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第83ターン目 苦い ホットココアで 落ち着いて

 ボクにとってはいつもの晩ごはんが始まった。

 熱した鉄板の上に乗せられたのは、ドラゴンの肉。

 今回は薄切り肉を使用するようだ。

 鉄板には油が跳ねて、薄切り肉は直ぐに色を香ばしく変えいく。

 それを間近で見たフラミーさんは「ごくり」と(のど)を鳴らした。


 「こ、これがドラゴンの肉でありますか? 精肉されると、言わなけれなけばわからないであります」

 「はむ、う〜〜〜ん! 味付けなしでも臭みもなく、新鮮だから柔らかいですね」


 ボクは遠慮なく頂く、ドラゴンの肉はこれまで食べた動物系の魔物とも一味違った。

 食感は柔らかく、まるで舌の上で融けるようで、薄切りにしたのは正解だったようだ。


 「じゅ、じゅるり……! しょ、小官が食べてもいいのでありますか?」

 「遠慮しなくていいよー、じゃんじゃん焼いていくからさー」

 「魔物と思わず是非(ぜひ)

 「了解したであります、ではいざ!」


 フラミーさんはドラゴン肉をパクリと食べる。

 目を丸くし、表情を綻ばせると翼がパタパタと嬉しそうに動く。


 「お、美味しいであります! ドラゴンの肉がこれほど上等とは!」

 「ふーん、貴方って、結構良い家の()かと思っていたんだけど」

 「あ、小官はその、ローラヘン家の長女でありますが……その」

 「うーん? そのローラヘンという家は貴族かなにかでしょうか?」


 フラミーさんは顔を暗くすると(うつむ)く。

 ボクは心配になって、彼女の肩を優しく叩くと、「心配ない」と諭した。


 「ごめんなさい。話したくないなら、話さなくてもいいんですよ?」

 「治癒術様、その……貴方様のこと、勘違いしていたであります」

 「えっ? 勘違い?」

 「小官、豊穣神の使いは、甘い言葉で女をかどわかすものかと」


 ボクは笑顔のまま表情が固まった。

 駄目、怒っちゃ駄目です。怒っても偏見は変えられない。

 むしろ原因を突き止めなければ。


 「あの、どうしてそんなに豊穣神様を悪しきように思うのですか?」

 「しょ、小官は子供の頃教会の神父様に聞いたのであります……それがとても怖くって」

 「……もう一つ質問よろしいでしょうか? その教会は?」

 「公正神様を祀る教会であります」


 ボクは脳裏に雷が鳴った気がした。

 ま・た・(やつ)・か!!!


 「豊穣神の信徒として、誓って言います。断じて豊穣神の使いはそんな真似はしません」

 「まっ、察するにその神父は真面目過ぎるあまり、多神教を認められなかったんでしょうね」


 魔女さんは、僅かな言葉からプロファイリングをすると、バッサリ言った。

 誰もが悪人という訳ではない、善意が(だれ)かを貶めるなんて日常茶飯事だ。

 そうならないよう、ボクも言葉は慎重にしないといけない。

 いくら公正神が嫌いだからって、神に敬意は必要だ。


 「その、マール様はとても良い方だと思うであります」

 「偏見なんて十八歳までに身についたコレクションよ、価値観なんていくらでも存在するもの」

 「カムアジーフ殿の仰ること、某もわかるというもの。全くの異文化とは驚異なものよ」


 こうやってパーティを見回すと、本当に個人ごとに性格も思想も違う。

 だからこそ理解する努力が必要だ、それがボクには求められている。


 「小官、帝国の為、そしてローラヘン家の為にと、命を捧げる先史文明調査隊(アーネンエルベ)第七小隊隊長のフラミー中尉であります」

 「軍人さんだったんですね」

 「はいであります。小官の家はあまり大きいとは言えませんが軍人の家系、一応貴族の端くれというやつであります」

 「それで貴方はどうしてダンジョンに?」

 「ダンジョン……小官は、ある任務でダンジョンに潜っていました。そこで不幸にもドラゴンと遭遇し……ぅ!」


 突然苦しげにフラミーさんは胸を押さえた。

 ボクは心配になって見守るが、彼女は首を横に振った。


 「ドラゴンには敵わず、戦死したであります」

 「まさか……それであのドラゴンに?」


 ボクは今も横たわるレッドドラゴンの死骸を見た。

 あのドラゴンの心臓に収まっていたのは、それが原因?

 でも……まだ疑問はある。


 「それで、貴方の姿、なにか関係はあるの?」

 「姿、でありますか?」

 「気づいていないのー? 角とか羽根とかー」


 勇者さんは指で指摘すると、フラミーさんは不思議そうに角に手で触れた。

 ついでに彼女はパタパタと羽根を動かす。


 「こ、これは……なんじゃこりゃーっであります!」

 「まったく気づかなかった、と。やっぱり特定出来る要素はないわね」


 魔女さんは、なにか期待していたようだが、アテが外れて残念そうに首を振る。

 そう言えば魔女さん、食事には口をつけず、さっきから一心不乱に小鉢を弄っていた。


 「魔女さん、さっきからなにをしているんですか?」

 「ん……あぁもういいかな。ちょっとした飲み物の用意よ」


 飲み物? 小鉢を見ると真っ黒い粉が溜まっていた。

 随分長いこと作業していたみたいだけれど、一体なんなんだろうか。

 魔女さんは、人数分コップを用意すると、その中に粉末を入れる。

 そして別途用意していた熱湯をコップに注ぐと、魔女さんはスプーンでそれをかき混ぜた。


 「ほい、マール。あと軍人さん」

 「これはフィーカでありますか? いやフィーカとは違うような」

 「フィーカってなんですか?」

 「フィーカ豆を焙煎し、それを粉末にしてお湯で抽出した飲み物が大好物でありまして」


 なんだろう聞く限り、ボクの知っている飲み物とはちょっと違うみたい。

 ボクの住んでいた村では豊穣神様の大好きと伝えられるブドウ畑があり、特にぶどう酒は名産品である。

 ぶどう酒の製法とも違う、世の中には色んな飲み物があるんですね。


 「それじゃあ一口……うっ!?」


 謎の黒い飲料を飲むと、凄まじい苦さが口内を襲った。

 飲めないこともないけれど、これは悶絶してしまう苦さだ。

 それに若干の酸味と渋みもある……一体なんなんだこれは?


 「あらら、お子様のマールには苦かったかしら?」

 「ちょ、ちょっと……一体これはなんなんです?」

 「ココアよ、カカオ豆が手に入ったんだし、折角だからね」


 魔女さんは自分の淹れたココアに口を付けると、笑顔で飲んだ。

 し、信じられない……これを美味しそうに飲めるなんて。


 「この苦さがいいんじゃない、ふふっ」

 「うぅ、フラミーさんは大丈夫ですか?」

 「ちょっと苦いでありますが、どこか懐かしい苦味でありますな」


 なんとこっちも苦味を楽しんでいるではないか。

 あれ、もしかして悶絶しているのはボクだけ?

 ボクはハンペイさんを見た。


 「ふむ、ココアか、中々味わい深いですな」


 駄目だっ! 飲めないのはボクだけ!?

 どうして皆こんなに苦い飲み物が飲めるんだ!

 ココア、こんなに恐ろしい飲み物があるなんて。


 「ミルクがあれば飲みやすくなるんだけどね」

 「うぅ、ボクには早かったのでしょうか」


 ミルクで薄めれば確かに飲めるかも。

 だけどそれじゃあボクの舌はお子様だと証明してしまう。

 こ、こんなのは男らしくない!


 「うぅ、苦い!」

 「ふふっ、また新しい素材が手に入ったら、改良してみましょう」


 ボクは焼き肉を食べながら、なんとか苦いココアを少しずつ飲む。

 これを飲みきれなければ、男の道は閉ざされてしまう。

 ちょっとでも男らしくなるため、苦味なんかに負けないぞ!


 「改めて自己紹介ね、魔法使いのカムアジーフよ」

 「某ハンペイと申す、そしてこちらは妹のカスミ」

 「うー」

 「あのリビングアーマーの人が、勇者さんです」

 「勇者でーす、好きに呼んでね!」

 「最後にこの子はボクの使い魔のクロです」


 ボクは傍で丸くなるクロの背中を優しく撫でた。

 クロは食欲より眠気に勝てず寝息を立てている。

 今日は本当に疲れたろうね。


 「あのマール様、これは一体どういうパーティで?」


 フラミーさんは不安げに質問してくる。

 まぁ魔物がいる時点で無理もないよね。


 「ボク達は地上で起きた【魔物大襲撃(スタンピード)】の原因を突き止める為に、ダンジョンの最奥を目指しているんです」

 「地上……ここはダンジョンなのでありますか?」


 フラミーさんは頭上を見上げた。

 まだ現実を受け止めるには時間が掛かるだろう。

 亡きプローマイセン帝国の元軍人で、竜人のような姿に変貌した現実。

 これを受け入れるなら、相当の覚悟も必要だろう。

 魔女さんでさえ受け入れるには時間が掛かった。

 ボクなら堪えられるだろうか、死にたくならないだろうか。

 考えても答えは出ないか、ボクはそんな簡単に決断出来るタイプじゃない。


 「それで小官はマール様らに救助されたのですね」

 「救助というか、信じられないかも知れませんが、フラミーさんドラゴンの心臓の中にいたんです」

 「……信じるであります。まだ受け入れるには心が持ちませんでありますが」


 フラミーさんは本当に辛そうに俯いた。

 正直かける言葉が思いつかない、何を言っても効果がなさそうで。


 「大概の問題はコーヒーを一杯飲んでいる間に心の中で解決出来るものよ」

 「魔女さんそれは?」

 「持論よ、あとはそれを実行できるかどうかね」


 コーヒーというのは分からない。

 このココアと似たような飲み物だろうか。

 それでもボクはなんとなくそんな光景を想像する。

 苦い苦ーいココアを飲んで、息を吐くと確かに落ち着く感じがした。

 これでいいのかな? ボクにはまだ解決は見えない。

 今はフラミーさんの壊れそうな心を支えてあげたい。


 「守り、癒やし、救い給え」

 「マール様?」

 「ボクは治癒術士です、フラミーさん、辛いことがあればボクに相談してください」


 結局、ボクは豊穣神様の教えに従う。

 思考を放棄はしないけれど、【三聖句】はボクの根底だ。

 苦しんでいる人をどうして無視できる。

 たとえお節介だと言われても、ボクなら助ける。

 あぁそうか、ボクは初めから解決していたんだ。

 迷う必要なんてないじゃないか、厚かましくいくしかない。


 「フラミーさん、どうか貴方にも豊穣神の加護を」

 「しょ、小官はそのっ」

 「こういう子よ、マールは」

 「うむ、誰よりも臆病でありながら、誰かの為ならば前に進める、治癒術士殿の強さは簡単に得られるものではない」


 フラミーさんは顔を真っ赤にすると、落ち着かない様子で目線を揺らした。

 やがてココアに口を付けるとぐいっと一気に喉に流し込む。


 「ぷふぁ、カムアジーフ様、おかわりお願いするであります!」

 「うふふ、いいわよ」

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