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第91ターン目 逆転ファイター 子牛の焼印押し の巻

 「ちょっとまずいかも知れないわね」


 カスミとミノタウロスの一対一の真剣勝負(セメント)は互いがダメージを負う形となった。

 魔女は既に茶化す様子もなく、フラミーの隣でこの勝負を見守った。


 「なぜ、何故ミノタウロスは立てるであります? かなりの攻撃を受けていた筈でありますが」

 「何故かっテ、それは俺様が強いからダ!」

 「【受けの美学】……ていうスキルがあるって聞いたことあるわ。伝説の闘士達は防具を装備せず、相手の攻撃は必ず受けると」

 「そんなスキルが存在するのでありますか」

 「まぁスキルは抜きにしても、アイツは紛れもなく闘士(レスラー)だわ」


 両者のダメージ、一見すればミノタウロスの方が重い。

 だが五分五分にフラミーには見えた。

 何故か、カスミはキョンシー、疲れ知らずの戦闘死霊ファイティングアンデットであるはずなのに。


 「肉体限界、か」

 「え? 肉体限界でありますか?」

 「キョンシーは確かに肉体の限度(リミッター)が外れているから、規格外の力が出るわ……けれどそれは【エルフ】としては、なの」

 「エルフ……」

 「これが獣人とか、それこそ鬼人(オーガ)のキョンシーだってんなら、あのミノタウロスだって顔面がグチャリと(つぶ)れているわよ……けど、エルフ族の身体はそこまで強くはない」


 今まで殆ど苦戦らしい戦いをしてこなかったカスミだが、その実限界は存在していた。

 エルフ族の肉体の限界以上の力は出せないのだ。

 あのミノタウロスのような、鋼の肉体があれば耐え抜ける。

 つまりこれは。


 「我慢比べって訳ね」

 「そ、そんな……カスミさーん! 気をつけてでありまーす!」


 カスミはなにも言わなかった。

 いや、聞こえなかった。

 彼女は今、とても澄み切った空気に包まれている。

 幻覚? いや……これは記憶だ。

 あの懐かしいエルフ族の隠れ里の記憶。


 「ハッ! 遅いぞカスミ!」

 「くっ! 兄様には負けないんだからっ!」


 大自然はニンジャを育ててきた。

 高い木々を足場に、仲の良い兄弟が枝から枝へと跳び回る。

 幼い身に、自然と遊びと一緒に技を育むのだ。


 「よいかカスミ、ニンジャとは刃に心と掛けるのだぞ」

 「兄様もっと簡単に教えてください」

 「むむむ……ようするにだ、主君の為に心を刃に変えるのだ!」


 カスミは兄ハンペイのような優秀なニンジャには成り得なかった。

 ハンペイはエルフ衆の棟梁ともなり、将軍家に仕える御庭番にまで上り詰めたのに。

 一方でカスミはどうしても里の教えに馴染めず、外国の書物を読んだのを切っ掛けに冒険者へと憧れをもった。


 冒険者となった彼女に待っていたのは非業の死。

 だけどダンジョンは彼女をキョンシーに変えてしまった。

 今も自我の殆どを失い、強靭な肉体を得たが、それでもまだ足りない。

 マールと出会って、何故か心がときめいた。

 その時兄様の主君に仕えるニンジャの教えを理解した気がした。


 「うー……」


 ごく自然と、カスミは態勢を崩した。

 怪訝な顔をしたのはミノタウロスだ。

 限界を迎えたのか、否――次の瞬間、カスミはミノタウロスの背後を取っていた。


 「うー!」

 「速い! カスミさんが加速した!」

 「違ウ! コイツ変幻自在に自分の速度を変化させタ!?」


 兵は詭道(きどう)なり、あまりカスミはこの言葉が好きじゃなかった。

 ニンジャは諜報や主の護衛の他に、【暗殺】も行ってきた歴史がある。

 卑怯な戦い方はどうしても性に合わない。

 だからこそ本来のポテンシャルも活かせずカスミは死んだのだが。


 「うー!」


 カスミの動きは素早い。

 背中に肘を打ち込むと、飛び上がりミノタウロスの頭部を太ももで挟み込む。

 そのまま彼女は後ろに一回転、ズドンと舞台が揺れるほど、ミノタウロスの頭部を地面にめり込ませた。


 「【フランケンシュタイナー】だわっ! なんて派手な大技を!」

 「とにかくこれは文句なしであります! 今度こそカスミさんの勝利――」

 「ブル、ブルル! まだ終わらんゾー!」


 しかしミノタウロスも黙ってはいない。

 前も見えないままカスミの足を掴むと、頭を舞台から引っこ抜き、そのまま振り回した。


 「ゲェーッ! なんて(やつ)だーっ! 片手で《ジャイアントスイング》ですってー!? これは相手の十倍の力がなければ出来る筈がないわよ!」

 「カムアジーフ様の解説もなんだか力が入って来ているでありますが、カスミさんとにかく耐えてー!」

 「うおりゃあぁああア!!」


 ミノタウロスはカスミを空高く投げ飛ばす。

 フラミーは絶叫! カスミは身動きが取れない!


 「これで終わりだ! 《闘牛葬送曲(ブルホーンレクイエム)》!!!」


 ミノタウロスは落下するカスミを自身の角でかち上げた。

 再び跳ね上がるカスミ、待ち構えるミノタウロスはカスミが死ぬまでその技を止めるつもりはないだろう!


 「なんて恐ろしい技でありますか! 魔女さん、もう見てられません! 加勢に!」

 「黙って見ていなさい! キョンシーの闘志を!」


 魔女の一喝に、フラミーはたじろいた。

 しかし腕を組む魔女の青い手は汗ばんでいるのを見て、フラミーは冷静さを取り戻すことが出来た。


 「カスミさん、貴方まだ……やれるのでありますか?」


 「ブルルル! この技はお前が死ぬまで終わらなイ!」

 「う、うー……!」


 カスミは傷ついている、身体の反応もおかしい。

 不死身の怪物も、無敵ではないということだ。

 それが何故か、おかしいと思えた。

 理不尽、強靭、無敵……だが、本当に完璧なのか?

 カスミは力を振り絞り、ミノタウロスの頭の角を掴んだ。


 「な二!? だがその程度、すぐに振り下ろしてやるゾ!」

 「うー、うー!」


 カスミは《(けい)》という技を持つ。

 それは己の力全てを丹田から解き放つ技だ。

 その全身全霊の力は、握ったミノタウロスの角を握り潰した!


 「ぐ、ぐおおおおおお!? 俺様の角ガーッ!?」


 ミノタウロスは痛みに悶絶し、技を中断してしまう。

 その顔は血涙を流し、痛み以上に自尊心(プライド)が傷ついた証だ。

 そして弱体化した相手をカスミは見逃すつもりはない。

 彼女は上下逆さまのまま、ミノタウロスの頭を両手で掴み、遠心力を活かした右膝をミノタウロスの後頭部に突き刺した。


 「ぐがっ!?」


 そのままカスミはミノタウロスの巨体を前にのめりに倒し、ミノタウロスは顔面から硬い舞台に落ちた。


 「あ……や、やったー! 逆転勝利でありますーっ!」

 「《仔牛の焼印押し(カーフブランディング)》決まったー!」


 ミノタウロスはピクピク震えたまま、動かない。

 完全KO(ノックアウト)、カスミは気絶したミノタウロスから離れると雄々しく拳を振り上げた。


 「うーーーっ!」


 まるでスポットライトはカスミを勝利者と称えるように照らしていた。

 魔女とフラミーは舞台に上がると、ボロボロのカスミを抱き締める。


 「いいもの見せて貰ったわキョンシー!」

 「うわーんカスミさん、本当に勝てて良かったでありますよー!」

 「うー」


 カスミはどうしていいかわからず戸惑った。

 ただ今回は疲れ知らずと言われたキョンシーの肉体も限界だった。

 彼女はフラフラと魔女にもたれ掛かると、フラミーは大慌てでカスミに回復魔法を使うのだった。 




 《格闘不死身娘ファイティングキョンシー》カスミ VS 《暴走猛牛(イッセンマンブル)》ミノタウロス


 試合時間18分53秒

 決まり手 仔牛の焼印押し(カーフブランディング)

 勝者カスミ

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