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番外編① 陽と時雨と甲子園

「大丈夫だよな……」

「ああもう!!さっきからうるさいわ!!」

「でもよぉ……憧也、大丈夫だよな……」

「どうします先輩。さっきからずっとこの調子ですよ?」

「うーむ、困ったのぉ……」


ピンポンパンポーン

『生徒のお呼び出しをします。2年B組浅本陽さん。野球部顧問の竪山先生がお呼びです。至急体育科職員室まで来てください。繰り返します』


「これって4号のことだよな?」

「はい、そうだと思います。」

「あ。」

「「あ?」」

「そういえば今日、甲子園の組み合わせ発表の日じゃねぇかぁぁぁぁぁ!!」


やばいやばい、すっかり忘れてた!!


「ごめん、ちょっと抜ける!!」


 

「行ってしまった。そういえばやつ、野球部だったな。」

「そういえばそうでしたね。」



「すみません!遅れました!!」

「遅いぞ浅本。早く来い。」

「すみません、失礼します!」

「みんな集まったのでさっそくだが、今年の甲子園、初戦の相手を発表する。……第一回戦は嵐帝館高校だ。」

「嵐帝館って!!」

「マジかよ……」


嵐帝館高校。現在甲子園3連覇を果たしている学校。

数多くのプロ選手をも排出している名門中の名門。


「初戦は8月5日。今日から試合形式の練習を増やすからくれぐれも遅刻するなよ。では、解散。」

「「「「はい!ありがとうございました!」」」」



「てなわけで、今日からあまりこれそうもありません。」

「お前、甲子園でるのか……すごいな……」

「そんなに上手だったんですね。」

「これでも、野球部の部長だ。」

「そういうわけなら仕方ないが、昼は欠かさずくるんだ!もう科学部の部員なんだからな!」

「へいへい。」


そう、俺は科学部に入部していた。

というより、入部させられていた。

タイムマシンの制作状況をしりたいなら入部しろ。

入部しないと3号の安全は保証せんぞ!

など、散々言われて、入部しないわけにもいかなかった。

てなわけで、言われるがまま書類にサインさせられた。



7月29日

いよいよ試合一週間前まで迫ってきた。

肩の調子は万全。

打率も伸びつつある。


「浅本、最近調子いいな。」

「はい!まだまだ頑張ります!」



 


「あんた最近、練習しすぎじゃない?」

「……あー、はい。」


ここ最近の俺の癒しはこの時間だけ?

妹が毎日作ってくれている愛情たっぷりのお弁当を食べながら、ゆっくりする。


「ダメね、全然聞こえてない。」

「……そういえばタイムマシンどうなりました?」

「まだ難航してるわ。」

「そうっすか。頑張って下さい………スー……スー……」

「寝ましたね。」

「寝たな。にしても4号の弁当可愛いよな。」

「本当ですね。このキャラクター最近のアニメのやつですよ。名前は覚えてませんけど。そう言えば、先輩、応援行かないんですか?」

「行かないわ!!我にそんな時間はない!!」

「はあ、ツンデレさんですね。」

「つ、ツンデレなんかじゃないわ!!」




8月4日

俺たちは兵庫県のホテルまで来ていた。


「明日は強豪、嵐帝館高校との試合がある。各々今日はゆっくり休んで明日に控えろ。」

「「「はい!!」」」


今日はもう寝るか……明日も早いし……


今まで使ったことがないようなフカフカのベッドで俺は眠りについた。


 

「さあ、今、三塁側ベンチから静かに姿を現しました心遇高校。そして、その先頭に立つのは背番号8、浅本陽選手!!

甲子園初出場となるこの夏、注目を集めるのはやはりその強肩!高校生にして150kmを平気で越えてきますから、そこに期待です!

まっすぐに前を見据え、帽子のつばを軽く押さえながら今、胸を張っての入場です!」

「いい顔してますねぇ。春からの成長がうかがえます。

あの選手が打線にいるだけで、相手選手は神経を使いますからね。」


「続いて、堂々たる入場を見せるのは一塁側、嵐帝館高校!

優勝候補筆頭としてこの夏も姿を現しました!」

「その中央を歩むのは、背番号5の男、剣崎蓮!チームの4番にして主将。高校通算43本塁打、威圧感たっぷりのスラッガーです!」

「うわ……立ってるだけで絵になりますね。肩幅、腰の据わり方、すでに高校生の域を超えてますよ。プロからの熱視線も当然です。」



「相手は強い。だが怖気付くな!今までやってきたことを思う存分ぶつけてこい!」

「「「「「はい!!」」」」」



「結局来てるじゃないですか先輩。」

「う、うるさいわね!!部員の晴れ舞台なのよ!!応援してあげるのが良い先輩ってもんでしょ!!!」

「で、なんで私も巻き添えくらってるんですか。」

「いいじゃない、別に。」

「なあ、あんた、ここ座っていいか?」

「?いいですよ……って君、小学生?」

「あ?中学生だ!見たらわかるだろ!」

「先輩、他人に失礼なこと言ったらダメですよ。」

「そうか……すまない。身長が低かったもんで、勘違いしてしまった。申し訳ない。」

「おい謝られた気がしないんだが。お前も大概チビだろ。」

「君、両親は?」

「いない。今日は1人できた。」

「お金は?」

「バイトして稼いだ。」

「どっちを応援してる?」

「なんだよこれ、圧迫面接かよ。」

「ああ、すまない。」

「知り合いが心遇高校にいてな。応援とかはしないが暇だし見てやろうと思って。」

「ツンデレさんなんですね。」

「つ、ツンデレじゃねえよ!!」

「というかよくその年で働けますね?」

「……まあ、ちょっと危ないところで働いてんだよ。……なんで初対面のあんたにこんな話さないといけないんだ。」

「まあいいじゃない。同じ高校を応援するよしみよ。」



「きぃぃぃぃぃぃぃーー!!あいつ!強すぎなのよ!!」

「剣崎って人、これで3回目のホームランですね。」

「早く、4号をピッチャーにしなさいよ!!くそコーチ!」

「ちっ、イライラするなぁ!!嵐帝館高校の応援デカすぎるだろ……」


「さあこれで5-2!嵐帝館高校の勢いが止まりませんね。」

「ただいま7回の表、どうやらここでピッチャーを浅本選手に変更するようですね。」


「浅本、頼んだぞ。」

「はい!!」


マウンドに入る。

ふぅ…………。

集中、集中!

まずは一本ストライクをとる。


スパンッ!!

ボールがミットに収まる爽快な音が響き渡る。


「時速148km!!とんでもないですね……」


「4号ー!!いいわよー!!」

「よっしゃあ!やってやれ!」

「なんだか別世界にいるみたいですね。」


スパンッ!!

スパンッ!!

首尾よくアウトをとっていく。

得意なストレートを用いて速度で圧倒。


次は誰だ?

……確かこいつよく打つんだったな。

それなら……


キンッ!!


「素晴らしい変化球ですね。当たったボールは高く上がりました。」


よし。あと1アウト。

って……剣崎かよ。


まずはストレートで様子見るか。


「剣崎選手、ここは見送った!」


……なに笑ってんだよ、あいつ。

舐めやがって。

絶対に点はとらせない。


カキンッ!!

「ッッ!!」

「これはっ!大きな弧を描いて観客席へと向かっていきます。……剣崎選手、これで4回目のホームラン!!」


くそっ、打たれた!!

どんな練習したらあれをホームランに出来るんだよ……


「これで6-2!再び点差をつけられる形になりました。」


その後は、ストライクにおさえて相手の番は終わった。


7回の裏

味方がヒットを打つも点はとれずに終了した。


「浅本、次から剣崎は敬遠しろ。」

「え?」

「勝つにはそれしかない。」

「でも……」

「気持ちはわかる。だがここは従ってくれ。」

「…………」


8回表。

変化球を交えつつ冷静に処理する。

バントを打たれ、1人進塁を許すものの幸い点は取られなかった。


8回裏。

後輩吉岡の内野安打から、じわりと空気が変わった。盗塁、送りバント、そしていま一死三塁。打席には七番、溝辺。

 カウント2-2。外角低め。溝辺はそれを見極めた。フルカウント。

 そして、次の瞬間だった。

 高めに浮いた直球に、溝辺のバットが鋭く反応した。完璧なタイミングではない。芯は外れた。しかし、それは逆に幸いした。

 ――高く、高く、左中間へ。

 打球が上がった瞬間、スタンドがざわめいた。外野は下がりながら構える。タッチアップには充分な距離。

 三塁ランナー、吉岡がベース上で身をかがめる。

 

 「行け……!」

 

 外野手のグラブにボールが収まると同時に、吉岡が飛び出した。ホーム目がけて一直線に駆ける。その背中に、ベンチの視線が突き刺さる。

 完璧な中継。無駄のない送球。

 だが、一瞬早く、吉岡のスパイクがホームをかすめた。

 主審の右手が横に広がる。

 

 「セーフ!」


 

 ベンチが湧いた。スタンドが揺れた。たった一点。しかし、それは、あまりに重い一点だった。


「ここで心遇高校一点を取り返した!!6-3これで試合はわからなくなる!!」


だが、その後すぐにもう1アウトとられ俺たちの攻撃が終了した。



9回表。

3点差で負けている状況。

少なからず焦りがあった。

あと1点でも取られたら逆転はできない……


――カキン。


「なにッ……!」

 

詰まりながらも、打球は三遊間を抜けた。

ヒット。しかも今のは完璧に抑えたと思っていた球だった。

観客がざわめく。ベンチの空気が、すっと冷えた。

九回表、先頭打者の出塁。

そして、相手は首位打線の上位に差し掛かる。


嵐帝館高校は剣崎がずば抜けてはいるものの粒揃い。

一瞬たりとも気は抜けない。

 

(落ち着け。こんな場面、何度も切り抜けてきただろう)

 

けれど、指の感覚が妙に乾いている。汗が浮き、皮膚がこわばる。投げ慣れたはずのボールが、手のひらにうまくなじまない。

 

次打者。初球、スライダーが甘く入った。


二者連続のヒット。今度は鋭いライナーがライト前へ。

ノーアウト一・二塁。


「何やってんのよ4号!!ぼけっとしてんじゃないわよ!!」

「おらノッポ!!ビビってんじゃねぇぞ!!」


!!あれは、先輩とそれに……白鷺!?

ほぼ野次じゃねえかよ。

来ないって言ってたのに……

 

不意に、肩の力が抜けた。握っていた拳をゆるめ、息を深く吸う。

焦りはあった。怖さも、少しだけ。

だがそれすら、背負ってこそのエースだ。

 

もう言葉はいらない。

再びプレートを踏み、マウンドの真ん中に立つ。

 

 このピンチは、確かに重い。だが、逃げ場のない場所にこそ、自分がいる理由がある。


勝負は、ここからだ。


キャッチャーミットが、真ん中より少し高めを示す。

俺は頷いた。もう変化球はいらない。

ストレートだけで、ねじ伏せる。

 

 セットポジションから、わずかに重心を沈めた。その瞬間、ベンチの空気が変わった。


「ストライク!」

 

 第一球。インハイ、胸元をかすめる弾丸のような一球に、打者は体をのけぞらせた。振れなかったのではない。反応ができなかった。

ベンチから、誰かが呟く。「速すぎる……!」

 

 第二球。今度はアウトローへ。

カシュッ!

ミットが異様な音を立てる。ボールは低めギリギリのコースを射抜いた。

バットは空を切った。


 

「ストライク、バッターアウト!」

三球三振。

球場がざわつく。何かを切り替えたことを、誰もが悟った。

 

 二人目の打者が打席に立つ。視線を合わせようとしない。マウンドの上にいる男が、まるで別の存在に見えていた。

 

初球、152キロのストレート。ど真ん中。

 見逃し。

 

次の球、151キロ。インロー。

 空振り。

 

(来る。わかってる。ストレートだ)

打者の頭に、そう確信がよぎった。

だが、それでも、バットは振れても、当たらなかった。

 

「ストライクスリー!」

 

 二人目、三球三振。まるで時間が止まったような空気の中で、浅本だけがひとり、静かに呼吸していた。

 

 たった六球。すべてストレート。

すべてが打者の時間を奪い去る球速とキレ。

マウンド上の男は、視線を落とし、ゆっくりと息を吐いた。


「2アウト、ランナー1.2塁。ここでバッターは嵐帝館高校のエース、剣崎選手です!!」


竪山先生から敬遠の合図が送られてくる。


………………

なあ憧也、俺はお前に比べたらちっぽけな世界で戦ってる。


追いつけるなんて思ってない。

けど、

ここはビビってるようじゃお前の親友じゃない!!


敬遠はせずに、こいつを抑える!


帽子のツバを軽く触り、深く息を吸った。

右手のボールに力がこもる。

初球。


唸りを上げてミットに突き刺さるストレート、152キロ。

見送り、ストライク。


「おい、浅本!敬遠だ!!」


監督が焦っている。

無理もない、この状況でホームランなんて打たれたら逆転はまず不可能。


けど、俺は……

ピッチャーだ!!


昔父に言われた言葉が脳裏を駆け巡る。

ピッチャーが強けりゃ、野球は負けない。


誰もが恐れ慄く最強の守護者に、俺はなりたい!!


再びストレート。153キロ。空振り。

スタンドが沸く。


「浅本選手、さっきから150キロオーバーしか投げてませんよ。剣崎選手も動揺してますね。」

「信じられません。高校生の肩じゃない……」


次で終わらせる!!

ど真ん中から少し外れた高め、わずかにアウトロー気味。


剣崎はそれに対して、鋭く躊躇のない全力のフルスイング。

カスッ。

わずかにバットの先端が触れた。

乾いた音がして、ボールはファウルラインぎりぎりを転がってスタンドへ飛んだ。

 

「ファウル!」


時速150キロ。


会場全体が息を呑む。


 

足を高く振り上げ、腰を捻り、腕を伸ばす。


その瞬間、陽から渾身の一球が放たれた。


パァァンッッ!!

 

 

自分でも聞いたことのない破裂音が会場に響きわたった。


「ストライクバッターアウト!」


「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」


「な、なんと!甲子園史上最速!!156キロ!!」

「やったぞ!ボウ!!」

「ええ、すごいですね。」



 




結局試合には負けた。

だが、充分に意味のある試合だった。

 

「浅本、さっきは悪かった。」

「先生、何がですか?」

「敬遠なんて言ってた自分が恥ずかしいと思ってな。」

「あはは、打たれなくてよかったです。」

「浅本陽。」

「……?剣崎……!」

「……次は負けない。」

「………ふんっ、返り討ちにしてやるよ!」


試合には勝ってんのにわざわざ言いにくるなんて。

よっぽど悔しかったみたいだな。





帰りの新幹線。

「おい、4号。さっきからなににやにやしとる。」

「いやぁ、何度見ても素晴らしいストレートだなと思ってな。」


俺は自分の動画を繰り返し視聴していた。


「はぁ、よく同じのを何度も見れるな。」

「いいんだよ、……で、なんで白鷺がいるんだ?」

「ぎくっ!」

「驚きよなぁ、2人が知り合いだったなんて、世の中も狭いもんじゃ。」

「せっかくのうさぎのバイト代使ってまで。よかったのか?」

「おい。何のバイトかまで言う必要あるか?あ?」

「……すまん。」

「まぁ、面白いものが見れたから後悔してない。ちょうど暇だったし。」

「嘘だ。今日平日だぞ?有給をとっておるに決まっとる!ツンデレじゃ!こやつはツンデレじゃ!」

「ツンデレじゃねえ!!」


新幹線の中で大声だすなよ……

 

「あ!そうじゃ!!トランプもってきてるんだった!ちょうど4人いるし、何かし」

「「「えぇー」」」

「お主ら!我を侮辱する気か?いいだろういいだろう受けて立ってやる!!さあ、そこの小学生からかかってこい!!」

「あんた一番勝てそうなやつ選んだだろ……けど、そいつ鬼強いぞ。」

「へ?」

「テメェ小学生、小学生って……いい加減にしろよな?ケツの穴から手突っ込んで奥歯ガタガタ言わせっぞ。」

「ヒイッ!!4号!我を助けろ!!先輩命令だ!!」

「自業自得っすよ、疲れたんで俺は寝ます。」

「ひとでなし!……うそ……待って、謝るから!ちょっ、ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

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