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it'sLife rock'n'roll  作者: 魔法使いの弟子スオウ
第三章 怒涛の文化祭

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22/36

自覚

 昨夜のアンコールの余韻が、まだ体のどこかに残っている。

 六月の雨は窓を叩き続け、湿気がまとわりつくようで、眠気はまったく抜けなかった。


 ――今日は、布団に沈んでいたかった。


「お兄ちゃん! 朝だよ!」

 陽葵の声が、容赦なく現実を叩きつけてくる。


「……もう少し」


「はい出ました、今日も記録更新中〜」

 楽しそうに言いながら、陽葵は布団を剥ぎ取った。冷気が肌に触れ、思わず身震いする。


 観念して起き上がり、ふらふらと食卓へ向かう。

 味噌汁の湯気が立ちのぼり、雨音と混ざって妙に静かな朝だった。


 陽葵が先に家を出ていくと、静けさが戻る。

 重い腰を上げ、ようやく学校へ向かう準備を始めた。


 雨の通学路には、いくつもの傘が並んでいた。

 ぼんやり歩いていると、背後から雨音を弾くような澄んだ声が届く。


「誠くん、おはようございます」


「ああ、環奈か。おはよう」

 二つの傘が並んで歩き出す。環奈は指先をいじりながら落ち着かない様子だった。


「どうしたの?」


「い、いえ。昨日のこと……なんだけど」


「『よるのまち』の編曲? あれは俺も驚いたよ。すごかった」

 そう言うと、環奈は小さく俯き、靴先を見つめた。


「ライブの話……ではないのだけれど」

 そのまま黙り込んでしまう。


 何の話だろう、と考えていると——


「あ、あの——」

 言いかけた瞬間。


「まことー! 水橋さーん!」

 芝崎の能天気な声が、環奈の言葉をかき消した。……本当に、こういう時に限って現れるんだよな。



 さっきは芝崎さんに邪魔されてしまったけれど……誠くんに、あのことを聞かないと。

 聞かないといけないのに、胸がざわついて言葉にならない。


 だから私は、休み時間のたびに誠くんの教室へ足を運んでいる。

 でも、いつも芝崎さんが隣にいて呼び出せない。


「仕方ない……お昼休みにまた来よう」

 そうつぶやいて教室へ戻った。

 

 ──そして昼休み。

 意を決して誠くんの教室を覗くと、彼は一人でご飯を食べていた。

 

 今がチャンス……なのに、どう切り出せばいいのかわからない。


「え? 何? それ環奈に関係ある?」

 そんなふうに言われたら、どう答えればいいの……?


 教室の外から様子を見ては離れ、また近づく。……ああ、完全に不審者だわ。


「水橋さん、何してるの?」

 振り返ると、中谷さんが立っていた。


「えっ、中谷さん?」


「須藤くんに用事? 呼んでこようか?」


「い、いえ! 呼ばなくていいです。用事はあるのだけれど……」

 どう言えばいいのかわからなくて、もごもご言ってしまう。

 ああ、誰か助けて……。


「昨日、共通の知り合いと会って……」


「え? 昨日はデートだったの?」


「ち、違います!」

 バンドのことを隠すのは本当に難しい。


「その人が、誠くんと付き合ってないのか他の人に聞かれてて……」


「え? 水橋さんと須藤くんって付き合ってないの?」


「つ、付き合ってません!」

 昨日の美月さんも、こんなふうに焦っていた気がする。


「それで……その。誠くんが……。美月さんを……」


「その知り合いの人が美月さんって言うんだね」

 しまった。名前を出してしまった。


「はい!」

 中谷さんは元気よく手を挙げた。


「な、何でしょう……?」


「水橋さんは須藤くんが美月さん? をどう思ってるのか気になるのかな?」


「ええ……」


「何で須藤くんの気持ちが気になるのかな?」


「え……?」

 胸が跳ねた。まるで心の奥を覗かれたみたいで、言葉が出ない。


「そこのところ、詳しく」

 中谷さんがじりじり近づいてくる。ああ、どうすればいいの……。



 さっきから何してるんだ?

 教室の前を行ったり来たりする環奈が気になって仕方ない。


 隠れているつもりなんだろうけど……完全に不審者だ。


「お、水橋さんじゃん。」


「水橋さんキレイだよな。何してるんだろ?」

 ほら、美人がウロウロしてるから、クラスの男子たちが騒ぎ始めた。


 まあ、俺に用事とは限らないし。用事ならいつもみたいに堂々と入ってくるはずだ。


「須藤くん、水橋さんがウロウロしてるよ?」


「本当だ。何してるんだろうね?」

 ……なんで中谷さん、ちょっと嬉しそうなんだ。


「会いに来たんでしょ?」


「それなら入ってくるでしょ?」


「確かに」

 そう言って中谷さんは外へ出ていった。環奈に声をかけに行ったのか……?

 

 しかし、中谷さんは昼休みが終わるまで戻ってこなかった。


「昼休み、環奈と何を話したの?」

 帰り支度をしながら中谷さんに聞く。


「え? いや、大したことじゃないよ」

 声が上ずっている。……何か隠してるな。


「で、環奈は何してたの?」


「あ、ああ。私を待っててくれたんだよ」

 いつの間にそんなに仲良く……?


「それなら入ってくればよくない?」


「角度的に見えにくかったんだって」

 角度的に……? なるほど、全然わからん。


 中谷さんはそのまま帰っていった。俺も昇降口へ向かうと、環奈が待っていた。


「誠くん。い、一緒に帰りませんか?」


「ああ、いいよ」

 ……様子が変だ。どこか落ち着かない。


「中谷さんと仲良くなったんだね」


「あ、え? はい……お話ししてます」

 なんでそんなに焦るんだ。


「中谷さん、いい人だよな」


「そうですね。優しい人だと思います。……おせっかいでもありますけど」

 急に声色が怖くなったな……何があった?


「昼休みも来てただろ?」


「え? なんで知ってるんですか?」

 すごいな、バレてないと思ってたのか……?


「いや、みんな気づいてたよ」


「うう……」

 顔を赤くして俯く環奈を見て可愛いと思った。

 美月さんみたいに、環奈に優しく接してあげたい——そう思った。


 

 ああ、何も言えない。

 聞きたいことがあるのに、胸がざわついて言葉にならない。


「そうだ。今度のライブ決まったら教えてよ」


「あ、はい」

 誠くんは優しく話しかけてくれる。でも、顔が熱くて上を向けない。

 あの人も早く聞いた方がいいって言ってた。……ちゃんと聞かないといけないのに。


「ま、誠くんは——」

 喉がきゅっと締まって、言葉がそこで途切れた。


「どうしたの?」

 誠くんの声はいつも通り優しいのに、胸がざわついて返事がうまく出てこない。


「い、いえ……誠くんも、ライブ決まったら教えてください……」


「いいよ。来てくれるなら嬉しい」

 嬉しいと言われたことが嬉しくて、余計に恥ずかしくなる。


 聞きたいことは聞けないまま、駅のホームが見えてくる。

 雨音が強まり、私の小さな声はあっさりと掻き消されていった。


 そのとき——ふいに誠くんの顔が近づいた。


「環奈、今日ボーっとしてない? ほら、前髪濡れちゃってるよ」

 誠くん、睫毛長いな……急に近づいた顔を見てそんな事を考えていた。

 髪を切った誠くんの顔は本当にキレイで——


 雨の音が遠のき、駅の喧騒も薄れていく。

 まるで二人だけがここに取り残されたみたいだった。


「環奈は目が離せないところがあるね」

 今なんて言ったの? 心臓の音が大きくて、誠くんに聞こえてしまいそう。


 差し出されたハンカチが、視界の端でふわりと揺れる。

 受け取って顔を上げると、誠くんの瞳に情けない顔の自分が写っていた。


 この気持ちは何だろう?

 美月さんに憧れる気持ちとは違う……。

 熱くて少し痛い。


「環奈? 大丈夫?」

 誠くんの声だけが鮮明に届く。

 まだ体温の残るハンカチをぎゅっと握りしめた。


 その瞬間、胸の奥で何かがはっきり形になった。

 

 ——私は、初めて男の人を好きになったのだと自覚した。


【須藤家】


須藤すどう まこと/17歳・都立星雲高校2年生

マックスでのメンバー登録表名はマコト。

アマチュアバンド「マックス」のヘルプギタリストとして、ライブハウス「Roots」に出演中。

人前では髪を下ろして顔を隠すほどのコンプレックス持ちだが、ギターを握ると別人のように冴える。

静かな日常と熱いステージ、そのギャップが彼の魅力。


須藤すどう 陽葵ひなた/15歳・中学3年生

誠の妹で、しっかり者の家庭担当。共働きの両親に代わって家事をこなすスーパー中学生。

兄の通う星雲高校を目指して受験勉強中。兄にはちょっぴり甘えたいけど、素直になれない年頃。



Criticalクリティカル Cliticalクリニカル 通称:クリクリ】


有栖川ありすがわ 美月みつき/18歳・ヴォーカル担当

Critical Cliticalのメンバー表登録名はミツキ。

ピンクのツインテールにオフショルダーの服がトレードマーク。派手に見えるが、整った顔立ちと圧倒的な存在感で観客を魅了する。

マコトを気に入っていて、何かと“お姉さんぶり”たがるが、時々天然。ステージでは圧倒的カリスマ、オフでは賑やか担当。


宮田みやた りょう/22歳・ギター担当

Critical Cliticalのメンバー表登録名はリョウ。

レスポールを愛用するギタリスト。音とテクニックで観客の心を掴む、クリクリの音楽的屋台骨。

口が悪くて天邪鬼なところがあるが、音楽に対する情熱は誰よりも熱い。ステージでは言葉よりギターが語る。


ケイタ/20歳・ドラム担当

黒髪の長髪にアルカイックスマイルが印象的な、落ち着きのある青年。

正確無比なリズムでバンドを支える縁の下の力持ち。物静かだが、時折鋭い一言で場を動かすタイプ。


水橋みずはし 環奈かんな/17歳・ベース担当/都立星雲高校2年生

Critical Cliticalのメンバー表登録名はカンナ。

年齢に似合わぬベーステクニックで“天才少女”と呼ばれる実力派。

高校では物静かで目立たないが、黒髪ロングの美人で、周囲からは羨望の眼差しを受けている。

マコトとは同級生で、淡々とした言動の中に時折見せる優しさが印象的。


ヨネ/35歳・ヘルプでキーボード担当

ミズハシ楽器の社員で、店内では“そこそこ偉い人”として知られる存在。

スーツ姿じゃなくても漂う落ち着きと余裕――その佇まいは、まさに“大人の男”。

クリクリの音に心を動かされ、自ら「手伝わせてほしい」と申し出た。

年齢も立場も違うのに、スタジオでは誰よりも柔らかく、誰よりも鋭く音を見つめる。

時に冗談を交えながらも、音楽に対する姿勢は本物。

「拗ねるとちょっと面倒」と噂されるが、それも含めて愛されている存在。



【マックス】


ヒトシ/ヴォーカル担当

マコトをバンドに誘った張本人で、明るくポジティブな兄貴分。

ライブでは観客を巻き込むパワー型フロントマン。マコトにとっては頼れる先輩であり、良き理解者。


クロ/ドラム担当

ヒトシの相棒で、落ち着いた雰囲気の大人っぽいドラマー。

言葉少なめだが、演奏ではしっかりとバンドを支える。マコトのことも静かに見守っている。


松崎(まつざき)/ベース担当

寡黙で無口なベーシスト。だが、マコトのことをよく気にかけてくれる優しい一面も。

演奏中の安定感は抜群で、マックスの土台を支える存在。



【都立星雲高校】


芝崎しばざき/誠と同じクラス

顔良し、友達多し、ノリも軽い。高校生活を全力で楽しむタイプ。

なぜか誠に絡んでくることが多く、軽薄な口調ながらも憎めない存在。


中谷なかたに/誠と同じクラス・隣の席

素朴で可愛らしい雰囲気が魅力の女の子。男子から密かに人気があるが、本人はあまり気づいていない。

誠とは隣の席で、時折交わす会話がじんわりと心に残る。



【市田楽器店】

市田いちだ/市田楽器店の店長

穏やかな笑顔と落ち着いた声がトレードマークの、街の楽器店の店長さん。

誰にでも優しく、従業員や常連からの信頼も厚い。

リョウのバンド活動を陰ながら応援してくれており、時にはアドバイスをくれることも。


戸田とだ/市田楽器店・アルバイト

高校時代から市田楽器店で働いている、元気で世話焼きな女性スタッフ。

リョウとは同い年ながら、バイト歴ではちょっぴり先輩。

Critical Clinicalの大ファンで、ライブにはほぼ毎回顔を出している。


【ミズハシ楽器】

小松こまつ 里菜りな/ミズハシ楽器・アルバイト

キーボード奏者で、決まったバンドに所属せず活動している。

普段はミズハシ楽器でアルバイトしており、ヨネさんとは面識がある。

落ち着いた雰囲気を持ちながらも、音楽に対しては柔軟で積極的。サポートメンバーとして呼ばれることも多い。


【陽葵の同級生】

加地かじ あかり/陽葵の同級生

陽葵の同級生で親友。大人っぽい外見をしている。



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