第93ターン目 恐怖の金網デスマッチ の巻
噴水のある玄室、ボクは《洗浄》で水質チェックした後、腰にぶら下げていた水筒に、水を汲んでおく。
迷宮エリアには、こんな小さな部屋が無数にあり、捜索するには難儀なエリアだ。
クロ達女性陣も、同様にボク達を探していると想定され、下手に動くのも問題かも知れない、が。
「むしろ派手に立ち回る方が正解じゃないー?」
勇者さんは逆の見解だった。
派手に立ち回り、騒ぎを広げて逆に気づいてもらう。
ハンペイさんも「なるほど」と納得した。
「兵法にもありますな、狼煙をあげれば向こうも気づきましょう」
「まぁダンジョン内で煙は出せませんが」
ダンジョン内は煙がこもりやすく、その手は有効じゃない。
あくまで比喩として受け取るべきだろう。
「なら魔物を見つけ次第、戦うんですか?」
「無理はせず、時には退却も是でしょうが」
「そんな感じー、どうー?」
「いいと思いますよ、勇者さんにお任せします」
ボク達は目標を決まると、直ぐに動きだす。
玄室を出ると、早速脇に見えたのは、【ナイトバニー】の群れだ。
「とおおおおりゃあああああああっ!」
轟くような声をあげて勇者さんはナイトバニーの群れに飛び込む。
いきなり大声で迫るリビングアーマーには、ナイトバニーも戸惑い、剣で斬りつける。
だが勇者さんの鋼鉄の鎧はナイトバニーの剣を弾き返した。
「ふん! ひとーつ!」
お返しと言わんばかりに、勇者さんは鉄板兼盾で、ナイトバニーの兎顔を殴打。
通路に打ち付けられたナイトバニーは壁に赤い染みをつけて動かなくなる。
「ふたつ!」
そのまま回転するように反対側にいたナイトバニーに剣を横薙ぎに振るう。
呪われた剣はナイトバニーの首を一撃で刎ねた。
「ラビッ!? ラビー!」
後方ナイトバニーに守られた【マジシャンバニー】が魔法を唱える。
小さな身体に見合わぬ大きな杖を振りかぶると、杖の先端に雷撃が唸りをあげた。
《雷撃》の魔法だ、喰らうと一撃で失神してしまうこともある。
しかし、その魔法は突然頭部に飛来するシュリケンに割られ、不発に終わった。
「させぬ、魔法使いは厄介だ」
「さすがハンペイさん!」
「治癒術士殿は万が一に備えて」
ボクは「はいっ!」と力強く返事をすると、後ろを警戒した。
前方は二人いれば十分で、ここではボクの役割はなさそうだ。
勇者さんは奇声をあげながら、ナイトバニーの頭をかち割る。
ちょっと可哀想だけど、こっちも余裕はあまりないから。
「これで最後ー! ひっさーつ! なんでもざーん!」
なんて派手に技名を叫ぶがなんてことない、普通の袈裟斬りだ。
勇者さん、わざととはいえノリノリで叫びながら戦うと、普通に不気味で怖いな。
失礼だとは思うけれど、やっぱりあの鎧からうっすら滲み出る瘴気は気持ち悪い。
「うーん、辺りにはいないかなー?」
全滅させると、事も無げに勇者さんは剣を鞘に戻す。
死屍累々の中、ボクは錫杖を握り魔物の群れに鎮魂を祈った。
魔物といえど命あるもの、ごめんなさい。
それでもボク等は戦わなければならないから。
「……少し先を確認したのだが奇妙だ」
「ハンペイさん? 奇妙とは……?」
戦闘が終わると、直ぐに増援がないか斥候に出たハンペイさんが戻ってくると、彼は神妙な顔をする。
なんだろう、はっきり良いでも悪いでもないみたいだけど。
「ともかくついて参れ、あれは説明が難しい」
「はぁ、なんなんでしょう?」
「さってねー、行ってみれば分かるってー」
勇者さんはるんるんとハンペイさんの後を追う。
ボクも遅れないよう追いかけた。
ハンペイさんを追いかけると少し、真っ直ぐ伸びた通路は突然広い部屋を迎えた。
「大きな部屋だねー」
「いえ、あの……正面にあるのはなんですか?」
ハンペイさんが思わず顔面を手で覆った先、大広間の中央には金網で囲まれた鳥かごのようなものが立っていた。
ボクはおずおずとその金網に近寄ると、突然金網の中がパッと明るくなる。
驚いて上を見上げるとスポットライトのように魔石が金網を照らしていた。
「スネークネクネクネク! よく来たな冒険者どもめ!」
「……どなたでしょう?」
ボクは圧巻の事態に脳の処理が追いつかず、呑気に目の前の魔物に質問した。
魔物――巨大な蛇の頭を持った男は、腕を組むとボク達を見下ろし、高々と名乗りあげた。
「私はスネークマン! 蛇の特性を持つ魔人だ! さぁ冒険者どもここを通りたければ金網の中に入ってこい!」
【スネークマン】、見たことはないけれど、獣人系の魔物の一種だろうか。
それとも爬虫類系? いずれにせよクロが居なくて良かった。
蛇が大の苦手なクロがいたら、今頃発狂していたかもしれない。
「どうします?」
「……某が参ろう」
「ハンペイさんがですか? 危険では?」
「なればこそ、某が様子を見よう」
ハンペイさんはそう言うと、金網前の階段を上り金網の中に入った。
直後、入口はガチャンと閉じると、ハンペイさんは振り返った。
「む、出口が……!」
「貴様が挑戦者か! スネークネクネクネク! 金網リングデスマッチへようこそ!」
「デスマッチだと?」
「そうだ、ここから脱出したくば、この私を倒すしかないぞー? スネークネクネクネク!」
なんてこった、やっぱり罠だった!
ハンペイさんの前には細身のヘビ男、実力はわからないけれど、危険だ。
「勇者さん、なんとか出来ませんか?」
「うーん、俺に出来るのはこれくらい?」
彼はそう言うと、金網リングの傍に備えられた台座に登る。
そうして彼は大きく息(?)を吸い込むと。
「さぁ始まりました! ここ第四層金網リングデスマッチが間もなく開始されようとしています!」
ボクは思わずズッコケた。
彼の出来ること、それは実況だった。
「実況は俺勇者、解説はマル君にお願いします! マル君この一戦どう思う!?」
「えっ? えと……あ、はい! 必ずハンペイさんが勝つと思います!」
「なるほど、それでは選手紹介! 東洋が生んだ神秘! その技は優雅華麗なれど、残虐な刃! ザ・ニンィィンジャァァァアアア! ハンペイーッ!!」
「えと、ぱちぱちぱちー?」
ボクはとりあえず拍手しておく。
というか勇者さんノリノリだな。
もしかしてこういう展開が好きなのかな?
「対するはヘビの瞳、蛇の身体を持つダンジョンが送り出した刺客スネェェェェクマーーーン!!」
「ぶ、ぶーぶー」
ボクは慣れないブーイングをしておくが、リング上のスネークマンは気にも止めず右腕を振り上げた。
「さぁ世紀の一戦、今ゴングが鳴らされます、とぉっ!」
勇者さんは鉄板兼盾を思いっきり鳴らして、ゴング替わりにすると、舞台上の二人は構えた。
スネークマンは態勢を屈め、両腕を持ち上げると奇妙な構え、一方でハンペイさんは落ち着いた構えだ。
「スネークネクネクネク! 我が技の冴えに恐れ慄くがいい!」
「先制を仕掛けたのはスネークマン選手、両腕を蛇に見立てた幻惑的な手刀がハンペイ選手を襲うー!」
「蛇拳か? このような流派に遭遇するとはやはりダンジョンは面妖だな」
「ネクネクネクー! 逃げ場はないぞー!」
「ふん、だが遅い」
ハンペイさんは極めて冷静にスネークマンの蛇拳を最小限の見切りで回避してしまう。
「これは凄い! やはりニンジャマスターの異名は伊達ではない!」
「ハンペイさん、頑張ってくださーい!」
ボクは精一杯の声で応援する。
少しでも言葉が届いたか、ハンペイさんは目を見開くと蹴りがスネークマンの顎を跳ね上げた。




