第80ターン目 レッドドラゴンは まだ死んでいない?
レッドドラゴンの討伐。
サバンナの空は気がつけば茜色に染まっていた。
暗くなる前に第四層に向かうつもりが、レッドドラゴンとの遭遇により、大幅なロスとなった形だ。
とはいえ、レッドドラゴンの地上侵攻を阻止出来たことは純粋に喜ばしい。
結局今日はサバンナエリアで一泊することで、皆納得した。
正直ボクも動く気力が沸かないほど疲れた。
「うーん」
「勇者さん、ドラゴンを見てどうしたんです?」
「いや、どうやって解体しようかなーって」
勇者さんは戦勝記念たるレッドドラゴンの死骸を見て、解体とか言い出してボクは思わず固まった。
この人、ドラゴンさえも食料と考えているんだろうか。
「うふふ、ドラゴーン! 鱗も牙も研究し放題っ! あぁこんな超激レア素材が手に入っちゃうなんて私ラッキー! 運命神様愛しています!」
「こっちはこっちで」
魔女さんは逆にドラゴンという素材に狂喜乱舞していた。
ドラゴンの鱗は鎧や盾にすれば軽くて高強度な上、高い魔法防御力まで兼ね備える最高級素材。
牙なら鉄に混ぜて打つと、凄い名剣が打てるって聞いたことがある。
「とりあえず解体しちゃうかー」
「内臓もゲットー! あぁ火炎袋はどうなっているのかしらー!」
「……狂気と狂喜のコラボレーションかにゃあ?」
勇者さんは早速剣を柔らかい腹から入れていく。
当然だが、ぶしゃっと血が吹き出すが。
「ぎゃあまたか! マル君ー! 《洗浄》お願い!」
「もう精神力が残っていません」
正直限界だ。
むしろあの二人なんであんなに元気なんだろう。
ハンペイさんなんか、疲れているだろうに、破れた装束の修繕を行っている。
カスミさんも一緒に直している辺り、本当に仲の良い兄弟だよねー。
「そういえば聞き忘れていたけどクロー、あの光の獣はなに?」
「えーと、あれにゃあ、ヒーローは隠された秘密のパワーがあるにゃあ」
「誤魔化されないから、子供じゃないんだよ?」
「にゃー、いつか説明する時がくるのは分かっていたにゃあ、正直に話すにゃあ」
クロは諦めたように、ボクに真相を話してくれた。
三柱の神の加護、神力、九つの魂など、聞いていて絶句するような内容だったけれど、ボクはクロを信じる事にする。
だって、クロはいつだってボクを見捨てることはなかった。
クロ自身だって、そんな凄い力はあるけれど、あくまでボクの成長を願ってくれたんだ。
「ありがとうクロ、今までそうやって助けてくれたんだね」
「にゃおん……言っておくけど使えるのは後二回にゃあ、頼っちゃ駄目にゃあよ」
「うん、ボクも頑張らないとね」
ボクはもっと努力しようと頷くと、勇者さん達を見た。
とりあえず解体より先に血抜きを行っているらしく、その血の一部は魔女さんが回収した。
魔女さん、まさかあんなにドラゴンに興味があるなんて思わなかったなー。
「魔女さん、順調ですか?」
「あら、マール見学?」
「そんなところです。魔女さんドラゴンに興奮してますが、どうしてですか?」
「そりゃドラゴンよ、素材が欲しくても滅多に手に入らないレア物だもの、生前【混沌竜】の鱗一枚をケチった性で落札出来ず悔しい思い出があるのよ」
そう言うと魔女さんは涙目で拳をぷるぷる震わせた。
まさに完全勝利というような感涙っぷりだ。
一方で勇者さんは、ドラゴンの腹の中にいた。
「勇者さん、中で立ち止まってどうしたんです?」
「うーん、マル君、こんな事言うとおかしいと思うかも知れないけどさー、このレッドドラゴンまだ死んでないかもー」
「えっ!? どう見ても死体では?」
「なんかさー、心臓が止まってない気がするんだよなー」
「とりあえず暗くてさっぱり分からないわね」
「分かりました、確認してみましょう。《聖なる光》」
ボクは錫杖から強い光を放つと、掻っ捌られたドラゴンの体内を見た。
丁度胃の辺りだろうか、心臓はもっと上だ。
「火炎袋に気をつけなさいよ。火炎袋は喉元にある筈だからうっかり火花を立てないようにね」
「それは恐ろしいですね」
あれだけ凶悪なファイアブレスを放てる火炎袋だ。
引火したら周囲が吹き飛ぶぞと、魔女さんも警告する。
勇者さんはお構いなしに肉を切り分け、心臓を目指した。
ボクは恐る恐るその後ろをついていく。
「まさかドラゴンの体内に入ることになるとは思ってもいませんでしたね」
「世の中ってそういうもんよ、良い経験だと思っておきなさい」
魔女さんはあんまりこういうの生理的には大丈夫なんだろうか?
ボクはちょっとキツイかな。
「村で家畜の屠殺の手伝いをしたことありますけれど、体内に入っちゃうなんて冒涜的ですよ」
「【ウ=ス異本】第七章子宮陥落編では、胎児になって子宮に戻るという高度なエロがあってね」
「それはもう特殊性癖という次元でしょうか?」
「私も理解出来ないわ。気持ち悪いわよね」
女性でそれを受け入れたら、もう色々終わっていると思います。
世の中には色んな性癖があるのだなと、ボクは呆れた。
「見えた、心臓っぽいの」
「でっっっっっっっっっっ。流石ドラゴンの心臓ねー、私が入っちゃうくらい大きくない?」
大きな生き物ほど大きな心臓が必要になるのは、血液をより遠くへ届けないといけないから。
ドラゴンほどになれば、人一人がすっぽり収まるほど大きな心臓だった。
「うーん、やっぱり生きているよこいつ」
心臓は確かに脈打っていた。
本当にこれで死んでいないのか?
だとすれば恐るべき生命力だけど。
「妙ね……血液は止まっているのに?」
心臓が動いているなら、血管を通じて血が巡る。
二人は丹念な血抜きを行って、ここまで侵入した訳だ。
「とりあえずトドメ刺すー?」
「蘇っても困りますし……レッドドラゴンよ、どうか天上へと無事にお帰りください」
ボクはレッドドラゴンに冥福を祈る。
「魔物に祈るべき神はいないってのにね」
「魔物だって、神はいると思います。じゃないと死んだあと悲しいじゃないですか」
「マールらしいわ、魔物だって慈しむんだもの」
「それは違います。ただ死んだら平等な筈ですから」
死んでから差別されるなんておかしい。
これは豊穣神の教えでもなく、単純にボクの価値観だ。
豊穣神様の教えでは死すれば天上へと昇天すると教えられている。
ただ善行を積まねば途中で堕ちてしまうとも。
魔物だって、天上へと昇る権利はある筈だ。
「よーし、剣を刺すよー」
ぶすりと勇者さんは心臓に剣を突き刺した。
そのまま完全に動きを止めるように、心臓を切り裁く。
「あれ? 心臓に誰か……」
信じられない光景だ。
心臓の中に誰かいる、その誰かは血糊で全身真っ赤に染まり、勇者さんにもたれ掛かるように倒れた。
勇者さんは受け止めると、ようやく納得したように呟いた。
「君が『おかしな命』か」
「勇者さん?」
「マル君、カム君すぐに出るよ!」
勇者さんはそのまま真っ赤な人を抱きかかえたまま、ドラゴンの体内から出るのだった。




