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第72ターン目 魔物の襲撃 環境破壊の 代償

 水飛沫を上げて、川から飛び出してきたのは、暗緑色の鱗を持った巨大なトカゲだった。

 確か【アリゲーター】、半水生の魔物だ!


 「うー!」


 カスミさんは優れた感知能力で、水辺から静かに近づくアリゲーターを察知していたのだ。

 だからこそ川岸に近づき、現れるのを待ち伏せた。

 あのまま呑気に川岸で休んでいたら、後ろからぱっくりあの大きな顎に噛み砕かれていたかも知れない。

 しかしカスミさんはその上手をいった。

 ドゴンという鈍い音を立てて、強烈な蹴り上げがアリゲーターの柔らかい下腹から突き上げられる。

 キョンシーだからこその凄まじい怪力で、アリゲーターが宙を舞った。


 「相変わらず馬鹿力にゃあ! 《咆哮(ハウリング)》!」


 カスミさんの実力に感心したのか呆れたのか、ともかくクロは容赦なく宙で未動きの取れないアリゲーターに追撃する。

 これだけの攻撃を浴びれば、さしものアリゲーターもままならない。

 そのまま自由落下するアリゲーターを、勇者さんは剣で突き刺すと。


 「今日のご飯っ、獲ったどー!」


 高々と宣言して、仕留めたアリゲーターを両手で掲げた。

 啞然(あぜん)としていたのは、まだ慣れないハンペイさんだ。

 そんな彼の肩を優しく叩いた魔女さんは、諭すように。


 「早く慣れることよ、こんなの一度や二度じゃあないんだから」

 「カムアジーフ殿もか……うぅぅ」


 ハンペイさんは目頭を押さえると男泣きしていた。

 戒律でお肉を食べちゃいけないって言っていたけれど、鳥とか魚は大丈夫なんだっけ。


 「うーん……」

 「どったのマル君?」

 「アリゲーターって魚でしょうか?」

 「鱗あるんだし、そうじゃないのー?」

 「いやどう考えても爬虫類でしょう、デカイトカゲじゃん」

 「ハンペイさんの戒律に引っかかるのでしょうか?」

 「ち、治癒術士殿!? 食べる前提なのですか!?」

 「うー」


 諦めろ、とでもいう風にカスミさんはお兄さんの首根っこを捕まえた。

 魔女さんの言ったとおり、食べなきゃ身体は保たない。

 ボクもまだ完全に許容した訳じゃないけれど、まぁアリゲーターなら食べられそうだよね。


 「他に魔物の気配は?」

 「うー」

 「むぅ、視線がありますぞ」

 「なら炙り出すかっ! 《炎破(エクスプロード)》!」


 魔女さんは杖を構えると、(ことわり)を上書きし、水中が赤く赤熱する。

 そのまま川の中央で大爆発、凄まじい轟音と共に、いくつか魔物が飛び散った。


 「つぅ、なんと乱暴なやり方を」

 「全くにゃあ、水中爆破にゃんて、品性の欠片も感じないにゃあ」

 「獣にそう言われると心外ね、効率良いでしょう?」

 「魔女さん、頭を出してください」

 「うん? こう?」


 ボクはポカンと頭を差し出した魔女さんに拳骨を振り下ろす。

 魔女さんはビックリして飛びのくと、頭を抑えながら涙目になっていた。


 「痛い!? なんで怒っているの!?」

 「無闇な殺生はいけません、食べない以上の狩りを狩人はしません。環境を破壊することは、やがて衰退を招きます」

 「うむり、治癒術士の言うとおりだな……それに何が潜んでいるか分からない中で、あの魔法は無警戒だった」

 「うぐぅ……ごめんなさい」


 魔女さんの問題点。

 一つはあの無警戒さ、学んでいるようで、ついつい楽をしようとする。

 何度も痛い目に合っているのに、大きな魔法で周囲を驚かせてしまう。

 水面には爆発の衝撃でバラバラになった、魚系の魔物が大量に浮かんで、水面を赤く染め上げている。

 確かに魔物の大半を駆逐できたかも知れない、でもこれでは。


 「川は血で染まり、その臭いに釣られて魔物も寄ってきます」

 「……あ、私そこまで」

 「考えていなかったにゃあ? 全くもう、何度その軽率な判断が危機を招いたにゃあ」

 「使い魔殿、お説教はそこまでにしましょう。どうやら次がきます」


 クロのネチネチしたお説教は結構しつこいからなぁ。

 ボクも何度もお説教されたから身に沁みている。

 ボクは錫杖を両手で握ると、周囲を警戒した。

 ザパァン! 水面から陸上に上がってきたのは、牛にも似た巨大な半水生の獣【ヒポポタマス】だ。

 ヒポポタマスはこの【サバンナエリア】で最強とも言われる力を持つ。

 陸上でも並の冒険者より足は早く、あのアリゲーターでさえ膂力で圧倒する身体能力(フィジカル)特化の魔物だ。


 「ミスは必ず取り返す……私天才だもの」

 「数は三、いや四、皆怒っているねー」

 「住処を荒らされれば、獣だって怒ります」


 狩人は不用意に獣の住処を荒らすことはない。

 熊を怒らせて人里にまで降りさせれば、村民に被害をもたらす。

 豊穣神様は五穀豊穣の教えとして、共生の大切さを教えてくれた。

 狩猟神と豊穣神は仲が良いとも伝えられているし、村だけじゃなく山や森、そこに住む生き物と共に生きることに大きな意味がある。


 「ごめんなさい魔物といえど、怒っていますよね」


 ボクはせめて魔物達の為に祈った。

 謝罪で済めばきっと、魔物とも共存できたのでしょうけれど、魔物は強い敵意を剥き出しにしている。


 「来るよ、マル君!」

 「カバーッ!」


 ヒポポタマスが一斉に突撃してくる。

 《聖なる壁》は……駄目だ、あの膂力の前には一溜まりもない。

 ならボクに出来る手は。


 「豊穣神様、哀れな子羊に、優しき光をお与えください《聖なる光(ホーリーライト)》!」


 豊穣神様の奇跡は、錫杖から強烈な光を放つ。

 魔物は強烈な光に目を焼かれ、突進がズレた。


 「カバーッ!?」


 一匹のヒポポタマスが足を踏み外し、前のめりに倒れた。

 そこに勇者さんは脇腹から剣を一突き。

 ヒポポタマスは喀血し、動かなくなった。


 「まず一つ!」

 「はぁっ! クスノキ流……《霞斬り》!」


 小太刀を二刀流で持つハンペイさんは、目にも留まらぬ二連撃を放つ。

 ヒポポタマスは呻き、傷口から血を吹き出すが、ダメージはまだ浅い!


 「ちぃ! 皮下脂肪が分厚いのか! 急所を突かねば!」

 「うー!」


 小太刀ではヒポポタマスの分厚い皮下脂肪に阻まれ、急所に届かない。

 しかしそんな兄の不足を補うように、カスミさんはヒポポタマスの後ろにまわった。


 「何をする気だカスミよ!」

 「うーっ!」


 カスミさんはなんと、ヒポポタマスの巨体を背中側から引っこ抜き、そのままカスミさんは身体を後ろに仰け反らせ、ヒポポタマスを頭から地面に打ち付けた!


 「あ、あれは伝説の【闘士(レスラー)】、カカルゴルシが得意とした《人間橋ジャーマンスープレックス・ホールド》!」

 「えっ? カム君なにを言っているの?」

 「伝説の技を体得しているなんて……何者なのキョンシー……!」

 「いや、説明は!?」


 魔女さんが何故か興奮しているが、ともかく二匹目のヒポポタマスもKO(ノックアウト)だ。

 残り二匹、内一匹は魔女さんが対処している。


 「くらえ岩石砕(ロッククラッシュ)!」


 ヒポポタマスは自分よりも大きな岩に押し潰されると、悲鳴を上げて動かなくなった。

 残り一匹、強烈な光からようやく脱したヒポポタマスはボクに怒りを向けていた。

 前足で地面を蹴って、最大の突進をお見舞いする気だ。


 「当たったら一溜まりもないにゃあよ、主人」

 「大丈夫、クロと一緒なら、ね?」

 「にゃん、当然にゃ!」


 ヒポポタマスが猛烈な突進を仕掛けてくる。

 だけどクロは、させまいと魔法を唱えた。


 「アリアドネの糸よ、そのより糸でアタシの敵を(しば)るにゃ《捕縛の糸(バインドウェブ)》!」


 周囲から魔法陣が現出すると、そこから【タイラントパイソン】さえ身動きの取れなかった糸が飛び出す。

 ヒポポタマスの突進はアリアドネのより糸によって阻止された。

 ボクは覚悟を決めると、ヒポポタマスの頭を錫杖で殴りぬける。

 攻撃魔法の使えないボクじゃ、皆のような攻撃力はない、それでも自分の身は自分で守るんだ!


 「ええい! やーっ!」

 「カバーッ!?」


 硬い、ヒポポタマスの頭蓋(ずがい)は【ゴブリン】とかと比べると(はる)かに頑丈だ。

 逆にボクの腕のほうが痺れるくらい。


 「マル君待ってて!」


 勇者さんが後ろからヒポポタマスに斬りかかる。

 彼の流麗な一撃は、ヒポポタマスを横一文字に切り裂き、ヒポポタマスは絶命した。


 「無理しちゃ駄目だよー、マル君」

 「あはは、ボクでもいけるかなと思ったんですけれど、やっぱり無理でした」

 「だけどナイスガッツよ、ねぇキョンシー!」

 「うー」


 魔女さんは呵呵(かか)と笑って、ボクのファイトを讃えてくれる。

 カスミさんも無表情ながら、どこか誇らしそうだ。


 「しかし……これは死屍累々だな、どうしたものか」


 ハンペイさんが頭を抱える光景。

 アリゲーターの死骸に、ヒポポタマスの死骸。

 川は赤く染まり、魚系魔物は無残な姿で浮かんでいる。


 「スプラッターだねー」

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