表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
it'sLife rock'n'roll  作者: 魔法使いの弟子スオウ
第二章 限界(リミット)の向こう

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/37

楽しまないとな

「ただいま」

 リビングのドアを開けると、キッチンで鍋をかき混ぜていた陽葵が顔を出す。


「おかえりー、ご飯は?」


「まだ」


「じゃあ先にお風呂入ってきてよ。もうすぐ出来るから」

 言われるままに浴室へ向かい、湯上がりの髪をタオルで拭きながら戻ると、テーブルには夕飯がきれいに並んでいた。


「いただきます」

 二人で声を合わせ、箸を手に取る。


 食事をしながら、今日の音合わせのことが頭をよぎる。曲が出来上がっていくときの快感が、美月さんの笑顔がよみがえる。


「ずいぶん楽しかったんだね」

 陽葵がニヤニヤしながらこちらを覗き込む。


「……まあ、そうだな」

 答えながらも、メンバーではない自分の立ち位置に、ほんの少しだけ寂しさが混じる。


「何? 何かあったの?」

 陽葵が箸を止め、わざとらしくため息をついた。


「別に……」


「そういう顔してるよ? まあ、何もないならいいけど」

 興味なさそうな言い方なのに、不思議と気遣いが伝わってくる。その何気ない一言に、胸の重さがほんの少しだけ軽くなった。


「起きてー、遅れるよ?」

 陽葵の声に揺り起こされた日曜日。今日は「マックス」の練習だ。


「今日も練習なんでしょ? ご飯できてるから」

 眠い目をこすりながら食卓へ。


 納豆にご飯、みそ汁の具は豆腐と揚げ――大豆のフルコースか。


「お兄ちゃん、醤油とって」

 ……醤油も大豆だっけ。つまらないことを考えながら箸を動かす。


 食後、洗面台の前で髪をまとめて出かける準備を整える。


「じゃあ、行ってくるよ」


「いってらっしゃい」

 陽葵の声を背に、玄関を出た。


 練習場所は、昨日「Critical Clinical」で使ったミズハシ楽器のスタジオだった。


 店に入ると、ヨネさんと目が合う。


「ああ、君は『マックス』のヘルプギタリストだったね」

 それだけ言って、すぐに仕事へ戻っていった。


 スタジオに向かうと、クロさんと松崎さんがすでに来ていた。


「お、早いね」


「偉いな。ヒトシに見習わせたいよ」

 二人が笑いながら声をかけてくる。


「今日は『Limit』やるんですよね?」

『Limit』は最近できた新曲で、次のライブで披露する予定だ。


「ああ、ヒトシがキーボード連れてくるって言ってたよ」

 クロさんがそう言って、軽くスティックを振り下ろす。スタジオにドラムの音が響き、練習の始まりを告げていた。


「お前ら早いね」

 時間ギリギリにヒトシさんがスタジオへ入ってきた。


「ヒトシが遅い」

 クロさんがぼそっと呟く。その後ろから、俺と同い年くらいの女の子が姿を見せた。


「今回のライブを手伝ってくれる、小松里菜さんだ」

 紹介されると、小松さんは一歩前に出て――


「小松です、よろしくお願いします」

 恥ずかしそうに声を落とす。


「じゃあ早速始めたいから、各々楽器に着いて」


「最初は『Limit』からね」

 クロさんの合図で、俺はギターの音を鳴らし始めた。


 この曲はギターだけでイントロが始まり、徐々に他の楽器が重なっていく。「マックス」のグルーヴ感を活かすために、俺が提案した入りだ。


 やがてドラム、ベース、キーボードが加わり、音が厚みを増していく。


 その瞬間、小松さんの顔色が変わった。


 ――きっと、この曲の凄さを感じてくれたのだろう。


 そう思いながら、俺は指先に力を込めて演奏を続けた。


「時にはつらいこともあるけど――」

 Cメロに入ると、キーボードの音が重なる。ピアノの柔らかな響きが静かな盛り上がりを作り出していく。


 だが、サビに戻るとキーボードの出番はなくなる。一回目の通しが終わったところで、俺は小松さんに声をかけた。


「サビでもキーボード入れられませんか?」

 突然の提案に、小松さんは少し驚いたように目を瞬かせる。


「えっと……サビですか?」

 考え込むように視線を落とし、やがて鍵盤に指を置いた。


 音が広がり、曲全体を包み込むように響く。――ヨネさんの作り方に、少し似ているなと思った。


「いいですね。それ入れて、もう一回やりませんか?」

 俺の言葉に、ヒトシさんが笑顔で頷く。


 二回目の通しが終わると、小松さんはサビ部分を何度も確認していた。


「納得いきませんか?」

 声をかけると、彼女は小さく首を振る。


「どうしても上手くいかなくて……」

 今のままでも十分だと思うけど――


 そう考えながら外を見ると、ヨネさんの姿が目に入った。俺は外へ出て近づく。


「少しだけ、お知恵を借りれませんか?」


「仕事中だよ?」

 そう言いながらも、ヨネさんは嬉しそうに後をついてきてくれた。


 スタジオに戻ると、小松さんの表情が一瞬で固まる。


「よ、米山マネージャー!?」

 驚きの声を上げたまま、彼女は完全にフリーズしてしまった。


「小松くんか? 今日は『マックス』の手伝いだったのか」

 ヨネさんも少し驚いた様子だったが――一番驚いていたのは、たぶん俺だ。米山マネージャー? 店舗のマネージャーなんだ……米山っていうのか。


「ヒトシ、一回聞かせてみてよ」

 ヨネさんの言葉に、ヒトシさんがみんなへ合図を送る。通しで演奏が始まり、ヨネさんは腕を組んでじっと耳を傾けていた。


 演奏が終わると、彼は小松さんに歩み寄り、いくつかアドバイスを口にする。


「あ、そうか」

 小松さんは短く答えると、すぐに鍵盤へ指を走らせた。音と音が繋がり、まるで一緒に駆け出していくような――そんなイメージが広がっていく。


「もう大丈夫そうだね」

 ヨネさんがそう言ってスタジオを後にすると、ヒトシさんが再び合図を出した。


「もう一回通してみようか」

 再び音が重なり、曲が動き出す。演奏しながら、誰もが同じことを思っていた。


 ――この曲は、イケる。


 その後も何曲か練習して、次のライブに向けて話し合いをした。


「俺が考えてるのは――二週間後の土曜日、『Zack's』だな」

 ヒトシさんがそう言って、予定表をメンバーに配った。


「考えてるってことは、他にも候補があるのか?」

 クロさんが問いかけると、ヒトシさんは「まあな」と短く答え、もう一枚の予定表を取り出す。


「同じ日の『Roots』だ。『サンパニ』の予定だった枠が空いた」

『サンパニ』――正式には『サンデーパニック』というバンドの略称だ。


「対バン相手は『Critical Clinical』だ」

 その名前を聞いた瞬間、気づけば俺の口から言葉が飛び出していた。


「……それ、やりたいです」

 普段は次の予定に口を出すことなんてない“ヘルプ”の俺が意見を言ったものだから、ヒトシさんたちは一瞬驚いたように目を見合わせた。


 だが、しばらく沈黙が流れたあと――クロさんが口元を緩めて言った。


「じゃあ、やるか」


「じゃあ――『Roots』で決定だな。マコトが意見を出すなんて珍しい」

 ヒトシさんがそう言って、じっとこちらを見てくる。


「『Limit』は……いい曲です。それを、美月さんたちに聞かせたいんです」

 俺がそう口にすると、ヒトシさんは一瞬、面食らったように目を瞬かせた。


「美月さんたち……か」

 小さく呟いたあと、ふっと笑みを浮かべる。


「よし、クリクリを驚かせようぜ!」

 その笑顔に、胸の奥が少し熱くなる。


 ――練習が終わった帰り道。


 並んで歩いていると、ヒトシさんがふいに声をかけてきた。


「マコト、最近クリクリの手伝いしてるんだろ?」

 思わず驚いた顔をすると、ヒトシさんは頬を緩めて笑う。


「ヨネさんに聞いたんだよ」

 その声はいつになく優しかった。


「どうだ? クリクリは」


「すごいバンドです。作曲を少し手伝わせてもらったんですけど……」

 そう答えると、ヒトシさんは何か言いかけて、少し考え込むように間を置いた。


「それで? 手伝ってみてどうだった?」


「集中力がすごいというか……曲が生まれる瞬間が、目に見えるんです」

 ヒトシさんはうんうんと頷き、微笑みを浮かべる。


「いい経験になりました」

 俺がそう言うと、ヒトシさんは俺の頭をポンポンと軽く叩いた。


「楽しかったか?」


「はい。すごく楽しかったです」


「それは良かった。――楽しまないとな」

 そう言って笑うヒトシさんの横顔が、街灯に照らされてやけに眩しく見えた。


 翌朝。いつもの通学路で、前を歩く芝崎の背中を見つけた。


「おはよう」

 声をかけると、振り返った芝崎がニヤリと笑う。


「マコトさぁ、あんなキレイな彼女できたんだから、髪くらい切れよ」


 ……キレイな彼女? 環奈のことか?


「いや、環奈は彼女とかじゃ――」


「駅前の美容室いいぞ。行ってみろよ」

 否定の言葉は、芝崎の声にかき消される。


「髪か……でもこれ、落ち着くんだよね」


「マコトは落ち着くかもしれないけど、隣に並ぶ女の子のことも考えないと」

 その一言に、美月さんの姿が脳裏に浮かぶ。


 カレー屋に行った日は髪をまとめたけど。やっぱり、もう少し短くした方がいいのだろうか……?


「そうだね、考えておくよ」


「水橋さんも喜ぶと思うよ」

 ぐぬぬ……羨ましいのポーズで、血を吐きそうな声をふり絞る芝崎だった。


 昼休み。俺はスマホで髪型を検索していた。


「髪、切るんですか?」


「ああ――びっくりした。環奈か」

 突然声をかけられて肩を跳ねさせる俺。その反応に、環奈は満足そうに笑みを浮かべていた。


「いや、髪伸びたし」


「いつも前髪で顔を隠すようにしてますしね」


「……まあ、そうなんだけど」


「でも、結構切るつもりなんですね」

 環奈が関心ありげに覗き込んでくる。


「もう少し短い方が、一緒に歩いてても恥ずかしくないだろ」

 そう言った瞬間、環奈の頬が赤く染まった。


「今のままでも、恥ずかしいとは思いませんよ」


 ――え? そうなの? カレー屋に行く時、隣を歩いていた美月さんも本当は恥ずかしかったのでは? と心配したんだけど…。


 いや、違うな環奈は育ちもいいし優しいからそう言ってくれるんだ。


「ライブの時は髪をまとめてるし……切っちゃってもいいかなって」

 本当は美月さんの前で少しでも格好つけたいだけだった。でも、そんなことを口に出すのは照れくさくて、曖昧に誤魔化してしまう。


「放課後にでも、美容室に行ってこようかな」

 俺がそう呟くと、環奈の瞳がぱっと輝いた。


「それ、私もついていきます」

 まるで子供のように嬉しそうな笑顔で、そう言ったのだ。


 放課後、俺は環奈と一緒に美容室へ向かった。


 美容師さんに「どこまで切りますか?」と聞かれて、前髪は思い切ってバッサリ。背中まで伸びていた後ろ髪も、肩まで短くすることにした。


「もっと切った方がいいですよ」と美容師さんに勧められたけれど――勇気が出なかった。


 鋏が入ると、隣に座っていた環奈が「あ、もう少し軽めで」とか「前髪はこっちの方がいいです」なんて、あれやこれやと注文をつけてくれる。


 正直、美容室なんて初めてで緊張していたから、その存在は本当にありがたかった。


 やがて髪を切り終えると、環奈は頬を赤く染めながら俺を見て、ぽつりと呟いた。


「これは……明日、すごいことになるかも」


【須藤家】


須藤すどう まこと/17歳・都立星雲高校2年生

マックスでのメンバー登録表名はマコト。

アマチュアバンド「マックス」のヘルプギタリストとして、ライブハウス「Roots」に出演中。

人前では髪を下ろして顔を隠すほどのコンプレックス持ちだが、ギターを握ると別人のように冴える。

静かな日常と熱いステージ、そのギャップが彼の魅力。


須藤すどう 陽葵ひなた/15歳・中学3年生

誠の妹で、しっかり者の家庭担当。共働きの両親に代わって家事をこなすスーパー中学生。

兄の通う星雲高校を目指して受験勉強中。兄にはちょっぴり甘えたいけど、素直になれない年頃。



Criticalクリティカル Cliticalクリニカル 通称:クリクリ】


有栖川ありすがわ 美月みつき/18歳・ヴォーカル担当

Critical Cliticalのメンバー表登録名はミツキ。

ピンクのツインテールにオフショルダーの服がトレードマーク。派手に見えるが、整った顔立ちと圧倒的な存在感で観客を魅了する。

マコトを気に入っていて、何かと“お姉さんぶり”たがるが、時々天然。ステージでは圧倒的カリスマ、オフでは賑やか担当。


宮田みやた りょう/22歳・ギター担当

Critical Cliticalのメンバー表登録名はリョウ。

レスポールを愛用するギタリスト。音とテクニックで観客の心を掴む、クリクリの音楽的屋台骨。

口が悪くて天邪鬼なところがあるが、音楽に対する情熱は誰よりも熱い。ステージでは言葉よりギターが語る。


ケイタ/20歳・ドラム担当

黒髪の長髪にアルカイックスマイルが印象的な、落ち着きのある青年。

正確無比なリズムでバンドを支える縁の下の力持ち。物静かだが、時折鋭い一言で場を動かすタイプ。


水橋みずはし 環奈かんな/17歳・ベース担当/都立星雲高校2年生

Critical Cliticalのメンバー表登録名はカンナ。

年齢に似合わぬベーステクニックで“天才少女”と呼ばれる実力派。

高校では物静かで目立たないが、黒髪ロングの美人で、周囲からは羨望の眼差しを受けている。

マコトとは同級生で、淡々とした言動の中に時折見せる優しさが印象的。


ヨネ/35歳・ヘルプでキーボード担当

ミズハシ楽器の社員で、店内では“そこそこ偉い人”として知られる存在。

スーツ姿じゃなくても漂う落ち着きと余裕――その佇まいは、まさに“大人の男”。

クリクリの音に心を動かされ、自ら「手伝わせてほしい」と申し出た。

年齢も立場も違うのに、スタジオでは誰よりも柔らかく、誰よりも鋭く音を見つめる。

時に冗談を交えながらも、音楽に対する姿勢は本物。

「拗ねるとちょっと面倒」と噂されるが、それも含めて愛されている存在。



【マックス】


ヒトシ/ヴォーカル担当

マコトをバンドに誘った張本人で、明るくポジティブな兄貴分。

ライブでは観客を巻き込むパワー型フロントマン。マコトにとっては頼れる先輩であり、良き理解者。


クロ/ドラム担当

ヒトシの相棒で、落ち着いた雰囲気の大人っぽいドラマー。

言葉少なめだが、演奏ではしっかりとバンドを支える。マコトのことも静かに見守っている。


松崎(まつざき)/ベース担当

寡黙で無口なベーシスト。だが、マコトのことをよく気にかけてくれる優しい一面も。

演奏中の安定感は抜群で、マックスの土台を支える存在。



【都立星雲高校】


芝崎しばざき/誠と同じクラス

顔良し、友達多し、ノリも軽い。高校生活を全力で楽しむタイプ。

なぜか誠に絡んでくることが多く、軽薄な口調ながらも憎めない存在。


中谷なかたに/誠と同じクラス・隣の席

素朴で可愛らしい雰囲気が魅力の女の子。男子から密かに人気があるが、本人はあまり気づいていない。

誠とは隣の席で、時折交わす会話がじんわりと心に残る。


---


【市田楽器店】

市田いちだ/市田楽器店の店長

穏やかな笑顔と落ち着いた声がトレードマークの、街の楽器店の店長さん。

誰にでも優しく、従業員や常連からの信頼も厚い。

リョウのバンド活動を陰ながら応援してくれており、時にはアドバイスをくれることも。


戸田とだ/市田楽器店・アルバイト

高校時代から市田楽器店で働いている、元気で世話焼きな女性スタッフ。

リョウとは同い年ながら、バイト歴ではちょっぴり先輩。

Critical Clinicalの大ファンで、ライブにはほぼ毎回顔を出している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ