冴える。
静かな日常と熱いステージ、そのギャップが彼の魅力。
須藤 陽葵/15歳・中学3年生
誠の妹で、しっかり者の家庭担当。共働きの両親に代わって家事をこなすスーパー中学生。
兄の通う星雲高校を目指して受験勉強中。兄にはちょっぴり甘えたいけど、素直になれない年頃。
【Critical Clitical 通称:クリクリ】
有栖川 美月/18歳・ヴォーカル担当
Critical Cliticalのメンバー表登録名はミツキ。
ピンクのツインテールにオフショルダーの服がトレードマーク。派手に見えるが、整った顔立ちと圧倒的な存在感で観客を魅了する。
マコトを気に入っていて、何かと“お姉さんぶり”たがるが、時々天然。ステージでは圧倒的カリスマ、オフでは賑やか担当。
有栖川という名家の娘であることが分かった。
宮田 亮/22歳・ギター担当
Critical Cliticalのメンバー表登録名はリョウ。
レスポールを愛用するギタリスト。音とテクニックで観客の心を掴む、クリクリの音楽的屋台骨。
口が悪くて天邪鬼なところがあるが、音楽に対する情熱は誰よりも熱い。ステージでは言葉よりギターが語る。
ケイタ/20歳・ドラム担当
黒髪の長髪にアルカイックスマイルが印象的な、落ち着きのある青年。
正確無比なリズムでバンドを支える縁の下の力持ち。物静かだが、時折鋭い一言で場を動かすタイプ。
水橋 環奈/17歳・ベース担当/都立星雲高校2年生
Critical Cliticalのメンバー表登録名はカンナ。
年齢に似合わぬベーステクニックで“天才少女”と呼ばれる実力派。
高校では物静かで目立たないが、黒髪ロングの美人で、周囲からは羨望の眼差しを受けている。
マコトとは同級生で、淡々とした言動の中に時折見せる優しさが印象的。
小松 里菜/キーボード担当/ミズハシ楽器・アルバイト
前任のヨネさんの紹介でクリクリにヘルプとして加入。
普段はミズハシ楽器でアルバイトしている。
落ち着いた雰囲気を持ちながらも、音楽に対しては柔軟で積極的。サポートメンバーとして呼ばれることも多かった。
【MACS】
ヒトシ/ヴォーカル担当
マコトをバンドに誘った張本人で、明るくポジティブな兄貴分。
ライブでは観客を巻き込むパワー型フロントマン。マコトにとっては頼れる先輩であり、良き理解者。
クロ/ドラム担当
ヒトシの相棒で、落ち着いた雰囲気の大人っぽいドラマー。
言葉少なめだが、演奏ではしっかりとバンドを支える。マコトのことも静かに見守っている。
松崎/ベース担当
寡黙で無口なベーシスト。だが、マコトのことをよく気にかけてくれる優しい一面も。
演奏中の安定感は抜群で、マックスの土台を支える存在。
【サンデーパニック】
関/ヴォーカル担当
マイクパフォーマンスが楽しいサンパニのヴォーカル。
環奈推しでよくお茶に誘うが、毎回断られている。
以前リョウに怒られて以来、少しリョウが怖い。
【都立星雲高校】
芝崎/誠と同じクラス
顔良し、友達多し、ノリも軽い。高校生活を全力で楽しむタイプ。
なぜか誠に絡んでくることが多く、軽薄な口調ながらも憎めない存在。
中谷 由美子/誠と同じクラス・隣の席
素朴で可愛らしい雰囲気が魅力の女の子。男子から密かに人気があるが、本人はあまり気づいていない。
誠とは隣の席で、時折交わす会話がじんわりと心に残る。
【市田楽器店】
市田/市田楽器店の店長
穏やかな笑顔と落ち着いた声がトレードマークの、街の楽器店の店長さん。
誰にでも優しく、従業員や常連からの信頼も厚い。
リョウのバンド活動を陰ながら応援してくれており、時にはアドバイスをくれることも。
戸田/市田楽器店・アルバイト
高校時代から市田楽器店で働いている、元気で世話焼きな女性スタッフ。
リョウとは同い年ながら、バイト歴ではちょっぴり先輩。
Critical Clinicalの大ファンで、ライブにはほぼ毎回顔を出している。
【ミズハシ楽器】
米山/35歳・マネージャー
クリクリの元キーボード担当をヘルプでやっていた。登録名はヨネ。
ミズハシ楽器の社員で、店内では“そこそこ偉い人”として知られる存在。
スーツ姿じゃなくても漂う落ち着きと余裕――その佇まいは、まさに“大人の男”。
クリクリの音に心を動かされ、自ら「手伝わせてほしい」と申し出た。
年齢も立場も違うのに、スタジオでは誰よりも柔らかく、誰よりも鋭く音を見つめる。
時に冗談を交えながらも、音楽に対する姿勢は本物。
「拗ねるとちょっと面倒」と噂されるが、それも含めて愛されている存在。
【陽葵の同級生】
加地 あかり/陽葵の同級生
陽葵の同級生で親友。大人っぽい外見をしている。




