第63ターン目 地上の光 眩しく 懐かしく
「おーし、このまま地上に戻るぞお前ら! クースさんもそれで良いよな?」
「うむ! 想定外に二つも収穫があった、このまま地上に戻ろう」
ボクは無言で錫杖を握ると、いよいよかとあれほど待ち遠しかった地上を目の前にしているのに、どうしてか感慨が沸かなかった。
別にこのパーティの居心地が悪い訳じゃない。
熊のような大男の頭目としての才覚には問題ないし。
ラビオさん、ギュータさんも良い人だ。
ベースキャンプで待機していた剣士の少年と教会治癒術士の少女はよくわからないけれど、きっと良いパーティなんだろう。
ならなんでボクは不満なんでしょうか?
「ねぇ貴方、どうして教会学校を出ていないのに治癒術士になろうと思ったの?」
ボクと同じくらいの身長の女の子、ボクは横に笑顔で笑う魔女さんを幻視した。
「ねぇちょっと、聞いているの?」
「……あぁごめん。ボクは豊穣神の信者ですから、教会はちょっと……」
「なにそれ、これだからもぐりは」
随分生意気な感じだ。
教会出身以外の治癒術士を見下している。
ボクなら少なくともそんなことはしないけどなぁ。
魔女さんなら外面より内面を見ていた筈だ。
「まっ、短い間だけどよろしくなー、たはは!」
「……よろしくおねがいします」
反対側、能天気に笑う剣士の少年の側には勇者さんが幻視される。
あぁ、やっぱりボクはあの二人と一緒に地上に出たかったんだ。
やっと、心から信頼できる仲間が出来て、あのパーティならなんだって出来るって思えた。
馬鹿やって、失敗して、窮地もあれば、幸運もある。
地上を目指す冒険は、ボクの望む全てがあった。
「なによ、アンタ泣いているの?」
「え……ボク、泣いていますか?」
「おー、泣いてる。あーお前また泣かせたなー、この悪女めー!」
「な、なによ私が悪いっていうの!? 信じられないこれだから男って!」
「ふたりとも、ここはダンジョンですよ、気を抜かないように」
シャン、とボクは錫杖で地面を突くと、二人のギャーギャー声を遮った。
二人は鳩が豆鉄砲でも貰ったように驚いた。
「ダンジョンは容易く冒険者を欺き、危機は一瞬です。ここは遊び場ではありませんよ」
「嬢ちゃ……兄ちゃんの言うとおりだぜ、お前ら、ダンジョンを出るまでは警戒を解くな」
ラビオさんが忠告すると、二人は「はーい」と素直に従った。
「兄ちゃんすまねぇな。こいつらまだ新人なんだよ」
「なんとなくそうかなと思いました」
「兄ちゃんくらい胆力が付いてくれりゃあと思うが、目を掛けてやらねぇとすぐくたばっちまいそうでな」
あの年若い二人には、確かに危うさがある。
ボクもまた、まだまだ半人前の冒険者だ。
前を向けマール、地上に帰還するんだろう。
「クロ、地上に帰ったら何しようか?」
「とりあえず寝るにゃあ、思いっきり惰眠をむさぼるにゃあ」
「ははっ、クロらしいね」
「主人はどうするにゃあ?」
「そうだね……ボクも、宿屋で眠りたい」
思い出される地上での当たり前。
これまでが全部非常識だった、これからはちょっとずつ常識に変えていかないと。
第二層はまだ安全と言えるエリアだ。
ゴツゴツの岩壁が通路を遮り、時々開けた広間に出てを繰り返す。
それでもマッピングが完了しているのなら、すぐにでもボク達は階段を発見する。
そのまま明るい第一層も直ぐに通っていくと、ボクは久しく見なかった強烈な照りに網膜を焼かれた。
「っ……太陽、か」
「治癒術士殿、大丈夫か?」
「ちょっと、立ち眩みが……」
何日もダンジョンに潜る冒険者にはある症状らしい。
ダンジョンの中は光源があっても薄暗いことに違いはない。
そんな環境に目が慣れると、地上の明るさに直ぐに対応出来ないのだ。
「にゃあああん、お日様の香りなんて久々だにゃあああ」
「そうだね、キョンシーさ、あ、いえカスミさんは大丈夫ですか?」
「……うー」
キョンシーのカスミさんはちょっと苦しそうだ。
無理もない、アンデット族は太陽の光が苦手なのだ。
「えと、布かなにかありませんか?」
「カスミ、これを」
クースさんは背負っていたバックパックから、大きな布を取り出しカスミさんに被せる。
これで少しは陽の光を遮れるだろう。
「団長殿、某ここで妹を教会に連れて行きます、ここまで感謝致しますぞ」
「ああクースさん、お疲れ様。俺はこのまま冒険者ギルドに向かう」
クースさんは目的の一つ、妹を探すという目的を果たし、カスミさんを連れて教会を目指した。
ボクはカスミさんに手を振り、お元気でと伝えると、再び歩き出す。
「マール君、君には重要参考人として冒険者ギルドまで同行願えるかな?」
「構いません、それにボクの冒険者証明証を更新しないといけませんし」
行方不明になってから一週間が過ぎると、ボクの冒険者証明証は取り消されてしまう。
期日は多分ギリギリだ、これで期限を過ぎていたら、また最初からで今までの実績もパー。
それだけはなんとしても避けたい。
「にゃあ、それにしても地上は久し振りにゃねぇ」
「そうだね、ダンジョンで過ごした時間はあまりに長過ぎた」
僕たちは賑わう街の道路を歩きながら、感慨深く眺めていた。
よく行っていた食堂、ボクの法衣を修繕してくれたクリーニング屋さん。
怪しい回復薬を扱うけれど、腕は確かな道具屋さん。
皆懐かしい。
「着いたぞ、お前らもう少し待ってろ!」
周囲からは一際大きな木造の建物の前までやってきた。
冒険者ギルド、団長さんが扉を開くと、ボク達は中に入る。
中は広く、なんでも昔倒産した銀行をそのまま利用しているからだとか。
正面には受付カウンター、二階に繋がる階段もあり、そっちではより重要な話が行われるらしい。
「え……うそ、マール、さん?」
ボクは声の方を振り返る。
大量の書類を持って、今も忙しそうにしていた女性は、ボクにいつも親身に相談を聞いてくれた受付嬢さんだった。
「は、恥ずかしながら生きて帰ってきました」
「マールさん! 本当にマールさんなのですね? あぁ良かった」
受付嬢さんは、こんなボクの為に泣いてくれた。
そんなに心配されていたなんて、ボクも感無量だ。
「ああっ、マールさんの、行方不明リストは棄却してください!」
「あのボクは……」
「少々お待ちをっ」
受付窓口の奥では大騒ぎの様子だった。
ほぼ生存の見込めない状況からの生還。
嘘だろう、【ドッペルゲンガー】じゃないかとか、いや【シェイプシフター】だとか、酷い言われようだ。
それでもボクの安否を一人でも心配してくれた人がいるなら、ボクは豊穣神様に誓って、必ず生還しよう。




