治癒術士のボクがダンジョンから脱出を目指す、だが仲間がなんかおかしいし、気がつけば世界は救われる？

第三層 サバンナエリア

第86ターン目 奇襲 敵の 攻撃が 見えない！

　「カム君大丈夫!?」

　「狼狽えんじゃないわよ！　私なら大丈夫！　だけど……」

　「攻撃でありますか!?」

　「ど、どこからでしょうか？」

　「拙(まず)い……皆浮き足立っておる！」

　「うー！」

　カスミさんが強く唸る。

　明確な危険、だけどまるで魔物の姿が見えない。

　ボクは杖を両手に抱き寄せ、どこから来てもいいように身構えた。

　だけど、そんなボクの用心は、簡単に嘲笑われた。

　「うー！　うっ!?」

　突然音もなくカスミさんの胸に小さな穴が空いた。

　そして同時にカスミさんの後ろの地面が真っ黒に焼き焦げる。

　「なっ!?　カスミー！」

　「皆ー！　一先ず退避ーっ！」

　「退避って、どこにですか勇者さん！」

　「とりあえずあの洞穴よ！」

　魔女さんは既に冷静さを取り戻したらしく、小さく盛り上がった横穴を指差した。

　ボク達は直ぐに横穴に飛び込むと、何が起きたのか思案する。

　「はぁ、はぁ……ま、魔法でしょうか？」

　「魔力を僅かだけど感じたわ……なにかいる」

　「カスミ！　大丈夫かカスミ」

　「うー……」

　ハンペイさんは胸に風穴を開けられたカスミさんを心配している。

　アンデットだから、血は流れていない。

　ボクはカスミさんに駆け寄ると、まずは魔法で治療を行った。

　「落ち着いてくださいハンペイさん。カスミさんなら大丈夫ですから」

　「う、うむ……某も動転してしまいました」

　「無理もありません、大切な妹さんですものね」

　カスミさんの胸に空いた風穴は塞いだ。

　アンデットだからこれで大丈夫だと思う。

　「にしても参ったねー、一体なにをされたんだろうー」

　「音も無かったであります、そして一瞬で風穴が……」

　魔女さんのトンガリ帽子にはぽっかり小さな風穴が開いている。

　まるで《水鉄砲(ウォーターガン)》で出来た穴だ。

　極めて銃口を絞り、威力を高めた光魔法のような。

　「光？　まさか光が襲ってきたのでしょうか？」

　「光にゃあ？　それならキョンシーは……あっ」

　クロは懐疑的だったが、カスミさんを見てあることに気付いた。

　「カスミさんのダメージは少ない、太陽光線なら一溜りもなかった筈です」

　アンデットは光属性に弱い。

　単純な太陽光でさえ重篤なダメージを受ける体質、でもカスミさんはそこまで重傷ではなかった。

　「光じゃない？」

　「多分、《熱線(レイ)》だわ」

　「熱線？　それってなにー？」

　「指向性を持たせた熱量……いい、この世界は【熱量(カロリー)】で出来ているの」

　「しょ、小官にはピンとこないであります」

　「わからないならなんとなくで聞いときなさい、兎に角敵は熱量を操って攻撃しているの！」

　「それは炎魔法のようなものでしょうか？」

　魔女さんのとんでも学説の審議はボクには不可能だ。

　ただ客観的事実として、ボク達は攻撃を受けている。

　その正体が熱エネルギーだとすれば、どう対処する？

　「炎も概念的には熱エネルギーよね、炎魔法なんて可燃物質なしで燃えている訳だし」

　「あの、小官ならば前に出られるでありましょうか？」

　フラミーさんは手を挙げると、そう提案した。

　フラミーさんが囮になり、敵の攻撃を見極める。

　けれどそれはとても危険な賭けだ。

　「ボクは反対です、危険すぎます」

　「危険なのはここでじっとしていても同じでありますよマール様」

　「……マール、汗……止まりそう？」

　「え……？」

　直後、ボクの顎から滴(しずく)が落ちた。

　皆はボクを見て、気まずそうな顔をしていた。

　「洞穴に体を潜めれば多少は暑さを凌げましょうが、喉は渇きましょう」

　「何時間もここにいても自滅にゃあね」

　「なればこそ、小官が決死隊として活路を見出すであります」

　「フラミーさん……それでも、ボクは」

　「マル君、俺も色々考えたけど、正直どうすればいいかわかんない、なら俺もフラ君に賭けるよ」

　勇者さんもフラミーさんを囮にすることに賛成なのか。

　フラミーさんは微笑を浮かべる。

　怖くはないのか、ボクは質問をした。

　「フラミーさん、怖くはないのですか？」

　「怖いであります、ダンジョンは恐ろしい所でありますな」

　「なら！」

　「だからこそ、マール様の道を阻むものを許せないであります！」

　彼女は立ち上がると、洞穴入口に向かった。

　もうボクに彼女を止める手立てはない。

　ただ彼女の無事を手を合わせて祈るしかなかった。

　「フラミー中尉、出撃するであります！」

　そして洞穴から飛び出した。

　直後、フラミーさんに《熱線》が襲いかかる。

　彼女は素早く走り、《熱線》を回避する。

　フラミーさんの後ろには連なるように黒い小さな焦げが出来上がっていた。

　それを見て、魔女さんは分析を述べる。

　「敵は動いていない、機動性はよくないのか、それとも動けないのか？」

　「にゃああ……それにしても攻撃が見えないなんて反則的にゃあ」

　「相手の嫌がる戦法で徹底的に叩くのは戦術の基本でごさろう」

　「嫌なやり方、ですね……」

　戦いとは無慈悲なものだ。

　どれだけ安全に戦うか、冒険者は無謀になってはならないと、受付嬢さんには口を酸っぱくして厳命されていた。

　だけど理不尽はやっぱりダンジョンの名物なのだろう。

　ボクには手立てはやっぱり思いつかない。

　敵はなんなのか、攻撃の正体はいったい？

　「鎧の悪魔、盾を貸して」

　「え？　これ？」

　魔女さんは突然鉄板にもなる盾を求めた。

　勇者さんが渡すと、彼女は魔法を唱える。

　「塵を灰に、灰を逆転、理よ形容を変じよ《変幻(メタモルフォーゼ)》」

　鉄板はカタカタ音を鳴らすと、形状を変化させていく。

　あっという間に鉄板は半球状の鍋になった。

　「鎧の悪魔、これを天井に掲げて外を走って」

　「よくわかんないけど、オーキードーキー！」

　勇者さんは特に疑わず鍋を持って飛び出していく。

　ボクは気になって魔女さんに質問した。

　「あれ、なんであの形に？」

　「パラポラって言ってね、まぁ見てなさい」

　ボクは言われた通り勇者さんを見つめる。

　直後、勇者さんに《熱線》が襲う……が。

　バシュウ！

　突然空に黒点が浮かびがる。

　ボクはビックリするが、隣で魔女さんは拳を握った。

　「正体見たりぃ！」