第54ターン目 使い魔の 覚悟
「うー! うー!」
バニーの巣の一部が崩落したことで、鎧の悪魔達の目の前が塞がれてしまった。
キョンシーはマールを助けようと、必死に土砂を殴るが、土砂を削るには至らない。
「どうする? 他の道を探す?」
「いいえ、土砂を退かす! 私がやるわ!」
魔女は杖を構えると魔法を詠唱する。
魔女の顔は責任と焦りで歪んでいた。
マールを地上に連れて行く、それを目標としてここまで上ってきたんだ。
こんな楽しい仲間達との冒険、それがこんなところで終わってたまるか、と彼女はここ一番の魔力を放出する。
七色の魔力は魔女の周囲を渦巻き、彼女は声高々に叫んだ。
「我が前の全てを消し去れ! 《対消滅砲》!!」
瞬間、一行の視界はホワイトアウトした。
魔女がかつて時空の研究の末に発見してしまった禁断の魔法、《対消滅》。
それを凝縮し、方向を与え、魔女の前方の全てを文字通り消滅させる。
鎧の悪魔はその光景に呆然としていた。
そんな魔女は顔色を急激に悪化させて、前のめりに倒れてしまう。
「後は……おね、がい」
「カム君!? 精神喪失か!」
「うー!」
キョンシーが鎧の悪魔の背中を押す。
彼は驚いてキョンシーを見た。
キョンシーの表情はわからない、ずっと凍ったように無表情なのだ。
だが鎧の悪魔はキョンシーの意思が、「お前が行け」と語っていることに気がついた。
あの、マール一筋のキョンシーが、選択したのだ。
「つまりカム君は任せとけ、だね? わかった! マル君待ってて!」
気絶した魔女をキョンシーに任せ、鎧の悪魔は【勇者】として踏み出す。
彼にもはや迷いはなかった。
勇者とは、弱きを助け、強きを挫く者。
マールの危機を救わないでどうして勇者と名乗れようか。
勇者はぽっかり削り取られたバニーの巣から飛び出すと、マールを探す。
勇者の、呪われた視界が見せたのは、ぼんやりと光る弱々しい二つの白き光。
そして禍々しい暗黒の魂がすぐ近くにある。
「見つけた! マル君どうか持ち堪えて!」
§
大蛇タイラントパイソンと対峙して、どれくらい時間は経過したんだろうか。
ボクは口の中に血の味を味わいながら、それでも意識は必死に保ち続けた。
脇腹が酷く痛い、肋骨を何本か折ったのかも。
タイラントパイソンは強い敵意を持ち、ボクに頭から突進。
「シャアアア!」
ズガァァン!
ボクは避けることもかなわず吹き飛ばされる。
口から大量の血を吐き、意識が薄れる。
「神、さま……ボク、は」
地面を何度もバウンドするが、それでもボクはクロだけは手放さない。
絶対に治癒術士はか弱き者を守り抜かなければならない。
か弱き者を救えず、どうして治癒術士を名乗れようか。
そんな軟弱者に豊穣神がどうして奇跡を授けてくれよう。
「主人、あぁ……このままじゃ主人が死んじゃう……!」
「クロ? 泣いちゃ、だめ……だよ」
「泣いちゃだめ? 泣き虫は主人の癖に! バカアホマヌケにゃあ!」
あはは、酷い言われようだ。
だけどその言葉でなんとか意識が繋がっているのを実感出来た。
タイラントパイソンは鎌首を持ち上げ、トドメを刺そうと睨みつけてくる。
直接捕食を狙っていないのは明白だ、ボクをいたぶり消耗させて、殺してから捕食に切り替えている。
だから直線的な攻撃より、確実にダメージを与える攻撃に変えたんだ。
悔しいけれど頭が良いな……ボクを油断ならない敵だと光栄にも評価された訳だ。
買い被りにもほどがあるけれど、なら最期くらい……足掻いてみせる!
「シェアアア!」
「豊穣神様、どうかその御手で、奇跡を……《聖なる光》!」
ボクは目を瞑り豊穣神様に祈りを捧げる。
ボクの全身は豊穣神の奇跡により、光り輝き、強烈に発光する。
タイラントパイソンの網膜を焼き付けるほどに。
「シェアアア!?」
「く、う!?」
ズガァァン!
ボクのすぐ目の前が砕かれた。
一瞬視界を遮られたタイラントパイソンはのたうち回る。
確か蛇類の瞳孔は明るさに合わせて収縮するって、狩人に聞いたことがある。
蛇類に限らず爬虫類は急激な温度変化や光度の変化に弱いと。
「こ、のーっ!」
ボクはタイラントパイソンに殴りかかる。
タイラントパイソンはボクが見えていない、ボクは最期まで抗うぞ。
醜たって、生き残ってやるんだ!
「シャアアア!?」
「あぐ!」
だけど、見えないなりにタイラントパイソンは頭を振って、ボクを吹き飛ばす。
狙った一撃じゃないから、それまでの強打ほどキツくはないけれど、ボクはもう立ち上がる体力も残されていなかった。
「クロ……無事?」
「あぁ、主人が……主人の命が消えちゃうにゃああ……!」
良かったクロは無傷だ。
けどクロの悲しい顔は見たくなかったなぁ。
クロにはいつだって笑顔でいて欲しい。
ボクを叱って、プリプリ怒って、満面の笑顔を見せてくれるボクの、ボクだけの使い魔。
ボクの仲間、ボクの家族、ボクのお姉さん。
あぁ、ボクは……何をしているんだろう。
もう指一本動かせないや。
「シュルルルルル!」
「う、あ……! お、お前なんか、お前なんか! お前なんか怖くないにゃあああ!!!」
クロが絶叫をあげる。
気がつけばするりとボクの手の中からクロは抜け出し、タイラントパイソンの前に出た。
だけどクロの尻尾は震えている、恐怖に竦んでいるんだ。
タイラントパイソンの目ももう回復する頃、つまりボクを捕食するタイミングだ。
「シャアアア!」
「シャーッ! お前なんか屁でもないにゃあ! そうにゃお前なんか惨めな蛆虫にゃあ! 怖くにゃい怖くなんかにゃいっ!」
タイラントパイソンはクロを見下ろし、鎌首を傾げる。
小さき黒猫の意地を理解出来ないのだ。
ただその魔物にとって、クロは矮小でしかなかった。
吹けば飛ぶようなもの、タイラントパイソンはクロに向かって突撃する。
「アリアドネの糸よ、我が敵を縛れ《捕縛の糸》!」
クロのちっぽけな身体なんて、簡単に吹き飛ぶと、タイラントパイソンは思ったはずだ。
壁にさえならない、そんな小さな使い魔の渾身の魔法は、大蛇の巨体を、全方位から縛り上げる。
「よく編み込まれたアリアドネのより糸にゃあ! これでお前は蛆虫同然!」
「やくやったクロ君!」
この声は……?
どこか不安で、どこか頼り強い声。
薄れる視界、光り輝く勇者様の姿を幻視した。
実際は、呪われた鎧の悪魔、勇者さんはタイラントパイソンは身体を駆け上がり、その首に剣を振り下ろす。
「シェアアアーッ!?」
勇者さんは、タイラントパイソンの首にボロボロの剣を差し込み、強引に押し込む。
そのまま力任せにタイラントパイソンの首を切り落とした。
首を落とした大蛇はすぐにピクピクと痙攣しながら絶命する。
アリアドネのより糸に縛られた身体は、魔法の効果が消滅したことで、ズシィィンと地に落ちた。
「マル君! マル君大丈夫? 返事して!」
「あ、はは……やっぱり勇者さん、ですね」
ボクはなんとか微笑を浮かべた。
やっぱり勇者さんは、ボクを助けてくれる。
強くて、ちょっと情けなくて、倫理観が変で、そして格好良い。
ボクにとっては、本物の勇者様なのかもしれないね。




