それはあまりにも眩しくて
高校生ギタリストとライブハウスのスターの出会いや人間関係の変化。成長を描く青春ラブコメみたいなのを書いていく予定です。
それはあまりにも眩しかった。
熱気と歓声の渦の中で響く、美しくて、妙に力強い歌声。
視線を全部さらっていくような存在感。
ステージの真ん中に立つ彼女を見た瞬間、胸の奥でひとつだけ言葉が浮かんだ。
――かっこいい。
今日は、ヘルプで参加しているバンド「マックス」のライブの日。会場の「Roots」に入って、控室へ向かっていた途中だった。
「おお、来たな。待ってたぞ」
そう声をかけてきたのは、「マックス」のヴォーカルでリーダーのヒトシさん。
無言で頷くと挨拶とこちらに二、三歩近づき、肩をガシッと組まれた。
「そんな緊張すんなよ! なあ、美月!」
緊張なんかしてない――と言いたかったけど、明るすぎる人を前にすると、どうしても気後れする。
そんなことを考えていた時、耳にふわりと衝撃が届いた。
「緊張してんの? あたしと同じ歳くらいだよね?」
繊細で透き通った声に驚き、思わず顔を向ける。
ピンクのツインテールが目を引く。
それに負けないくらい整った顔立ち。
ただ立っているだけなのに、空気が変わる。
「Critical Clinical」のヴォーカル、美月さん。
言葉が喉の奥で止まった。
「ヒトシさん! ヘルプのギタリストだよね?」
美月さんが嬉しそうに俺を見ている。
「おお、そうだぞ? こいつが入ってから音が変わったんだ。正式メンバーになってほしいくらいだぞ?」
ヒトシさんがニッカリ笑う。その言葉に思わず照れていると――
「なんで? なんで正式メンバーになんないの?」
美月さんが興味津々の顔で、ぐいっと覗き込んできた。
「いや、マックスに入りたいとかじゃないんで」
つい、いつもの調子で冷たく返してしまった。
「へぇ〜! じゃあ、やりたい音楽とかあるんだ?」
それでも美月さんは、さらに目を輝かせて聞いてくる。
……なんなんだ、この人は。
「その辺にしてやれよ? ちょっと困ってんじゃないか?」
ヒトシさんが助け舟を出してくれて、俺は「ギター置いてきます」とだけ言ってその場を離れようとした。
「今からクリクリの出番だから! 見に来てね!」
振り返ると、眩しいくらいの笑顔が俺に向けられていた。
声まで明るくて、存在そのものが音楽みたいで、ステージへ向かう背中から目が離せなかった。
ステージに立つ美月さんは、まるで光そのものだった。
最初の一音で胸の奥が跳ねた。
歌声は空気を震わせ、感情と共に七色の音を放ち、メロディが直接心を揺さぶってくる。
そして、そのステージングは観客の心を一気に掴んだ。
誰もが息を呑み、ただ彼女を見ていた。
「みんな、今日は本当にあんがとねー!」
満面の笑みで手を振りながら、彼女はステージ袖へと消えていく。
俺はその背中を、最後まで追っていた。
「こら、そろそろ出番だぞ」
ヒトシさんが俺の頭を軽く小突く。
「クリクリ、かっこいいだろ? 負けてられないよな!」
その言葉に、俺は黙って頷いた。
早くギターを弾きたい。
あの人たちと同じ場所に立っていると、実感したかった。
ステージに足を踏み出すと、ギターを構える手が自然と動き出す。
音を鳴らした瞬間、頭の中は真っ白になった。
考えることなんて何もない。
ただ――「マックス」の音を、少しでも高めたい。それだけだった。
ヒトシさんが振り返り、ニヤリと笑う。
“好きにやれ”――その合図に、一歩前へ踏み出した。
ギターソロを奏でる。
指先が弦を駆け抜けるたび、歓声が波のように押し寄せる。
その中に、さっき聞いた声が混じっていた。
客席の前列で、彼女が嬉しそうに手を振っている。
その笑顔を見た瞬間、頬が自然と緩んだ。
――この瞬間のために、俺はギターを弾いているんだ。
ステージを降りた瞬間、ヒトシさんが俺の肩に腕を回してきた。
「よかったぜー! いや、マジで!」
満面の笑みで、まるで子どもみたいにテンション高く言ってくる。
「なるほど、どう良かったんですか?」
少し意地悪な気持ちで聞き返すと――
「よかったぜー! いや、マジで!」
まさかのリピート。語彙力、どこ行った。
「ヒトシに語彙力期待すんなよ」
ベースの松崎さんが笑いながらツッコむ。
その笑い声につられて、俺も吹き出した。
控室の扉を開けると、「Critical Clinical」のメンバーが集まっていた。
ライブ直後だというのに、ギターのリョウさんとドラムのケイタさんは真剣な表情で曲の構成について話し合っている。
人気バンドって、こういうところがすごいんだよな……と思っていたら――
「――あ! ヘルプ君じゃーん!」
美月さんがこちらに気づいて、ぱっと笑顔を咲かせた。
「良かったよ! んー…… マックスより良かった!」
そう言いながら、軽やかに駆け寄ってくる。
「そりゃないぜー? 美月」
ヒトシさんが苦笑いしながら肩をすくめる。
そのやり取りに、控室の空気がふわっと和んだ。
「よっ、お疲れ」
リョウさんが低めの声で挨拶してくる。
「最後のギターソロ、まあまあ良かったぜ。今までのマックスにはない鋭い音だった」
そう言って、俺の肩を軽く叩いて通り過ぎていった。
「そうだね。今度セッションしてみようよ」
ケイタさんが笑顔で言ってくる。
叩かれた方が熱を持ち、その言葉に胸の奥まで熱くなった。
「お疲れ様です」
少し離れた場所から、控えめな声が届いた。
振り向くと、ベースのケースを抱えた彼女と目が合った。
「え、水橋……さん?」
驚いて、思わず声に出していた。
水橋環奈。同じ高校の進学クラスで、いつも教室の隅で本を読んでいる、あの水橋さんだ。
「いい音でした」
彼女は短くそう言うと、少しだけ視線を泳がせた。学校での彼女からは想像もできない、無骨なベースの重みが、今の彼女を別の人物に見せていた。
俺は、彼女の視線を受け止めながら、静かに頷いた。
「マコトって言うんだね?」
美月さんがメンバー表を覗き込みながら、ふわりと声をかけてきた。
「覚えたからね! また一緒にやろう!」
そう言って、にっこりと微笑むと、彼女は軽やかな足取りで控室を後にした。
彼女が出て行った後も、俺の鼓動は収まらなかった。
名前を呼ばれるだけで、こんなにも嬉しいなんて——。
その夜はなかなか眠れなかった。
Critical Clinicalのステージが脳裏に焼き付いて離れない。
——そして、美月さんの声が頭の中で何度もリフレインする。
俺は諦めて、熱を持ったままの右手を、冷たい枕に押し当てた。




