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第66ターン目 魔物の襲撃

 冒険者ギルド一階は静まりかえっていた。

 どうやら全体に強力なネムリ草から作成した睡眠強制薬が散布されたようだ。

 兎獣人のラビオさん、こんなことして大丈夫なんでしょうか。


 「立場上、ボクは治療しないといけないのですが」

 「勘弁してくだせぇ、オイラだってギリギリなんですぜぇ」

 「ごっ、ごめんなさい、脅かすつもりはないんですが」


 流石にボクでも今の自分の立場くらいは理解している。

 せめて地べたで眠っている人くらいはなんとかしあげたいけれど、そんな悠長な時間は掛けてられないか。

 窓から見える景色はもう夜を迎えようとしていた。

 おかげでギルド内の人は最小限、ラビオさんもそれを狙ってボクの救出に動いたのだろう。


 「さぁさっさと出やしょう。なに街にさえ出れば後はなんとでもなりやすさぁ」

 「うん……ん? ちょっと待ってください、なにか様子がおかしくないですか?」

 「はぁ? なにかって……」


 ラビオさんはこちらを見ながら扉を開いた。

 直後、ラビオさんに炎の塊が飛来する。

 ボクは咄嗟に前に出て魔法を詠唱した。


 「っ、《聖なる壁(ホーリーウォール)》!」


 間に合え、神への祈祷も満足にいかぬまま放った《聖なる壁》は炎の塊が直撃すると、ボクの精神力(マインド)を揺さぶる。

 ボクは錫杖を握りしめ、ただ耐えた。

 炎の塊は拡散すると、ボクは改めて息を吐いた。


 「ふぅ、でもこれは一体……」

 「まさか罠……いや、違いやす! 魔物だ!」


 ラビオさんが指差す先、月が照らすダンジョン街の道路に、炎が揺らめいていた。

 ボクはそれを見て僅かに戦慄する。


 「【ヘルフレイムドッグ】……!」


 死の番犬とさえ言われるヘルフレイムドッグは真っ黒な体毛と、炎のように赤い瞳をした魔物だ。

 ボクが見た炎の揺らめきは、口元に湛えた炎の息吹だ。

 火炎ブレスを吐く危険な魔物で、本来なら第五層に出現する魔物だぞ。

 なんで地上にこんな危険な魔物が……。


 「あっ! 治癒術士の兄さん、上を!」

 「上っ!?」

 「ケケー!」


 ボクは嘘だろうと、最初は思った。

 怪鳥音をけたたましく叫んでいたのは、【サンダーバード】だったからだ。

 口から雷撃弾を放ち、全身からの放電といい、中級冒険者でも手を焼く超危険な魔物だ。

 魔女さんだからこそ、サンダーバードを圧殺できたけれど、本来ならとても勝てる相手じゃない。


 「ど、どどど、どうなっているんでぇ? 一体なにが起きたんだ?」


 ラビオさんの意見も最もだ。

 これはなんだ、なにが起きたんだ?

 まるでダンジョンじゃないか、ここは地上だぞ。

 ボクはとにかく錫杖を握り、その場をどうやって切り抜けるか考えた。

 ヘルフレイムドッグだけでも厄介なのに、サンダーバードまで現れたらまず命はない。

 せめてクロがいれば、ヘルフレイムドッグはなんとか出来るかも知れない、それでも過信出来る相手じゃないけれど。


 「ラビオさん、直ぐに冒険者を起こしてもらえますか?」

 「そりゃ勿論でぇ、ですが兄さんはどうするんで?」

 「扉を……死守します!」


 ボクはそう言うと、ラビオさんをギルド内に押し込み、ボクは外で扉を閉じた。

 中に何人か冒険者が眠りこけていた筈だ、今は魔物の退治を優先しないと。


 「グルルル! グオオオオン!」

 「きたっ、この!」


 ヘルフレイムドッグは大きく(うな)ると、飛び出してくる。

 体長はボクよりも大きい、その顎はボクの頭蓋ごと噛み砕くだろう。

 それでもやりようはある筈だ、ボクは錫杖を振ってヘルフレイムドッグの突進を横から叩きつける。

 ヘルフレイムドッグの前進はわずかに逸れ、ギルド前に置かれていた木箱に頭から突っ込んだ。


 「はぁ、はぁ……時間さえ稼げば勝算はある筈だ」


 それにしても、どうして地上に魔物がいるのだろう。

 ボクはダンジョンのある方向を見た。

 すると、更に驚愕の事実を知ることになる。


 「嘘だろう……あんなに魔物が」


 それはダンジョンのある方向から次々進軍する魔物の群れだった。


 「魔物だー! 魔物がダンジョンから溢れて来やがったー!」


 カンカンカン!

 本来なら火事を知らせる鐘の音が、危急を知らせ狂ったように鳴り響く。

 ボクはこの現象を聞いたことがあった。

 制御不能になったダンジョンから魔物が溢れ出す現象【スタンピード】だ。


 「そんな……どうしてこんなことに?」


 ボクは恐ろしくて全身が震えてしまった。

 今、アチコチで戦闘音が聞こえ、悲鳴がそれを上塗りしていた。

 戦えるボク達冒険者より、戦う力のない民間人の方が被害は大きい。

 ボクはその事実を知ると、震える身体に喝を入れるように、頬を叩いた。


 「豊穣神様、ボクは怖いです。魔物が恐ろしくて仕方がない……それでも、治癒術士(ヒーラー)は守り、癒し、救え、ですよね?」


 豊穣神が信徒に伝えたという教え、通称【三聖句】。

 ボクはこの教えを実践することを心掛け、これまで必死にやってきた。

 悲鳴があるなら、その悲鳴を止めよう。

 痛いと泣いている子供がいるなら、癒し笑顔にしよう。

 弱き者を守れ、それが治癒術士の役目なれば。


 「グルルル……!」


 後ろではヘルフレイムドッグが、木箱から顔を出した。

 あの地獄の番犬の敵意はボクを突き刺すようだ。

 ヘルフレイムドッグは、口元に炎を湛えると、火炎ブレスを放った。


 「憐れな子羊を守り給え《聖なる壁(ホーリーウォール)》!」


 火炎ブレスは強力だ、だけどボクの《聖なる壁》は持ち堪えている。

 なによりこれは、ボクの知る限り最強じゃあない。

 【レッドドラゴン】の竜の息吹(ドラゴンブレス)に比べれば、どうってことはない!


 「ふぅぅ……! ボクはお前なんかに負けないぞ」

 「グルルル!」


 ヘルフレイムドッグはなおも敵意を燃やし、態勢を低くした。

 再び突進する気だ、ボクは錫杖を構えた。

 だけど、次の瞬間、ガシャァァァンと冒険者ギルドの窓が割れる。

 小さな兎獣人の身体が宙を舞うと、短刀を二本両手に構え、ヘルフレイムドッグに飛びかかった。


 「おおおっ! やらせるかぁぁあ!」

 「ラビオさん!」

 「中にいる奴らは起こしやした!」

 「グルルルゥ!」


 ヘルフレイムドッグは短刀を背中に刺され苦しんだ。

 だけど致命傷じゃない、しかしそこに剣士が飛び込み、首にロングソードを叩き込む。


 「ラビオのおっさんにばっかり格好つけさせるか! うおおっ!」


 ラビオさんの仲間の新人戦士は、渾身の力でヘルフレイムドッグを力尽くで押さえる。

 そのまま二人はヘルフレイムドッグの息の根を止めた。


 「はぁ、はぁ、おっしゃあああ! 見たかミルク!?」

 「油断しないの馬鹿! まだ魔物はいるんでしょう!?」


 ギルド内にはあの治癒術士の少女もいるらしい。

 てことはギュータさんも一緒だろう。

 ボクはラビオさんに向き直ると、まず頭を下げた。


 「救援ありがとうございます」

 「い、いや兄さんが時間を稼いでくれなきゃどの道よぉ」

 「それより一体全体どうなってんだ?」


 今も戦闘音も悲鳴も無くなった訳じゃない。

 ここはラビオさんに任せよう。

 ボクはこのままダンジョンのある方向に行く!

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