第75ターン目 絶品なるは ポテトチップス
「うーん、タレに漬けて食べるとまた絶品ですね!」
魔女さんお手製、野菜類を発酵させたウスターソースに、果実の汁等を混ぜたタレはこれまた絶品だった。
いつの間にか、ソースを醸造していたり、魔女さんって多才だよねー。
「ぬぅ、確かに美味い……」
「うー」
結局ハンペイさんも折れて、カスミさんと仲良く食べている。
魔女さんは更に何か用意しているみたいだけれど。
「油を熱して、スライスしたジャガイモと投入してっと」
鉄製バケツを用いて、油を投入して熱する魔女さん。
用意していたジャガイモは、薄くスライスされ、熱風で水分を蒸発させた物だ。
魔女さんいわく、水分が残っていると焼きムラが出来るとのこと。
ボクに料理はよく分からないけれど、薄っすら黄色いジャガイモのスライス達が油に投入されると、パチパチと音を立てて焼き揚っていく。
魔女さんは魔法で焼き揚がったジャガイモを浮かび上がらせると、よく油を切った。
「マール、お口」
「はーい、ぱく。んむ!? サクサクしてて美味しい! なにこれ本当に芋!?」
「相変わらず百点満点の笑顔ありがとう。名付けてフライドポテト、いえポテトチップスってところかしら」
形はバラバラだが、チップに似た形状のフライドポテト。
まさか家畜の飼料がメインの芋が、こんなに美味しいなんて。
「某の国ではバレイショといえば、煮物で御座った。いつか振る舞いたいものだ」
国や風土で同じ食べ物でも調理の仕方が変わるという。
神秘の国からやってきたニンジャのハンペイさんやカスミさんは、どんな食事で育ってきたんだろう。
「あむあむっ、どっちも美味しいですね。料理店を出せそう」
「原材料聞いたら客は度肝を抜くにゃあ、きっと直ぐに倒産にゃあ」
「悲観的だねー、クロ君はー」
「まぁ魔物飯はともかく、ポテトチップスならいけるかも知れませんね」
油料理は地上でも普通にある。
ただ油料理は割高だ、原因は油にある。
動物油も限りがあるし、植物油はコストがかかる。
だから芋なんて揚げる店はなかった。
食用油がいっぱい手に入る国なら、こういう発想が出来るのかな?
「食べ終えたら、さっさと階段を目指しましょう」
「うむ、ぼやぼやしてはいられないものな」
ボクも頷く。魔女さんは調理器具を川の水で洗い始めた。
「んぐ、ごちそうさまです。魔女さんお手伝いします」
ボクは食べ終えると、すぐに魔女さんのまだ洗っていない調理器具を洗っていく。
「あら、もういいの?」
「小食ですから、それに魔女さんにばかり負担は掛けたくありませんし」
「ふーん、マールって女性にモテるでしょ?」
「ふえっ? ボクが? まさかー!」
ボクは思わず吹き出して笑ってしまった。
ボクなんてチビがモテる筈がない。
いつも蔑まれ、男としてなんか見られたこともないよ。
「……見る目が無いだけか、マールがアレなのかしら」
「ふえ? 何か言いました?」
「いいえなんでもないわ。それよりもさ、マールなら魔法で一発じゃない?」
「洗浄の魔法ですか? 確かに簡単ですけれど、魔法で楽をしちゃうのって、怠惰になりませんか?」
ボクも必要なら迷わず使うけれど、この場で問題なく洗えるなら、魔法は控える。
ダンジョンの中ではなにがあるかも分からないし、精神力も消費を控えないと。
「怠惰か、一理あるわね。ゴメンなさい」
「別に謝ることでは……」
「私も、ちょっと怠惰かも知れないし」
ボクは魔女さんの横顔を覗いた。
相変わらずその顔は青白く美しい。
だけど、彼女の顔には憂いがあった。
「おし、洗い物はこんなものでしょう」
「あの……魔女さん」
「あらなーにマール?」
「魔女さん、自分を負担だと思っているのならば、それは誤解ですよ」
「私が……負担だって? アハハッ、私は天才よ、自分のことくらい承知しているわ!」
魔女さんは、とても真面目な人だと思う。
研究熱心というか、熱中すると明後日の方向を目指しだす困った性分もあるけれど、公私はちゃんと弁えている。
ただ、自分を無理して鼓舞しているんじゃないか、そんな不安があった。
「ボクはいつだって不安です。ガデスにダンジョン街を救うって啖呵を切ったのに、本当に可能なのか怖い」
「マール、私はマールのやりたいことを手伝うわ、それが私を救ってくれたこと、そして魔物として蘇った私の使命だと思うわ」
「魔女さん……」
「それにさ、これだけの面子を誰が集めたのかしら? それはマールでしょ?」
魔女さんは勇者さん達を見て、誇らしげに言った。
一筋縄ではいかない面子だけれど、ボクもこのパーティは最高だと思う。
無理だ、不可能だと否定されても、このパーティならダンジョンを制覇出来ると信じられる。
「ねぇカム君、余った食材はどうするのー?」
「ああっ、鞄に仕舞うわ」
「気になっていたのだが、カムアジーフ殿は交易神の加護持ちか?」
「いいえ、魔物に神がいるのならだけど、私は今でも魔導神の信者よ」
「で、あるならば、その摩訶不思議な鞄は一体?」
魔女さんの鞄、一見すると粗末なお手製の鞄なんだけれど、あの中に大量の荷物が入っている。
特に油とか水が溢れないんだから不思議だよね。
「鞄には時空魔法で空間をほぼ無限に拡張しつつ、時間の加速を99.87%低下させているの、更に重力を相殺していてね」
「??? カムアジーフ殿、そこまで、某には理解が及ばぬ」
「クスッ、心配しなくても誰も理解出来ませんよ」
「……はぁ、これだから凡人共は、クロちゃんは理解出来るわよね?」
「にゃーん、まず時空魔法というのが理解出来にゃいわよ」
同じ黒魔法の使い手の為か、魔女さんはクロを自分の弟子にしたくてご執心だ。
根っから学者肌のせいか、自分の習得した魔法を誰かに継承したいのかも知れない。
まぁ魔女さんの才能の一部が知れるなら、是非弟子になりたいって黒魔法使いは選びたい放題な気がするけれどね。
「皆食べ終えたー?」
「うむ、美味であった」
「うー」
皆食べ終えると、最後の洗い物をして、それから出発だ。
ボクはしばしの間を使って、川の水で顔を洗う。
ぷはぁっと、顔を上げるとボクは大きく息を吸い込んだ。
直後――硫黄のような臭いを感じたのは。




