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it'sLife rock'n'roll  作者: スオウ


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11/12

「美しい月」

リョウさんのノートがテーブルの真ん中に置かれた瞬間、空気がピリッと変わった。

みんなの視線が、まるで宝物でも見るようにそこへ集まる。


「まあ、こんなだけど。使えたらいいな」

リョウさんがちょっと照れたように肩をすくめる。あの人がそんな顔するの、珍しい。


「えーっとなになに?『静かな夜に浮かぶ月よ』」

美月さんが音読を始める。声に乗った言葉が、部室の空気を柔らかく染めていく。


「『柔らかな光で道を照らす 夢の中へ導いてくれる』」

ケイタさんはいつも通りニコニコ。だけど、目がちょっとキラキラしてる。


「『君の笑顔がここにあるようで』」

環奈は口元に手を添えて、目を丸くしてる。あれは驚きの顔だ。


「リョウさんなのに…素敵です」

その一言に、俺も思わず吹き出しそうになる。


「おま、リョウさん“なのに”は余計だろ」

リョウさんがツッコミ返すけど、耳が赤い。バレバレだ。


「『美しい月 君に捧げる歌』」

美月さんの音読が止まる。ニヤリと笑って、リョウさんを見つめる。


「リョウくん、アタシのこと好きすぎじゃね?」


「バッカ、ちげーよ!ほら、月がきれいだったからな!」

焦ってる。めっちゃ焦ってる。リョウさんがこんなに動揺するの、初めて見たかも。


「そんなに月がきれいな日、ここ最近ありましたっけ?」

ケイタさんがニコニコしながら、さらっと追い打ち。容赦ない。


「んで?アドバイザー様のご意見はどうなんだよ」

リョウさんが、ちょっと強めの口調で俺に詰め寄ってくる。

その視線、鋭い。しかも、周りのみんなも俺を見てる。やめてくれ、公開尋問か。


「えっと……美月さんの作る歌詞とは全然違うので、目的は果たせそうですが」


「が?」

リョウさんの圧がすごい。

いや、みんなの視線も加わって、スタジオ内の空気が一気に重くなる。


「全体的に“君”を求めている歌になってるんですよね。“美しい月”って“君”のことですよね?」


「まあ、そうなるな」

リョウさんが素直に認める。珍しい。いや、失礼か…。


「じゃあ、この『美しい月 君に捧げる歌』をサビにする感じになると思いますが」


「アタシもそう思ってた!」

美月さんが元気よく乗っかってくる。さすが、感覚が鋭い。


「このサビ部分を繰り返し使って、“君”を求める意味合いを強くするのはどうですか?」


「おう、どこか削るのか?」

リョウさんが前のめりになる。やる気はあるらしい。


「具体的には、こことここをですね。一回目のサビを繰り返すようにして――」


「ああ、確かに!何だか追いかけてる感はあるね。リョウくんがアタシを」

美月さんがニヤニヤしながら言う。完全にからかってる。


「だからちげーよ!」

リョウさんが頭を掻きながら否定するけど、耳が赤い。バレバレだって。


「じゃあ、サビパートはこうなりますね」

俺がノートを指でなぞりながら読み上げる。


「『美しい月 君に捧げる歌』

『星たちも踊る 夜空の下で』

『願いを込めて 心を開いて』

『この瞬間を永遠に感じたい』」


読み終わると、美月さんがすっと立ち上がり、軽く息を吸って――


「美しい月 君に捧げる歌〜♪」

そのまま歌い出した。声が部室にふわっと広がる。

……おお、いい。想像以上に、いい。


「いいですね。もっと感情込めて歌ってもらえますか?」

思わず口から出た言葉に、美月さんがにっこり笑って頷く。


「うん、わかった」

そして、もう一度。今度はさっきよりもずっと深く、優しく、まっすぐに。

――これは、いける。


ふと顔を上げると、ケイタさんと目が合った。

彼はいつもの笑顔のまま、静かに頷く。


美月さんがメロディを練っている横で、俺はそっと声をかけた。


「この曲、いけそうです。ケイタさんの意見も聞きたいです」


「いいね。もっと壮大な感じがいいかも」


「映画音楽的な? 俺もそう思ってました」

うんうん、と二人でうなずき合っていると――


「カンナ、ヨネさん呼んで来いよ」

リョウさんがぽつりと呟いた。


その声に、スタジオの空気がまた少し動いた。

――いよいよ、曲が本格的に動き出す。


リョウさんの一言で、環奈が勢いよくスタジオを飛び出していった。


……ヨネさん?誰だろう。

そんな俺の疑問を察したのか、ケイタさんが笑顔で説明してくれた。


「ヨネさんはここの従業員で、クリクリのヘルプキーボードをやってくれてるんだ」

なるほど、演奏にも関わってる人なのか。

でも、従業員ってことは……店の人?


「正式メンバーにはならないんですか?」

なんとなく聞いてみると、リョウさんがすかさずツッコミを入れてきた。


「お前がそれを言うかよ」

……俺? いやまあ、ヘルプの俺が言うのも変か。


「ヨネさんは10歳以上歳も離れてるし、店ではそこそこ偉いさんらしい」

え、そんな人を急に呼び出していいのか?

俺の中の常識がざわつく。


「急に呼んじゃって大丈夫なんです?」

心配になってそう聞くと、リョウさんは肩をすくめて笑った。


「前に呼ばなかったら拗ねられたんだよ」

……拗ねるんだ。偉いさんなのに。

なんか、ちょっと親しみ湧いてきた。


そんなことを考えていると、環奈がスタジオの扉を勢いよく開けて戻ってきた。


「ヨネさん、呼んできました!」

その後ろから、落ち着いた雰囲気の男性が入ってくる。

スーツじゃないのに、なんか“ちゃんとした大人”って感じだ。


「いいの、できそうなんだって?」

ヨネさんがそう言って微笑むと、リョウさんが少し気まずそうに頭を下げる。


「ヨネさん、悪いな」


「ふふ、いいよ。面白そうだし」

その笑顔がまた大人っぽい。こんな人が“拗ねる”って本当か?

ちょっと見てみたい気もする。


「マコトくん、進めようか」

ケイタさんが俺の肩を軽く叩いてくる。


俺は「マックス」のヘルプでしかない。

だけど、こうしてクリクリの制作に関われるのは、やっぱり楽しい。

ギターを肩にかけて、軽く音を鳴らす。空気が少しだけ張り詰める。


「美月さん、サビパートはできましたか?」

振り返った美月さんが、にっこり笑って答える。


「もう、だいたいできたよ」

その笑顔に、ちょっとだけ圧倒される。やっぱりこの人、すごい。


「静かな夜に 浮かぶ月よ」


「柔らかな光で 道を照らす」


歌の冒頭から、美月さんが歌い始める。声が空間を染めていく。


「夢の中へ 導いてくれる」


「君の笑顔が ここにあるようで」


頭の中で音が広がっていく。ケイタさんが指先でリズムを刻み始める。


「美しい月 君に捧げる歌」


リョウさんが立ち上がり、言葉にならない声を発した。


「星たちも踊る 夜空の下で」


「願いを込めて 心を開いて」


環奈が口元に手を添えて、美月さんを見つめている。目が潤んでるようにも見える。


「この瞬間を永遠に感じたい」


ふと視線を向けると、ヨネさんが目を見開いているのがわかる。驚いてる。あの大人が。


「どう?」

美月さんが振り返って、眩しいくらいの笑顔を見せる。


「最高です。あとはブリッジ部分ですね」

俺はダウンストロークで音のイメージを形にしていく。

ヨネさんが腕を組んで、うなりながら言った。


「……待て待て。いや、すごいところに来てしまったな」

その声に、スタジオの空気がまた変わる。


「これに音を入れて……悲恋か?これは、シネマティックに」

呟きながら、ヨネさんが音の構成を練り始める。


その姿を見て、俺は確信した。

――この曲、間違いなく化ける。


ヨネさんがキーボードの前に座り、静かに音を紡ぎ始める。

その指先から流れる旋律は、まだ形になっていないのに、どこか物語の予感を含んでいた。


環奈とケイタさんは隅の方でリズムの相談中。

ドラムとベースの呼吸が合っていくのが、音じゃなく空気で伝わってくる。


「ブリッジのところ、入りは弱い感じというか……」

俺がそう言うと、美月さんがすぐに反応する。


「あー、わかる。『深い青の海に浮かぶ』みたいな感じでしょ?」

そう言って、即興で歌ってみせる。

その声が、まるで波のようにスタジオを包み込んだ。


「そうです。で、音がだんだん盛り上がって……」


「ここで間奏だな?」

リョウさんがぽつりと呟いたあと、ギターを手に取って立ち上がる。


「ソロ入れるわ。ちょっと考えてくる」

ギターの弦を軽く鳴らしながら、リョウさんが音を探り始める。


徐々に形になっていくフレーズを、通しで弾きながらみんなに合わせて回していく。

美月さんもその流れに乗って、歌ったり、細かい質問に答えたり。

スタジオの空気が、ひとつの曲に向かって収束していくのがわかる。

――気づけば、貸し時間をとうに過ぎていた。


「よーっし、後は各々持ち帰りな。ヨネさんも頼むわ」

リョウさんがそう言って、今日のセッションを締めくくる。


「自分がこだわりたいところ、思いっきりこだわってきてください」

俺がそう言うと、みんなが一斉に頷いた。


「それが今回の目的だもんね」

美月さんが笑顔でそう言った。

その笑顔に、今日の音が全部詰まってる気がした。


「で、この曲、何てタイトル?」

美月さんがリョウさんに向かって問いかける。

スタジオの空気が、ふっと柔らかくなる。


「あ? 決めてねーよ?」

リョウさんがギターをいじりながら答える。

え?決めてないんだ。「美月」かと思った。


「じゃあ、タイトル決めましょうよ」

環奈が手を叩いて提案する。何となく展開が読めるな。


「何がいいかな? リョウさん」

ケイタさんがニコニコしながら乗っかる。

その笑顔、絶対ちょっとからかってる。


「おま、からかってんな?」

リョウさんが眉をひそめるけど、どこか楽しそう。

そんなやり取りを見てると、環奈が急に声を張った。


「美月がいいです!」

スタジオが一瞬ざわつく。やっぱりな、読めてたわ。

でも当の美月さんは、顔を赤くして手を振る。


「それは勘弁して~」

恥ずかしそうに笑うその姿に、みんながつられて笑う。

俺はギターのネックを軽く撫でながら、ぽつりと口を開いた。


「いや、もう『美しい月』でよくないですか?」

その瞬間、スタジオの空気がピタッと止まる。

全員の動きが一瞬止まって――


「はい、決定」

見事なハモり。誰が言い出したとか関係なく、全員一致。

その日は解散になった。


【須藤家】


**須藤すどう まこと/17歳・都立星雲高校2年生**

マックスでのメンバー登録表名はマコト。

アマチュアバンド「マックス」のヘルプギタリストとして、ライブハウス「Roots」に出演中。

人前では髪を下ろして顔を隠すほどのコンプレックス持ちだが、ギターを握ると別人のように冴える。

静かな日常と熱いステージ、そのギャップが彼の魅力。


**須藤すどう 陽葵ひなた/15歳・中学3年生**

誠の妹で、しっかり者の家庭担当。共働きの両親に代わって家事をこなすスーパー中学生。

兄の通う星雲高校を目指して受験勉強中。兄にはちょっぴり甘えたいけど、素直になれない年頃。


---


【Critical Cliticalクリクリ


**有栖川ありすがわ 美月みつき/18歳・ヴォーカル担当**

Critical Cliticalのメンバー表登録名はミツキ。

ピンクのツインテールにオフショルダーの服がトレードマーク。派手に見えるが、整った顔立ちと圧倒的な存在感で観客を魅了する。

マコトを気に入っていて、何かと“お姉さんぶり”たがるが、時々天然。ステージでは圧倒的カリスマ、オフでは賑やか担当。


**宮田みやた りょう/22歳・ギター担当**

Critical Cliticalのメンバー表登録名はリョウ。

レスポールを愛用するギタリスト。音とテクニックで観客の心を掴む、クリクリの音楽的屋台骨。

口が悪くて天邪鬼なところがあるが、音楽に対する情熱は誰よりも熱い。ステージでは言葉よりギターが語る。


**ケイタ/20歳・ドラム担当**

黒髪の長髪にアルカイックスマイルが印象的な、落ち着きのある青年。

正確無比なリズムでバンドを支える縁の下の力持ち。物静かだが、時折鋭い一言で場を動かすタイプ。


**水橋みずはし 環奈かんな/17歳・ベース担当/都立星雲高校2年生**

Critical Cliticalのメンバー表登録名はカンナ。

年齢に似合わぬベーステクニックで“天才少女”と呼ばれる実力派。

高校では物静かで目立たないが、黒髪ロングの美人で、周囲からは羨望の眼差しを受けている。

マコトとは同級生で、淡々とした言動の中に時折見せる優しさが印象的。


**ヨネ/35歳・ヘルプでキーボード担当**

ミズハシ楽器の社員で、店内では“そこそこ偉い人”として知られる存在。

スーツ姿じゃなくても漂う落ち着きと余裕――その佇まいは、まさに“大人の男”。

クリクリの音に心を動かされ、自ら「手伝わせてほしい」と申し出た。

年齢も立場も違うのに、スタジオでは誰よりも柔らかく、誰よりも鋭く音を見つめる。

時に冗談を交えながらも、音楽に対する姿勢は本物。

「拗ねるとちょっと面倒」と噂されるが、それも含めて愛されている存在。


---


【マックス】


**ヒトシ/ヴォーカル担当**

マコトをバンドに誘った張本人で、明るくポジティブな兄貴分。

ライブでは観客を巻き込むパワー型フロントマン。マコトにとっては頼れる先輩であり、良き理解者。


**クロ/ドラム担当**

ヒトシの相棒で、落ち着いた雰囲気の大人っぽいドラマー。

言葉少なめだが、演奏ではしっかりとバンドを支える。マコトのことも静かに見守っている。


**松崎(まつざき)/ベース担当**

寡黙で無口なベーシスト。だが、マコトのことをよく気にかけてくれる優しい一面も。

演奏中の安定感は抜群で、マックスの土台を支える存在。


---


【都立星雲高校】


**芝崎しばざき/誠と同じクラス**

顔良し、友達多し、ノリも軽い。高校生活を全力で楽しむタイプ。

なぜか誠に絡んでくることが多く、軽薄な口調ながらも憎めない存在。


**中谷なかたに/誠と同じクラス・隣の席**

素朴で可愛らしい雰囲気が魅力の女の子。男子から密かに人気があるが、本人はあまり気づいていない。

誠とは隣の席で、時折交わす会話がじんわりと心に残る。


---


【市田楽器店】

市田いちだ/市田楽器店の店長

穏やかな笑顔と落ち着いた声がトレードマークの、街の楽器店の店長さん。

誰にでも優しく、従業員や常連からの信頼も厚い。

リョウのバンド活動を陰ながら応援してくれており、時にはアドバイスをくれることも。


戸田とだ/市田楽器店・アルバイト

高校時代から市田楽器店で働いている、元気で世話焼きな女性スタッフ。

リョウとは同い年ながら、バイト歴ではちょっぴり先輩。

Critical Clinicalの大ファンで、ライブにはほぼ毎回顔を出している。

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