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第53ターン目 治癒術士は 孤立してしまう

 「シュルルルルル……!」


 チロチロと出し入れされる枝分かれした巨大な舌。

 びっしり覆われた緑色の鱗、土煙が晴れて見えたのは巨大なタイラントパイソンの姿だった。


 「み、皆さんは……!?」


 タイラントパイソンの後ろは天井が崩落し塞がれていた。

 そして最悪なことにその後ろから声が響いたのだ。


 「ちょっとマールとクロがいないわよ!?」

 「タイラントパイソンもだよっ! まさか分断されたのー!」

 「うー! うー!」


 最悪の展開だ。

 ボクはせめてクロだけはと、胸元に震えてしがみつく黒猫を抱きしめる。


 「ク、クロ……動ける? 動けるならボクが時間を稼ぐから逃げて」

 「む、無理にゃあ、一歩も動け、ない……にゃああ」


 やっぱり駄目か、クロの蛇嫌いは身動きが出来ないほど原初的な恐怖として染み付いている。

 猫の多くは蛇を苦手とするらしいけれど、クロは一般的な猫以上に恐れているようだ。


 「な、なら離れないようにボクにしがみついて……」

 「で、でも主人……あ、アイツをどうするの……?」


 ボクは何も答えない。

 だって、答えられないよ……ボクに何が出来るってんだ。

 タイラントパイソンはボクを脅威度の低い獲物と捉えている。

 だからだろうか、ゆっくりと蛇行しながら迫ってきた。

 ボクはせめて笑顔を浮かべ、ハッタリを行う。

 やけっぱちの薄っぺらいハッタリだ、こんな(うそ)は簡単に剥がれちゃう。

 けれどクロを心配させたくない、クロにこれ以上絶望感を与えたくない。


 「守り、癒やし、救え……ボクは治癒術士(ヒーラー)だ」


 治癒術士に架せられた願いのようなもの、それでもボクは豊穣神の教えを支えに自分を鼓舞する。

 それだけでも、足はなんとか動いてくれるのだ。

 ボクは後ろに摺り足で後退しながら、周辺マップを確認した。

 奇しくもこれは、あの時計バニーと同じ選択肢を取る必要があるみたいだ。


 「シュルルルル!」

 「くっ、走るよクロ!」


 クロはボクの法衣に爪を立て、必死にしがみつく。

 少し肉にまで爪が刺さって痛い、けれどそれで怯んでなんていられない。

 ボクは必死にタイラントパイソンから逃げ出した。

 タイラントパイソンは周囲を破壊しながら追ってくる。

 くっ、ちょっとタイラントパイソンの方が速い!

 足も無いのにどうして蛇はあんなに素早く動けるんだろう。

 足音もなく、木を登り、静音性にも優れた優秀な狩猟者(プレデター)

 狩られるのはボクか、それとも……?


 「くっ、はぁ! 《聖なる壁(ホーリーウォール)》!」

 「シュルルル、シャアアア!」


 ほとんど期待もないけれど、ボクは走りながら聖なる壁でタイラントパイソンの前進を止める。

 一瞬、頭をぶつけたタイラントパイソンは不思議がるが、すぐに持ち前パワーで聖なる壁を粉砕する。

 うく、また精神力(マインド)を消費してしまった。

 まだ十分に精神力(マインド)は回復しておらず、意識が一瞬持っていかれた。

 なるべく魔法は節約しないと、精神喪失(マインドダウン)したら、一巻の終わりだ。


 「シャアアアア!」


 ズガアァァン!


 タイラントパイソンの頭突きが、ボクの横スレスレを襲い、バニーの巣の一部が破壊される。

 ボクは外した(ファンブル)に豊穣神へ感謝しながら、なんとかバニーの巣から脱出するが。


 「タイラントパイソンは、細いあの出口は抜けられない……」


 一瞬でも希望を持てば、同じだけ絶望も傍にある。

 喜びは油断であり、勝利を確信出来るまで、なにが起こるかは運命神にさえ分からない。

 タイラントパイソンは細い通路を破壊しながら、突進してきた。

 ボクはもうままよと、全力で脱兎の如く逃げ出す。


 「はぁ、はぁ……時計バニーは逃げ道を知っていた……考えろ、どこへ逃げるのが正解なんだ!?」

 「にゃ、にゃあああっ! く、くるにゃああああ!」

 「シャァァァアア!」


 タイラントパイソンが大口を広げて迫りくる。

 もう追いつかれた!? ボクは錫杖を縦に持ち、振り返る。

 タイラントパイソンはボクをそのまま飲み込もうとする……が。


 「シャ、ア?」


 錫杖が喉に引っかかり、顎を閉められない。

 ボクは間一髪の機転に命をなんとか(つな)げたこと、誰かの錫杖に感謝する。

 だが、タイラントパイソンの執念はボクを上回った。

 突然横からの衝撃、意識が一瞬飛んだボクは、迷宮の壁に激しく激突する。


 「がはっ! はぁ、はぁ……なにが?」


 シャンシャン、ボクは痛みに(こら)えながら、タイラントパイソンが喉に引っ掛かった錫杖を吐き出すのを見る。

 タイラントパイソンは尻尾(しっぽ)を揺らしながら、蛇の目で睨みつけてくる。

 そうか、あの尻尾にやられたんだ……。

 タイラントパイソンの驚異は噛みつきだけじゃない、あの巨体からくる突進、それと尻尾だ。

 頭から完全に抜けていた。

 ここまで、なのかな……?


 「くふっ……! まだ、だ」

 「主人! 主人主人ッ! お願いにゃあ、逃げてにゃあ!」


 クロの声が聞こえる。

 そうか、クロは無事だったんだね。

 ボクはそれだけで安堵出来た、後は目の前の脅威をどうするか。


 「シュルルルルル!」


 タイラントパイソンの強い敵意、それがボクを痛々しいほど突き刺す。

 もう遊びじゃない、タイラントパイソンの瞳がそう語っている。


 「に、人間を甘く見るなよ……人間は、お前なんかに負けないんだ……っ!」

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