第68ターン目 守り、癒し、救え 治癒術士は 【三聖句】を 唱えた。
「はぁ、はぁ怪我人はいませんか! ボクが治療します!」
ボクはダンジョンのある門に向かっていた。
至るところから魔物が現れ、戦いが起きている。
ボクは声を上げて、ボクの力を必要としている声を探した。
「お前……マールか!」
「えっ……ガデス! ガデス怪我はない!?」
戦闘の後なのか、疲れた様子のガデスと再会したボクは、直ぐに駆け寄った。
だけどガデスはボクを睨みつけると、ボクの手を思いっきり払った。
「マール! これはお前の仕業か!?」
「え……なんで?」
ボクは自分の目を疑う。
ガデスはボクを憎しんでいるように思えたからだ。
ガデスが剣をボクに向けると、ボクは後ろに退いた。
「おかしいだろう? 目の前で四層から崩落して、そこから生還するだと、奇跡でもなきゃテメェみてえな雑魚にそんなこと出来る訳がねぇ!」
「そ、それでなんでボクを疑うんだ!」
「ギルド長が言っていたぞ、お前が魔物を呼び込んだって!」
ボクはあの二人に詰問を思い出した。
大して情報を精査せずにボクを罪人にしようとするイカリオ。
総合的にボクを疑っていたワライ。
やっぱり……ボクがこのスタンピードを引き起こしたと本気で思われているのか。
「……わかりました。ボクがスタンピードを起こしたと思っているなら、ボクも決心が付きました」
「ふん、大人しく断頭台に行く勇気がついたか?」
「いいえ、ボクは諦めません。このままダンジョンを攻略し、スタンピードの原因を止めます!」
ボクはそう言うと、ガデスの横を通り過ぎた。
彼は信じられないという顔で、振り返る。
「正気か!? お前みたいな雑魚があそこに行く? ダンジョンに潜る前に死ぬだけだ!」
「かも知れませんね、けれどボクは治癒術士なので」
「だから、だからなんなんだよテメェは!?」
「守り、癒し、救え。それが治癒術士ですから」
ボクはガデスに振り返ると、笑顔で【三聖句】を唱えた。
モンスター・スタンピードで多くの人が救いを求めている。
ならば、治癒術士はそれを救う為に死地にだって赴こう。
ボクは壊された門に向かって歩く。
「おおい! このクソ野郎! 俺はお前を信じねぇぞ、お前はどうせ途中でくたばる!」
ガデスは声は、次第に掠れていった。
どんな罵倒であろうと、彼の声はもう届かない。
スタンピードはダンジョンから起きている以上、ボクはもうダンジョンを目指すしかないんだから。
「クケーッ!」
空からはサンダーバードが急降下してくる。
狙いはボクだ、ボクは錫杖で撃ち落とそうと構える。
だけど、急降下する途中でサンダーバードに鋭い何か投擲された。
「クケッ!?」
サンダーバードは態勢を崩し、錐揉み回転しながら墜落した。
雷鳥を撃ち落としたのは、黒い影のように見えた。
黒い影は、雷鳥に飛びかかると、その首を切り落とす。
「ふぅ……! ご無事か治癒術士殿!」
黒い影に光が差すと、そこにいたのはエルフ族の男性、クースさんだった。
「クースさん、助けてくれるんですか!?」
「君には妹を救助してもらった恩がある、当然のことだ」
「そういえばカスミさんは?」
「そのことなんだが……」
「うー」
音も無く後ろから聞き慣れた唸り声がした。
ボクは後ろを振り返ると、額に呪符を張ったエルフ女性が物静かに立っていた。
「え? なんでキョンシーのまま?」
「公正神の教会に蘇生を依頼したのだが、奴らあろうことか妹をそのまま浄化しようとしたのだ!」
「浄化、治療可能なのに!?」
「そうだ、奴ら妹をただ不浄の者としか見ておらず、初めから治療する気もなかったのだ! 某はなんとか妹を連れ出したのだが、もはや信用出来るのは治癒術士殿しかおらず……!」
正に断腸の思いと言うように、クースさんは悔しそうに拳を震わせた。
公正神の教会でその対応なら、もうどこの治療院も信用出来ないというのがクースさんの見解だろう。
エルフ族という点も見下される材料になった可能性もあるか。
「治癒術士殿! カスミは貴殿に懐いております、なんとか治療できませんか!?」
「誠に残念ですが、蘇生は高度な白魔法です。今のボクには出来ません」
「左様ですか……」
「ですけど、もう一つ可能性はあります」
「可能性、ですと?」
クースさんは僅かな希望に顔を上げた。
ボクもこれは、賭けに近いけれど。
「【ダンジョンマスター】を討伐出来れば、キョンシーの呪いが解ける可能性があります」
「なんと、しかしダンジョンマスターなど本当に実在するのか?」
「可能性です。ダンジョンはまだ誰も最下層までたどり着いた冒険者はいません」
だから誰もダンジョンマスターの存在を否定も出来ない。
ダンジョンはどうして出来る?
魔物はどこからくる?
ダンジョンが意思を持つという説もある。
迷宮神が娯楽の為に用意したという説もある。
ボクは万に一つの大博打に出るつもりだ。
「ダンジョンを完全攻略すれば、カスミさんも、街も、皆救える筈です!」
「し、しかし治癒術士殿よ……本当に可能なのか?」
「無理だ無茶だ、そんな言葉はもう聞き飽きました。ボクはやります」
ボクはもう迷わない。
救えと仰った豊穣神の御心を信じて、前に進むだけだ。
ボクは勇者でも、聖人でもない。
ただ一人のごく普通の治癒術士でしかない。
それでも、誰もボクの歩みは止めさせない。
それが例え魔物でも。
「キュイイイ!」
花の怪物【マンイーター】が正面から現れた。
ボクは錫杖を構える。
だけど、マンイーターは直後足元から上がる火柱で燃え尽きた。
「……たく、地上の様子を見に来たらなにこれ? あっ、マール!」
「クスッ、ナイスタイミングです魔女さん!」
杖をぷらぷら振りながら、青肌の魔女は魔物相手に戦っていた。
ボクは魔女さんを見つけると、笑顔で駆けつけた。
「マール! あぁ無事で良かったわ!」
「魔女さんこそ、あの魔女さん、ボクに力を化してくれませんか?」
「マール、私を呪いから解放してくれたのは貴方よね。いいわ、お姉さんに任せなさい!」
魔女さんはそう言うと満面の微笑みを見せてくれた。
やっぱり、この人は笑顔が似合う。
そして誰よりも頼れる強いお姉さんだ。
「にゃあ、先を越されたにゃあ!」
「クロ! クロも戦っていたんだね?」
「それはまぁにゃあ、放っておけにゃいし」
「後は勇者さんは?」
「鎧の悪魔なら、ほれ」
魔女さんは杖で、ダンジョンの入口を指差した。
出現する魔物を片っ端から斬っている古ぼけた鎧騎士の姿だ。
間違いない、勇者さんだ。相変わらずデタラメな強さで無双している。
「勇者さーん!」
「おーマル君! 大変大変! どんどん魔物が出てきてー!」
「勇者さん、協力してください! 入口を強行突破します!」
「ふーん、オーキードーキー!」
勇者さんの協力も必要だ。
そして最後、勿論彼女にも。
「カスミさん、もう一度一緒に冒険してくれますか?」
「うー!」
「おっしゃ、それじゃあもう一度パーティ再結成、景気よく行くわよー!」
魔女さんが杖を掲げると、魔法を唱えた。
空から降り注ぐのは、燃える岩。
降り注ぐ彗星が周囲の魔物を殲滅する。
「うー!」
「とりゃあ!」
勇者さんとカスミさんは、一気に入口を確保するため魔物をダンジョンへ押し込んで行く。
よし、これなら押し切れる。
このボクの知る限り、最高峰のメンバーなら!
「治癒術士殿……貴方の冒険の話、誠だったのだな」
「信じてなかったんですか?」
「いいや、多少誇張しているのかと思っていた……本当に良き仲間を得たのですな」
「はいっ、最高の仲間です!」
「マル君、前線が開いたよ」
「あっはい、突撃しまーす!」
ボクは錫杖を両手で持って、ダンジョンに吶喊する。
入口で丁度、【ゴブリン】が顔を出した。
ボクは迷わず錫杖でゴブリンの顔面をぶっ叩いた。




