第8ターン目 使い魔 今後トモ ドウカ ヨロシク
身体を丸くしてうたた寝する黒猫。
何故だかその愛らしい黒猫に心が惹かれている気がした。
そう、その周囲にも気づかない程に。
「……お主、この子に興味があるのかえ?」
「はえっ?」
驚いて顔を上げると、全身が枯れ木のように細く、肌が皴かれた老婆が座っていた。
全身黒ずくめ、魔女の象徴であるトンガリ帽子を深々と被っている。
「ここお店でしょうか?」
ボクは老婆の前に近づくと、老婆は気味の悪い声で笑った。
「ヒェッヒェッヒェッ。もう老年での、昔使っていた物をこうして必要な者に売っておるのじゃ」
老婆の露店には古めかしい道具が沢山並んでいた。
謎の魔導書、老婆がかつて使ったであろう古めかしい杖。
用途不明の謎の骸骨を見れば、ボクだって思わず身震いする。
なんだか怖くなったボクは視線を逸らすと、そこにやっぱり黒猫がいた。
「そんなにこの子に興味があるのかい?」
「えと……店番出来て偉い猫ちゃんですね」
猫は自由気ままな印象だ。
殆ど主人に懐かず、勝手気ままに生きる。
かと思えば、知らない間に傍に寄り添っている……そんな生き物だと思っている。
老婆は皴かれた手で、優しく黒猫を撫でると言った。
「ヒェッヒェッ、この子も商品だよ」
「えっ? 家族じゃないんですか?」
「使い魔さ、家に昔馴染みの使い魔がもう沢山おるでな」
使い魔……噂で聞いたことがある。
黒猫に限らず、魔女は色んな生き物を使い魔にするって。
それじゃあこの子が使い魔?
「まっ、奉公のようなものじゃな。どれお主良かったら何か買っていかんかえ?」
ボクは黒猫から目を離せなかった。
実用的な物なら杖とか、だろうけれど……ボクの稼ぎじゃなにも買えそうにない。
ボクは首を横に振ると、今の持ち合わせを見せた。
「ごめんなさい、今持ち合わせはこれだけしか」
「なんじゃお主? これじゃ宿にも泊まれんじゃないか」
「はい、だからこれからもう一度ダンジョンに潜ろうかと」
「一人でか?」
静かに頷く。
そう独りぼっちだ、ボクはずっと孤独だった。
豊穣神様に仕えているというだけで後ろ指を指され、貧弱な肉体はそれだけで敬遠される。
変えられるなら変えたい、けれどボクにその手立ては思い浮かばなかった。
「ふむ……ものは試しじゃ。お主名前は?」
「マールです」
「マールか、お主使い魔と契約してみんか?」
「契約、ですか?」
ピンとこないな。
老婆は一枚の羊皮紙を取り出すと、なにやら達筆な文を書き始める。
「ええか? 一度しか言わんぞ? 使い魔は主と契約すると魂を連結させる。お主の魔力がこの子の糧になる」
「ボクとこの子が?」
「ほれ、起きるんじゃほれ、お主のご主人が現れたえ」
「にゃあん」
黒猫は大きな欠伸をすると、老婆とボクを見た。
老婆は次にボクの手を取ると。
「羊皮紙に指を当てるのじゃ、ほれお前も」
あれ? もしかして拒否権ない?
今更だがこの老婆押しが強い、ボクは訳もわからないまま、一枚の羊皮紙に人差し指を乗せ、黒猫もまた前足を乗せたのだ。
次の瞬間紫色の光が羊皮紙から溢れ出す。
「わわっ」
「じっとしておれ! ほら契約完了じゃ」
光がなくなると、羊皮紙にはボクの指紋と黒猫の肉球が赤く転写されていた。
黒猫はボクをじっと見ると。
「お前がアタシの主人かにゃあ? なんだかパッとしない主人だにゃあ」
「しゃ、しゃしゃしゃ、喋ったー!?」
「そりゃ喋るわよ、使い魔にゃもの」
黒猫は流暢に言葉を操り、ボクの前で座った。
び、ビックリしたぁ、まさか猫が喋るとは思わなかった。
黒猫は黄色い瞳でボクを見つめた。
「それで主人、早速にゃけど、アタシに名前を付けてにゃ」
「名前? 無いの?」
「そこのババアはアタシのことを、ぽりとかとか呼んでいたけどにゃあ」
老婆は乾いた笑いを浮かべる。
ぽりとか、ならそれで良さそうだけど。
「名前にゃあ、主従契約なのにゃ、名を掴むことが重要なのにゃあ」
「名を掴む?」
「なんで主人はマールにゃ? 親はどうしてそう名付けたにゃ?」
「それは……よく知らない」
ボクは物心がつく前に孤児院の前に捨てられていたらしい。
捨て子なんて別に珍しくもないけれど、ボクの名前の書かれた紙だけ一緒に置いてあったんだとか。
おかげで院長先生も由来を知らない。
別にそれで困ったことなんて一度もないんだけど。
「じゃあクロって、どうですか?」
「クロ……にゃ」
うーん、安直すぎただろうか。
とはいえボクにボキャブラリーを求められても困る。
「ヒェッヒェッヒェッ、なんでもいいんじゃて、クロよ。息災でな」
「やーとババアと別れられるにゃし、よろしくにゃ主人!」
こうしてボクはクロと使い魔契約をしたのだ。
老婆にクロのお値段を聞くと、「タダ飯喰らいが一匹減って大助かりじゃ」と言って、金銭は求めなかった。
ボクは初めて出来た仲間にワクワクしながら、でもやっぱり猫かぁとちょっと残念な気持ちが綯い交ぜ状態だった。
§
「お前らアタシに恐れ慄けにゃあ!」
クロの《咆哮》、僅かに魔力の乗った咆哮は二足歩行の犬のような魔物【コボルト】の群れに物理的なダメージを与える。
その隙にボクは精一杯の力でコボルトの後頭部を錫杖で叩く。
コボルトの一匹が舌を出して死亡する。
「まだまだにゃあ!」
更にクロはコボルトに飛び掛かると、首筋に噛み付いた。
コボルトは大きくても人族の子供程度だが、黒猫のクロからすればかなりの巨体である。
にも関わらずクロは勇猛果敢にコボルトを打倒していく。
これは堪らんと、コボルトの群れは一斉に逃げだした。
ボクは初めての完勝に嬉し涙が溢れ出す。
「うううう、やったぁぁぁ! コボルトの群れに勝ったんだー!」
「喜びすぎにゃあ、ここはまだ第一層にゃあよ?」
クロには分からないかも知れないけれど、ボクはここでは最底辺の弱者でしかなかった。
日々ダンジョンの中で入手出来る魔草を採取しては、魔物に襲われて死にかける。
それがやっと、逆転したんだ。
これからはコボルトからのドロップ品も納品出来る。
つまり、収入がぐんっと上がるんだ!
「浮かれているけどにゃあ、やっぱり根本解決はしてないんじゃないかにゃあ? ちゃんとした前衛を雇うべきにゃあ」
「う、うん。ごめんなさい……そうだよね」
考えてみれば、コボルトを倒した数はクロの方が多い。
クロはいくつかボクの知らない魔法、いわゆる【黒魔法】を扱えるみたい。
《咆哮》も僅かだけど精神力を消費するから乱発は出来ないし。
「というか、主人の魔力少なすぎにゃ、本当に後衛職かにゃあ?」
「れ、レベルアップする機会がなかったんだよっ!」
ボクが弱い原因は、ボク自身のレベルが低いことにある。
弱いから魔物を倒せない、経験値が手に入らないの負の無限地獄に入ってしまったのだ。
仲間がいればお溢れを得られる機会は多いんだけど、ボクと組んでくれる人は、今までいなかったし。
「そういえばクロってば、返り血で凄いことになってるよ、ちょっと待ってて」
「にゃあ? こんなの別にどうってこと」
「遍く母たる豊穣神よ、その穢れ清め給え、《洗浄》」
洗浄の魔法を受けたクロは、その全身の返り血どころか土汚れや、身体に巣食うノミやダニごと浄滅する。
クロはビックリして、全身の毛を逆立て垂直に跳び上がった。
「にゃあ!? 身体が軽くなったにゃ!? 何をしたんだにゃあ!?」
「なにって【解呪】の応用だよ?」
孤独で戦っていると、レベルを上げる機会はほぼ、日常で使う魔法ばかりだ。
幸いというか、豊穣神様は竈神様ほど、ではないが日常で便利な魔法を授けてくれる。
「あっ、あとこれは豊穣神様の特権なんだ。《豊穣》」
ボクは地面に向けて《豊穣》の魔法を放つ。
すると、ダンジョン内部に突然花々が咲き誇り、至るところから魔草が発芽していく。
これは正真正銘豊穣神様の加護である。
だけどクロはそれも盛大に驚いた。
「ダンジョンの中に《豊穣》が通用するにゃんて……主人、本当は凄いのかにゃあ?」
「やだなぁ、これ位なら豊穣神の神官なら誰でも出来るよぉ」
えへへ、ボクは顔を赤くすると、照れ笑いした。
「いつもはこうやって、魔草を発芽させて、採取しているんです」
「……素朴な疑問だけど、だったら地上で魔草の養殖すればいいんじゃないかにゃあ?」
「あ……」
盲点だった。
なお、これは省略するが、植木鉢で魔草を養殖してみたものの、やっぱりダンジョン内の高濃度の魔素がなければ、魔草には成り得ないという手痛い事実も知るのだった。