第60ターン目 別れ それは 突然に
【ジャングルエリア】で一夜明けて、ボク達一行は、昼頃【大地の根】と呼ばれる超巨大な樹木の下に辿り着いた。
「呆れるほど大きいわねー、こんな大きな樹、私も文献でしか見たことないわよ」
「ということは、世界にはあるんですか。こんな大きな樹が」
「【大地のヘソ】と呼ばれる場所には、世界一大きな樹が生えているそうよ、私も見たことはないけどね」
「あぁアレかー、俺見たことあるー」
勇者さんのあっけらかんとした発言に魔女さんは顔色を変えて振り返った。
「はぁ!? ちょっと鎧の悪魔、詳しく聞かせなさい! 死者さえ目覚めさせると言われる【永遠の葉】は!?」
「わわっ、どうしたのカム君突然ー!」
「どうしたもこうしたもないわよっ! く・わ・し・く! 話しなさいッ!」
すっごい怖い顔して、勇者さんに詰め寄る。
あの勇者さんがたじろいたのも驚きだけれど、魔女さんの気迫も凄まじいな。
どうも研究者魂に火が着いたようだ。
「えっとねー、樹は登らなかったけど、精霊がいてさー」
「精霊!? 【マーテン】!? それとも【アルルピス】かしら!?」
「……にゃあ、猫にはちっとも面白くない話にゃあねぇ」
「クロはお魚の話の方が好きだよね」
「あぁ、またあの煮干しが食べたいにゃあ、あれはもう病み付きで美味しくて、にゃあああ」
クロは街で食べられる小魚の煮干しを思い出して、うっとりした。
食堂で料理の出汁に使った後の煮干しなんだけどなぁ。
ごめんねクロ、ボクが甲斐性なしで。
本当に美味しい新鮮なお魚は高くて買えないんだよ。
「うー、うー」
「うん? キョンシーさん裾を引っ張って、どうしたんです?」
突然キョンシーさんがボクの服の裾を引っ張る。
声は穏やか、魔物じゃなさそうだ。
だけど注目してほしい、ってこと?
「どうしたんです、キョンシーさん?」
ボクはなんとなく構って欲しいのかキョンシーさんに柔らかな笑顔で応対した。
孤児院には引っ込み思案な子供もいたし、そういう子供は大抵こんな方法でアピールしてきたものだ。
キョンシーさんはどこで手に入れたのか、綺麗な新緑色の葉っぱを差し出してきた。
「うん? なんの葉っぱでしょうか?」
「綺麗にゃあね……けれど見たこともないにゃあ」
葉っぱは掌サイズで、形状はよくある樹木の葉に似ている。
色味は新緑色で綺麗だ、匂いは僅かだけど清涼感を感じる。
「キョンシーさん、これは?」
「うー」
キョンシーさんは頷く。
つまり貰ってくれ?
「まぁ折角ですし、貰っておきましょう」
「うー」
ボクは懐に葉っぱを仕舞う。
キョンシーさんは嬉しそうだった。
もしかしてエルフ族的にはなにか意味のある儀式的なものだったのだろうか。
ボクはエルフ族の世俗は知らないし、もし求婚とかだったらどうしよう?
キョンシーさん、自我が希薄とはいえ、無いわけでもないしな。
特にボクがナイトメアに感染した後から、キョンシーさんの自我が僅かに回復している気がするんだよね。
「いい!? 世界樹にはね! 時空さえも制御する鍵があるのよ! このトンチンカン!」
「トンチンカンってなーに?」
「ああもう! 話なんないこのスカポンタンはっ!」
「言葉は通じるのに、会話が通じない!」
「……まだやっているにゃあ」
魔女さん達は随分白熱した舌戦を繰り広げているようだ。
ただ舌戦というには魔女さんが圧倒している気がする。
察するに勇者さんの説明の要領が悪く、かつ魔女さんが喉から手が出るほど欲した情報があるのだろう。
【世界樹】だっけ、きっととても大きな樹なんだろうなぁ。
「うー!」
「にゃっ! 主人キョンシーが!」
突然キョンシーさんが大きく唸りだした。
ボクは直ぐに錫杖を持ち直すと、魔物に警戒する。
虫系は小型で飛ぶ種類もいるし、植物系は擬態するから知らずに接近してしまうこともある。
どっちだ、その二種類がこのエリアの大半を占めている。
「魔女さん、勇者さん敵かも知れません! 備えて!」
「ん? こっちから声が……?」
え? ボクは声の方を振り返った。
ボクよりも低い地声、ボクが見たのは、大樹の反対側から来る大柄な冒険者の姿だった。
「冒険者!?」
「おおっ、さっきの声は君か!」
ボクはあわわと、慌てふためく。
大きな根っこを越えてやってきたのは、熊のように大柄な戦士の冒険者だった。
その背中には大きな斧も背負われており、熟練の戦士を思わせる。
「君は見たところ治癒術士かい? その後ろにいるのは……」
「わわっ、キョンシーさんは事情がありまして!」
ボクは慌ててキョンシーさんを背中に隠す。
だけどキョンシーさんの方が大きいから全然隠せていない。
更に冒険者の後ろからは、また違う冒険者が大きな根を登って姿を見せた。
「ちょっと旦那ー、俺っちの体格も考慮に入れてくだせぇよぉ」
「おお、すまんすまん、ギュータはどうした?」
「ギュータならほれ」
熊みたいな冒険者の隣に立ったのは、軽装の背丈がボクよりも低い兎獣人の盗賊だった。
兎獣人は頭から生えた白い垂れ耳をピョコピョコ動かしながら、後ろを指差す。
ギュータと言っていた、少なくとも三人以上のパーティだ。
ボクは急いで魔女さん達に目配せする。
今のうち隠れて、と。
だけど鼻をクンクンと動かす兎獣人は盗賊らしく目敏かった。
「誰だ……そこにいやがるのは……て、えええっ!?」
「どうしたラビオ?」
「ま、魔物だ! それもここいらでは見ない!」
「……ちゃあ」
速攻で魔女さん達は発見されて、魔女さんはトンガリ帽子を深々と被った。
ああもう! 恐れていたことが遂に!
ボクはどうすればいいのか、ただ心の赴くまま、ボクは叫んだ。
「彼らは敵じゃありません!!」
「あんだガキ? て……ガキの後ろにいるエルフっぽいのも!」
「キョンシーさんは訳ありですが、魔物ではありません!」
ボクはキョンシーさんは安全だと証明するように抱きついた。
当然キョンシーさんは微動だにせず、ボクの意図を汲み取ってくれる。
だけど問題は当然勇者さん達だ。
「うふふ、あはは……!」
「ま、魔女さん?」
突然、肩を震わせ魔女さんが笑う。
ボクは意味が分からず呆然とした。
「青肌の魔女? あんな魔物は聞いたこともないぞ?」
「愚かな冒険者どもよ! 恐れ慄け我が名はカムアジーフ!」
「魔女さんなにを!?」
「か弱き冒険者マールよ、お前はもう用済みだ、お前の案内でここまでくればもう充分、せめてもの礼だ、おめおめと泣き喚きながら地上へ逃げるがよい!」
魔女さんは杖を掲げると、杖の先端に炎が宿る。
「くらうがいい! 《炎の玉》!」
「魔女さ――うわあああっ!?」
魔女さんの炎の玉は、ボクの目の前に着弾。
ボクの小さな身体はいとも容易くあの冒険者側に吹き飛ばされた。
「おい、大丈夫か少女よ!」
「ま、魔女さん……なんで?」
「ククク、貴様の泣き顔も良かったが、ここからは遊びは終わりだ、冒険者共よ地上へ帰って我の存在を知らせよ!」
ボクは静かに泣くと、唇を噛んだ。




