第78ターン目 急転直下 絶体絶命
「レッドドラゴンの倒し方、それはシンプルです。弱点を突きます」
「ちょい待ちマールや! レッドドラゴンの弱点って、私の氷魔法でも仕留められないのよ?」
「魔女さん、それはレッドドラゴンの高い魔法防御力の為です。ボクが言っているのは物理的弱点です」
物理的弱点、勇者さんは兜に手を当てると言葉を吟味した。
ドラゴンは無敵じゃない、魔法だって無効じゃないんだ。
恐ろしくタフなだけだ。
「ドラゴンの鱗は非常に頑丈ですが、それは全てとは思えません」
それを聞いた魔女さんは、ようやくボクの思惑に気付いた。
「そうか、通常魚類なら側面や上部の方が鱗は厚い」
「アリゲーターもお腹の方が柔らかいです」
「なるほどねー、レッドドラゴンもお腹が柔らかい可能性はあるって訳かー」
勝ち目が見えてくると二人の顔色も明るくなる。
まぁ勇者さんの顔色はよくわかんないけれど。
「よし、じゃあやってみるかー!」
勇者さんが飛び出す。
余程のことが無い限り勇者さんなら、なんとかしてくれると思うけれど。
「この阿呆! まだ作戦は不十分でしょうが!」
「後方支援よっろしくー!」
「ああもうっ! やるだけやってやるわよ!」
魔女さんとしてはまだ作戦を詰めたかったようだ。
ボクはこれ以上は思いつかない、重要なのは勇者さんが、レッドドラゴンの弱点を突くことだ。
「にゃにか、嫌な予感がするにゃー」
「クロ? 嫌な予感って?」
「レッドドラゴンの弱点は本当に腹かにゃあ?」
それは……正直分からない。
確かに多くの生物はお腹が弱点だ。
ボクは魔物でも、その形質は動物と然程変わらないと分析する。
それが正しいかは、試すしかないんだ。
「氷の錨よ、大いなる者さえ、穿ち拘束せよ《氷の錨》!」
クロの《捕縛する糸》に似た魔法だが、魔女さんのそれはもっと厳つい物だった。
氷の鎖付きの錨がレッドドラゴンを襲うと、その四肢を拘束する。
レッドドラゴンは暴れる、しかし今度は相性が悪い。
炎属性のレッドドラゴンは氷属性に弱いのは事実だ。
その隙は勇者さんが踏み込むのを容易にする。
彼はレッドドラゴンの腹の下に潜り込むと、剣を突き立てた。
「やあああっ!」
「ギャオオオオオオン!?」
ドラゴンが絶叫する。
それを目撃したハンペイさんは瞠目した。
見事な一撃、そのまま剣を差し込めば……!
「グオオオン!」
直後レッドドラゴンの《体内放射》!
熱波が周囲を焼き吹き飛ばす。
勇者さんは直下にありながら耐えていた。
けれど、彼に燃え滾るような血液が降りかかるとどうか。
「身体が固ま……!?」
「不味い! 凝固反応だわ!」
魔女さんが叫ぶ。
熱波によって、溶けて消える氷の錨が無くなると、レッドドラゴンは燃える血液が、冷えたマグマのように固まって身動きの取れない勇者さんを忌々しく睨んだ。
大きく前足を持ち上げると、容赦なく振り下ろす。
「ゆ、勇者さーん!」
「うー!」
カスミさんが飛び出した。
勇者さんは動かない、ダメージは!?
ハンペイさんはカスミさんに攻撃が向かないように、レッドドラゴンに仕掛けた。
「仲間はやらせん!」
「グルルルルルルッ!」
レッドドラゴンは再び口元に炎を滴らせると、《ファイアブレス》を放った。
ハンペイさんは飛び上がる、しかしそこにレッドドラゴンの前足が襲いかかる!
「ぬぅ!?」
「不味いっ! ハンペイさん!」
《ドラゴンクロー》がハンペイさんを切り裂いた。
ボクは悲鳴をあげる、最悪だ…たった一手でなにもかも覆った。
ハンペイさんは力無く落ちる、ボクは急いで駆けた。
勇者さんは、カスミさんが回収した。
アッチもコッチも絶体絶命だ。
それでもボクは我武者羅に動く。
「ハンペイさん、今治療を!」
「ぐ、う……! い、いかん治療術士殿、赤竜が!」
「っ!? 豊穣神様、子羊に守りの手を! 《聖なる壁》!」
ボクは咄嗟に聖なる壁を目の前に立てる。
ドラゴンは大きな口で噛みつきに来た。
聖なる壁はガシャンとガラスを破壊するように決壊し、ボクはハンペイさんを抱えて、吹き飛んだ。
「くうううううっ!?」
「う、うぬうう! 某のせいで治癒術士殿が!」
ボクはあくまで転んだだけだ。
ダメージはハンペイさんの方が大きい。
ボクは迷わず治癒を詠唱した。
「すまぬ治癒術士殿、二度も迷惑をかけるとは」
「迷惑で済むなら、いくらでもかけてください! 生きていればどうとでもなるんですから!」
失敗は成功の母だって言葉がある。
ボクは何度も失敗して失敗して失敗した。
それでもボクはここにいる、まだ生きている。
誰かの命を守れるなら、治癒術士の本懐は果たせるはずだ。
§
「これはやばいにゃあ」
「鎧の悪魔! しっかりしなさいこの馬鹿!」
「ぐふっ……! 関節が固まって動けない……!」
カスミは鎧の悪魔を回収すると、魔女たちの下まで退いた。
レッドドラゴンの血はまるでマグマだ、凝固した血は粘り気のある冷えた溶岩のように鎧の悪魔を固めてしまっている。
ただ、この状況でさえ、鎧の悪魔はあまりダメージを受けていないようだ。
ただのリビングアーマーではないという証か、魔女は思わず呆れてしまった。
「二人共、このスカポンタンを動けるようにするには時間が掛かるわ! マール達も危ない! 時間を稼いで!」
「うー!」
カスミは迷うことなく、レッドドラゴンに突撃する。
ハンペイと違ってそのやり方は猪突猛進、クロは猛烈に嫌な予感は更に加速していく。
「クロちゃん、貴方出し惜しみしているでしょ」
「ッ! なんのことにゃ?」
「ずっと不思議だったのよ、使い魔にしてはおかしな点が多いしさ。それに貴方地上で姿を変えていたわね?」
「……見たのかにゃあ?」
「偶然ね、光の獣が黒猫に戻るところを」
光の獣、かつて第五層で海底での窮地を救ったことを魔女は忘れていない。
「マールの魔力は多くないわ、その割に何故かクロちゃんの魔力の総量が大き過ぎる」
「……やっぱり魔女の洞察力は侮れないにゃね」
「どうして出し惜しむの?」
当然、地上で魔物を一方的に蹂躪した力を見れば、出し惜しむ理由が分からない。
なにか制約があるのか、それとも使いたくない理由は他にあるのか。
「アタシには三柱の神様の加護があるにゃあ」
「三柱!? そんな話聞いたこともないわね……」
「事実にゃあ、力は【てすかぽりとか】とかいう神、愛嬌と嫉妬を【ばすてと】、そして太陽のような光を【あまてらす】様から貰ったのにゃ」
「ただの加護じゃない……まさか【神力】?」
神力、神の持つ超常の力。
普通なら地上の生き物が得ることはありえない。
余程神々に溺愛された【勇者】のような英雄ならばあり得たかも知れないが。
それをこの小さな黒猫が持つのか、だが何故……とは無粋だろう。
「それで出し惜しむのは?」
「……猫には九つの魂があるそうにゃ、アタシの身体じゃ神の力は保たない。使うたび魂を一つ擦り減らすのにゃあ」
「それで……道理で隠していると思ったら」
「知ったら主人はきっと甘えるにゃあ、過ぎたる力なんて、無い方が良いに決まっているにゃあ」
強大な力は傲慢さと甘えを生む。
もしも命の危機の度に神力を使っていたら、マールはクロに依存してしまうだろう。
しかしそれは有限の力だ。
クロは覚悟を決めると、神力を解放した。
ぐんぐんと大きくなる身体、その毛皮は太陽のように光り輝き、黒猫はヒョウやジャガーのような大型の肉食獣のような体躯になる。
その尻尾は三本、残り三本であった。




