第67ターン目 三柱の神の加護 光り輝く獣クロ
【魔物の総攻撃】が始まる切っ掛けはマールが独房を出る頃に起きていた。
突如、ダンジョンを封鎖していた門が突破され、魔物が街へと侵入。
大量にダンジョン入口から出てくる魔物達、最初に事態に気づいた門を守護する兵士達は、必死に応戦したが、魔物の進軍を止めることは出来なかった。
直ぐに大狂乱になるダンジョン街、駐在する兵士や、冒険者は完全な不意打ちを受けた形だった。
その時、偶然門の近くにいた黒猫の使い魔クロは、魔物の進撃を屋根の上から俯瞰する。
積極的に戦おうとしなかったのは、それがクロにメリットがあると思えなかったからだ。
ただ、彼女の心配は捕まったマールだけである。
マールはあの兎獣人が勝手に救出に動いたから、彼女はそれを任せた。
いざとなれば兎獣人に罪を擦り付ければそれでいいし、クロはちっとも傷まない。
だけど……よりにもよって、マールが独房から脱出すると同時に、ヘルフレイムドッグと戦闘に入った。
クロは直様助けようと動こうかと立ち上がった……が、あの主人は怖い癖に必死に戦っている。
そしてヘルフレイムドッグが打ち倒された後、あの馬鹿はなんとダンジョンの方へと向かってきたのだ。
ダンジョン街はダンジョンの入口を中心に八つの門で封鎖された構造をしている。
この街は八つの門に合わせて、八つの大通りが放射状に広がっていた。
その性で魔物は四方八方に移動し、至るところで戦闘が発生している。
ご主人はどうやら、そのど真ん中に行きたいようだ。
「馬鹿げているにゃあ、あんなの死にに行くようなものにゃ」
だけど、そんな主人を力尽くで止められるだろうか。
危ないから逃げろと言って、ハイそうですかあの主人が言うことを聞くだろうか。
ありえない……あの主人は、呆れるほどお人好しで、誰よりも豊穣神の教えを守ろうと努めている。
どこかに傷つく人がいて、それを見捨てるなんて、あの主人には不可能なのだ。
「うにゃあああん……十分休息は取れたにゃあ、まぁこれも使い魔の務めにゃ」
彼女は大きく伸びをすると、空を見上げた。
今頭上には丸い月がある。
月は黒猫の象徴、けれど今は。
「ニャオオオオオン!」
クロは大きく吼えた。
するとクロの身体から太陽のように眩い光が放たれる。
クロの身体はグングンと大きくなり、その身体はゆうに十メルドほどになる。
まるで【太陽の獣】、クロは四本の尻尾を振りながら、戦場へと飛び込んだ。
「ガオオオオン!」
光り輝く獣が吼えると、魔物達の視線はクロに集まった。
その瞬間、クロは残像が出るほどの速度で魔物を一度に切り裂いていく。
数十はいた魔物は一瞬で、クロの爪に切り裂かれた。
「ふん、他愛もないわね……うん?」
全ては主人の為に力を奮うクロは、次の獲物を探した。
すぐ近く、【スケルトン】が冒険者と戦っているのを見た。
そしてその冒険者を見て、クロは首を横に振る。
「ガデス、助けるのも癪だけど」
助けなければ、主人が助けるだけだ。
ならば主人に余計な力を使わせられない。
クロは直様神速で飛び出した。
「くそ! くたばれ骨野郎!」
「……ッ!」
ガデスはスケルトン相手に苦戦していた。
元々大口叩く割に実力不足の男であった、だからこそクロはこの男を侮蔑している。
能力に見合わない男、それがクロの正当な評価だ。
だが、死んでも構わない男といえど、これが主人の心を煩わせるのは気に食わない。
「ガオオン!」
クロは光り輝く爪で、スケルトンを両断。
スケルトンは光となって消滅した。
クロの強過ぎる光の力がスケルトンは受けきれなかったのだ。
「な、なんだこのデカイ化け物は!? ま、魔物なのか!?」
ガデスは無謀にも光り輝く獣に剣を向けた。
所詮先の見通せぬ男、ここで爪の一撃で黙らせるのは簡単だが、時間が惜しい。
「弱い癖によくやる、貴方など後方で民間人の避難を誘導するほうが向いているでしょう」
「な、なんだと俺が弱いだと!?」
「問答はしません。時間が惜しい」
クロはそう言うと、次々門を越えてくる魔物の群れに飛び込んだ。
爪は魔物を切り裂き、尾は魔物を強烈な力で叩きつける。
「ガオオオオン!」
大咆哮が、周囲に群がる魔物を瞬時に吹き飛ばした。
圧倒的な力だが、この力には制約がある。
朧げだが、クロが記憶するのは産まれる前の記憶。
――――クロがこの世に産まれる直前。
幼き魂の前に、なにかがいた。
「この子は数奇な運命が待つ、是非この【てすかぽりとか】が加護を与えよう」
「いーにゃ! この子は女の子にゃ! この【ばすてと】の加護こそ相応しいはずにゃ!」
「いーや、コイツには俺のマッシブな黒毛が似合う!」
「賢く凛々しくて、頭も良いのが一番にゃあ」
幼き魂はぼんやりとこのやぁやぁ言い合う謎の二人が不思議であった。
まだ産まれてもいないのに、まるで親権を奪い合うかのような醜さに、産まれる前から辟易したかも知れない。
そんな二人の前に、五光を背負う女神が現れた。
幼き魂はその姿に心を奪われた気がしたのだ。
「あらあら、可愛い子供にそんなに押し付けて」
「【あまてらす】、この子はジャガーだ、強くあるべきだ」
「にゃーかーら! この子はネコにゃ!」
「はいはい、けれど貴方達二柱が加護を与えたら、闇の波動が強くなり過ぎるわ」
「混沌の子に相応しかろう!」
どうやらこのてすかなんとかという神は、幼き魂を混沌に染めたいらしい。
それはばすなんとかというネコっぽい女神も同様のようだ。
優雅に微笑むあまてらすは、幼き魂に触れると、己の加護を与えた。
「貴方には九つの魂を用意しました。貴方がどうしても力を求める時、その魂を用い、貴方は成しなさい」
「ああっ、ずるいぞあまてらす! 俺の要素は!?」
「にゃーの加護もにゃあ!」
――こうして、クロは三柱の神の加護を貰った。
光り輝く力はあまてらすの加護、トラやヒョウを思わせる大きな身体はてすかぽりとかの加護、愛らしさと聡明さ、ちょっぴり嫉妬深さはばすてとの加護。
――力は主人の為に。
九つあった魂も、もう残り四つ。
クロは魔物相手に無双しているが、もうすぐ四つ目の魂が燃え尽きる。
海底では主人を助ける為とはいえ、魂を一つ消費したのは惜しかった。
尻尾は魂の数、元々は九尾であった。
猫には九つの魂があると、あまてらすは言っていた。
言うなれば、加護の前借り、代償は付き物だろう。
「ガオン……にゃああ」
四つ目の魂が燃え尽きた。
クロから強烈な光の力が抜けていくと、元の小さな黒猫の姿に戻ってしまう。
それでもクロは、顔を上げる。
主人の為に命を燃やせ、使い魔であるクロの誇りであった。




