第92ターン目 治癒術士は 救えるのか
「マール君、落ち着いた」
あれから数時間、結局クロや魔女さん達とは再会することは叶わなかった。
まるでぽっかりと空いた穴のようにボクは意気消沈している。
どうしてこんな事に――そんな負の考えばかりが堂々巡りする。
「ボクのせいだ、ボクのせいだ、ボクのせいだ」
ボクは座り込み、情けない声で嘆いた。
勇者さんはボクの肩を叩いて慰めようとしているが、今のボクに慰めの言葉は届かない。
あの時罠のスイッチを踏まなければ、こうはならなかったんじゃないか。
クロの顔が見れない……それがこんなに不安だとは思わなかった。
「どうしようーマル君……」
「しばらくそっとしましょう勇者殿、治癒術士殿は今消耗しきっていよう」
「そ、そうだねー。ちょっと周囲を探索してくるー」
そっと顔を上げると勇者さんは、もういなかった。
ボクはなんて情けないんだろう……これが戦士に啖呵を切った男の様か。
「いい加減自分を責めるのはよすがよかろう」
「………」
「返事は必要ない。なに、これは独り言だ……某ニンジャであるが、ニンジャとは時に心を刃で染めて主命を果たさねばならないのだ」
ボクは俯いたまま、ハンペイさんの独り言に耳を傾けた。
ハンペイさんは腕を組むと、淡々と語った。
「正直某とて、覚悟が出来ているとは言えまい……だがニンジャとはなにかは良く存じているつもりだ」
「………」
「治癒術士殿はどうなのかな……使命とは決して軽くあるまい、某と同じように」
ボクの使命?
それは必ず地上に平穏を取り戻すこと。
――どうやって?
どうしようか?
――きっとなんとかなるさ。
そうなんでしょうか。
――君が頑張ったって、なんにもならないじゃない。
「…………っ!」
ボクは涙を溢しながら首を振った。
いけない、やっぱりまだ駄目だ。
心の声がボクを堕落へと誘う。
ボクは必死に弱い心と戦った。
安易に、楽な方へと向かおうという意志に抗った。
お願いします――豊穣神様。
この愚か者をお裁きください。
§
数十分は経過した頃、勇者さんは戻ってきた。
ボクは顔をあげると、真っ先に勇者さんは駆け寄ってくる。
「もう大丈夫なのマル君?」
「……ごめんなさい勇者さん」
「俺はいいよー、それより近くに休憩できそうな場所があったから移動するよ」
「畏まった。行きましょう治癒術士殿」
ボクは小さく頷くと、立ち上がった。
手には錫杖、ついに足元を見てしまうと、涙が床を叩いた。
クロが見当たらない、まるで初めからいないみたいに。
「うぅ、クロ……会いたいよぉ」
「マル君!」
突然勇者さんはボクの手を掴んだ。
ボクは驚いて顔をあげると、彼は兜を近づけて。
「クロ君は助ける! 皆も助ける! それが当然でしょう!」
「ゆ、勇者さん……?」
「同じなんだよっ! 皆心配している、だから最善を尽くすんでしょうー!」
ボクは目を見開いた。
勇者さんの確固たる意思、それはとても強く温かかった。
――癒やし、守り、救いなさい。
ボクはぽかんと、口を開いた。
心の声が、ボクに優しく教えを説いた。
「ボ、ボクに救えますか? 皆を救えますか!」
「出来るよ、マル君はそうやってきたじゃない」
優しい声で、勇者さんはボクを肯定してくれた。
そして彼はそんなボクの手を引っ張る。
「さぁ行こうー! 皆だって俺達を探しているだろうー!」
「やれやれ……よほど勇者殿はお節介のようだ」
ボクは引っ張られるまま、勇者さんはどんどん進んでいく。
どうしてこの魔物はこんなにも強いんだろう。
今も真っ直ぐ前を見て、皆もボクも助けようとしている。
こんなに強くなれるだろうか、ボクは。
「あっ、そう言えば今日のご飯だけどー」
「え……あ、もうそんなに経ちますか」
すっかり忘れていたが、転移してからそれなりに時間が経過している。
サバンナエリアと違って【迷宮エリア】は時間経過を体感できない。
じっくり休んだから、体力や精神力なら問題ないけれど。
「荷物の殆どさー、カム君に預けているんだよねー」
「そう、でしたね」
魔女さんの持つ魔法の鞄、本当になんでも入るものだから、薪材や食料まで持ってもらっていた。
荷物は嵩張るほど負担になる、ボク達の持ち物は必要最小限だ。
ううん、だとすると火が手に入らないか。
「水はあったんですか?」
「うん、あったあったー」
「今日は我慢するか、そのまま進んだ方が良いでしょうか」
ボクは今後の思案を指を顎に当てながら、呟いた。
体力はあっても、空腹では動きが鈍る。
でも幸いながら勇者さんは衰えないし、ボクは後衛だから多少無理は利く。
問題はハンペイさんか。
「ハンペイさん、このまま進めると思いますか?」
「……この程度ならば、某はヤワではございません」
ボクはそれを聞くと、小さく頷いた。
なら指針は決まった。
ぼやぼやするのは、もうやめよう。
救うんだ、ボクが、ボク等が。
ボクは前を向くと、少しだけ足元が軽くなった。
勇者さんの言うとおり、ボクはやっぱり治癒術士として皆を守るだけ、それでいいんだ。
皆もそんなにヤワじゃない、クロだって……きっと、無事の筈だから。
「水を汲んだら、捜索を再開しましょう! 今は合流を急ぎたいです」
「おっけーマル君、やっと調子取り戻したんじゃない?」
「そう、でしょうか……今も心配で胸が張り裂けそうです」
「その優しさがマル君だよねー、マル君はちゃんと、一歩を踏み出せているよ」
「一歩、ですか?」
勇者さんは、ボクの手を放すと足早に歩き「うん」と頷いた。
振り返った勇者さんは「こっちこっちー」と急かすように手を振った。
「勇者殿、面妖なところはございますが、真に勇気ある者ですな」
「うん、勇者さん、だもん」
陽気で不思議で、ちょっと困ったところもあるけれど、勇敢で優しい。
ボクにとって掛け替えのない勇者なんだ。
その背中を追えば、ボクだって何かが出来る気がする。
そうであればいいなという安易さかも知れないが、ボクにとって彼は大切な仲間なんだ。