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短編シリーズいろいろ

【短編】捜査官Pの調書~誰が白百合姫を殺せたのか~

作者: 枝豆ずんだ

 

■容疑者A


 あの子が死んだ?いいえ、いいえ、まさか。そんなことはありえないでしょう。この城を出て十年、ありとあらゆる殺意を向けて、手段を重ねて、それこそ女の手練手管のように躊躇いなく、躊躇なく、これでもかこれでもかと尽してそれでも、あの娘は死ななかったのですよ。


 なんですって?かつての殺人未遂の数々について。わたくしが?それがなんだと言うのです。この国の女王が、他人に悪意を向けたからとそれがなんだと言うのです。女王が抱く敵意には理由があります。理由というのは尊いもの。人の行動を納得させる源です。女王が、継子に対して「死ね」と思ったのなら、それはそれ相応の理由があるものです。


 それをお前たち、いえいえ、平民風情だなんだのと言うつもりはありません。お前たちにわかりやすく言ってやるとすれば、所詮他人ごときが人様の家庭に口だしするなどあまりにも厚かましいこと。それなら近所で女の悲鳴が上がることはないだろうし、お前たちは必ずその家に勇敢に乗り込んで女房を殴る亭主たちを咎めているのでしょうね。男が女房を躾けるのは当然?おほほほほ。あぁ、話がそれてしまいましたね。


 それで白百合姫、あの子がなんですって。死んだのですってね。ありえないことですよ。絶対に。あれは殺しても死なないような化け物ですよ。

 

 屈強な、熊や鹿だって殺せるような大男。森を知り尽くした狩人があの子を殺そうと森に連れて行った。花を摘み歌をうたうあの呑気な子を背後から刺し殺そうとして、それでもあの子は死ななかった。むしろあの子に一度でも殺意を向けてしまったと、大男が心を病んで、その後一切水も受け付けなくなった。「かわいそうにあの可愛らしい姫は森に殺されてしまっただろう」と、やせ細り削げ落ちていく自分の肉も構わずに、森のある方の小窓を眺めてただ嘆いていた。


 森の獣たちもあの子を殺せやしなかった。世間知らずの、高い壁に守られて乳母日傘で育った姫が、冬の森でどうして一夜を生き延びようか。狩人の差し出した心臓が獣のものと知りつつも、私が何も言わずにそれを茹でて食べたのは、あの子も今頃獣の一部になっているだろうと思ったから。

 うまく獣を避けられたとて、凍える夜の冷たさが外套一枚のあの子の白い肌を突き刺してそこから氷にしてしまうだろうと思ったから。だというのにあの子は死ななかった。


 七つの滝と小川を越えた先の森の小人たちの小屋の中で、あの子がぬくぬくと生き延びたと知った時、いったいあの小さな足でどうしてそんな遠くまで行けたのかとわたくしは不気味に思いましたよ。


 それで美しい色の絹で編んだ紐で、あの子の首を絞めました。

 ほっそりとした、老婆の手でも折れてしまうようなか細い首でした。

 

 無邪気に紐を選ぶあの子は城にいた頃と何一つ変わらず、白百合のような美しい子供でした。産んだ母親が願った通り、黒檀の窓枠の木のように黒い髪に、白百合のように白い肌、赤いのは……産褥であの子の母が流した血の赤を持つ唇の、赤ん坊のころから驚くような美しい子が、瑞々しい娘になったのだから当然でしょう。


 けれど美しい絹の紐でもあの子を殺せやしなかった。魔法の鏡に映された白百合姫は、変わらず歌を歌い微笑んで、森の動物たちに囲まれていた。


 次に、櫛で髪をすいたけれど、やはりあの子は死ななかった。こうなるとわたくしも「やはり母親のいう通り、このまま生かしておいてはならぬ生き物なのではないか」とそういう恐ろしさが沸いてくる。他人の殺意と敵意をここまで受けて、それでもあの子の美しさは変わらず、いえ、いっそう光り輝いていたのですよ。殺されるたびに、あの子の白さが増し、唇がもっともっと赤くなる。魔法の鏡は何度でもあの子が世界で最も美しいと讃えた。


 殺しても死なない。ただただ美しい生き物。

 

 何度も何度も、森の小人たちが「用心してくれ」と「自分たち以外と口を聞かないでくれ」と必死に必死に懇願しても、愛らしく微笑む白百合は「わかりました」と返事をして、それでも死を引き寄せる。他人から与えられる死を飲み込んで、そうして益々、姫は美しくなっていく。


 林檎?えぇ、そうですね。あれがわたくしの最後の凶器ですよ。白百合の百合のような白さ、美しいあの娘に、絹や珊瑚の美しさは負けました。あの子を殺せるほどの美しさがなかったのでしょう。わたくしは国中から集めさせた赤い林檎からたった一つだけ、あの子に食べさせるものを選びました。


 毒?どんな毒を塗ったのかと。おほほほほ。おかしなことを言うものですね。毒などであの子が死ぬわけがないでしょう。毒など塗っていませんよ。あの子を殺すのは林檎の赤さと美しさ。そうして半分差し出して、あの子は食べて、そして死にました。


 えぇ、えぇ、けれど、えぇ、知っているでしょう。

 それでもやはり、あの子は死ななかった。それで終わり。わたくしは「あれはわたくしの手におえる生き物ではない」と諦めました。あの子の母親が死の淵で、わたくしに願ったことを忘れたわけではないけれど、魔法を扱う魔女だとて、怪物を殺すことはできません。怪物を殺せる唯一の王子様はあの子の美しさに骨抜きなのだから、どうしようもないでしょう。


 それで?あぁ、白百合姫が死んだ?


 おほほほほ、そんなことがあるものですか。あの子は死んで、周りが嘆き悲しむのを吸い込んで、そうして目を覚ますのですよ。きっとまた、益々美しくなっているのでしょう。今ではもうすっかり、わたくしも己の老いを受け入れました。魔女であっても老いるもの。


 けれどあの子は変わらない。いつまでもいつまでも、白い肌に血のように赤い頬、黒檀のように黒い髪を持つ、光り輝く美しさ。あの子が魔女かどうかですって?おほほほほ、魔女ならちゃんと死ぬでしょう?



■容疑者B


 あの子が死んだ。いやいや、そんな、そんなことはあり得ない。馬鹿なことを抜かしなさんな。一体全体どういう了見でわしらの暮らしを脅かそうというのかね。わしらがこれまで何度あの子を救って来たのか、あの白い百合の花のように美しく可憐でかわいらしい姫。


 わしらの大切なお姫さま。あの子はやさしい子だから、わしらがどれだけ危険だと教えても、森の中に迷い込んだ者は誰でも家に招き入れてしまっていた。あの子が悪いんじゃない。あの子のやさしさにつけこむ奴らが悪いんだ。わしらだって善人だったわけじゃない。国で街で村で、どうしても馴染めなくて、家族にも見放され、男同士で集まって暮らして何十年。あの子が寒い冬の雪の日に、わしらのベッドで寝息を立てていたのを見た時の、あの気持ちを誰が想像できる?


 体が歪んでいる、頭がおかしい、口が曲がっていると、見世物小屋に売られて石を投げられてきたわしらの寝床に、うつくしい女の子が、この世の恐ろしさも何もかもここにはないのだという安心しきった顔で眠っていた。あの時わしらは誓ったんだ。あの子にわしらが与えられる全てを与えてあげようと。あの子はあまりに純粋だから、微笑んでいるだけであっという間に死んでしまう。だからわしらが何度でも救ってやらねばならんのだ。わしらはあの子の男親。あの子に口酸っぱく危険を教えても、かわいいあの子はわかっちゃいない。


 わしらはあの子の首に括られた紐を解いて、突き刺さった櫛を外した。そうしてそうしてそのたびに、あの子は息を吹き返して「まぁ、ありがとう。おじいさんたち」と礼を言うのだ。あの子はわしらがいなければ、救われない。毒の林檎の時だってそうだった。あれは少し厄介だった。わしらがダイヤモンドとガラスと黄金で作った棺で、王子の男を引き寄せた。いびつな恐ろしい森の中で、歪んだ体のわしらが大事大事にしているものを、あの王子は珍しがった。


 そうしてあの子を連れ去ろうとして、あの子の運命がまた揺れた。あの子の喉から林檎がころんと吐き出され、そうしてあの子はまた、わしらが救ったのだ。


 だから、ああそうだ。退いてくれ。退いてくれ。あの子が死んだ?あぁそうか。であれば、そうか、そうであればまた、わしらがあの子を救いに行かねばならないんだ。


 あの子はそうして生きることが出来るから、何度も何度も、死んでくれて良いんだよ。




今回の捜査の結果:

容疑者AとBには共に犯行推定時刻のアリバイがあり。

捜査官は次に、容疑者Cへの事情聴取を行うように。

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― 新着の感想 ―
つよい 物語が完結することでしか消せない存在なんだろうな…
SCPのバックストーリーを読んでいるような気分になりました。
おとぎ話を冷静に解釈すると「これどうするんだよ」ってなる展開がありますよね。 この白雪姫もその類いのキャラだったのか。 ちなみに私が恐怖を感じたのは「雪の女王」の トナカイさん、あの子に力を貸すこ…
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