第90ターン目 炸裂ッ 竜巻超特急 の巻
そこはまるで帝都にある劇場であった。
円形の舞台にどこからかスポットライトが当たり、舞台の上にいたある魔物をライトアップしていた。
「ブルルルッ! よく来たナ冒険者ヨ!」
黒光りする屈強な身体に、頭部は雄々しい闘牛の頭が乗る。
獣人ではない、亜人とでも言うべき魔物は、舞台上から一行を見下ろした。
「……うわきもっ! なにアイツ?」
「【ミノタウロス】かにゃあ? 確か第七層辺りに出没する魔物の筈にゃあ」
半牛半人の怪物ミノタウロスは逞しい筋肉を誇示すると、彼女らに言った。
「ここを通りたくバ! この俺様と勝負ダ!」
「と言っているでありますが、どうするであります?」
「お邪魔しましたー、別の道探しましょ」
「それがいいにゃ」
魔女と黒猫は早速道を引き返す。
フラミーも思わず「えっ!?」と声が出るが、それ以上に困ったのは。
「ま、待て待て待テ! 俺様の挑戦を無視するとハ、どういうつもりダ!?」
「アンタ馬鹿ね? いや牛馬鹿ね!」
「ぐぬぬヌ! 言わせておけば……!」
魔女は振り返ると、ばっさりと断言。
いかにも筋肉自慢のミノタウロスを相手に、やりようはいくらでもあるが、効率の悪いことはしたくない。
同様にクロも、余計な精神力の消費を、こんな牛の出来損ないに微塵たりとも消費するものか、という思いである。
「質問でありますが、貴官は何者でありますか?」
「ブルルル! 俺様はこのエリアを管轄するミノタウロス様ヨ!」
「管轄とは、つまり階層主ということでありますか?」
「俺様は選ばれシ魔物の中の魔物! 四天王ミノタウロス!」
「つまりアンタみたいな頭低そうなのが、後三人もいる訳ぇー?」
魔女さんはすっごい嫌そうな顔をした。
少し気持ちは分かる、フラミーは無言で頷く。
「うー」
「おっ、貴様この俺様二挑戦する気カ?」
一方で、カスミは円形の舞台に軽やかな跳躍で登ると、拳を構えた。
魔女は足を止めると、「ふん」と鼻息を荒くして、腕を組む。
「キョンシー、やるっての?」
「うー」
「みたいにゃあ、ここはカスミに任せるべきかにゃあ」
「あ、あの相手はミノタウロスでありますよ? 全員でかかるべきではありませんか?」
「嫌ーよ、精神力が勿体ない」
「にゃおう、ちょっと休んでいるから、適当に片付けるにゃあ」
なんと既にクロはその場で丸くなる。
魔女もどかっと腰掛けると、既に観戦モードだ。
「いいのかなぁ?」フラミーは結局カスミを見守るに留まるのだった。
「ブルル! 女格闘家カ? 武器は使わんのカ?」
「………うー」
武器ならある。その腰には見事な短剣が鞘に収められている。
だが彼女の武器はその肉体だ、彼女はステップを踏むと、掌を相手に向け、掛かってこいと煽った。
「ブルルル! よかろうならば真剣勝負だ!」
ミノタウロスは態勢を低くすると、足で舞台を蹴り始めた。
闘牛が見せる突進前の動き、思わずフラミーが叫んだ。
「突進くるであります! 気をつけるでありますよー!」
「ブルルルルッー! くらエ! 《竜巻超特急》!」
ミノタウロスは凄まじい加速で猛突進。
それにはあの魔女さんが目を見開く。
「あれは【ウ=ス異本】少年跳躍傑作集に登場する伝説の必殺技!?」
「どこから突っ込めばいいのか分からないであります! とにかく避けてカスミさーん!」
「うー!」
外野の声が聞こえたのか、カスミは素早く舞台の縁を走りだす。
だがミノタウロスは口角をあげると、その浅はかさをあざ笑った。
「ブルルルルッ! この俺様ガ曲がれないとでも思ったカー!」
なんとミノタウロスは猛スピードを維持したまま、舞台の端をギリギリで曲がった。
さながらどこまでも追ってくる雄牛の群れ、ミノタウロスはカスミの背を捉え、最大加速した。
「くらエー!!」
「うー!」
しかし! カスミとて負けていない。
彼女はミノタウロスの危険な角を握ると、凄まじい膂力でミノタウロスの《竜巻超特急》を受け止める。
ズサァァァ! カスミは歯を食いしばり滑りながらミノタウロスの力を受け止めた。
その足は舞台端でギリギリ静止したのだ。
「ば、馬鹿ナ!? この俺様の技を受け止めただト!?」
「だからアンタは牛馬鹿なのよー! やれー! 止めをさせー!」
「カスミさーん、ファイトでありますー!」
観客の声援も熱気が増している。
カスミは驚くミノタウロスに、しなやかな蹴りで牛の顎をかち上げた。
「ブホッ!?」
「うー!」
そのまま折り返すようにカスミの《かかと落とし》が、ミノタウロスの頭部に炸裂!
「アソディ・グフの代名詞決まったーっ!」
「そのままやっちまうでありますカスミさーん!」
ミノタウロスはたまらず後ろによろめいた。
口元からは血を吐き、グロッキー寸前にも思える。
だが、その目はギラギラと獲物を狩る目をしていた。
「ブルル……侮っていたワ、ならばこちらも本気を出さねばなるまイ」
「本気、でありますか?」
「ハッタリよー! さっさと片付けるのよキョンシー!」
はたして魔女の言が正しいか、それは相対するカスミは肌を通して理解出来る物。
カスミはミノタウロスの闘気が上昇しているのをヒシヒシと感じていた。
迂闊に手を出せばやられる、言外にそう言われている。
無論、やはりダメージはミノタウロスにある。
これは体力回復の為の時間稼ぎという線は捨てきれない。
どうするか、カスミが取った行動は、真っ直ぐミノタウロスに拳を打ち込むことだった。
「うー!」
カスミの右ストレートがミノタウロスの頭部を跳ね上げる。
そのまま左、右、左と拳打のラッシュがミノタウロスを襲った。
「へいへーい! ギブアップした方が懸命よー!」
「ブル、ブルルルル! ギブアップなド俺様にハないワー!」
カスミの右、それに合わせてミノタウロスの右蹄が重なり合った。
まずいと、魔女さんは地面を叩く。
「うー!?」
「ぐぼっ!」
両者吹っ飛んだ!
ミノタウロス、カスミ双方は倒れたまま動けない。
あまりの惨事に目を丸くしたフラミーは舞台に駆け寄った。
「し、しっかりするでありますカスミさん! 貴方がやられたらマール様が泣いてしまわれます!」
「……っ、う、うー」
マールの泣き顔、それが過ぎったカスミはよろよろと立ち上がった。
フラミーはその雄姿に笑顔を浮かべる、しかしすぐにそれは絶望も貼り付けた。
「ブル、ブルル! 流石に効いたんじゃないか? この俺様の《雄牛の烙印》は」