第55ターン目 兄のようで イタズラっこのようで
「ごふ、はぁはぁ!」
ボクは自身に《治癒》を使い、治療を行う。
だけど、口に中に溜まった血まではなんともならず、ボクは大量の血を吐き出した。
「マル君! マル君本当に大丈夫なの!? こんなに血を吐いて! どうしよう!? 本当にどうしようー!?」
「安心しろにゃあ、主人の体力はちゃんと回復しているにゃ」
勇者さんは、ボクの重症を見て、オロオロしているが、逆にクロは安心してそれを宥めた。
実際ボクの身体はまだ全回復には届かないけれど、どちらかといえば深刻な精神力の消耗の方が深刻だ。
「うー!」
「あっ、キョン君、カム君を運んでくれたんだ、ありがとー!」
「魔女さん、どうしたんです?」
魔女さんはキョンシーさんの背中で眠っているようだ。
ぐっすり眠っており、ピクリとも動かない。
「あぁ、道を作る為になんか見たこともない魔法でブッピガーンって感じで吹き飛ばしてさ、精神喪失しちゃったんだ!」
「ぶっぴがーんという表現では分かりませんが、凄い魔法を使ったんですね」
魔女さんほど膨大な精神力を持っている魔法使いを一気に精神喪失に陥らせるなんて、きっとボクの為に無理をしたんだろう。
嬉しい反面、そんな無茶をさせたこと、本当に申し訳ない。
「これは強制的に休む必要がありますね……」
正直ボクもまだキツイし、二人もお荷物になったのは想定外だ。
キョンシーさんと勇者さん、そしてクロ、この三人に任せる羽目になるとは。
「とりあえずバニーの巣を利用させてもらおっか」
「そうにゃね、アイツら帰ってこないといいけどにゃあ」
「その時は、その時ですね」
正直言って、第四層でここまでの消耗自体が想定外だ。
ひとえにボクの運が悪過ぎる気がする。
豊穣神様、これ試練ですよね?
ただの意地悪なら恨みますよ?
あとついでに運命神にも文句言います、ぷりぷり怒ります!
「それじゃあ俺がマル君を背負うよ、ちょっと硬いかもだけど我慢してねー?」
「は、はい」
ボクは勇者さんの肩を借りると、その背中に体重を預ける。
勇者さんは、そのまますっと静かに立ち上がった。
彼はそのままゆっくりと歩いていく。
ボクは身体を預けながら、なんとなく安心するような気持ちになっていた。
何故でしょう、彼の身体からは背筋が凍るような瘴気を感じながら、それでいて優しさが同居している。
もしも、ボクにお兄ちゃんやお父さんがいたら、こんな気分になるんでしょうか?
「勇者さんって、こういうの慣れているんですか?」
「うん、まぁねー、俺長男だったからよく弟達をねー」
「ふーん、それでよくこんなテキトー男に育ったもんにゃあね」
「え? そうかなー? 俺真面目だよー?」
「本当に真面目な人間は、黙っているものにゃ」
「愚者は語りがたり、賢者は聴きたがり、ですね」
愚者と賢者を喩えた逸話だけど、確かに勇者さんは賢者って感じではないですね。
それを聞いた勇者さんも、ショックを受けたのか、がっくりといった落ち込み具合だった。
「そっかー、俺って本当は不真面目なのかー」
「ふふっ、でも勇者さんにも良いところはありますよ」
「えっ? マル君教えて教えてー!」
「勇者さんは、弱者を見捨てません。誰かの救いになれる人は、ボクは尊敬しますよ」
勇者さんは背中を震わせると、「ひゃっほい」と喜びを顕にした。
ボクは突然揺れる勇者さんの背中に必死にしがみつきながら耐える。
「ありがとうマル君、俺元気出たー!」
「あーもう! 主人をもっと大切に扱うにゃあ! このマヌケ!」
「うわぁー!」
「おっと、いけないいけない!」
勇者さんは慌ててボクを背負い直す。
反省したにしてはウキウキ気分が抜けていないけれど、彼はそのままバニーの巣までちゃんと運んでくれた。
「よっと、マル君、身体は大丈夫?」
「肋骨がまだ痛みますが、もう一度治癒を使えば痛みは消せるかと」
藁の敷かれたバニーの巣に勇者さんはボクを降ろすと、ボクの容態を気にした。
より高位の白魔法使いなら、もっと強力な回復魔法も使えるだろうけれど、ボクは残念ながらまだまだ精進が足りない。
やっぱり医療神とかの加護持ちと比べると、治療系は劣るのかな。
ううん、ボクは豊穣神様を信じている、豊穣神様の優しさを信じている。
「豊穣神様、この哀れな子羊に、貴方の優しさをお分けください《治癒》」
ボクは錫杖を両手に持って、奇跡を嘆願する。
少ない精神力は、背筋に冷たい汗が流れ落ちた。
ボクの想像よりも余力は少ないのかも知れない。
杖から迸る優しい輝きはボクの身体を癒やしてくれる。
心地良さ、微睡むような感覚、痛みは確実に引いていった。
「どうにゃ……主人?」
「う、うんちょっと眠たくなってきたけれど、大分良くなったと思う」
「そうかにゃあ、それじゃあゆっくり休むにゃ」
「あのクロ、蛇が苦手なのに、よく頑張ったね……」
「主人……ふん、あんなのへっちゃらに決まっているにゃあ!」
「あっ、後ろにニョロニョロしたのが」
「ぎにゃああああああっ!?」
クロは全身の毛を逆立てると垂直に飛び上がった。
その後ろにはニョロニョロしたものなんて見当たらない、勇者さんは腹を抱えて笑っていた。
「鎧の〜……! 覚悟は出来ているでしょうにゃあ?」
当然そんな質の悪い冗談を仕掛けられたクロは悪鬼羅刹のような憤怒の表情でギロリと勇者さんを睨みつける。
「冗談だよーん!」
「この外道があああ! 地獄に落ちろにゃあああ!」
勇者さんがドタバタ逃げる。
それをクロは物凄い速度で追いかけ、その兜に強烈な蹴りを打ち込んだ。
何をやっているんだ、とボクは呆れて、すぐ傍に座るキョンシーさんを見た。
「キョンシーさん、万が一はお願い、です……」
「うー」
ボクはそのままゆっくり瞼を閉じた。
酷く身体は疲れていて、精神力を回復させる為、眠気が酷い。
ボクはそのまま寝落ちした。




