第58ターン目 アリだー!
【ジャングルエリア】は非常に迷いやすい印象がある。
ごちゃごちゃした樹木が何層にも重なり、道なき道を進む感覚は、ひたすらぐるぐるとその場を回っているように錯覚するだろう。
だけど、このエリアにはしっかりとした目印はある。
それがエリア中央に聳える超巨大な木だ。
誰が呼んだか【大地の根】、なんで根なのかって言うと、ここが地下なんだから根だろうだって。
実際には天井には届いていないし、そもそもここ、強い明かりがあるんだよね。
太陽がある訳でも無いのに、その原因は無数に天井に張り付いた発光する魔石だ。
「なんか暑くない? それに蒸すんだけどー?」
魔女さんは、青い肌に汗を浮かばせ、扇情的な胸元をパタパタと叩いた。
ボクは目のやり場に困り、咄嗟に正面を向いちゃった。
「え、えとですね……天井から強い光は、熱も発しているんですよ」
「へぇー、そうなんだ。まるで火みたいだねー」
「火、というより伝熱かしら? 確か竹のフィラメントに電気を流すと発熱を伴って発光するのよね」
頭の良い魔女さんはすぐに理解したみたい。
そう、別に天井の魔石は燃えている訳じゃないんだ。
かつてこのエリアで最も高い場所、つまり【大地の根】の天頂まで登った人が確認した事実は、魔石の周辺で陽炎が発生している事だった。
つまり熱が光を湾曲させている。
更に下は湿地というか、ダンジョンなのにいくつも河が流れている。
だからまるで夏の太陽のような暑さから、蒸発する水蒸気が蒸し暑さの原因だ。
「非現実的だわ、これだからダンジョンは」
「確かに、その不思議に挑む学者さんもいるそうですよ」
「そう言えばウチの弟子にも、そんな子いたわ」
時々お弟子さんのお話するけれど、魔女さんあんまり楽しそうじゃないね。
そんなに興味が無いのか、それとも興味が無かったから、それを悲しんでいる?
「ほーらマール、キョロキョロしないの、いつ魔物が来るか分からないでしょう?」
「あっ、すみません!」
「マル君マル君」
「あっ、勇者さんもすみません」
「そうじゃなくてさ、魔物……」
勇者さんの言に僕らは武器を持った。
鬱蒼とした茂みを勇者さんが払うと、水が流れる河沿いに出る。
その両脇、奇妙なキノコが生えていた。
「あの大きさ、【マイコニド】じゃないですね……」
「キノコっぽく見えるけど、あれ虫の巣だね」
「えっ? 虫ですか?」
「虫なら先制攻撃! 《炎の玉》!」
あっ、後方から放物線を描いて、炎の玉がキノコ状の巣に直撃する。
当然虫の巣は炎上するが、その中から大量の魔物が出てくる。
更にだ、ぼこぼこと大地が膨らむと、そこら中から同じ魔物が出現する。
「うわぁ! あ、【アントアーミー】だぁー!」
巨大な蟻の化け物といえるアントアーミー。
極めて大群で、しかも指揮の取れた巧みな連携で敵を圧倒することで知られている。
戦うなら魔法使い三人は欲しいと言われる危険な魔物に、ボクも思わず絶叫する。
「ギギギ!」
前衛として展開するアントアーミーは、顎を鳴らしながら魔女さんに迫る。
おそらく怒っているんだ、そりゃ巣を奇襲されたら誰だって怒るだろうけれど。
「な、なによコイツ蟻の癖に!」
「にゃあ! アレが来るにゃあ!」
「あれってなによ!?」
「皆さん木の裏に隠れて!」
「ギギギギギ!」
アントアーミーの後方から大量に飛来する黄色い液体爆弾。
アントアーミーは、部隊ごとに特性が違い、動きが速く攻撃力も高い尖兵アント。
力はあまりなく、動きも襲いが、蟻酸という危険な液体を投擲する砲兵アント。
巣を補修し、陣地を構築する工兵アント。
それらに指示を送っていると考えられる赤くて大きな蟻が将軍アントだ。
「うー!」
「キョンシーさん!?」
突然、キョンシーさんが飛び出した。
当然砲兵アントの液体爆弾に晒されるが、爆発を潜り抜け、飛散する丸い石を手で掴み、それを将軍アントに投げつけた。
将軍アントは、まさかの切り込みに動揺し、その頭は一瞬で吹き飛んだ。
たかが石、それでも勇者さんを超える怪力を持つキョンシーさんの投擲はもはや大砲みたいだ。
まぁどれだけ脅威と言っても、蟻は蟻だから、そんなに一匹一匹は強くないんですが。
「やったわ、私も続くわよ、踊れ《大地の剣》!」
将軍がやられて、一瞬アントアーミーの動きが止まる。
その隙を逃しはしないと、魔女さんが魔法を詠唱。
魔女さんの前方に次々と大地から岩の剣が棘のように飛び出していく。
それだけで多くのアーミーアントが串刺しになった。
「キョンシーさん、アーミーアントの倒し方を知っていたのかな?」
「ありえるにゃあ、エルフの本能に刻まれているのかもにゃあ」
アーミーアントの正しい倒し方は将軍アントから倒すこと。
統率の取れた兵隊というのは、逆に言えば統率が欠けば一気に脆くなる。
クロは接近するアントアーミーを《咆哮》で吹き飛ばし、ボクも錫杖で追い払う。
アントアーミーは錫杖がクリーンヒットすれば、ボクでも倒せる。
問題はやっぱり数だ、ぼやぼやしていたらまた統率を回復させるかもしれないし。
「うー!」
それにしても、やっぱり凄いのはキョンシーさんだ。
彼女は短剣を抜くと、次々動きの遅い砲兵アーミーの首を切り落としていく。
全く無駄のない流麗な動きは、ボクも惚れ惚れするほど。
砲兵アーミーは、恐慌状態に陥ると、散り散りに撤退を始めた。
「凄いやキョンシーさん!」
「今回はキョンシー大活躍にゃあね」
「それに引き換えカム君ってばさぁ?」
「な、なによ文句でもあるっての!?」
「よく知らない物を、勝手にこうだと決めつけて先制攻撃、いつになったら学ぶんでしょうか魔女さん?」
「ひぃ、ま、マール君、いえマール様、本当に申し訳御座いません!」
「お説教確定にゃあ」
ボク達は戦いながら、そんな事を話し合う。
アントアーミーは危険だけれど、これくらいの余裕が出来たのは、やっぱりこのパーティの実力なんだろう。
ボクがその中にいる、それはちょっと嬉しかった。




