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it'sLife rock'n'roll  作者: 魔法使いの弟子スオウ
第二章 限界(リミット)の向こう

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アタシの事好きすぎじゃね?

 土曜日。俺はミズハシ楽器のスタジオへ向かっていた。


 駅を出たところで、信号待ちをしている美月さんの姿を見つける。


「おー、やほー。早いね」

 俺に気づくと、いつもの明るい笑顔で手を振ってくれた。


「『美しい月』、今日こそ完成させたいですね」

 そう言うと、美月さんは目を輝かせてうなずいた。


「そだね! あれ、絶対いい曲になるよ」

 楽しそうに話すその横顔を見て、ふと思う。


 ——やっぱり、美月さんの隣って、ちょっと特別だ。


「次は誰の歌詞を曲にするんです?」

 何気なく聞いたつもりだったけど、美月さんはニヤッと意地悪そうに笑って、


「カンナ」

 と、ひと言。その瞬間、環奈の照れた顔が脳裏に浮かんだ。あのときの、目をそらして赤くなった横顔が。


 スタジオに着くと環奈がベースを鳴らしながら待っていた。


「美月さん! 誠くんもおはようございます」


「おはよー!」

 元気よく答える美月さんの横で手を振って見せた。


「みんな早いね」

 そう言いながら、ケイタさんがスタジオに入ってきた。Tシャツに薄手のシャツを羽織り、肩にかけたスティックケースが小さく揺れている。

 

 今日は外の陽射しが強めだったのに、汗の気配すら感じさせない笑顔。


「ケイタさん、あの……」

 環奈が声をかけると、すぐに曲の相談が始まった。

 

 彼女のベースが低く唸り、ケイタさんのドラムがそれに応えるようにリズムを刻み出す。音が重なり、スタジオの空気が少しずつ熱を帯びていく。


「アタシ、なんか飲み物買ってくるよ。マコトちゃんも行こ?」

 美月さんが俺に声をかける。俺はうなずいて、ギターケースを壁際に置いた。

 

 外に出ると、午後の陽射しがじんわりと肌を焼く。ビルの隙間から吹く風が、ほんの少しだけ涼しさを運んでくれる。


 コンビニに向かう途中、美月さんは「何飲もうかな〜」と呟きながら、歩幅を合わせてくれる。自動ドアが開くと、ちょうど中からリョウさんが出てきた。


「お、なんだお前ら」


「飲み物買いに来たんだよ」

 美月さんが笑って答えると、リョウさんは「そうか」とだけ言って、手を軽く振りながらスタジオの方へ歩きはじめる。少し歩くとふと立ち止まって、


「あー、まあいい曲になってきてるよ……」

と言って再び歩き出した。


「リョウくんは天邪鬼だから」

そう言って美月さんがふふっと笑う。

 

 店内に入ると、冷房の涼しさが心地よくて、少しだけ足を止めたくなる。


「やっぱり、午後の紅茶かな……でも、炭酸も捨てがたい……」

 そんな独り言を聞きながら、俺も自分の分を手に取る。レジを済ませて外に出ると、街路樹の影が歩道に揺れていた。


 スタジオに戻ると、ヨネさんも来ていて、これで全員がそろった。


「みんな揃ったね、はじめようか」

 美月さんがそう言うと、メンバーたちは自然と自分のポジションへと散っていく。

 

 俺はスタジオの隅にある椅子に腰を下ろし、その光景を静かに見守っていた。


「まずは『美しい月』を通してやるよ」

 そう言ったのは美月さんだったが——


「待て待て、その前に。俺のキーボードだけで歌ってくれないか?」

 ヨネさんが手を挙げて制した。


「うん、わかった」

 美月さんがにこっと笑うと、ヨネさんもつられるように口元を緩める。

 

 そして、彼の指が鍵盤の上にそっと置かれた。


 静かに、ピアノの音がスタジオに満ちていく。

 柔らかく、どこか遠くを見つめるような旋律。


 やがてコードが変わり、音の波が少しずつ高まっていく。ヨネさんが目で合図を送ると、美月さんがリズムをとりながら歌い出した。


「静かな夜に 浮かぶ月よ」


 その声は、まるで月明かりのように澄んでいて、ピアノの伴奏と溶け合っていく。

 

 誰もが言葉を飲み込み、ただ耳を澄ませていた。


 サビに向かって、伴奏がぐっと盛り上がる。

 

 そして——サビに入った瞬間、メンバーたちの体が自然と揺れた。


 視線が交わる。

 

 イメージが、音を通して共有された。ヨネさんの伴奏がふっと止まる。


「……イメージ、伝わったか?」

 ヨネさんの問いに、みんなが無言で頷いた。


「サビからだな。合わせられるか?」

 リョウさんが言うと、ケイタさんと環奈がそれぞれ頷いて応える。


「じゃあ、もう一回——頭からかな?」

 美月さんの声に、再びヨネさんの指が鍵盤を叩く。静かなイントロが流れ出し、美月さんの歌が重なる。サビに向かって、音が重なり、熱を帯びていく。


「美しい月 君に捧げる歌」


 その瞬間、他の楽器が一斉に入ってきた。

 

 音が広がり、空間が震える。壮大なサウンドに、メンバーたちの表情が変わっていくのがわかる。


 ——この曲はすごい。

 

 素直に、そう思った。胸の奥に、何かが灯るような感覚があった。


 一度通して演奏を終えると、メンバーそれぞれが自分のパートを見直したり、細かく合わせたりし始めた。


「マコトちゃん、どうだった?」

 美月さんの声に、ぼんやりしていた自分がハッとする。気づけば、彼女がすぐ隣でこちらを見ていた。


「……すごい曲になりそうですね」

 そう答えると、美月さんはぱっと笑顔を咲かせた。


「どこか気になるところ、ある?」


「そうですね……ブリッジの“深い青の海に浮かぶ”から“光と影で描く未来”までは、ピアノ伴奏だけにした方がいいかもしれません」

 そう言いながらギターを手に取り、コードを鳴らしてみせる。


「そこから間奏まで、こんな感じで盛り上げていって……」


「うんうん!」

 美月さんが嬉しそうに頷く。目がきらきらしていて、まるで新しい景色を見つけた子どものようだった。


「ここでリョウさんのギターソロが入ると、すごく映えると思います」


「わかった!」

 彼女は勢いよく振り返ると、すぐにメンバーを集めて試し始めた。


 盛り上がったサビから一転、静かなピアノ伴奏に切り替わり、美月さんの歌声が乗る。

 

 胸を締め付けるような切なさと、どこか遠くへ連れていかれるような透明感。


 そして、リョウさんのギターソロが流れ込んでくる。


 演奏が終わると、「こっちの方がいいかも」「この方向で練ってみよう」といった声が飛び交い、みんなが前のめりで話し合っている。

 

 その様子を、椅子に座ったまま静かに眺めていた。


 メンバーたちが真剣な顔で話し合いを始めると、自然と俺は輪の外に立っていた。


 今は曲作りに参加させてもらっているけれど、俺はCritical Clinicalの正式なメンバーじゃない。この曲をステージで演奏することも、きっとない。


 そんなことを考えていたら、少し寂しい気持ちになった。


 ――俺は、ここにいてもいいんだろうか。


 ふと、美月さんが振り返る。柔らかな笑顔を浮かべて、俺に声をかけた。


「マコトちゃんも、それでいいと思うよね?」

 その言葉に、思考が止まる。


「……はい。いいと思います」

 少しだけ間を置いて、そう答えると、メンバーたちが一斉にホッとしたような表情を見せた。


 その空気に、胸の氷が少しずつ溶けていく。


 ――ああ、俺は、ここにいていいんだ。誰かの輪に入ることが、こんなにも温かいなんて。そう思えた瞬間だった。


「じゃあ、『美しい月』はこの方向で。お披露目までに何度か合わせていこうね」

 美月さんがそう言うと、メンバーたちはそれぞれ頷いたり「了解」と返したりして、自然と空気が次の段階へと進んでいく。


「では、次の歌詞は……」

 環奈の声が少しだけ震えていた。顔には焦りの色が浮かんでいて、視線が泳いでいる。


「カンナ!」

 美月さんの声が軽く響くと、環奈は「あああ……」と天を仰いだ。


 しぶしぶといった様子で自分のカバンのところまで歩いていき、そこから一冊のノートを取り出す。


 楽譜台の上にそっとノートを開くと、彼女は恥ずかしそうに一歩、二歩と後ろに下がった。


 その仕草があまりにも可愛らしくて、誰も何も言わずに、ただ静かにノートを覗き込む。


「おおう、『ピンクバタフライ』……」

 美月さんがタイトルを読み上げた瞬間、ふっと笑って言う。


「……“アタシのこと好きすぎじゃね?”って、また言いたくなるやつだね」

 その言葉に、俺は思わず小さく笑ってしまった。確かに、『美しい月』の歌詞を見たときにも、同じセリフを口にしてたっけ。


「ばっ、ちげーし!」

 リョウさんが反射的に否定する。顔が少し赤いのは、やっぱり図星なのか。


「はいっ! 大好きです!」

 環奈は迷いなく、まっすぐな笑顔で即答した。その対照的な反応に、メンバーたちから笑いがこぼれる。


「肝心の中身はどうなんだよ?」

 リョウさんがそう言って、環奈のノートを覗き込む。


「いつも夢に見てる 私のためのステージ」

 美月さんが読み始めると、環奈の顔がじわじわと赤く染まっていく。


「届くはずがないって 笑う人もいるけど」

 メンバーたちは、歌詞の言葉から曲の雰囲気を思い描いているようだった。


「そんなこと気にしてられない 自分が決めた夢だから」

 美月さんは読みながら、うんうんと頷いている。


「諦められない 音楽が大好きだから」

 なるほど、応援ソングっぽい感じなのかな。俺はそう思いながら耳を傾けていた。


「ピンクの蝶々 はばたいていけ」

 そのフレーズを読んだ瞬間、リョウさんがぽつりとつぶやく。


「ピンクの蝶々……」

 環奈がその言葉に反応して、リョウさんをキッと睨む。リョウさんは「いや、別に変な意味じゃ……」と目を逸らした。


「向かい風にも打ち勝って 金の空に舞い上がれ」


「ピンクの蝶々 はばたいていけ」


「追い風を背に受けて 虹の橋を越えて」

 読み終えた美月さんが顔を上げて、ふわっと笑った。


「いいね、元気が出るよ」


「これは俺には作れねえな」

 リョウさんが苦笑しながら言うと、ケイタさんがノートを見つめたままニコニコしていた。


「でも、歌にするには少し短いですね」


「でも、かわいいよ! カンナっぽい!」

 美月さんが嬉しそうにそう言うと、環奈は「ありがとうございます……」と小さな声で答えながら、顔を真っ赤にしていた。


「じゃあ、曲にしていこうか」

 美月さんがそう言うと、ケイタさんが口元に手を添えるような仕草で言った。


「“ピンクの蝶々”からがサビになりそうですね」


「それでいいと思うけど、1番だけか?」

 リョウさんが問いかけると、美月さんは腕を組んで少し考える。


「カンナ、2番も考えられる?」


「がんばります……」

 環奈は小さく答えた。その様子を、ヨネさんが静かに見守っている。そして、美月さんがこちらを振り返る。


「マコトちゃん、どうかな? 環奈の歌詞」

 その瞬間、メンバー全員の視線が俺に集まった。


 少しだけ緊張しながらも、俺は環奈のノートに目を向ける。

【須藤家】


須藤すどう まこと/17歳・都立星雲高校2年生

マックスでのメンバー登録表名はマコト。

アマチュアバンド「マックス」のヘルプギタリストとして、ライブハウス「Roots」に出演中。

人前では髪を下ろして顔を隠すほどのコンプレックス持ちだが、ギターを握ると別人のように冴える。

静かな日常と熱いステージ、そのギャップが彼の魅力。


須藤すどう 陽葵ひなた/15歳・中学3年生

誠の妹で、しっかり者の家庭担当。共働きの両親に代わって家事をこなすスーパー中学生。

兄の通う星雲高校を目指して受験勉強中。兄にはちょっぴり甘えたいけど、素直になれない年頃。



【Critical Cliticalクリクリ


有栖川ありすがわ 美月みつき/18歳・ヴォーカル担当

Critical Cliticalのメンバー表登録名はミツキ。

ピンクのツインテールにオフショルダーの服がトレードマーク。派手に見えるが、整った顔立ちと圧倒的な存在感で観客を魅了する。

マコトを気に入っていて、何かと“お姉さんぶり”たがるが、時々天然。ステージでは圧倒的カリスマ、オフでは賑やか担当。


宮田みやた りょう/22歳・ギター担当

Critical Cliticalのメンバー表登録名はリョウ。

レスポールを愛用するギタリスト。音とテクニックで観客の心を掴む、クリクリの音楽的屋台骨。

口が悪くて天邪鬼なところがあるが、音楽に対する情熱は誰よりも熱い。ステージでは言葉よりギターが語る。


ケイタ/20歳・ドラム担当

黒髪の長髪にアルカイックスマイルが印象的な、落ち着きのある青年。

正確無比なリズムでバンドを支える縁の下の力持ち。物静かだが、時折鋭い一言で場を動かすタイプ。


水橋みずはし 環奈かんな/17歳・ベース担当/都立星雲高校2年生

Critical Cliticalのメンバー表登録名はカンナ。

年齢に似合わぬベーステクニックで“天才少女”と呼ばれる実力派。

高校では物静かで目立たないが、黒髪ロングの美人で、周囲からは羨望の眼差しを受けている。

マコトとは同級生で、淡々とした言動の中に時折見せる優しさが印象的。


ヨネ/35歳・ヘルプでキーボード担当

ミズハシ楽器の社員で、店内では“そこそこ偉い人”として知られる存在。

スーツ姿じゃなくても漂う落ち着きと余裕――その佇まいは、まさに“大人の男”。

クリクリの音に心を動かされ、自ら「手伝わせてほしい」と申し出た。

年齢も立場も違うのに、スタジオでは誰よりも柔らかく、誰よりも鋭く音を見つめる。

時に冗談を交えながらも、音楽に対する姿勢は本物。

「拗ねるとちょっと面倒」と噂されるが、それも含めて愛されている存在。



【マックス】


ヒトシ/ヴォーカル担当

マコトをバンドに誘った張本人で、明るくポジティブな兄貴分。

ライブでは観客を巻き込むパワー型フロントマン。マコトにとっては頼れる先輩であり、良き理解者。


クロ/ドラム担当

ヒトシの相棒で、落ち着いた雰囲気の大人っぽいドラマー。

言葉少なめだが、演奏ではしっかりとバンドを支える。マコトのことも静かに見守っている。


松崎(まつざき)/ベース担当

寡黙で無口なベーシスト。だが、マコトのことをよく気にかけてくれる優しい一面も。

演奏中の安定感は抜群で、マックスの土台を支える存在。



【都立星雲高校】


芝崎しばざき/誠と同じクラス

顔良し、友達多し、ノリも軽い。高校生活を全力で楽しむタイプ。

なぜか誠に絡んでくることが多く、軽薄な口調ながらも憎めない存在。


中谷なかたに/誠と同じクラス・隣の席

素朴で可愛らしい雰囲気が魅力の女の子。男子から密かに人気があるが、本人はあまり気づいていない。

誠とは隣の席で、時折交わす会話がじんわりと心に残る。



【市田楽器店】

市田いちだ/市田楽器店の店長

穏やかな笑顔と落ち着いた声がトレードマークの、街の楽器店の店長さん。

誰にでも優しく、従業員や常連からの信頼も厚い。

リョウのバンド活動を陰ながら応援してくれており、時にはアドバイスをくれることも。


戸田とだ/市田楽器店・アルバイト

高校時代から市田楽器店で働いている、元気で世話焼きな女性スタッフ。

リョウとは同い年ながら、バイト歴ではちょっぴり先輩。

Critical Clinicalの大ファンで、ライブにはほぼ毎回顔を出している。

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