表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
it'sLife rock'n'roll  作者: 魔法使いの弟子スオウ
第三章 怒涛の文化祭

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/37

どういうこと?

 週末は「マックス」のライブだった。


 ライブハウス〈月と狼〉は、開演前から人でぎゅうぎゅうに埋まっていた。

 

 スタンディングで最大二百人――実際には百五十人ほどだろうが、それでも狭い箱にこれだけ詰め込まれると、空気が熱を帯びて肌にまとわりつく。


「Critical Clinical」との対バン以降、「マックス」の人気は右肩上がりらしい。

出番が来てステージに上がった瞬間、客席のあちこちからメンバーの名前が飛んできた。


「クロさーん! かっこいいー!」


「まつざきー!」


「アニキー!」


「マコトくん、こっち向いて!」

 ヒトシさんのMCが始まると、観客は一斉に沸き立つ。

 そして音が鳴り出した瞬間、箱全体が揺れたように感じた。

 低音が床を伝って脛に響き、ライトが汗の粒を照らす。


「じゃあ、次の曲は――」

 五曲目、ヒトシさんがMCに入ったそのときだった。


「リミット!」


「リミット!」

 待ってましたと言わんばかりに、客席から曲名のコールが飛ぶ。


 その熱量に押されながらも、俺はいつも通り――いや、いつも以上に――マックスの音を支え、引き上げることだけに必死だった。


「今日はどうした?」

 楽屋に戻った途端、ヒトシさんがいつもの柔らかな笑顔で声をかけてきた。


「えっと……どこか変でしたか?」


「いや、今日もよかったよ」


「え?」

 拍子抜けする返事に混乱していると、「まあ座れよ」と促される。


「んー、今日はさ。なんだか必死すぎたように見えてな」


「そ、そうですか……」


「やっぱり何かあったんだな?」

 図星を刺され、胸がざわつく。美月さんの、家の事を俺の口から言うわけにはいかない。


「話しにくいことなのか?」

 その問いにも答えられず、視線を落としたまま黙り込んでいると――

 松崎さんがそっと俺の肩を叩いた。軽い音が、やけに大きく響く。


「話した方がいい」

 ただ一言。

 けれど、その声には逃げ道を塞ぐような強さではなく、背中を押すための温度があった。


「この間、美月さんと買い物に出かけたんですけど」


 俺は少しずつ話し始めた。

 エフェクターを買ったこと。

 そのあと喫茶店に寄ったこと。

 そして――喫茶店で知った、美月さんの家のことを。


「そういや、美月に名字聞いたら“有栖川”って言ってたな」


「へえ、ヒトシは知ってたんだ」


「名字だけな?」

 ヒトシさんとクロさんが軽口を交わす。

 松崎さんはタバコをくゆらせながら、そのやり取りを黙って聞いていた。


「で、マコトくんはどうしたいの?」

 クロさんが、真正面から俺を見据えて問いかけてくる。


「美月さんに……音楽を続けてほしいというか……」

 続けてほしい。

 いや、それだけじゃない。


「夢を、叶えてほしいです」

 その言葉は、嘘じゃなかった。


「美月は夢を叶えるんじゃないか? 君が気にしなくても」

 クロさんは落ち着いた声で、核心だけを投げてくる。

 

 俺は――どうしたいんだろう。

 確かに、美月さんなら自分の力で夢を掴むかもしれない。

 その可能性を少しでも高くしたい?

 いや、そんな大それたこと、俺にできるはずがない。


「俺は……」

 言葉が詰まる。

 けれど、ヒトシさんたちは急かさず、ただ待ってくれた。


「……俺は、傍で支えたいんだと思います。美月さんの夢を」


「そうか……」

 ヒトシさんが天井を見上げ、小さく息を吐く。


「支えてあげたいよな。そりゃそうだ」

 その呟きに、クロさんと松崎さんがニヤニヤと視線を交わす。


「これはあれだな。今度のツアー、福岡も入れておかないと」

 クロさんが笑いながら言った。


「ツアー?」


「ああ。マコトが夏休みに入ったら、全国ツアーに行こうと思っててな」

 ヒトシさんはそう言ったあと、急に慌てたように身を乗り出す。


「って、福岡? まさか……」


(ほん)ちゃんなら、何かアドバイスできるんじゃないか?」


「う……」


「今、マコトに必要なのはしっかりしたアドバイスだろ?」


「まあ、そうだけど……」

 ヒトシさんとクロさんの会話の流れが速すぎて、俺はついていけない。


「あの……ほんちゃんって?」


「ああ、ヒトシの彼女だよ」

 えっ。ヒトシさん、彼女いたんだ……。


「今、“ヒトシさんに彼女なんて信じられねえ”って思っただろ?」


「いやいや、そこまでは! ただ、彼女の話なんて聞いたことなかったから驚いただけです!」

 必死に否定する俺を見て、クロさんが笑いながら肩をすくめる。


「ヒトシにもいろいろあるんだよ」

 そう言ってヒトシさんの肩を軽く叩いた。


「じゃあ、福岡は決まりだな」

 松崎さんが話をまとめるように言う。


「まあ、スケジュールはこっちで組んでおくよ」

 クロさんがタバコを灰皿に押しつけると、場の空気が自然と“次”へと動き出した。


 駅までの帰り道、ヒトシさんがふと思い出したように口を開いた。


「明日とか、美月と会ったりするの?」


「いや、明日はテスト勉強です」


「ああ、期末テストってやつか?」

 その会話に、横を歩いていたクロさんがニヤっと笑った。


「懐かしいねぇ。青春の匂いがする」

 期末テストが青春の匂い……? いや、全然嬉しくないんだけど。


「補習とかでツアー参加できません、ってのは勘弁してくれよ?」


「それ、シャレにならないっすよ」

 そんな他愛ない話を続けながら、俺たちは駅へと歩いた。

 改札前で自然と足が止まり、それぞれが自分の乗る電車へ向かった。


「夏休み、全国ツアーやるんだって」

 晩ご飯の途中、何気なくそう言うと、陽葵は箸を持ったままぽかんと口を開けた。


「それ……お兄ちゃんも行くの?」


「まあ、そうだな」


「『マックス』?」


「うん」


「何日くらい行くの?」


「スケジュールはまだ決まってないよ」

 そこで陽葵の箸がぴたりと止まった。

 顔を上げると、さっきまでの呑気さが消えて、真面目な目でこちらを見つめていた。


「決まったら、すぐに教えること」


「はい」


 翌日は日差しが強く、朝から少し汗ばむほどの暑さだった。


 平年ならまだしつこく降り続いているはずの雨も、今年は梅雨明けまで体力が持たなかったらしい。環奈の家の最寄り駅で待ち合わせて、勉強会へ向かうことになっていた。


 集合場所に行くと、中谷さんがすでに到着していた。


「おはよう、早いね」


「おはよう。ちょっと早めに来ちゃった。水橋さんの家って、この辺りなの?」


「うん。歩いて十分もかからないよ」


「へぇ、この辺り初めて来たけど……大きな家が多いんだね」

 環奈の家を見たら、もっと驚くんだろうな――そんなことを考えていると。


「二人ともお待たせー」

 軽い声とともに芝崎が現れ、全員そろったところで出発した。


「着いたよ」

 水橋邸の前で声をかけると、二人は同時に首をかしげた。


「え、どこ?」


「ここ」


「……ここ?」

 二人が固まった。まあ、言いたいことはわかる。

 

 インターホンを押すと、環奈の声が返ってきた。


「はい」


「マコトだけど」


「あ、今降りますね」

 しばらくして玄関が開き、環奈が姿を見せた。


「私の部屋でいいですか?」


「いいと思うよ」

 玄関から廊下を歩く間も、エレベーターで三階へ向かう間も、二人は完全に無言だった。


「どうぞ、適当に座ってください」

 促された二人は、恐る恐るソファに並んで腰を下ろす。

 俺と環奈は向かい側に座ったが、目が合った瞬間、環奈は慌てて視線を逸らした。


「お、お茶菓子……いいものをいただいたので、取ってきますね」

 そう言って部屋を出ていく。どこかそわそわしているけれど、機嫌は良さそうだ。

 環奈が出た瞬間、二人は弾けたように喋り出した。


「いや、広いよ! 広すぎ!」


「それにエレベーターって……ここ、ビルなの?」


「この部屋、一人部屋のレベルじゃないよ! 二人で住んでも余裕だよね!」


「お、おう……言いたいことはわかるけど、落ち着け」

 初めて来たら、そりゃこうなるよな。


 美月さんは初めて来たときどうだったんだろう。もともと大きな家の人だから、驚かなかったのかもしれない。


「須藤君は、なんだか慣れてるよね?」


「マコト、前にも来たことあるんだろ?」


「あ、ああ。一度だけね」

 そこへドアが開き、環奈が戻ってきた。


「お待たせしました。飲み物は紅茶でいいですか?」


「「あ、いえ、おかまいなく……」」

 なぜか環奈にまで緊張してハモる二人。


「紅茶でいいんじゃない?」

 俺がそう言うと、環奈は嬉しそうにお茶の準備を始めた。

 お茶を飲みながら勉強を始める頃には、二人の緊張もすっかりほぐれていた。


「範囲はここからここまでね」


「え、ここもだっけ?」

 中谷さんが芝崎の面倒を見てくれている。


「誠くん、わからないところありますか?」


「ああ、ここなんだけど」

 苦手な数学から始まり、英語、物理、古典と、それぞれの弱点を潰していく。


「少し休憩にしましょうか」


「手伝うよ」

 そう言って手を伸ばした瞬間、環奈の手に触れてしまい、環奈はびくっとして手を引いた。


「い、いえ……その、大丈夫です」

 何が大丈夫なんだ?


「私が手伝うから大丈夫ってこと。須藤君は座ってて」

 中谷さんがそう言って、環奈と一緒にカップを集めていった。


「マコト、テスト平気そう?」

 芝崎は少し声が疲れている。まだそこまで勉強してないのに。


「大丈夫だと思うよ。芝崎は?」


「中谷さんと水橋さんの教え方が上手いから、前よりはいい点取れるかも」

 そう言ってから、芝崎は立ち上がり、部屋を見回した。


「それにしても広い部屋だよな」


「そうだね」


「部屋の中にドアがあるの、初めて見たよ」


「開けるなよ? 寝室らしいから」

 きっとベースやバンド関係のものも、そっちに避難しているんだろう。


 ドアの外から、ひそひそ声が聞こえてきた。


「無理ですって」


「言っちゃえばいいのに」

 ……何が無理なんだ?

 そう思っていると、ドアが開き、二人がカップを手に戻ってきた。


「コ、コーヒー淹れますね」

 環奈はどこかぎこちない声でそう言い、コーヒーの準備を始めた。


「何か話してたの?」

 小声で中谷さんに聞くと、にやりと笑って「秘密」と返ってくる。


 コーヒーが入ったところで、しばらく休憩することになった。


「芝崎くん、この問題の答え、面白かったよ」

 中谷さんが、芝崎の珍回答を楽しそうに話し始める。


「特にここ、見に来てよ」

 芝崎は、面白がられているのに、なぜか嬉しそうだ。

 俺と環奈が後ろから覗き込む。


「あ、今いい感じ」

 そう言った瞬間、中谷さんがスマホを取り出し、自撮りをした。


「ほら、みんないい顔してるよ」

 画面を見せながら、満足げに笑う。


「みんなに送るね」

 送られてきた画像は、四人が並んで笑っている、確かにいい写真だった。


「友達にも自慢しちゃおうっと」

 そう言って送信した直後――

 中谷さんの肩がピクッと跳ねた。


「どうしたの?」

 芝崎が声をかけると、中谷さんはスマホを見せる。

 芝崎も画面を見た瞬間、同じように肩をピクッとさせた。

 二人はゆっくりとこちらに振り向き、中谷さんがスマホを差し出してくる。

 

 メッセージの一番上には、さっきの写真とともに、「友達の家で勉強中」と書かれていた。

 その下に、友達からの返信。


「嘘でしょ?」


「何が?」


「なんで『クリクリ』のカンナと『マックス』のマコトくんが一緒なの?」


「え?」


「どういうこと?」

 そこまで読んだところで、二人がそろって俺たちを見る。


「どういうこと?」

 部屋の空気が、一瞬で変わった。


【須藤家】


須藤すどう まこと/17歳・都立星雲高校2年生

マックスでのメンバー登録表名はマコト。

アマチュアバンド「マックス」のヘルプギタリストとして、ライブハウス「Roots」に出演中。

人前では髪を下ろして顔を隠すほどのコンプレックス持ちだが、ギターを握ると別人のように冴える。

静かな日常と熱いステージ、そのギャップが彼の魅力。


須藤すどう 陽葵ひなた/15歳・中学3年生

誠の妹で、しっかり者の家庭担当。共働きの両親に代わって家事をこなすスーパー中学生。

兄の通う星雲高校を目指して受験勉強中。兄にはちょっぴり甘えたいけど、素直になれない年頃。



Criticalクリティカル Cliticalクリニカル 通称:クリクリ】


有栖川ありすがわ 美月みつき/18歳・ヴォーカル担当

Critical Cliticalのメンバー表登録名はミツキ。

ピンクのツインテールにオフショルダーの服がトレードマーク。派手に見えるが、整った顔立ちと圧倒的な存在感で観客を魅了する。

マコトを気に入っていて、何かと“お姉さんぶり”たがるが、時々天然。ステージでは圧倒的カリスマ、オフでは賑やか担当。


宮田みやた りょう/22歳・ギター担当

Critical Cliticalのメンバー表登録名はリョウ。

レスポールを愛用するギタリスト。音とテクニックで観客の心を掴む、クリクリの音楽的屋台骨。

口が悪くて天邪鬼なところがあるが、音楽に対する情熱は誰よりも熱い。ステージでは言葉よりギターが語る。


ケイタ/20歳・ドラム担当

黒髪の長髪にアルカイックスマイルが印象的な、落ち着きのある青年。

正確無比なリズムでバンドを支える縁の下の力持ち。物静かだが、時折鋭い一言で場を動かすタイプ。


水橋みずはし 環奈かんな/17歳・ベース担当/都立星雲高校2年生

Critical Cliticalのメンバー表登録名はカンナ。

年齢に似合わぬベーステクニックで“天才少女”と呼ばれる実力派。

高校では物静かで目立たないが、黒髪ロングの美人で、周囲からは羨望の眼差しを受けている。

マコトとは同級生で、淡々とした言動の中に時折見せる優しさが印象的。


ヨネ/35歳・ヘルプでキーボード担当

ミズハシ楽器の社員で、店内では“そこそこ偉い人”として知られる存在。

スーツ姿じゃなくても漂う落ち着きと余裕――その佇まいは、まさに“大人の男”。

クリクリの音に心を動かされ、自ら「手伝わせてほしい」と申し出た。

年齢も立場も違うのに、スタジオでは誰よりも柔らかく、誰よりも鋭く音を見つめる。

時に冗談を交えながらも、音楽に対する姿勢は本物。

「拗ねるとちょっと面倒」と噂されるが、それも含めて愛されている存在。



【マックス】


ヒトシ/ヴォーカル担当

マコトをバンドに誘った張本人で、明るくポジティブな兄貴分。

ライブでは観客を巻き込むパワー型フロントマン。マコトにとっては頼れる先輩であり、良き理解者。


クロ/ドラム担当

ヒトシの相棒で、落ち着いた雰囲気の大人っぽいドラマー。

言葉少なめだが、演奏ではしっかりとバンドを支える。マコトのことも静かに見守っている。


松崎(まつざき)/ベース担当

寡黙で無口なベーシスト。だが、マコトのことをよく気にかけてくれる優しい一面も。

演奏中の安定感は抜群で、マックスの土台を支える存在。



【都立星雲高校】


芝崎しばざき/誠と同じクラス

顔良し、友達多し、ノリも軽い。高校生活を全力で楽しむタイプ。

なぜか誠に絡んでくることが多く、軽薄な口調ながらも憎めない存在。


中谷なかたに/誠と同じクラス・隣の席

素朴で可愛らしい雰囲気が魅力の女の子。男子から密かに人気があるが、本人はあまり気づいていない。

誠とは隣の席で、時折交わす会話がじんわりと心に残る。



【市田楽器店】

市田いちだ/市田楽器店の店長

穏やかな笑顔と落ち着いた声がトレードマークの、街の楽器店の店長さん。

誰にでも優しく、従業員や常連からの信頼も厚い。

リョウのバンド活動を陰ながら応援してくれており、時にはアドバイスをくれることも。


戸田とだ/市田楽器店・アルバイト

高校時代から市田楽器店で働いている、元気で世話焼きな女性スタッフ。

リョウとは同い年ながら、バイト歴ではちょっぴり先輩。

Critical Clinicalの大ファンで、ライブにはほぼ毎回顔を出している。


【ミズハシ楽器】

小松こまつ 里菜りな/ミズハシ楽器・アルバイト

キーボード奏者で、決まったバンドに所属せず活動している。

普段はミズハシ楽器でアルバイトしており、ヨネさんとは面識がある。

落ち着いた雰囲気を持ちながらも、音楽に対しては柔軟で積極的。サポートメンバーとして呼ばれることも多い。


【陽葵の同級生】

加地かじ あかり/陽葵の同級生

陽葵の同級生で親友。大人っぽい外見をしている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ