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it'sLife rock'n'roll  作者: 魔法使いの弟子スオウ
第三章 怒涛の文化祭

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曇天

「あれ? 有栖川じゃない?」

 その声が聞こえた瞬間、美月さんの顔を見て、背筋が凍った。


 さっきまで柔らかかった表情から一気に色が引いていた。

 明るい音のしない、無音の表情。

 そんな美月さんを見るのは初めてで、言葉が出なかった。


 ほんの一瞬――一拍ほどの沈黙。けれど、やけに長く感じた。


「あ、藤崎(ふじさき)? 久しぶりじゃん」

 美月さんの顔色が戻り、藤崎と呼ばれた女性に笑みを向ける。


「有栖川、また派手な頭してるね。バンドとかまだやってんの?」


「まだって何だよ。ずっとやってるし」

 藤崎さんは「隣いい?」と軽く言って、美月さんの隣に腰を下ろす。

 そしてこちらに気づき、目を丸くした。


「あれ? まさか彼氏とか? 邪魔しちゃったね」


「いや、彼氏じゃないよ。バンドの仲間……」

 美月さんが言いよどむと、藤崎さんは「ふぅん」と意味ありげに笑った。


「有栖川は昔の髪型のほうがかわいかったよ?」


「そんなのいいでしょ?」


「清純そうでさ、男子にも人気あったよね」

 ――今でも十分可愛いし、今の髪色も似合ってるのに。

 そんなことを思いながら、俺は黙って二人を見ていた。


「君? 有栖川のバンド仲間なんだよね」


「あ、はい。須藤と言います」


「じゃあ須藤君。知ってた? 有栖川家って結構な名家なんだよ?」


「え……」

 知らないに決まっている。

 有栖川家? 名家?

 あまりにもイメージが遠すぎて、美月さんと結びつかない。


「ねえ、やめてよ」

 美月さんの声は、どこか心細げだった。


「だって有栖川。まだバンドとかやって遊んでるんでしょ? そろそろ家に帰んないの?」


「いいだろ……」

 美月さんが言い返そうとした瞬間、思わず俺が口を挟んでいた。


「遊びじゃないです。バンドは。美月さんも本気でやってるんです」


「へえ? それは知らなかったよ。ごめんね」

 その謝り方は、完全に俺を下に見ているものだった。

 子どもをあやすような、軽い声音。


「でもさ、こんなとこで男の子と二人なんて。泉谷(いずみや)君は知ってるの?」


「藤崎、やめて」


「縁談の話も出てるんでしょ? 泉谷のおじさん言ってたよ?」


「やめてって言ってるでしょ? アタシ帰る」

 美月さんは勢いよく立ち上がった。


「マコトちゃん、行こ」


「あ、はい」

 会計を済ませて店を出る。


 背後から藤崎さんの「またねー」という軽い声が聞こえたが、振り返る気にはなれなかった。


 速足で歩く美月さんの背中を追いかけていた。駅の近くまで来たところで、彼女は突然、我に返ったように立ち止まり、くるりと振り返る。


「ま、マコトちゃん。……驚いたよね?」

 その声は強がっているのに、握られた手だけが小さく震えているのが分かった。


「少し驚きましたけど……大丈夫ですよ」

 ――大丈夫って何がだよ。今、他に言いようがあっただろ。


「み、美月さんは……美月さんですから」

 絞り出した言葉はそれだけだった。それでも、美月さんの頬にほんの少し色が戻ったのが見えて、胸の奥が少しだけ軽くなる。


 歩き出した彼女の後を追おうとしたとき、また振り返った美月さんが、今度は俺の顔を覗き込んできた。


「なんか変なこと言ってたけど……勘違いしないでね」


「へ、変なことって?」


「ほら、縁談……とかさ。アタシ、そういうの受ける気ないから」

 その笑顔はあまりに綺麗で、精一杯何かを悟らせないようにしていた。

 俺は何て無力なんだ……そう思った。


「じゃあ、今日はありがとね」

 駅に着くと、美月さんはそう言って自分のホームへ続く階段を上がっていく。

 その背中が見えなくなるまで、俺はただ立ち尽くしていた。


 俺に……何ができるんだろう。

 もし、美月さんの縁談が、本人の意思だけでは断れないようなものだったら――。

 電車に揺られながら、浮かんでくるのは嫌な想像ばかりだ。

 これからも、美月さんたちと一緒に音楽を続けていきたい。

 だけど、俺は美月さんのことを何も知らない。

 本当に……何も。


 翌日。胸の奥に残った不安を抱えたまま、いつもの通学路を歩く。

 美月さんは……本当に家に戻ることがあるんだろうか。

 考え始めた途端、視界がじわりと暗く沈んでいく。


「おはようございます」

 不意に背後から声がして、思わず肩が跳ねた。環奈だ。


「何かあったんですか? 怖い顔してますけど」


「いや、別に……」

 隣に並んで歩き出した環奈に、どこまで話していいのか迷う。

 そもそも環奈は、美月さんの家の事情を知っているんだろうか。


「環奈は、美月さんの……」

 言いかけた瞬間、環奈の肩がわずかに震えたように見えた。


「美月さんの……何でしょう?」


「美月さんの……買い物に付き合っただけだよ。エフェクターが壊れたって言ってて」


「ああ、そういえば。壊れたっておっしゃってましたね」

 もしかしたら、あの家のことは知られたくないのかもしれない。

 そう思い、深く踏み込むのをやめた。


「リョウさんの働いてる楽器店に行ったよ」


「じゃあ、リョウさんも一緒だったんですか?」


「買い物の時はね」

 そう答えると、環奈は小さくため息をついた。


「リョウさんがいるなら、俺いらないんじゃ……って思っちゃったよ」


「あの人、天邪鬼ですから」

 そう言って、環奈はふっと笑った。

 その笑顔を見た瞬間、胸の中の重さが少しだけ軽くなる。


「結局、何を買ったんですか?」


「これ」

 スマホを取り出し、美月さんが買ったマルチエフェクターの写真を見せる。


「買い物の後は、どこに行ったんですか?」


「ん? お茶して帰ったよ」


「……そうですか」

 そんな他愛ない会話を続けているうちに、校門が見えてきた。


「それでは、後で」


「うん、また後で」


 教室の前で環奈と別れ、いつも通り他愛ない話をしたおかげで、胸の重さが少しだけ軽くなった。


「マコト! おはよー!」

 こんな時の芝崎の明るい声は、妙に救われる。


「ああ、おはよ」


「ちょっと聞いてくれよー。昨日ライブに行ったんだけどさ」


「ライブ? へえ、どこの?」


「『Roots』ってライブハウス、知ってる?」


「へ、へえ。何てバンド見に行ったの?」

 思わず吹き出しそうになったのを必死でこらえ、平静を装う。


「サンデーパニック? とかいうバンドでさ」


「ああ、サンパニか。いいね」


「お、マコト詳しいんだな。なかなか良かったよ」

 危ない。つい反応してしまった。これ以上ボロを出さないように気をつけないと。


「サンパニ? のギターの人が先輩の友達らしくてさ。付き合わされて行ったんだけど」


「へえ、そうなんだ」


「あれなら、また行ってもいいな」

 ……これは、そのうち芝崎にバレる日が来るかもしれない。


「何々? 何の話?」

 中谷さんが割り込んでくる。


「いや、昨日サンパニってバンドのライブに行ってきたんだ」


「バンドか。中学の友達がそういうの好きだったよ」

 う……嫌な予感しかしない。


「確か、何とかってバンドのドラムがかっこいいって言ってたな」


「ふーん」


「でも解散して、今はクリクリ? とかいうバンドやってるって」

 心臓が跳ね上がるかと思った。いや、クリクリのファンがいるのは嬉しいんだけど……


「クリクリ? なんだそりゃ」


「最近人気だって言ってたよ」


「へ、へえ」

 俺はとりあえず、全力ですっとぼけておいた。


「やっぱり、みんなプロとか目指してるんだろうな」

 何気なく放たれた芝崎のひと言が、胸の奥に小さな棘のように刺さった。


「そうだろうね。でも、プロになれるのはごく一部っていうよね」

 そうだ。プロになれるのは、本当にほんの一握り。


「売れるってなると相当ハードル高そう」


「でも、イマイチなやつも売れてるじゃん?」


「それは……好みとか?」

 ああ、芝崎。その先は言わなくてもわかってる。わかってるんだ。


「やっぱ親のコネ? とか金持ってるやつが勝つのかな?」


「ええー、そうは思いたくないね」

 そうだ。そうは思いたくない。


 だけど――現実はどうなんだろう。

 このままギターを弾き続けて、俺は美月さんの隣にいられるのだろうか。

 美月さんは、この先も音楽を、バンドを続けていけるのだろうか。


「諦めるなんてありえないよ 音楽が好きすぎて毎日が楽しいんだもん」


 ふいに、「Pink♡Butterfly」の一節が頭の中で流れた。

 諦めてほしくない。美月さんの夢を、どうか叶えてほしい。

 そのために――俺は何ができる?


「起立」

 気づけば、朝のホームルームが始まっていた。


 窓の外には、どんよりとした曇天。

 まるで今の俺の心をそのまま写し取ったみたいで、思わず両手を見つめる。

 指先に残るギターの感触が、逆に自分の無力さを際立たせていた。

【須藤家】


須藤すどう まこと/17歳・都立星雲高校2年生

マックスでのメンバー登録表名はマコト。

アマチュアバンド「マックス」のヘルプギタリストとして、ライブハウス「Roots」に出演中。

人前では髪を下ろして顔を隠すほどのコンプレックス持ちだが、ギターを握ると別人のように冴える。

静かな日常と熱いステージ、そのギャップが彼の魅力。


須藤すどう 陽葵ひなた/15歳・中学3年生

誠の妹で、しっかり者の家庭担当。共働きの両親に代わって家事をこなすスーパー中学生。

兄の通う星雲高校を目指して受験勉強中。兄にはちょっぴり甘えたいけど、素直になれない年頃。



Criticalクリティカル Cliticalクリニカル 通称:クリクリ】


有栖川ありすがわ 美月みつき/18歳・ヴォーカル担当

Critical Cliticalのメンバー表登録名はミツキ。

ピンクのツインテールにオフショルダーの服がトレードマーク。派手に見えるが、整った顔立ちと圧倒的な存在感で観客を魅了する。

マコトを気に入っていて、何かと“お姉さんぶり”たがるが、時々天然。ステージでは圧倒的カリスマ、オフでは賑やか担当。


宮田みやた りょう/22歳・ギター担当

Critical Cliticalのメンバー表登録名はリョウ。

レスポールを愛用するギタリスト。音とテクニックで観客の心を掴む、クリクリの音楽的屋台骨。

口が悪くて天邪鬼なところがあるが、音楽に対する情熱は誰よりも熱い。ステージでは言葉よりギターが語る。


ケイタ/20歳・ドラム担当

黒髪の長髪にアルカイックスマイルが印象的な、落ち着きのある青年。

正確無比なリズムでバンドを支える縁の下の力持ち。物静かだが、時折鋭い一言で場を動かすタイプ。


水橋みずはし 環奈かんな/17歳・ベース担当/都立星雲高校2年生

Critical Cliticalのメンバー表登録名はカンナ。

年齢に似合わぬベーステクニックで“天才少女”と呼ばれる実力派。

高校では物静かで目立たないが、黒髪ロングの美人で、周囲からは羨望の眼差しを受けている。

マコトとは同級生で、淡々とした言動の中に時折見せる優しさが印象的。


ヨネ/35歳・ヘルプでキーボード担当

ミズハシ楽器の社員で、店内では“そこそこ偉い人”として知られる存在。

スーツ姿じゃなくても漂う落ち着きと余裕――その佇まいは、まさに“大人の男”。

クリクリの音に心を動かされ、自ら「手伝わせてほしい」と申し出た。

年齢も立場も違うのに、スタジオでは誰よりも柔らかく、誰よりも鋭く音を見つめる。

時に冗談を交えながらも、音楽に対する姿勢は本物。

「拗ねるとちょっと面倒」と噂されるが、それも含めて愛されている存在。



【マックス】


ヒトシ/ヴォーカル担当

マコトをバンドに誘った張本人で、明るくポジティブな兄貴分。

ライブでは観客を巻き込むパワー型フロントマン。マコトにとっては頼れる先輩であり、良き理解者。


クロ/ドラム担当

ヒトシの相棒で、落ち着いた雰囲気の大人っぽいドラマー。

言葉少なめだが、演奏ではしっかりとバンドを支える。マコトのことも静かに見守っている。


松崎(まつざき)/ベース担当

寡黙で無口なベーシスト。だが、マコトのことをよく気にかけてくれる優しい一面も。

演奏中の安定感は抜群で、マックスの土台を支える存在。



【都立星雲高校】


芝崎しばざき/誠と同じクラス

顔良し、友達多し、ノリも軽い。高校生活を全力で楽しむタイプ。

なぜか誠に絡んでくることが多く、軽薄な口調ながらも憎めない存在。


中谷なかたに/誠と同じクラス・隣の席

素朴で可愛らしい雰囲気が魅力の女の子。男子から密かに人気があるが、本人はあまり気づいていない。

誠とは隣の席で、時折交わす会話がじんわりと心に残る。



【市田楽器店】

市田いちだ/市田楽器店の店長

穏やかな笑顔と落ち着いた声がトレードマークの、街の楽器店の店長さん。

誰にでも優しく、従業員や常連からの信頼も厚い。

リョウのバンド活動を陰ながら応援してくれており、時にはアドバイスをくれることも。


戸田とだ/市田楽器店・アルバイト

高校時代から市田楽器店で働いている、元気で世話焼きな女性スタッフ。

リョウとは同い年ながら、バイト歴ではちょっぴり先輩。

Critical Clinicalの大ファンで、ライブにはほぼ毎回顔を出している。


【ミズハシ楽器】

小松こまつ 里菜りな/ミズハシ楽器・アルバイト

キーボード奏者で、決まったバンドに所属せず活動している。

普段はミズハシ楽器でアルバイトしており、ヨネさんとは面識がある。

落ち着いた雰囲気を持ちながらも、音楽に対しては柔軟で積極的。サポートメンバーとして呼ばれることも多い。


【陽葵の同級生】

加地かじ あかり/陽葵の同級生

陽葵の同級生で親友。大人っぽい外見をしている。



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