第89ターン目 女性班は 喧嘩しながら 進む
「ねぇークロちゃん、マールの位置は分かるのかしら?」
「にゃあん、にゃんとなくこっちって、感じはするんにゃけどにゃあ」
「うー……」
魔女達もまたマール達を探す為に行動を開始していた。
最初は一悶着あったパーティだが、目的からすれば力は合わせられる。
女性陣の絆パワーとやらを――まぁあれば見せられるのだろうが。
「小官なんだか不安であります」
「奇遇にゃねぇ、アタシも先行き不安だにゃあ」
「それ誰に向かって言っているのかしら?」
魔女の顔は笑顔だ。
しかしその笑顔の裏では笑っていないことなど、クロにはお見通しである。
フラミーはおろおろと、魔女とクロを交互に見るが、明らかに険悪なムードに口出し出来よう筈もなく。
「本当に大丈夫なのでしょうか、カスミさん」
「………」
キョンシーのカスミは至って物静か。
そもそも額に貼られた呪符が鼻先まで垂れて、表情は判り難い。
フラミーにとっては、ある意味一番恐ろしいと思えたのはカスミであった。
「大体魔女はいつもやらかして大ピンチにゃあ、アーやだやだにゃあ」
「ムカつくわねぇ、クロちゃんこそ、マールが居なくてピリピリしているの丸わかりじゃない!」
「ちょ、ちょっと口喧嘩は……」
「魔女こそマールマール、ムカつくにゃあ、主人を誘惑して!」
「ハッ! 誘惑? 被害妄想持ちなんて可哀想に!」
「だからー……」
段々フラミーにも苛立ちが目立ち始める。
一体なにを理由に喧嘩しているのか。
ここにマールがいれば優しくたしなめていたかもしれない。
しかしここにはストッパーがいない。
クロも魔女もピリピリしていて、居心地は最悪レベルだった。
そんなパーティ崩壊手前で遂に手を出そうと決意したフラミーの前で、彼女が動いた。
「うー!」
カスミは魔女とクロの間に割って入る。
驚いた魔女はカスミの目を見て、「ヒッ」と小さな悲鳴をあげた。
同時にクロが覗いたカスミの顔は、強烈な冷たい視線がクロの魂を凍てつかせる。
「ぎにゃあ!?」
「うー、うー!」
「わ、わかった、わかったから! もう喧嘩しない、誓うわ!」
なんとこの一番得体が知れずよく分からないキョンシーが喧嘩を止めてみせた。
本来なら軍隊上がりのフラミーこそ、二人を理解らせなければならなかった。
今は後から入隊した身、遠慮していたが、これはあまりにも目に余る。
結果的にフラミーのするべきことを奪ったカスミを見て、フラミーは一目置いたようだ。
「カスミさん、貴方もやる時はやるでありますな」
「うー!」
「……いえ、違う、魔物よ!」
カスミは普段なら殆ど自分から行動しない。
彼女がするのは自分の身を守ること、そしてマールの護衛だ。
そんな彼女は早期に敵意をキャッチ、直後パーティの目の前には古ぼけた鎧騎士が現れた。
「リビングアーマー? ハッ!? 後ろは!?」
魔女は咄嗟に背後を気にして振り返る。
あの【しびれスライム】には痛い目にあった記憶が新しい。
「クロちゃん、後ろを警戒して!」
「正面は任せるにゃあ!」
なんだ、フラミーは違和感を拭えず驚いた。
あれだけ大喧嘩一歩手前だった魔女と黒猫が、息のあった連携を見せたのだ。
あれだけ仲が悪かったのはなんだったのか。
ともかく、まずはカスミが【リビングアーマー】に正面から挑みかかる。
「うー!」
カスミの掌底は、リビングアーマーの胸部を捉え怯ませる。
そのまま彼女は流れるように、リビングアーマーの兜を蹴り上げた。
「鋭いであります! 彼女こんなに強かったでありますか!」
「フラミー、余裕があるなら周囲を警戒して、ただでさえ前衛が足りないんだから」
「ハッ、了解であります!」
「うー!」
視線をカスミに戻せば、リビングアーマーの腕を取り、そのまま地面に押さえつける。
関節技? リビングアーマーに関節技は通じない筈だが、狙いはそうではない。
リビングアーマーのどこかにある血の呪印、それを探していたのだ。
「見つけた《光の玉》!」
籠手の内側に血の呪印を発見すると、魔女は素早く光の玉を杖から発射した。
血の呪印は光に包まれると、呪いを浄化され、リビングアーマーは動かなくなった。
「おし、一体だけなら他愛もないわね」
「お見事でありますカムアジーフ様」
「後方から魔物の現れる気配もないにゃあ」
一先ず状況終了にフラミーは安堵する。
だが肝心のカスミはまだ唸っていた。
「クロちゃん、魔物はまだいるみたいよ」
「そうにゃあね……警戒しなくちゃあにゃ」
「あのお二人、戦闘となると連携出来るでありますね?」
意外そうに聞くと、魔女は杖を肩に背負うと「当然でしょ」と答える。
「命を天秤に賭ける時にさ、信用出来ない奴と組めるもんですか」
「同感だにゃ、その点では魔女は信用に値するにゃあ」
「お二人は喧嘩するほど仲が良いでありますな」
「誰が! 鎧の悪魔よりは十倍マシだけど!」
「そこまで嫌われる彼は一体……?」
今はここにいない、勇者を名乗るリビングアーマー。
一見魔物と区別はつかないが、彼はマールの信頼する仲間だ。
なればこそフラミーは鎧の悪魔を信用しているが、この二人は違うのかもしれない。
「あのお聞きしたいのですが、何故あの方は鎧の悪魔と呼ばれるので?」
「そうか、フラミーは知る訳ないわよね……アイツね、一時期第七層で人も魔物も無差別に殺戮していた時期があるのよ」
その言葉にフラミーは絶句した。
得体が知れないとは、思っていたが殺戮?
それも人まで含めて?
「私怖くてねぇ、下の階層まで逃げたんだけど、気がついたら戻ってたのよね」
「そういえばなんで魔女は遭った時は幻覚なんて掛かっていたにゃあ?」
「正直覚えていないの……ただ、とても禍々しいなにかを見た気がするの」
「なにか、でありますか?」
魔女は肩を震わすと、怯えたように首を振った。
あの勝気な魔女がここまで怯えるとは、一体なにを見たのか。
「もしかしたらアレはダンジョンマスターだったのかも」
「ダンジョンマスターは実在するでありますか?」
魔女は否定も肯定も出来はしなかった。
身に刻まれた恐怖は本物、あの殺戮の悪魔、鎧の悪魔さえも凌駕する悪意は、確かに存在した。
だが魔女はそれでも、顔をあげると恐怖に負けないよう己を鼓舞してみせる。
「ともかく、鎧の悪魔は本物の怪物よ、なんでマールに従うのか、さっぱり分からないもの」
「確かに謎にゃあ、魔物を狩るときのアイツちょっと怖いくらいにゃし」
「小官は勇敢だと思いましたが」
認識に若干のズレはある。
鎧の悪魔は本物の悪魔なのか、勇者なのか。
魔物にとって勇者は悪魔、ただそれだけなのか。
だとしても……鎧の悪魔が無差別殺戮をしていたのなら、フラミーも警戒しなければならないかもしれない。
それでも……マールなら、鎧の悪魔さえ従わせる。そんな淡い希望をフラミーは持っていた。
「それにしてもにゃ、魔物の気配はないにゃあね?」
「うー……!」
「しかしカスミさん、唸っているであります」
「なのよねぇ、キョンシーの気配察知は本物だし」
アンデット故か、カスミには得体の知れない気配察知能力がある。
ゾンビなどには、視覚や嗅覚に頼らず獲物を見つける能力がある。
スケルトンなどはそもそも骨しかないのに、どうして冒険者を認識出来るのか。
「魂でも見ているのかもね」
「ならせめて位置を教えて欲しいにゃあ」
「出来ないのか、それとも見当違いなのか」
一行は通路を歩きながら、警戒は怠らなかった。
だからこそ、突然目の前に広がるある【異変】に一行は目を丸くするのだった。
「ブオオオオオオオ!」




