第57ターン目 ジャングルは 危険が いっぱい
「あーっ、あれ! 階段だ、階段ー!」
先頭を歩く勇者さんがなにか騒いだ。
この第四層【迷宮エリア】は、酷く迷いやすい構造をしていて、辟易していたところ。
どうやら遂にボクらは第三層への足掛かりを手に入れたのかもしれない。
「にゃああ……結局ドラゴンの姿はにゃかったわね」
「うん、そもそもあの【レッドドラゴン】は一体なんだったんだろう?」
時々魔物が階層を上がったり、逆に下がることがある。
あのレッドドラゴンはどこから上がってきたのか。
「気にしてもしょうがないでしょう、案外もう討伐されたとかさ」
魔女さんはあっけらかんとそう言う。
確かにあれからどれ位時間が経過したのか、既に地上にレッドドラゴンの情報は届いている筈。
普通ならもう討伐隊が出発していて、討伐も終わったのかも。
「……そうにゃね、考えたって仕方ない。遭遇しないならそれは幸運ってことにゃあ」
「そうだねー、それじゃあ、階段はっとー!」
勇者さんは早速階段を覗く。
階段は真っ直ぐ上へと伸びており、ボクも見慣れた階段だ。
「魔物の姿はないねー」
「なら今のうちに上りましょう」
ボクは錫杖を握り直すと、階段を上る。
念の為、隊列には変更なし。
勇者さんを先頭に、ボク、キョンシーさん、魔女さんだ。
クロは常に後ろを警戒してくれている。
カツ、カツと、大理石を思わせる階段は音を立てる。
なんだか魔物がいない階段って新鮮な気がしますね。
いやそもそもなんだか危険過ぎる階段が多い方が異常なんでしょうけれど。
それでも念の為、警戒をしないと。
「【ゴースト】とか、壁から出てくるかも知れませんね」
「天井から【スライム】とか……」
魔女さんの言葉に、ボクは天井を見上げた。
けれど天井は普通で、スライムは垂れていない。
余計な心配だっただろうか。
警戒することはとにかく多いなぁ。
今までボクが気づかなかったこと、一杯あるんもんな。
「心配しないで、俺がある程度はカバーするから」
「勇者さん、ありがとうございます」
「つーか、キョンシーがいれば大抵はこの子が気付くでしょう?」
そう言えばキョンシーさんって、いつも一番最初に気付くよね。
なにか見えない物が見えているのか、いつも唸り声を上げて教えてくれる。
今は静かだ、というかキョンシーさんは滅多なことには声を出さない。
出したらつまり、大体が危機だということだ。
……うん、今までキョンシーさんが教えてくれたの、殆ど致死級だった気がする。
「お願いですから、何も起きないで下さい……豊穣神様、運命神様」
第四層では本当にロクな目に合っていなさ過ぎる。
レッドドラゴンに襲われるわ、【モンスターハウス】に遭遇するわ、【タイラントパイソン】に殺されかけるわ。
第三層は大分知っているつもりだけれど、ちゃんと警戒をしないとなぁ。
「おっ、第三層だ」
結局、本当になんにもなく階段は終点だった。
ボクは上り終えると、周りを覗う。
「ここは第三層【ジャングルエリア】ですね……」
第三層には少なくとも二つのエリアがある。
鬱蒼と生い茂る密林【ジャングルエリア】と薄っすらと草木が生い茂る【サバンナエリア】。
どちらも一度は訪れたことがあるけれど、探索度ではこの【ジャングルエリア】の方が進んでいない。
なにせ視界が本当に悪いのだ。
しかもこのエリア、出現する魔物は虫系植物系が中心で、怖いんだよね。
「とにかくこのエリアは魔物の奇襲が頻発します……だから気をつけ――」
言い切る前に、突然ボクの視界はいきなり急上昇した。
どんどんみんなが遠ざかる。
えっ? なにが起きているの!?
「マル君、上! 上ーっ!」
「上……ぴゃあぁぁぁっ!?」
素っ頓狂な声が思わず出てしまう。
ボクが見たのは蜘蛛の下半身に女性の上半身が生えた魔物【アラクネ】だ!
ボクはアラクネが指から出す糸に縛られていたのだ。
「キエエエエエエエ!」
「ギャース!」
ボクは咄嗟に錫杖をアラクネに突きつけた。
すると錫杖はアラクネの顔面にクリーンヒット。
ボクは一瞬の隙を掴み、そのまま思いっきり錫杖を振り下ろす。
「キュワ……」
アラクネは昏倒すると、ぐったり前のめりに倒れ伏せた。
ボクはなんとか難を逃れ、ホッと一息つく……が。
「え……? これどうするの?」
アラクネはまだ死んだ訳じゃない。
まさか階段の入り口で待ち伏せされているとは思わなかった。
ここは高い樹木の上、依然として糸で縛られ、降りられない。
「おーい! 大丈夫マル君ー!」
「うー」
キョンシーさんは樹木を素早く飛ぶように、駆けつけてくれる。
そう言えばキョンシーさんってエルフ族だった。
エルフ族は別名【森人族】と呼ばれるほど、森での生活に慣れている。
キョンシーさんの身体もきっと覚えているんだろう。
エルフ族のパブリックイメージと言えば、木の上で弓矢を構える姿だろう。
あれ、でも同じエルフ族のクースさんって、短剣使いだったっけ。
キョンシーさんは徒手空拳だし、あんまり普遍的なイメージってアテにならない?
「うー」
「キョンシーさんこっちでーす」
それでもやっぱりエルフ族、まるで荒波に揺らされる船から船に飛び渡るニンジャのように、一気にこちらへと跳んでくる。
「うー!」
先ずはキョンシーさん、気絶したアラクネの首を太ももで挟み込むと、ゴキャっと折って、そのまま木から蹴り落とした。
何気にエグい、結構容赦ないね、キョンシーさんって。
キョンシーさんはボクの身体を縛る糸を手刀で切り裂くと、ボクを受け止めてそのまま皆さんの下に落下する。
「あ、ありがとうございますキョンシーさん」
「うー」
着地すると、ボクはその場に降ろされた。
勇者さんは剣で、胴に巻き付いた糸を切り落とすと、ようやく自由になった。
「とまぁ、危険なので気をつけましょう」
「身体を張った説明ありがとう。よぉく分かったわ」
「はぁあ……とにかく、階段探しましょう!」




