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第65ターン目 治癒術士の受難

 ダンジョン第二層、比較的初心者向けのエリアに【彷徨う鎧(リビングアーマー)】と【青肌の魔女】が一緒にいた。

 二人は地上すぐ近くで、隠れるように座っていた。


 「ねぇマールはもう地上に出たと思う?」

 「そりゃ今頃はお日様の下でしょう」

 「そうよね、それでいいのよ」

 「カム君さー、そんなに寂しいなら地上に出たらー?」


 魔女はイラっとくると、ガツンと鎧の悪魔の兜を杖で叩いた。

 鎧の悪魔は兜を両手で抑えると「何するんだよー!」と抗議する。


 「アンタ馬鹿ぁ? 私を見たあの男どもの姿見たでしょう? 私は魔物よ、相容れないわ」

 「けどさぁ、マル君が心配なんでしょうー?」

 「そりゃあマールって、どこか頼りないし、虐められたりしてないか心配になるわよ」

 「俺はマル君って、案外強いと思うなー、並大抵じゃマル君の意思は曲げられないと思うー」


 二人が結局この第二層までやってきた理由。

 それはマールの心配であった。

 第一層の階段はすぐ近く、地上はもう目の前と言えるが。


 「……にしてもさぁ、なんかさっきから魔物を多く見ない?」

 「そう? でも全然襲ってこないねー」

 「そりゃ私達が魔物だからじゃない?」


 ああっ、と鎧の悪魔はポンと手を叩いた。

 コイツが一番自分を魔物と思っていないのかと、魔女は呆れる。


 「流石自称勇者ね……」


 既に地上は夕方を迎えつつある。

 魔女は直接気づいてはいないが、その肌でダンジョンの異変を感じ取っていた。

 もう間もなく、なにかが起きる……そこまでは掴めていないものの。




          §




 「っ……ぅ?」


 ボクは痛みから目を覚ますと、小さな独房の中にいた。

 ここはどこだ? 一体なにがあった?


 「クロ、いないんですか?」

 「目覚めたのかこいつ」


 独房の唯一の扉の向こうに人の気配がある。

 ボクは扉を叩いた。


 「あのっ、ここはどこなんです!?」

 「ええい、静かにしろ! ここはギルドの地下独房さ」

 「ギルドの地下?」


 そういえば、冒険者ギルドには地下に犯罪者を一時的に拘置する留置所があるって聞いたことがある。

 ということは、ボクはやっぱり罪人扱いなんだ。

 なんでだ、どうしてボクが間違ったことをしたのか?

 ボクは両手を組むと豊穣神様に祈りを捧げる。


 「豊穣神様、ボクは間違っていたのでしょうか? ボクはボクのやってきたことを信じたい。ボクの直感を信じたいです」


 豊穣神様は、ボクに託宣(ハンドアウト)は授けてくれない。

 ここはやっぱり豊穣神の神殿ではないから?

 いや、違う……きっと豊穣神様は、この憐れな子羊を見捨てたりなどしない。

 ただ幼子がどこまで頑張れるのか、じっと見ていらっしゃるのだ。


 「豊穣神様、どうか勇気の加護を」


 ボクはそう呟くと、小さなベッドに腰掛けた。

 今は体力を温存しよう。

 クロの姿もない、クロならきっと無事だと思うけれど。

 問題はむしろボクの方だ。

 ボクは魔物を地上に連れてきた尖兵だと疑われている。

 全くもって、ナンセンスだ。

 だけど同時にボクは魔物ではないかとも疑われていた。

 その点について、ボクはそれを否定できなかった。


 「勇者さんと魔女さんの言葉がわかり、カスミさんに命令権がボクにある……でもどうしてだろう?」


 ボクは落下の際頭を打って、変になったんじゃないかと疑っていた。

 けれど冷静に考えれば、第四層から第七層へと落下して無事で済むんだろうか。

 本当は即死していて、そっくりな魔物に転生したんじゃないだろうか。


 「て、やっぱりそれもないか」


 それならクロとの魂の繋がりは切れ、クロは息絶えている。

 クロが生きている以上、ボクは死んでいない。

 それにだ、ボクが白魔法を使えるのは神への嘆願が通っているから。

 魔物に神はいない。神の加護を持たぬ者こそが魔物だっていう学者もいる。

 ならボクに豊穣神様への信仰心(フェイス)がある以上、魔物ではありえないのだ。

 よし、これだけボクが人間である証拠があるならボクの弁護は自分で出来る。

 後は、ボクが無実だと伝える手段だけれど。


 「あのー、ボクはこれからどうなるんでしょうか?」

 「ああん? そんなの俺が知るかよ、そのうち刑務所に連行されるんじゃないか?」


 刑務所か、問答無用で弁護する暇はなさそうかな。

 だとしたら困ったな、脱獄するつもりはないけれど、ボクはどうすれば?


 「あのボクは無実です、ここから出してくれませんか?」

 「あぁはいはい、悪いことした奴はみーんなそう言う、ふわああ、なんだ……急に眠く……ぅ」


 ドサッ。

 突然扉の前にいたであろう警備兵が倒れる音がした。

 何が起きたのかと驚いていると、突然ガチャガチャと扉から音がして、扉が勝手に開いた。

 扉の向こうにいたのは兎耳が特徴的なおじさん、ラビオさんだった。


 「へへっ、兄ちゃん無事かい?」

 「ラビオさん、どうしてここに?」

 「兎獣人族の教えでさ、恩は命懸けで返せって言うんでさぁ」

 「でも、ボクを助けたってラビオさんには」

 「それ以上は言いなさんな、アンタが悪人じゃないなんて、盗賊のオイラにゃあ丸わかりでさぁ」


 そう言うとラビオさんは鼻を指で擦る。

 盗賊の鼻は真偽に敏感だって聞くけれど、ラビオさんはボクを信じてくれるんだ。


 「わかりました、行きましょう」

 「へへっ、これ兄ちゃんの錫杖でしょう? 取り返しておきやした」


 なんとラビオさん、ボクの錫杖まで取り返してくれていた。

 本当に盗賊って凄いなぁ、ボクは部屋を出るとき床で眠る警備兵を飛び越え、首を傾げた。


 「そういえばどうして警備兵さん、突然眠ったんでしょうか?」

 「そりゃ簡単、ネムリ草を粉にして散布したんでさぁ」


 ネムリ草といえば、睡眠薬の材料になるダンジョン産の魔草の一種じゃないか。

 なるほど、大型魔物でさえ眠ると言われるネムリ草の威力は流石(さすが)だね。


 「兄さん、地上に出たら街を出るんだ。そうすりゃ執政官のイカリオもわざわざ追いかけやしねぇだろう」

 「う、うん……けど、クロがまだ」

 「あの使い魔で? 兄さんが捕まってから姿を見やせんが」


 クロは気ままだけれど、ボクの危機には人一倍敏感だ。

 外で遊んでいるのか、寝ているのか。

 寝ているのなら、起こさないと。

 ボク一人で街から逃亡するなんて、イヤだからね。

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