第51ターン目 時計ウサギが 現れた すぐに 逃げ出した
隠し通路は道幅も狭く、非常に暗かった。
蝋燭の灯りでもなければ、前も見通せないほどだ。
「ねぇ、クロは夜目が効くよね?」
「そりゃあ猫だものにゃ、だけど流石に光源無しじゃなにも見えないにゃあ」
「俺見えるー」
「私も見えるわね……昔は目が悪かったのに」
勇者さんと魔女さんは流石魔物か、真っ暗闇でも問題ないようだ。
まぁリビングアーマーなんて、どこに目があるのかだし、きっと見えないものが見えているんだろう。
そういえばアンデット種も、目に頼ってないよね。
よく眼孔の窪んだゾンビとかいるけど、目もないのに正確に襲ってくる。
キョンシーさんも、案外視力を頼りにしていないんだろうか。
「キョンシーさんは、見えますか?」
「うー」
「どっちにゃ?」
「マール、どっちなの?」
「……多分、見えているって、言っていると思います」
キョンシーさんの「うー」は肯定か否定か、まだ判別はつかないなぁ。
ボクもなんとなく肯定ではないかという推測だけれど、キョンシーさんが何も言わないってことは、合っているよね?
「それじゃあ夜目が効かないの、ボクだけかぁ」
「鎧の悪魔、これ持て」
「ん? 松明?」
魔女さんは魔法の鞄から、薪材を一つ取り出すと、それに油の染みた植物を巻き、魔法で着火する。
魔女さんの即席松明だった。
「わぁ、明るい……魔女さんって、【アイテム生成】も持っているんですね?」
「こんなのちょっと科学に明るかったら、簡単でしょう?」
「うにゃあ、普段はエセ臭い自称天才の癖に、こういう時に天才アピールしてくるにゃあ」
「ちょっとエセ臭いって、クロ茶ちゃんったら、私のことそんな風に思っていたの?」
「ねぇねぇ俺は俺はー?」
「鎧のは……自由すぎる子供にゃあ」
「えー、俺大人だよー?」
「あ、あはは……」
勇者さん、やっぱり自覚無いのか。
孤児院にいた手の掛かる子供そっくりなんだけどなぁ。
「……ところで、この隠し通路、どこに向かっている訳?」
「定番なら宝物庫とかかなー、どうなのマル君?」
「い、いえ……ボクには正直わかりません」
そういえば隠し通路って、なんの為に存在しているのか。
ショートカット? それとも宝物庫?
ううん、全然想像つかない。
冒険者としては一攫千金を夢見ているけれど、隠し通路なんて初めてだし。
「おっ、急に道が広がってきたー」
先頭を歩く勇者さんは、早速変化に気がついた。
しかし直後、ダンジョンには似つかわしくない甲高い騒音が鳴り響く。
ジリリリリリリリリ!
「きゃっ!? なんの音?」
「ラッピラッピ!」
音の正体は、大きな丸時計を両手で抱きかかえたバニー系の一種【時計バニー】だ。
「あれは時計バニー! 第四層のみに棲息する超レア魔物!」
「ラピ? ラピピピピピ!」
ジリリリリリ、と時計を鳴らす時計バニー。
非常に警戒心が強いことでも知られる。
凄く珍しい魔物にボクも少なからず興奮する。
「ていうか、なんで時計? すっごい煩いし」
「さぁそれは……ん?」
ラッピラッピラッピ――――。
遠くからバニー種系統の大合唱、ボクは脇から現れる【ナイトバニー】【マジシャンバニー】の群れに驚愕する。
「まさか時計って……」
「な、仲間呼びですかーっ!?」
時計バニーの下に集合しだすバニー達、時計バニーはけたたましく鳴る時計を抱えたまま、うさぎ跳びでその場を去っていく。
大量のバニー種を連れて行って。
「え……? 行っちゃった」
「なんなんだろう……追いかけるー?」
「難しい判断ね……」
勇者さんは追いかけるか聞いてくるが、これは簡単には決定出来ない。
道はバニー達が大量に現れた左側通路と、去っていった右側通路に別れている。
どっちに行くのが正解だろうか。
「ボクは追いかけるに賛成します」
「あらどうして?」
「だって反対側、魔物の巣だったら嫌じゃないですか」
「魔物の巣……その可能性もあるのか」
「確かにそれなら追いかける方が安全そうにゃあ」
クロも同意してくれた。
後は勇者さんと魔女さんの意見か。
「私は反対側」
「カム君、なんでなんでー?」
「だって、今日のマールの選択、一回裏目に出ているもの」
「うぐ……!」
ボクは言葉の棘が胸に突き刺さり、呻いた。
ちょっと前の分岐路、上るか下るかの選択肢で上った結果、大量のしびれスライムに襲われるわ、モンスターハウスに閉じ込められるわ散々だった。
うぅ、今日のボクの運勢そんなに悪いのかな?
「うーん、なら俺も魔女に賛成ー」
「意見が割れたにゃ、キョンシーは答えられないだろうしにゃあ、主人どうするにゃ?」
「反対側に行きましょう……」
ボクも今日の運勢はちょっと信じられない。
これでまたボクの性でパーティを危機に追いやったら、ボクお天道様の下で生きられないよぉ。
「そんじゃ、慎重に行こうー」
「アタシが後ろは警戒するにゃあ」
クロはボクに飛びつくと、ボクの肩に乗って後ろを警戒する。
バックアタックの経験が活きた形だ。
しびれスライムの不意打ちを直に受けた魔女さんは、苦々しい顔でトンガリ帽子を深く被る。
もう二度とヘマはしないと誓ったのだろう。
「それにしても大量のバニーか」
「なにか気になりますか、勇者さん?」
「うん、一体どこにあんな数が潜んでいたのかなーって」
「それ言ったらダンジョン自体が謎じゃない、なんで【天井都市】とか【海】とかあんのよ」
「一説では魔物はダンジョンが産んでいるとも言われていますね」
多くの学者が不思議に思っているダンジョンの生態系。
魔物は魔物同士で争い、時に天敵関係を持つこともある。
一体あの多種多様な魔物はどこから現れたのか、その答えの一つが、ダンジョンが産むという考え方だ。
まさか外からダンジョンに侵入してそのまま繁殖するとは思えないし、こうとしか考えられないってのもあるよね。
まぁもう一つの説、【ダンジョンマスター】が召喚したという説もあるけれど。
こっちは今の所否定派が多い感じかな、そもそもダンジョンは人為的に創られたものじゃないかという考えから派生したものだ。
ダンジョンの一部にはダンジョンを創造したダンジョンマスターがいて、ダンジョンマスターが好きに魔物を召喚しているという。
流石にボクもこっちは無茶苦茶だなって思う。
ダンジョンマスターがいるなら、もっと罠とか増やしそうだけど。
「おっ、明るくなってきたー」
気がつくと通路は終点だろうか。
先頭を歩く勇者さんは灯りに気付く、見えてきたのは小部屋だった。




