第88ターン目 罠発動! 治癒術士一行は テレポート罠に 引っかかる!
【ザ・サン】を退治した後、サバンナエリアの気温は順調に下がっていった。
どうやら魔物達はザ・サンの気配に気づいて、あの場から退避したようだ。
改めて魔物の嗅覚はすごい、カスミさんも随分早期に気づいていたんだね。
「階段、あったよー」
先行する勇者さんは、階段を発見すると大声で叫んだ。
いよいよ第三層は終わり、第四層だ。
かつてボクの最高到達点。
これからボクはそのさらなる先に到達しなければならない。
「行きましょう、第四層に」
ボクがそう言うと、皆は頷いた。
これからもきっと危険な魔物や、ダンジョンの罠が待ち受けるだろう。
それでも……ボク達は歩む、仲間を信じて。
――なのに。
ガコン。
「ん? ちょっとーなんか音したんだけど」
魔女さんが怪訝な顔でこちらを振り向く。
火や汗を垂らしながらボクは。
「……ボク、やっちゃった?」
ボクの足元、丁度踏み込んだ右足が僅かに土にめり込んだ。
あの音、紛れもなくスイッチの音だ。
「治癒術士殿、動いてはならぬ! 罠は離した瞬間発動するでござ――」
ガコン。
もう一度スイッチ音。
今度は誰か……顔を青くしたのは魔女さんだった。
「ちょ……嘘でしょう? なんで罠が二つも」
「か、カムアジーフ殿……!」
ハンペイさんはぷるぷる震えて、魔女さんのやらかしに堪えた。
この普段温厚な森人族はどうするのか。はたしてどちらを選び、助ける?
ボクか、魔女さんか。
「よいかカスミよ、某は治癒術士殿を助ける、カスミはカムアジーフ殿を救助、その後階段まで突っ走れ」
「お願いしますカスミさん」
「うー」
カスミさんは動けない魔女さんの下にすぐ向かった。
ハンペイさんはその間にまず、ボクの足元を調べる。
どんな罠かも分からないことには対処が出来ないのだ。
「なんということか、階段の前で心の油断を突かれようとは、ダンジョンマスターとやらは、よほど悪辣で……!」
ハンペイさんの怒りは頂点に達していた。
あの冷静沈着な人が、額に血管を浮かばせるなんて。
「うーん、階段前なのに、本当についてないねー……ん?」
カチン。
今度は別の音、ボク達は音の方を見ると勇者さんだった。
彼は階段前の壁に手でもたれ掛かると、小さなスイッチを押してしまう。
「あははー、まさかまだあったのー?」
流石にこれにはあの勇者さんも苦笑している。
ハンペイさんは遂に肩まで揺らして、怒りを堪え。
「貴殿ら全員その場から一切動くなー!」
ガコン。
ボクは思わず顔面を手で覆った。
四個目を踏んだのはハンペイさんだったからだ。
その瞬間、ボク達は光りに包まれる。
まさか複合系の罠なのか。
「これは……うわあ!?」
ボクは悲鳴をあげる。
次の瞬間、重力が無くなり、ボクの視界は一瞬でサバンナエリアから、石積みの小さな部屋の中に変わった。
「これってまさか【転移装置】?」
「くうう……皆は? ここは?」
「あははー、マル君にハン君かー」
ボクはキョトンとした顔で、周囲を見回すと、勇者さんとハンペイさんが同じ部屋にいた。
クロは? 魔女さんは、カスミさん、フラミーさんも。
いない、いない、いない、いない、いない!
「しまった! 離れ離れになっちゃったー!?」
「お、落ち着いてマル君ー! 君が動転してどうするのさ!」
「むうう……カスミ、カムアジーフ殿……一体どこへ?」
§
【転移装置】に巻き込まれた女性陣はマール達とは別の場所に転移していた。
最初に事態に気付いたのは魔女である。
「……やられたわね」
魔女は罠の発動が終わったのを確認すると、とりあえず息を吐いた。
こうして無事な辺り、殺す気はなかったようだ。
辺りを見回しても、そこは大きな部屋の中だった。
竜人娘に、黒猫、キョンシーの姿も一緒にある。
「しょ、小官は一体? ま、マール様がいないであります!」
「落ち着きなさいマールなら無事よ」
「何故そう言い切れるであります! マール様はどこにもいないでありますよ!?」
「クロちゃんが無事だからよ」
魔女の鋭い瞳が、黒猫を見る。
黒猫クロはのんびり欠伸しながら、立ち上がった。
「アタシが無事である以上、マールも生きているにゃあ……とはいえ、ドジを踏んだにゃあね」
クロは魔女を見ると溜息を吐いた。
魔女は「うっ」と呻くと、気まずそうにそっぽを向いた。
「なによー、私が悪いっての?」
「そうは言ってないにゃあ、アタシのように体重が軽かったら踏んでも平気だったのににゃーって」
「重くないわよ! 舐めてんの!?」
「どうどう、下らない喧嘩はやめるであります、ちょっと太ももが太いくらいで」
「太くないし! 普通だし! 私を駄肉のおデブ扱いは止めてー!」
「……うー」
あまりにも虚しいと、呆れ返ったキョンシーは小さく首を横に振った。
§
「はぁ、はぁ、はぁ。やっぱりいない!」
「だから落ちつけってマル君ー」
小さな小部屋を出ると、外はまるでお城の中のような構造だった。
間違いなく、ここはダンジョン第四層【迷宮エリア】。
ボクは焦燥して逸れた仲間達を探しまわる。
だけどボクの焦りは無意味だというように、ダンジョンは嘲笑っている。
後ろには勇者さんとハンペイさん。
二人はボクよりも平然としていた。
「二人は心配じゃないんですか?」
「無論某は心配だ、しかし焦っては思うツボであろう」
「そだねー、あの有名な【壁の中にいる】でもなければ、大丈夫だよ」
「ああもう! 心配の種を増やさないでくださいよーっ!」
【壁の中にいる】と言うのは、ある有名な冒険譚に出てくるエピソードだ。
哀れな転移者は壁と同化し、苦悶の顔だけが壁から出ているのだ。
ボクはこのエピソードが怖くて怖くて仕方なかった。
こうはなりたくない、冒険者全員が思う惨めな最期だろう。
「石化って状態異常もあるんだし、仮に壁と同化しても治療出来るだろうー?」
「可能かも知れませんけれど、原理が違いませんか?」
「まぁ我々が無事である以上、カスミ達も無事と思うべきでしょう」
「ハンペイさん、それはどうして?」
「もしダンジョンマスターとやらが、用意したとして、そもそも殺すつもりなら、こんな手緩い真似はすまい?」
ダンジョンマスターならどうするか、か。
確かに殺す気なら、マグマなり、凍った海の底になり転移させればいい。
だけど、ボク達は無事だった。
「それに、何故三人なのか、気にならぬか治癒術士殿?」
「三人……それって?」
「意図的な分断?」
勇者さんが先に答えた。
ハンペイさんは「うむ」と頷く。
分断、ならばダンジョンマスターの目的は。
「殺すことよりも、いかに苦しめるか、そのような悪意を感じますな」
「悪意……」
ボクは恐ろしくなると錫杖を抱き締めた。
思わずクロを探してしまう、けれどあの頼れる使い魔はいない。
それがこんなにもボクを不安にさせるなんて。




