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第82ターン目 亡国の アーネンエルベ

 「ううん……ここは、小官はいったい?」


 竜人女性は意識が混濁しているのか、頭部を手で押さえるとゆっくり上体を持ち上げた。

 やがて意識が次第に覚醒すると、周囲を見回し始める。

 そして彼女がとった行動は。


 「うわぁ!? 貴殿らは何者でありますか! 小官は金銭など持ち合わせてはおりませんぞ!」

 「落ち着いてください、まずは自己紹介をしましょう。ねぇ?」


 ボクはしゃがみ込んで視線の高さを合わせると優しく微笑んだ。

 孤児院直伝、通称豊穣神スマイルをすれば、大抵の人は落ち着いてくれるのだ。


 「は、はぁ……しょ、小官はフラミーであります」

 「フラミーさんですね? ボクは治癒術士(ヒーラー)のマールです」

 「治癒術士、その格好はもしや豊穣神の?」

 「はい、よくご存知ですね。ご察しの通り奉ずるは豊穣神です」

 「ヒィ、しょ、小官は孕ませられるでありますか!? 豊穣神(エロスの神)に!?」


 ピキッ、温厚なボクの額に久し振りに血管が浮いた気がした。

 あーあ、久し振りですよ、こんな気持ちになるの。


 「ねぇどうしてそんな酷いこと言っちゃうの? もう浄滅するしかなくなっちゃったよ」

 「落ち着けマール! アンタが殺意を抱いたら、誰が止めるってのよ!」

 「ええい! 謝罪してください! 豊穣神様の侮辱は聞き捨てなりません!」


 魔女さんとカスミさんがボクの身体を後ろから抑え込む。

 ボクはすぐにでも彼女を謝罪させたいだけなのに!


 「ヒィィ……! 小官はなにをやってしまったのでありますか!?」

 「ねぇフラミー君だっけ?」


 勇者さんは、横からフラミーさんに声をかける。

 まだ戸惑っている彼女が、突然アレを見れば当然の反応が返ってきた。


 「ヒイイイイ!? 魔物!? おのれ魔物などに小官は決して屈したりなど」

 「くっころ? まぁそんなことよりさー、君【アーネンエルベ】?」


 勇者さんの質問、突然フラミーさんは顔色を変えると、殺意を明確にし、勇者さんを睨んだ。


 「この魔物どうしてその名を!?」

 「あのなんですか、アーネンエルベって?」

 「先史文明調査隊(アーネンエルベ)、たしかプローマイセン帝国のダンジョン調査部隊だよねー?」


 先史文明調査隊(アーネンエルベ)? なんだか凄そうな名前ですけれど、それよりも気になったのはプローマイセン帝国の名前の方だった。


 「思い出しましたぞ、プローマイセン帝国は三百年前に崩壊した国でありましたな」

 「えぇ、この周辺は元々プローマイセン帝国領って、聞いたことがあります」


 かつて大陸の七割を占領下に収めた巨大な帝国があった。

 優れた土木技術を誇ったが、時の流れには敵わず、やがて衰退し、内乱によって崩壊したのだ。

 ここデキン公爵領もまた、かつて帝国の片田舎だったと聞く。


 「じゃあこの女性は、帝国時代の生き残りでしょうか?」

 「いえ、死んで魔物になったという方が正しいんじゃない?」

 「そう言えば魔女さんはプローマイセン帝国はご存知で?」

 「んにゃ知らない、私の住んでいたガルム帝国と関係あるのかしら?」


 やっぱり魔女さんは年代が違うということか。

 でも意外なのは勇者さんが随分詳しく知っているということだ。


 「フラミーさん、落ち着いて聞いてください。プローマイセン帝国はもうとっくの昔に滅んでいるんです」

 「ええい! 戯言をほざくなであります! 確なる上は証拠隠滅の為貴様らを皆殺しに……あれ?」


 彼女は慣れた様子で腰からなにを抜く動作をした。

 しかしそれは見事に空を切り、彼女の間抜けな声だけが木霊した。


 「ない! ないないーっ! 小官父上から託された家宝の【ドラグスレイブ】が!?」


 フラミーさんは身の回りを必死に探すが、事前調査で彼女が武器を持っていないことは判明している。

 彼女は武器の紛失に気付くと、その場にへたり込んでわんわんと泣いてしまった。


 「うわぁぁぁん! これでは先祖に顔向け出来ないでありますぅぅぅ!! かくなる上は責任をとって自害をいたすであります……て、自害用の《手榴弾(パイナップル)》も無いでありますー!」

 「なにこのへっぽこ丸……みっともないったらありゃしないわね」

 「魔女さん、それブーメランですから」


 魔女さんもポイズンフロッグのモモ肉食べた時は、みっともなく泣き喚いていましたとも。

 しかし魔女さんは「ふっ」と微笑を浮かべると。


 「忘れたわね、そんな下らない過去なんて」

 「おおカムアジーフ殿、なんというドヤ顔を!」


 だから何度も同じミスを冒すんじゃないだろうか、ボクはツッコむのは止めて、今はフラミーさんを落ち着かせることに注力する。


 「フラミーさん、とにかく落ち着きましょう。死んで汚名を雪ぐのは逃げですよ」

 「うぐ……し、しかし小官は」

 「うー」

 「ヒィ!? アンデットーッ!?」

 「むうカスミよ、死せばこうなるぞと、教えているのか!」


 カスミさんはずいっとフラミーさんに顔を近づける。

 ハンペイさんの解釈は正解なのか、カスミさんは頷いた。


 「あ、アンデットに? しょ、小官は死してなお愚弄されなければならない?」

 「だからクッ殺せ、は()しましょうね」

 「【ウ=ス異本】第一章騎士陵辱編の展開はご褒美だけど」

 「うぐぅ……では小官はどうすれば」

 「じゃあご飯にしようかっ!」


 カァンと、勇者さんは両手を叩いた。

 フラミーさんは目元を()()にしたまま「ごはん?」と呟いた。


 「幸い新鮮なお肉も手に入ったしー」

 「ん……この展開はどこかで?」


 今勇者さんはなにをしようとしているのか?

 ボクは横たわるレッドドラゴンの死骸に視線を向ける。

 ぱっくりお腹をくり抜かれたその姿、取り除かれた肉はどこへ行った?


 「今日はドラゴンで焼き肉だー!」

 「はいいいい! わかっていましたが、勇者さん貴方悪魔ですかー!?」

 「だから鎧の悪魔なのよ、その馬鹿は」

 「ドラゴン……うぇぇぇ! レッドドラゴンの死骸がどうしてここに!?」

 「こいつもしかして驚き役かにゃあ? 段々面倒くさくなってきたにゃあ」


 クロがツッコみに疲れるなんてよっぽどだね。

 とりあえずドラゴンを食べることに否定意見を出さなかったあたり、毒されているな。


 「あの勇者さん、流石に彼女にドラゴン料理を出すのは」

 「ええ? でもドラゴンだよ? 冒険者の夢!」

 「まぁボクもドラゴンステーキは興味ありますが」


 冒険者はドラゴンを喰らうという諺をよく用いる。

 これは本当に食べるのではなく、ドラゴンのように強くなろうという意味合いだ。

 ドラゴン肉はボクも食べてみたいですけれど。


 「しょうがない……おねえさんもちょっと振る舞ってあげようかしら」


 魔女さんは腰に吊るしたか魔法の鞄に手を突っ込んだ。

 ちょっと問題ありそうな晩ごはんになりそうだね。

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