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第84ターン目 治癒術士は 不安に 寄り添う

 食事が終わった後、ボク達は疲れを癒やす為に横になった。

 ダンジョンの中は暗くなり、焚き火がなければなにも見えないだろう。

 魔物の中には夜に活動する種類もいる。

 そういう魔物もいる以上、誰かが寝ずの番をしないといけない。

 最もこれは眠れない勇者さんとカスミさんの出番だ。

 ボクはまだ眠っていなかった、それはフラミーさんが起きていたからだ。


 「……眠れないんですか?」

 「マール様……はい、まだ自分がなんなのか不安で……こんなことでは帝国軍人として恥晒しもいいところであります」

 「無理はしなくてもいいんですよ? フラミーさんはフラミーさんです」

 「マール様はお優しいでありますな、小官が怖くないのですか?」

 「怖くなんてありませんよ」


 ボクは優しく微笑(ほほえ)む。

 フラミーさんにはまだ色々衝撃が残っている。

 元は人族の実直な帝国軍人だったとのことだが、その帝国はもう無いし、あげく自分は竜人のような姿に変貌しているのだ。


 「小官、元々は黒髪であります……こんな綺麗な緋色ではありません」


 髪だけじゃない、瞳の色もあのレッドドラゴンと同じ黄色いだ。

 中心の瞳孔は黒く、夜間では瞳孔は猫のように大きくなっていた。

 多分夜でも辺りを見渡せるのだろう。

 彼女にとっては、いずれも違和感でしかない。


 「ボクには力が足りません……フラミーさんの悩みを解消するには」

 「ま、マール様、そこまでされる程小官はっ!」

 「ふふっ、それが豊穣神の教えであり、治癒術士の務めですから」


 心の弱っている人を放っておく理由はない。

 悩みを持つ人に寄り添うのは治癒術士ならば当然である。

 ボクはフラミーさんの横に座った。


 「あの……マール様はダンジョンを攻略しているのでありますよね?」

 「えぇ荒唐無稽(こうとうむけい)と笑われようと、しなければなりませんから」

 「やっぱり小官とは違うでありますね。小官も勅命を受けダンジョンの神秘を持ち帰ろうと試みましたが、それは自分の意思ではありませんでした」

 「軍人、ですもんね」

 「はい……しかし一番辛いのは、こんな馬鹿な小官の為に犠牲になった兵士達であります……っ」


 ボクはそっとフラミーさんの握られた拳に手を乗せた。

 フラミーさんは驚いた顔で、ボクを見た。


 「残念ながら死というものは理不尽で平等です」

 「マール様、そのお手が……」


 そう言いつつフラミーさんは、ボクの手を握ってきた。

 優しい手だ、もう震えてもいない。


 「悔恨があるならば、一緒に祈りましょう、ね?」

 「〜〜っ、お願い、するであります」

 「ふわぁ! 明日も早いですから、ちゃんと眠りましょう」


 ボクは大きな欠伸(あくび)をした。

 そろそろ限界だな、ご飯もちゃんと食べたし眠たくなっちゃった。


 「あのお願いがあるであります……」

 「それは……?」

 「手を繋いだままでいて欲しい、であります」


 彼女は顔を真っ赤にした。

 自分で恥ずかしいことを言っているという自覚があるのだろう。

 だけど、ボクはその既視感を知っている。

 病気で高熱を出した子供が、同じように不安で手を繋いで欲しいと言ったのと、同じだ。

 ボクはそれを断れる訳がない。


 「いいですよ」

 「感謝するであります……ん」


 そう言うとフラミーさんは肩を寄せて、瞼を閉じる。

 ボクは手を繋いだまま、眠りについた。

 少しだけ、握った掌が蒸していたことが、僅かに覚えている。




          §




 明くる日、ダンジョンの中は明るくなると、ボク達は目を覚ます。

 ずっと手を握ったまま、フラミーさんはボクにもたれ掛かりながら、静かに寝息を立てている。


 「起こしちゃ悪い、かな?」


 ボクはそのままじっとして、彼女の目覚めを待った。


 「うー」

 「うえ!? カスミさん!?」


 突然、背後から気配を感じると、カスミさんが目前にいた。

 驚くほど近く、ボクは僅かに退くと、フラミーさんは。


 「ハッ!? 敵襲でありますかーっ!?」


 フラミーさんは素早く立ち上がると、周囲を見渡す。

 だけど朝のキャンプ地は実に静かなものだった。


 「あらおはよう軍人さん、見せつけやがってこの野郎」

 「え?」

 「あはは、おはようございますフラミーさん」

 「あ……っ、マール様」


 彼女はボクに気付くと、顔を真っ赤にした。

 昨夜のことを思い出して羞恥心が湧き上がったのだろう。

 ボクもちょっと恥ずかしかったけれど、それよりも「うー」と唸るカスミさんが問題だ。


 「カスミさん? もしかして嫉妬しています?」

 「うー……」

 「キョン君はいつもマル君の側だったもんねー」


 そういえば目覚めるといつもカスミさん、目の前にいた気がする。

 もしかしてボクをフラミーさんに盗られたと思ったの?


 「カスミさん、落ち着いてください、ボクは誰のものでもありませんから」

 「逆に言うと寝取っちゃえばそいつのモノになるんじゃ?」

 「ふにゃああん、邪な気配を感じるにゃあ、キョンシー魔女を蹴るにゃあ」

 「寝起きで物騒な台詞吐くんじゃないわよ!」

 「あははー、皆おはようー」


 どうやら皆、目覚めたみたい。

 ボクは立ち上がると、川の前に向かった。

 顔を水で洗うと、一気に意識も覚醒する。

 本当は沐浴を行いたいけれど、これは我慢しないとな。


 「あ、あのっマール様!」

 「はい? あっ、ボクに敬称はいりませんよ」

 「いえ、マール様を上官と考えるでありますから、それで小官のお願いなのですが、マール様のパーティに小官を加えてくださいであります!」


 フラミーさんは背筋をビシッと立てると、軍隊式敬礼を行った。

 ボクが上官って……ボク軍人じゃありませんけれど。


 「マール、貴方が頭首(リーダー)でしょう。貴方が決めなさい」

 「……フラミーさん」

 「はっ! なんでありましょうマール様!」

 「ボク達の目的はダンジョンの深層です。そこにはどんな危機があるかわかりません」


 ボク達はとてつもなく危険な冒険をしているのだ。

 正直命なんて何度失いかけたかも分からない。

 そしてこれからも、ダンジョンの悪意がボク達を襲うのは間違いないのだ。

 そんな危険な旅にフラミーさんを巻き込んでもいいのか?


 「その姿で地上に出るのは危険かも知れませんが、ここで待っているという手もあるのですよ?」

 「小官は、こんな情けない小官の為に力を尽くしてくれたマール様に恩返しをしたいと思うのであります!」

 「治癒術士殿、某も元を言えば国の密命を受けた身ですぞ」

 「ハンペイさん……わかりました。フラミーさん、一緒に行きましょう」

 「っ! フラミー中尉マール様麾下に合流するでありますっ!」


 こうして竜人フラミーさんを仲間に加えてることになった。

 彼女の竜人としての力は……また次回。

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