第70ターン目 振り返る 過去
第二層の終わり頃、ボク達は丁度いい広場に腰掛けていた。
周囲には魔物の姿もなく、やはり殆どが地上を目指した可能性がある。
だとすれば急がないといけないのだけれど……。
「うぅ、流石に眠たいなぁ……ふわぁ」
「今頃地上は深夜だ。治癒術士殿、無理はなさるな」
大きな欠伸が漏れた。ハンペイさんの言うとおり、ここで無理をしてもどうにもならない、か。
ボクは錫杖を抱きかかえながら、皆には申し訳ないが一眠りさせていただく事にする。
その分明日は、すぐにでも第三層に向かおう。
§
マールが安らかな寝息を立てたのを見て、魔女はハンペイに声を掛けた。
「ねぇ貴方は眠らないの?」
「夜の番ならお任せを、某夜警には慣れています」
「そりゃ助かる……て、言いたいけど、このパーティじゃあんまり意味ないわね」
「む? それはどういうことか?」
魔女は流し目で、あの古ぼけた鎧男を見る。
鎧の悪魔は、リラックスしているように見えて、周囲への警戒を怠らなかった。
不眠不休でああやって、パーティの夜を守る奴がいるんなら、ニンジャ一人が夜の番をしたって意味がない。
「アイツ、眠れないのよ、リビングアーマーだから」
「正直今でも信じられぬ……リビングアーマーが仲間などと」
「にゃあ、あの鎧が普通の魔物じゃないのは、もう明白にゃあ」
クロは欠伸をしながらそう言った。
こちらも眠たそうにウトウトしているようだ。
「クロちゃん、もう眠ったら? それともお姉さんの膝で寝る?」
「遠慮するにゃあ」
クロはあくまでもマールの傍で寄り添う。
そこは母の胸のように安心するのか、直ぐに気持ち良さそうに眠った。
使い魔らしい忠実さに、魔女は微笑む。
「使い魔殿も、同様の冒険をしたのでしたな」
「そりゃあもう大変大変、皆の力を合わせなくちゃとても地上になんて行けないってくらい」
実際、ここまでを思い返せば、誰かの力が欠けていただけで、終わっていたんじゃないかという冒険の連続だった。
個々で見れば鎧の悪魔、魔女、キョンシーは特級魔物に区分されるほど強大な力を持つ。
その強大な力を如何なく揮えれば、敵などいないだろうが。
しかして、現実はどうだったか。
不運に踊らされ、万全とは程遠い戦い、魔女でさえ死を二度も意識したほどだ。
「あぁ、たかが【ゾーンイーター】如きに私は……!」
「ゾーンイーター? この第二層に主に生息する魔物になにが?」
「階段に密集するゾーンイーターの群生地に、炎を放ってドカーンってねー?」
話を聞いていたのか、鎧の悪魔は手を開いて爆発を演出。
魔女は恥ずかしげにトンガリ帽子を下ろした。
「しょうがないじゃない……ゾーンイーターが発火しやすいなんて知らなかったんだもん」
「ゾーンイーターは確か火薬の原料に用いられますな……なるほど察しました」
このニンジャはどうやら奥ゆかしい性格のようだ。
マールが全幅の信頼を置くだけのことはある。
出来る男は嫌いじゃない、恋は対象外だが。
「ともかく大変だったわ、【幽霊船】では【ポルターガイスト】や【ゴーストシャーク】とも戦って」
「うー」
「あぁ、そうそうマールの魂も盗まれたのよね」
「なんと! 治癒術士の魂を……ううむ、ダンジョンはやはり奇っ怪なり」
奇っ怪、魔女は同意見だと頷く。
しかし不思議で済まされないのもダンジョンの恐ろしさだ。
戦力を分断され、嫌らしい罠も多かった幽霊船は魔女ももう二度と行きたくない。
出来ることなら海はもう懲り懲りだろう。
「大変っていえばさー、モンスターハウスも大変だったねー」
「あぁ【しびれスライム】はまじで許せんわ」
「しびれスライム……あぁ、第四層のモンスターハウスですか」
第四層の嫌な記憶といえば、魔女は即座にしびれスライムを思い出した。
あの音もなく忍びより、痺れ針をぶっ刺してきた憎い魔物、さしもの大群には一行も逃げるしかなかった。
逃げおおせても、今度は【リビングアーマー】の群れだ。
モンスターハウスでは鎧の悪魔が仲間撃ちの危機に晒されもした。
第四層と油断していたことも原因だったが。
「あーあれさ。【ナイトメア】も大変だったよねー」
「ナイトメアか……あれ、キョンシーがなんとかしたんだっけ?」
「うー」
水瓶を発見してこれ幸いと、その水を飲んだマールが、ナイトメアに感染した時は、魔女も鎧の悪魔も、クロでさえ無力であった。
ただ唯一カスミのみがナイトメアを自らに大量摂取させ、眠りについたのだ。
結果的にマールもカスミも無事目覚め、マールは夢のことをなにも覚えていなかった。
「あの時はまじで自分が無力だと思い知ったわ」
「カスミ、お手柄だったのだな」
「うー」
黒魔法を極めた魔女であっても、ナイトメア感染者を治療する術は持ち合わせていなかった。
それを治療できるのはマールのみ、なのにそのマールが感染するという笑えない事態。
本当に、冒険が終わる一歩手前だった。
「冒険が終わるかと思ったのは、【タイラントパイソン】もだねー」
鎧の悪魔はあの大蛇を思い出した。
蛇相手に何も出来なくなったクロを抱きかかえたマールがまさか、天井の崩落で分断され、マールに単独でタイラントパイソンと戦わせたことは、鎧の悪魔にも強い責任を感じている。
あのカスミでさえ、あの切羽詰まった状況では、鎧の悪魔に可能性を賭けたのだ。
あの戦いは土壇場でクロの魔法捕縛の糸が間に合わなかったら、鎧の悪魔は間に合わなかったし、マールは死んでいた。
タイラントパイソンと正面から戦えばまず負けない鎧の悪魔や魔女が、結果的に最大規模の被害を出したのだから、冒険とは分からないものだ。
「いかに弱小といえど侮るなかれ、【ゴブリン】の【致命の一撃】は熟練者をも狩る……冒険者ギルドではこう警句されていますな」
「本当よねー、やっぱり気を引き締めないと」
「されど、適度に力を抜くことも重要ですよ、緊張は動きを鈍らせるゆえ」
「その点だと、鎧の悪魔って緊張と無縁よねー」
「えー、俺だって緊張するよー?」
どうだか、魔女は帽子を深々被ると、そのまま横になった。
魔物になってから、そんなに睡眠は必要なくなっている。
それでも心の情緒を安定させるため、なるべく人間としてのルーティンを忘れないようにした。
「ハンペイも、眠りなさい、そこの二人が番をしているわ」
「うー」
「……では、カスミよ。しばし任せるぞ」
ハンペイも眠りに就くと静かな時間が過ぎていった。
物言わぬキョンシーのカスミ、動かないが警戒は緩めない鎧の悪魔。
「……ようやく役目を果たす時が来たんだね」
ぼそり、鎧の悪魔の囁きは、誰の耳にも届かなかった。




