第71ターン目 一行は 水場を 目指した
ダンジョン第三層【サバンナエリア】。
ボク達は今、第二層への上り階段前にいました。
「こっちで本当に良かったのか?」
サバンナエリアを通ることに疑問を持っていたのはニンジャのハンペイさんだった。
だけどこれは魔女さんが強く推した決定なのだ。
「【ジャングルエリア】の方が第四層階段は早いと思うのだが」
「それって【森人族】だからの意見でしょう?」
「それは……」
ハンペイさんは言い返せない。
ボクはパーティを組んで、かつボクが皆を見守るようになって分かったことがある。
それは一番早い人が基準になるのではなく、一番遅い人に行進は合わせられるということ。
ジャングルエリアは森人とさえ言われるエルフ族にとっては、なんの苦にもならないだろう。
でもボクや魔女さんにとって、それは違う。
ジャングルエリアは特に視界が悪く、頭上からの奇襲さえあり得た。
それに対してこのサバンナエリアは、視界良好だ。
頭上にはジャングルエリア同様の光源があり、現在は朝といったところ。
結局朝食は最低限を確保して、階段を目指す。
「まず最低限、水を確保するわよ」
「そうですね……水は生命線ですし」
水の確保、これも魔女さんがサバンナエリアを推した理由の一つだ。
ジャングルエリアにも川はあるが、あまり綺麗ではなく、頻繁に氾濫するのも問題視していた。
まぁそんな現実的な問題以上に、魔女さんには嫌がる理由があるんだけど。
「ジャングルエリアは不吉だわ……嫌な予感がするもの」
結局この験担ぎである。
一見リアリストに見えて、案外信心深いのかもしれないね。
ボクはなにがあっても豊穣神様の【困難】と受け入れるけれど、パーティを危険には晒したくないもんね。
なるべくなら安全なルートをというのは大賛成だ。
ボク達に失敗は許されない。必ずこのダンジョンを攻略して、【スタンピード】の元凶を突き止める。
「少ないけど、魔物の姿もあるねー」
最前列を歩く勇者さんは、のんびりした口調でそう言った。
このエリアは、ジャングルエリアと真逆で視界が良すぎる。
ポツポツと木が生えている程度で、足元は短い草がまばらに生えているだけ。
時折勾配があり、丘や谷もあるが、概ねここがダンジョンだと忘れそうだ。
「確かあっちに大きな川がありましたよね、ハンペイさん」
「うむ、そう記憶している」
ハンペイさんも、割と切り替えが早く、もういつもの斥候の顔をしていた。
本来なら一番前はハンペイさんの仕事だけど、今回は後方を担当してもらっている。
もっとも、このサバンナエリアではあんまり陣形は意識する必要はないけれど。
「このエリア、獣系が多いわね」
魔女さんは周囲を観察しながら、そう呟いた。
サバンナエリアは、主に獣系や獣人系、鳥系の魔物が多い。
そういえば蛇系もいたっけ、これ言ったらクロが動けなくなるから、黙っていよう。
「カムアジーフ殿、ダンジョンに興味がおありかな?」
「うーん、興味っていうか、どうしてこんな自然を再現した環境があるのか、不思議に思ってね」
「某もあまり詳しくはござらんが、ダンジョンの秩序を整えるためと聞いたことがありますな」
「秩序、ですか?」
ボクも初耳だな。
ダンジョンは【ダンジョンマスター】が自在に創ったと聞いたことはある。
後は迷宮神が娯楽で創ったとも。
でも地上で起きた魔物の大襲撃は、なにかが違うようにも思える。
なにか明確な意思、あるいは……メッセージ。
ううん、確証はない。
果たして最深部には何が待つのだろう。
「もしダンジョンが秩序を持って成立しているとしたら、それはなんの為? なにかを蓄えているのかしら?」
「考えたって仮定の域は出ないにゃ、それよりも周囲を注意するべきにゃあ」
「ご安心なされよ使い魔殿、某がいる限り、不意打ちなどさせませぬ」
「ハンペイさん、偽名を使っていた頃から必ず奇襲には先に気づいていましたね」
思えば、やっぱりニンジャっていうのは抜け目ないのだろう。
ニンジャは戦士と盗賊を合わせた職業というイメージがある。
どこまで技能を偽装していたのかは分からないけれど、信用はして良いだろう。
「……まっ、私らって言ったら、大抵裏かかれていた訳だし」
「あはは、そこはダンジョンが一枚上手だったということで」
やっぱり、盗賊系の技能を持っている人がいないと、深層まで進むのは難しいのかな。
このメンバーだからこそ、罠を踏み抜くような形で、強引に突破してきた。
でもそんな博打みたいな突破方法がそう何度も通じるとは思えない。
現状はカスミさんが唯一気配察知の技能を持っていると思われる。
彼女が低い声で唸る時は決まって、危険な時だったもんね。
「おっ、川だーっ」
「着いたようですな、カムアジーフ殿」
「そうね、マール、水質チェックお願い!」
「わかりましたっ」
ボク達は足早に見つけた川に向かった。
サバンナエリアの川はジャングルエリアに比べて水量がある。
早速駆け寄ると、ボクは錫杖を両手で持ち、豊穣神に祈祷する。
「豊穣神様、穢れ浄めください《洗浄》」
ボクは川の水に対して《洗浄》の奇跡を起こす。
その後は勇者さんがバケツみたいな物で、川の水を掬った。
「あれ? そんな物いつの間に?」
「なんか地上で拾ったー」
「あぁ、ドサクサに紛れて地上まで上がってきてましたね」
ダンジョン入口にある門の前には、誰が置いたかも分からないような資材が色々積み上がっている。
受付嬢さんの話では、ダンジョンに大規模遠征する際に集めれられたものや、違法に放置された物など混沌とした状態だったという。
正直整理して、処分するにしてもコストが掛かるとして、冒険者ギルドも困っていたようだ。
そこからバケツの一つをさらっと頂戴しているとは、勇者さんも強かだな。
まぁ有り難く使うべきでしょうね。
「鎧の悪魔、バケツ見せて」
「ほーい」
取っ手付きのバケツに並々川の水を掬って、彼は魔女に差し出す。
魔女さんはなにやら魔法を唱える、検品だろうか。
「うん、問題なく使えそうね」
「マル君が洗浄の魔法を使ったんだし、問題なんてないんじゃないのー?」
「【ナイトメア】がいる可能性だってあるでしょうがっ! 同じ手をくらいたくないのよっ、このスカポンタン!」
「また訳のわかんない罵倒語使われたよーマル君ー」
「おーよしよし、あんまり虐めちゃ可哀想ですよ魔女さん」
「そいつのどこに可愛いなんて要素があるのよ」
勇者さんはボクに泣きついてくると、ボクは優しく慰める。
魔女さんは呆れているが、この感覚がやっぱりボクには合うようだ。
「うー」
「む、どうしたカスミよ、水面を覗いて?」
気がつけば、カスミさんが川に近づいていた。
水を飲みたいのかな?
でもキョンシーって、水とか必要なんだっけ?
「あんまり川に近づくと危ないぞカスミ」
「うー!」
カスミさんの目的は水なんかじゃなかった。
直後ザパァァンと水飛沫が上がると、カスミさんに向かって何かが強襲する。
ボクは直様皆に叫んだ。
「奇襲です! 魔物の奇襲ーっ!」




