第56ターン目 嫌いな物は なーに?
何時間経過しただろうか。
ボクが意識を取り戻した時、目の前には皆の姿があった。
魔女さんも目覚めており、ボクに気付くと顔を近づけて来る。
「あ、おはようございます魔女さん」
「マール、気分はどう? どこか痛む?」
魔女さんはまるで病気の子供を心配するように、ボクの頭に手を置いた。
ちょっと恥ずかしい、こういうのってあんまり経験がないんだよね。
孤児院時代ボクより年上は皆お兄さんだったから、お姉さんは新鮮だ。
「だ、大丈夫ですっ」
「うーん、顔が赤いけど、熱は無さそうね?」
「おっ、マル君おはようー!」
勇者さんはまだクロと戯れているようだった。
ただまぁ、クロの心証は凄まじく失落している。
無理もないけれど、クロの大っ嫌いな蛇を嘘とはいえ、けしかけたんだ。
一度泣くまでお説教が必要かもしれませんね。
「えと、どれくらい経過したでしょうか?」
「んーと、4時間くらいかなー?」
「私もちょっと前に目覚めたところよ」
魔女さんは一度、《精神喪失》している。
そこから目を覚ますには、かなり早いな。
通常精神喪失から目を覚ますのは丸一日は掛かると言われている。
そんなに早く目を覚ましたのは、やっぱり魔物だからなのかな。
高濃度の魔素があるダンジョンでは魔物の身体は活性化されるらしいし、魔女さんには【自動精神回復】のスキルでもあるのかもしれない。
ボクはどうだろう、身体は万全だ。
精神力も結構回復したんじゃないだろうか。
「それじゃあ地上を目指して、冒険を再開しましょうか」
「うー」
「にゃあ……鎧の、次は無いからにゃあ?」
「はいっ、もう二度としませーん!」
「やれやれ、やっぱり私がしっかりしなきゃね」
幸いまだバニー達は戻っていない。
巣はもう滅茶苦茶で、巣の半分が崩壊しているし、案外放棄したんだろうか。
というか、入り口前が、空間ごと削られたような跡があり、魔女さんは一体どんな魔法を使ったんだろう。
ボクどころか、現代には存在しない黒魔法の数々を魔女さんは習得していそうで、敵に回すと恐ろしい人だな。
「それじゃあ出っ発!」
まずは勇者さんが先頭、その後ろをボクが歩く。
バニーの巣を出ると、すぐに見えたのは【タイラントパイソン】の亡骸だった。
クロはそれを見て竦みあがる、ボクはそんなクロを優しく抱きかかえた。
「クロ、もう怖くないよ?」
「うぅぅ、ごめんなさいにゃあ主人、こんな情けない使い魔で」
「誰だって苦手はあるだろう? クロの責任じゃないよ」
猫ならみんな蛇類は苦手だっていう。
蛇は猫の天敵だ、恐怖が勝って当然である。
ボクがレッドドラゴンの前で動けなかったのと一緒だよ。
「アタシ、相手がレッドドラゴンだろうが怯えず戦えるけれど、蛇だけは駄目にゃあ」
「それでもクロはボクの為に頑張ってくれたんだね、偉いよ」
クロはボクの胸に顔を埋める。
こんなに弱ったクロは初めてかもしれない。
クロは恐怖を克服しようとした、そして恐怖に打ち勝った。
けれど原初的恐怖を払拭することは出来ない。
「鎧の悪魔ー、アンタって苦手なものあるの?」
「ええ? そだねー、仲間の死、かなー?」
「それはボクでも堪えますね」
勇者さんらしい解答かもしれませんね。
だけど魔女さんが聞きたかったのは、そうじゃないようだ。
杖を肩で担ぐと、更に質問する。
「そういうのじゃなくて、クロみたいな生理的無理って奴よ」
「そう言うカム君はどうなのさ? なにが苦手?」
「私は権力を笠にする奴は大嫌い、特に自分以外に関心ない奴はもう天敵ね」
「うーん、怨嗟の声が聞こえて来ますね……」
きっと、出会ったことがあるんでしょう。
冒険者でも時々いるんですよね、他人の話を一切聞かない人って。
中には著しく共感性に欠けた冒険者もいるし、ボクもそういう人は総じて苦手だ。
「ほらこういうのよ、鎧の悪魔はなにが苦手なのよ」
「うーん。あっ、茶色くてカサカサした虫!」
「うっ!」
ダンジョンの上層に棲息する魔物に【ジャイアントローチ】という巨大なゴキブリがいる。
ボクはアレを思い出して、気分を悪くした。
あの巨大ゴキブリ、動き早いし、時々飛ぶから心臓に悪い。
冒険者ランキングで毎年嫌いな魔物は、で上位に入る程だ。
それを聞いた魔女さんも、アレを想像して目付きを悪くした。
「なるほど……アイツか、確かに嫌いだわ」
「魔女さんもですか、本当に皆さん嫌いなんですね」
「というか、アレは原初的恐怖だよー! 俺もうアイツが苦手で苦手でー」
「人間って変にゃねー、あんなのペシって叩いて仕留めりゃ、餌にゃあ」
猫と人の価値観が同じになる筈がない。
この一点だけは、絶対に共感出来ない壁だろう。
クロも猫らしくネズミやゴキブリを咥えてくるからなぁ。
「マル君は一杯苦手がありそうだねー」
「そうかしら、私はマールって、結構肝が据わっているんじゃないかなーって、思うわ」
「あはは、そんなことありませんよ。そうですね……ボクは暴力的な人は好みません」
「らしいわねー、流石聖職者」
「一応まだ正式に豊穣神の神殿に仕えている訳ではないのですが」
「あれ、そうだったの?」
うーん、結構勘違いされやすいのかな。
確かにボクは豊穣神様の信者だけど、神官ではない。
神官になるには洗礼を受ける必要がある。
洗礼を受けたら神殿を殆ど出ることは出来ない。
つまり冒険になんて出られないのだ。
「じゃあマル君のその白い法衣は?」
「あぁ、これは村を出発する前に孤児院の院長先生に貰ったんですよ、昔使っていたんだって」
ボクはこの法衣をとても気に入っている。
冒険の結果、傷が入ることも多いけれど、ちゃんと修繕しているのだ。
「ふーん、つまり継承したって訳か」
「いいよねーそういうの、人が何代も渡って続いた証だもんなー」
そういう考え方もあるんだ、ボクは思わず関心した。
ボクの前に院長先生がいて、その前に院長先生に託した人がいるって考えたら、正に豊穣神様の奇跡である豊穣と子宝に一致する。
うん、そう考えると益々地上に戻らないと。
ボクもまたこの法衣を誰かに託すためにも、生き残らなきゃね。




