第7ターン目 治癒術士は 使い魔と出逢う
「こっちこっちー! 階段は直ぐそこだよー!」
リビングアーマーの自称勇者さんは先行しながら、そう捲し立てる。
ボクの隣を歩く大魔女カムアジーフさんは、呆れたように三白眼で勇者さんを睨んでいた。
「言葉は分かんないけど、嫌に陽気だってのは、感覚的に分かったわ。ムカツクわね」
「アハハ、悪い魔物じゃないんですけれど」
「どうだか、マールは鎧の悪魔の何を知っているの? 簡単に信じるのは危険よ」
三人と一匹のパーティになってからも、魔女さんは勇者さんを信用していなかった。
ボクはそれでも、ここまで助けてくれたのは嘘だとは思いたくない。
だからボクはちょっと苦手なトンチを使うことにした。
「でもそれでしたら、魔女さんはボクの何を知っているのでしょうか? ふふふ」
ボクは勝ち誇るように微笑む。
一本取ったと思ったんだけれど、魔女さんは。
「残念、アンタはよく知らなくても善人だってのは分るわよ」
「えっ?」
「ほら直ぐに顔を赤くするところとか、今も使い魔を大事そうに抱えているところとか」
「〜〜〜〜!」
ボクは耳まで真っ赤にして、照れてしまう。
善い人になろうとは、常々心掛けていたけれど、真顔で言われるとは。
「でもさ、なんで治癒術士が使い魔と契約しているのよ。それって普通は私のような魔女が契約するものでしょ?」
「そ、それには深い訳がありまして」
「なにそれ? 聞かせて聞かせて!」
「で、でも……」
「どうせ道は長いんでしょ、教えなさいよ、このっ!」
魔女さんは突然横からボクを抱き寄せる。
後頭部にマシュマロくらいの硬さのアレが当たり、ボクは気が動転してしまう。
まるで乱暴者の姉のような当たり方、ボクは嬉し恥ずかし、困惑するしかない。
「ほらほらー、吐け吐くんだっ!」
「わ、わかり、わかりましたから離れて!」
ボクは観念すると、クロとの馴れ初めを話し出す。
§
ダンジョンの上に聳え立つ街、通称ダンジョン街。
正式な名前はデキン公爵領第七ダンジョン街。
元々は魔物が溢れ出すダンジョンの入口を封鎖する目的で、ここに監視所が建てられた。
しかしダンジョンでしか産出しないレアな鉱石や魔物素材が山程あり、それに目を付けたデキン公爵は冒険者を募った。
かくして、ダンジョンの危険性と旨味の天秤に揺らされながら、ダンジョン街は冒険者の街へと変貌していった。
「はぁ、これだけですか」
それは在りし日のボク。
ボクはダンジョンに潜ると回復薬の材料になる魔草を採取し、冒険者ギルドにそれを卸した。
けれどボク一人の稼ぎなんてたかが知れている。
その日だって、採取中にゴブリンの群れに襲われて、命からがらだったんだから。
「仕方がないですよ。単独だと限界もありますし、そもそもマールさんのレベルじゃ」
受付カウンターに座る優しい微笑みの眼鏡が似合う受付嬢は優しく言った。
だけどその優しさでさえ、ボクには致命打なのだ。
「そろそろパーティを探してみてはいかがでしょうか? 治癒術士なら雇い主も現れるのでは?」
「無理ですよ……ボク小柄だし、弱気だし、おまけに運も無いし、第一ボク人気のある教会所属の治癒術士じゃありませんし」
過去、ボクが仲間を探さなかった訳ではない。
だけどある冒険者一行に言われた台詞は今でも忘れられそうになかった。
「あん? もぐりの治癒術士なんて信用できるかよ! せめて教会学校くらい卒業してから来な!」
この世界には多くの優秀な治癒術士を生んだ教会学校がある。
そもそも治癒とは、神への嘆願に他ならない。
公正と真実の神を奉じる教会の力は圧倒的で、それ以外のマイナー陣営はお呼びにさえかからないのだ。
「いくらボクが豊穣神に仕える治癒術士だからって……」
ボクは受付嬢の前で、そんな泣き言を吐露する。
彼女は乾いた笑いを浮かべながら。
「豊穣神ですもんね……」
「風評被害だー」
ボクが奉ずる豊穣神様は、五穀豊穣と子宝を司る女神様だと言われている。
農村では信仰厚く、ボクの住んでいた村でも例外ではなかった。
ボクの魔法も豊穣神の神官であった孤児院の院長先生から教わったものだ。
けれど、残念ながら外から見た豊穣神様はどうしても『子宝』の方に目が行ってしまうらしい。
……いや、孤児院に飾ってあった豊穣神様の偶像はやたら薄着で、大きな胸に、大きなお尻、丸見えのふとももと、子供心ながらエッチだなーって思っていたけれど。
「マールさんの実力ならば、決して教会所属と比べても遜色ないと思いますが」
「そう言って貰えると幸いです。流石は公正の神の信徒だ」
恨めしそうに見つめると、受付嬢も困惑する。
この時期のボクは確実に病んでいた、とにかく仕事を奪う公正と真実の神が大嫌いだった。
いけない、ボクは小さく首を横に振ると少ない財貨を小袋に仕舞い、冒険者ギルドを出ていく。
受付嬢は「どうかお元気に」と励ましてくれたが、この時のボクにはもうそんな元気さえ奪われていた。
街をとぼとぼ歩く。
ダンジョン街は冒険者と、その冒険者を支える街のインフラを担う労働者で溢れかえっていた。
街中を「がはは」と笑いながら歩くガテン系の男性労働者達を見てボクはどんより溜息。
幸せそうな顔を見れば、自分が今どれだけどん底を惨めに彷徨っているのかよくわかる。
もう無理かもしれない……冒険者を辞めて、街で働こうかな。
土木は無理かもしれない、あっ飲食店ならボクでも出来そう。
あーでも、ボク本当にそれでいいのかな?
やっぱり村に帰って、豊穣神の神殿に帰依しようか。
いや駄目だ駄目だ、なんの為に村を出てきたんだ。
冒険者になって、いっぱいお金を稼いで孤児院に仕送りして、冒険者として名を残すんだろう!
「よしそうとなればもう一度ダンジョンに……て、わわっ」
ドンッ、と後ろから大柄な男性にぶつかられた。
牛の角が頭から生えている獣人だった。
「んもー、大丈夫かー、小さくて気が付かなかったんだなー」
「あっ、あはは……いつものことなので、大丈夫です」
幸い人の良さそうな獣人だった。
獣人はボクの無事を確認すると、またのっそのっそとゆっくり歩き出す。
ゆっくりと言っても歩幅がボクの三倍はあるから、結構速いけれど。
やれやれ、ボクは真っ白い豊穣神の法衣に付いた砂やらホコリを手で払うと、立ち上がろうとする。
けれどその時、道の端でのんびりうたた寝する黒猫を見てしまった。